魔王集結――
「これはこれは国王陛下――。今回ニンゲンの舞踏会ということで大変楽しみにしていたのですの」
紫のセーターを思わせる背中の開いたドレスを身に着けた魔王ベル。そのドレスは一般に童貞を殺す服といわれるものだ。
その迫力に対応するほどには新米の現国王は場慣れをしていなかった。
「それはそれは。楽しんで頂ければ良いのですが――」
そんなことを言うことくらいが精いっぱいであった。
そんな現国王の腕を引っ張るのは王妃ティアラである。
「あらあら? 可愛いらしい奥さんですわこと。既に尻に轢かれていますの?」
「ま、まぁ……」
そこで「そうです」とは男の矜持として答えられない現国王は、曖昧な言葉を返す。
「どこもかしこも恋愛、恋愛で困りますわねぇ――。私も誰か見繕おうかしら?」
魔王ベルは周囲を見渡す。
周囲の貴族の男たちはさっと目を逸らした。
魔王ベルが一瞬、舌なめずりしたのを現国王は見逃さない。
(もしかして、本気か?)
「お戯れを――」
「お戯れといえば、この前勇者が来て私を殺そうとしていたのだけれど、あれって落とし前はどうすれば良いのかしら?」
(来た――)
魔王ベルはもしかして賠償金の話をしているのだろうか。
あの勇者との戦闘に勝ったあと、魔王ベルはこの舞踏会まで一切動く気配が無かった。
その魔王ベルが動くのである。魔王ベルはその報復をするのか、それとも勇者をよこした貴族家を糾弾したいのか、それともいっそ、人類ごと抹殺したいのか、その動きは注目されてしかるべきであろう。
「どう――、とは?」
ごくりと現国王は唾を飲む。
「例えば――、そうねぇ。うちの領内で真珠湾に攻撃したアホとかもいるでしょう? あいつらどうしてくれようとか?」
「そちらはサウスフィールド王国としては預かり知らないところです」
「なるほど。そういう態度にでるんだ。ま、私たち属国の立場としてはそれも良いでしょうかね」
「すみません……」
「なに謝ることなんてないわよ。私たちの魔族の世界では闘争を吹っ掛けたり、吹っ掛けられたりするのってむしろ普通だから。日常なんじゃないかしら?」
「……」
現国王は戸惑った。
魔王ベルは何が言いたのだろうか。
それらは貸しだとでも言いたいのだろうか。
それとも――、人の世界に闘争を吹っ掛けるのもこれからは日常だ――とも言いたいのだろうか。
現国王には、駆逐級飛空艦、奇城 茨魏魏ヶ島で人類を滅亡させる魔王ベルの姿が容易に想像できてしまっていた。
「この前もニンゲンさんとお友達になりたいって言っていたでしょう? そういうことを魔族のお友達にも言っていたら、ニンゲンとトモダチになるなんて嫌だって、周囲の魔王から喧嘩を吹っ掛けられてねぇ。さっきまで戦争よ! 戦争! もー、にゃんこも驚くほどの大戦争だったんだから――」
「は?」
にゃんこ大――なんだって?
いま、魔王ベルは戦争と言ったか。
戦争とは? まさかサウスフィールド王国が知らない間に、魔王同士で戦争が勃発していたとでもいうのだろか。
「でもラララ魔伯家から声を掛けたら一発で静まってくれてねぇ。サウスフィールド王国の属国になるのであればという条件なら臣従すると言っているだけれど、どうする? まぁ、領土が増えて良いですねぇ。素晴らしいですわよねぇ!」
「それは――領土が増えることは喜ばしいことだが――」
「ありがとう! 言質は取ったわね。属国を予定しているのは《激情之魔王たる》魔王ジャック・ザ・ハート、《傲慢之魔王たる》魔王フアトロ、《色欲之魔王たる》魔王エディプス・コンプレックスの3家よ。それじゃぁねぇ……」
そう言うと、魔王ベルは手をひらひらさせて次の挨拶に向かってしまう。
(――。それって! この世界の魔王ほぼ全てじゃないか!)
