池田屋事件
キョ―の都第3ストリート武家屋敷、領邸イケヤ――
「何者だぁ! 名をなのれぇ!」
誰何するサツマ領兵の言葉を無視し、勇者は踊りかかった。
斬って捨てられる領兵――、間髪いれず階段を勇者は駆け上がる。
斬り捨てられた領兵は、ゴロゴロと絨毯のように階段落ちしていく。
その後ろには赤いスジが濡れて靡く。
「天誅である!」
勇者は叫んだ。
勇者の剣が魔力を伴って緑に光る。
「今こそ! 魔族に与する連中とその仲間たちを討ち倒す! この地に真の異世界勇者を呼び覚ますのだぁぁ!」
これから、そして勇者たちの蹂躙が始まるのだ――
「明かりを消せ!」
第二王子の護衛の一人が叫ぶ。
勇者の襲撃を知り、少しでも襲撃を遅らせるための行動である。
しかし、その効果はどうにも薄い――
そんな戦いの迫るすぐ近くの部屋に、ティアラと第二王子の姿があった。
「おい! 何をしている!」
そこでいきなり窓を開け放つという奇行を始めたティアラを第二王子は留めた。
(まさかこんなに早く――、いいえ。魔王ベルがヘリで来航したイベントが早まったことから、このイベントが早まることだって予測できたのに――、私は――)
止められたティアラは第二王子に叫び返す。
「すぐにここを出て逃げるのよ! 当然でしょう!」
西鳩オフラインの知識があるティアラは逃走ルートを知っていた。愛しい男との逃避行劇――。乙女ゲームとしては最大に盛り上がるシーンである。だからこそ、スチールとしてイラスト化されており、逃げ先をハッキリ覚えていたのだ。
もっとも、西鳩オフラインでここで逃走するのはティアラではなく、第二王子とブラックロータスの二人であったが――
(そう、ここから他家領邸まで逃げられるような屋根がイケヤにはあったはず――)
窓から屋根へと出たティアラだが、しかしそこには問題が生じていた。
屋根から屋根に飛び移るには家の間隔がティアラにとっては広すぎたのだ。
(ああん! もう! ブラックロータスの身体能力だったら造作もないのでしょうけど、私は――)
昔は杜で暮らし、ある程度体力を使うことが基本であったブラックロータスとは違い、貴族としてのデスクワークが主体であったティアラは賢さにステータスを多く振り、運動系は苦手であった。
(まさかこんな時にこんな差が出るなんて――)
そんな、次の屋根に飛び移るのに躊躇しているティアラを、突然男が抱き上げる。
「きゃッ。そんな」
(イヤー)
ティアラが悲鳴を上げる。
その抱き上げた男は――勇者ではなく第二王子だった。
「黙ってろ! 一緒に逃げるぞ! 俺たちが殺されたら――、本当にこの国は終わるからな。仕方なくだ!」
力任せに第二王子は宙を舞い。なんなく次の屋根へと飛び移った。
「そのまま真っすぐです。お願いします!」
「おうよ!」
命の危険が間近に迫る今この時だけは、二人の意見が一致した――
◆ ◆ ◆ ◆
「まさか本当に勇者が襲撃してくるとはな……」
情報は確かにあった。
だが、実行するとは思わなかった。
仮にも勇者であり、サウスフィールドの第一王子である。
勇者がそこまで浅はかであったとは、サツマの当主も思っていなかったのだ。
「もはや、これまで――」
◆ ◆ ◆ ◆
「我こそは! A級冒険者――」
「名など無用!」
剣撃の響きはいまもなお続いている。
しかしその勢いは勇者たちが優勢だ。
その音は徐々に小さくなっている。
「第二王子セカンドのヤツはいたか?」
勇者は近くの仲間に問いかけた。
「分かりません。例のイケヤに入っていったとされるロングステート公爵家のティアラもいないようです――」
「くそッ。やつらは逃したか――」
「勇者様! やはり第二王子セカンドはいません! サツマ伯爵家の当主は奥の間で腹を切っていました」
勇者は頷く。
サツマ伯爵家の当主は人質になることを嫌い自害したようだった。
(小物を逃したようだが、まずは当主を討てれば当面の間、サツマ伯爵家は動くことはできないだろう。その動けない間にこちらとしては結果を纏めるだけだ――)
その視点で言えば、今回の襲撃は十分な成果であったといえよう。
「さぁ、次は勇者召喚の間――禁門だ! まずは近衛たちを引き離すため、キョーの都に火を放てぇぇ!」
「「おぉぉぉ!」」
邪魔者はいなくなった。
勇者の取り巻きたちは略奪ができると喜びの声をあげた。
そして、その戦火によりキョーの都は約3万戸の家々もろとも黒色に塗りつぶされて焼失するのである――