現国王は青ざめた。
(まさか――、魔王ベルは魔王たちを大量に帰属にさせることでサウスフィールド王国への乗っ取りを図るつもりか?!)
「サウスフィールド王国の国王さま。お初にお目にかかります。わたくし、聖ピーチ魔王国の聖女ピーチと申します」
周囲がざわつく中、魔王ベルが離れていくのを遮るように現国王に割り込んでくる女性がいた。
一瞬気を悪くした現国王だが、そこに現れた女性も気の抜けない相手であるため立ち止まざるを得ない。
その相手とは、聖ピーチ魔王国の国王にあたる聖女であったのだ――
「おぉ、これはこれは。ピーチ姫さま」
「他の魔王がサウスフィールド王国に臣従するのであればちょうど良い機会ですわぁ。我が国もサウスフィールドに下ろうかと考えているのですが、よろしいでしょうか?」
それは、まるで果物でもプレゼントするような軽い口調であった。
「は?」
「実は――、我が聖ピーチ魔王国は、魔王ベルと秘密の同盟を結んでおりまして――、いえねぇ、実際のところは『ともだちになろう』と脅迫されて仕方なく結んだのですけどもぉ。本国であるパラチオンがどうにもお気に召さないようでしてぇ、いろいろ言ってきているわけですよ。それでもいきなり独立のも大変でしょう? だからほら、ここは各国魔王が揃っているサウスフィールドの傘下に入って後ろ盾になって貰おうかなーと――」
「そ、そんな一国の大事なこと、こんな場で言われましても――」
「では明日には正式な事は明日にでも! 今日は舞踏会を楽しませていただきますわぁ」
「えっ。ちょ……」
現国王はすぐに立ち去るピーチ姫になにも言えない。
さらには、それを見ていたアメジスト王国の代表として来ていた全権大使が異議を申し立てに来たのである。
「聞かして頂きましたぞ! サウスフィールド現国王! 貴殿は我らが人類の敵である魔王を手懐けて一体何をしようというのです? 確かに全ての魔王が味方となれば、人類を全て征服するのは容易いでしょう。ですが――、人類は我々アメジスト王国だけではない! 化学を標ぼうするパラチオン王国が、水神を信奉するノーザントロフ神奉国が、その他あまたの中小の王国が、必ずサウスフィールドに対抗することでしょう。失礼する――」
(これは――、どうすれば――)
いきなりの厳しい試練が、現国王としてやってくるのであった――
◆ ◆ ◆ ◆
現国王が魔王たちに振り回されているのを遠くで見守っているのは、すでに引退した身の先代の国王と、魔王ラララの姿であった。
魔王ラララのきらめく長い金髪が、より映えるように設計された濃い桃色のドレスを身に纏う姿は大変に美しく、低身長であることも相まって国王の娘のようにも見えなくはない。
一種ナゾなのかナゾでないのか意味の分からない組合せに、周囲の貴族たちも戸惑いの声を隠せないでいる。
「あぁ、あの少女は誰なんだ? まさか隠し子――」
「あほか! あれはラララ機関のトップだぞ?」
「ラララ機関? なんだそれは?」
「あぁ、キミは冒険者ギルドとかかわったことが無かったか。彼女こそ冒険者ギルドの冒険者プレートを制作しているラララ機関の会頭なのだ」
「なるほど。冒険者関係か。では先代国王様がたくさんの白毛豪牛や物資を持ち込んだのも彼女が?」
「あぁ、そうらしい――」
魔王ベルが他の魔王仲間を臣従させる旨を報告させた後、さらに聖ピーチ魔王国が臣従を申し出て、アメジストが敵対宣言をする――
その一連の流れを見ながら先代国王は感心する。
「試練としてはえげつないなぁ。ラララはこれをどう集束するつもりなんだ?」
「ふふふ。どうでしょう? すべて喋ったら面白くないでしょう? ハンスくんにだって言ってないんだから」
くすりと笑うその姿は、どうにも小悪魔的であった。
「儂はもう国王を降りた身だからな。儂の次男がどうあがくか。見ものとさせてもらおう。儂なら魔王ベルが連れてきた魔王は、魔王ベルが支配しろとかいって、爵位を与えない方向に持っていくが果たして――」
「ふふふ。そううまくいくかしら? おじさま」
「おいおい。変なのは勘弁してくれよ――」
「ふふふ。おじさま。そのあたりは配慮するから。おじさまはハンスくんの友達だしね」
「それはありがとう。ところでせっかくの舞踏会だ。少し踊っていかないかね? ハンスくんでないのは不満であろうが、やつの代わりに今は楽しまなければ――」
「それは楽しみましょうか。ハンスくんじゃないけど――、ハンスくん以外の男の子と踊ったらどんな気持ちになるか、知りたいしね――」
差し伸べた手を受け取り、先代国王と魔王ラララはゆっくりとダンスに興じた。
(こんな舞踏会で踊るのは初めて。ハンスくんではないけれど、おじさまなら練習にはちょうど良いかな。ハンスくんと後で踊って、この気持ちがどんな風に変わるか、確かめたいな――)
考えながら踊っていると先代国王は一つ、問いかけてきた。
「――で、その先はどうするんだね?」
「ん? おじさま。その先って――」
「キミは世界征服がしたい。そして全ての魔王が争わず人類の征服に乗り出したら何年も掛からずにそれは達成するだろう――。で、その後は?」
先代魔王の言葉に、魔王ラララは言葉を詰まらせた。
(あれ? その後は――どうしたら――)
もしかして世界征服のイベントが終わったら、私はハンスくんに捨てられちゃうのかな?
◆ ◆ ◆ ◆
アインズ伯爵家は勇者を輩出した実家であり、その生みの親である先代の第一王妃は誰からも話しかけることもなく壁の花の一つとなっている。
だれが没落寸前の伯爵家の人間に話をしようとするだろうか。
先代の第一王妃を見た貴族の面々は、一瞬ギョッとした顔をしたあと顔を逸らして去っていく。
そんな女性のそばにいるのは護衛としての俺ことハンスだけだろう。
俺は暗部である。仕事は選ばない。
というか、先代国王に頼まれたのだから仕方がないだろう。
その先代国王は俺に彼女を護衛させたいのではなく、ラララとさしで話をしたいだけだろうが。
「しかし私も騙されたわね。ハンスくんと結婚した平民がまさか魔王ラララ本人だったなんてね――」
「おや。気づかれましたか」
「あたりまえでしょう? ラララ魔伯国。キョーの都にルーミートと共に現れて食糧の支援をする中心人物――、そしてラララ機関の会頭だともいう。本来勇者か魔王しか持たない強力な《鑑定》スキルの持ち主。ホンモノだと疑えそうなのはハンスくんの嫁という情報くらいかしらね」
「そこは上手くやりましたよ」
「えぇ。まったくね」
舞踏会の時は進む――
多くの貴族たちは舞踏に興じていたりするが、そこだけは静かな空間と化しており、周囲の状況がよく見える。
そして現国王と魔王らの様子を見聞きすることになる。
直接は遠くて無理ではあるが、周囲のどよめきを拾えば状況を把握するのは簡単だった。それは暗部の基本スキルといってもよいだろう。
「それで? 魔王ベルはどうする気なのかしら? 魔王たちをサウスフィールドに引き連れて、この国を使って本気で世界征服でもするつもり?」
「さぁ、どうでしょう?」
俺はシラを切ったが、そのラララは世界征服を目指していることは明白だろう。
なぜならあの日――
俺とラララは誓ったのだから――
(あれ? でも世界征服が成功した後はどうなる?)
(俺は――用なしとして捨てられてしまうのか?)
俺は強く思う。ラララを失いたくない。
ラララは単なる便利な道具ではないのだ。最愛の――
しかし、ざまぁしたかった勇者は死に、世界征服もこの調子ではすぐに達成してしまうだろう。
(そうなったら、俺は――)




