貴方の息子さんをヤらせてください
「お願い。助けてください――」
学園の保健室――というには既に学生から隔離するように学舎に隣接する総合病院の一室と化した新施設へと駆け込んできたのは、ロングステート公爵家の令嬢であるティアラである。
やはり彼女のことだから計略に気づいてこちらに来たのだろうか?
真珠湾とキョーの都への同時攻撃だからな。
動きに気づかない訳が無い。
「騒がしい。廊下は走るなとこの学園の教師であれば窘めるところだぞ――」
それに相対するのは魔王ベル本人と、俺ことハンスだ。
あー。ティアラ女史は俺のことどう思っているのだろう?
ただの用務員のおっさんがいるとか思っているのだろうかね。
まぁその方が厄介事が来ないから良いだろう。
「なに? 助けてくださいって? 真珠湾に侵攻している騎士団の息子たちの奇襲を止めて欲しいの? それとも、キョーの都を火の海にしようとしている勇者たちの非道を止めて欲しいの?」
あれ? 魔王ベルさんや、それ言っちゃうの?
両方とも機密なんだけど。
うちの暗部が一生懸命調べた情報をそうあっさり出されると困るんだけどねぇ。
「どっちも! どっちもよ! そんなことになったら、大勢の人が死んでしまうことになるのよ!」
「それで?」
「それで、って? 人が死んでしまうのは悲しいことだと思わないわけ?」
「いえべつに。だって私は魔族なんだもの。真珠湾で被害が起きれば、それこそ私たちに大義名分ができる。宣戦布告だってできちゃうじゃない。そうすれば属国じゃなくて、サウスフィールド王国を乗っ取ることも簡単よ。それから、もしも勇者がもしここに攻めて来たら、えぇ、喜んで私たちのライス国の魔王城である灰かぶり殿に逃げ帰ってあげますとも。もろてを挙げて悲鳴まであげましょうか? その後――。国王に抗議ね」
「そんな――」
「ほら、そこの暗部の人も同意見だと思わない」
魔王ベルの艶めかしい視線が飛んでくる。
いや俺に振らないで欲しいんだが。
ほらティアラにまで睨まれたじゃないか。
「貴方が噂のハンスくんね。たしかに見たことがあるわ。魔王ラララの婚約者になられたとか――」
「どうも」
どこで見たことがあるのか分からないが、彼女も学園の学生だ。
学生の用務員の姿くらい、見たことはあるのだろう。
俺は軽く頷いた。
「それで? 暗部の見解はどうなのかしら?」
どこかティアラは苛立たしい様子だ。
実際に怒っているのかもしれない。
もしもポーズでないとするなら、令嬢としては立派な態度だとは思う。
「魔王の息子さんと貴殿のロングステート公爵家の肝いりであるプロジェクトが残念なことになることはお悔やみ申し話上げるが、これで貴族連中が開国派か、攘夷派か白黒ハッキリしてから殲滅した方が分かりやすいのでね。暗部としては」
普通はこんなこと言わないんだが、ここはサービスしておくよ。
ここは貸し一つな――、というのは国王の口癖だが、彼のアイデンティティのためにそこまでいうのはやめておいた。
「暗部的にはそれで良いのでしょうけど……。そんなの、国王は認めたの? キョーの都を焼き討ちなんて、到底許さないはずでしょう?」
ティアラは思ったのだろう。
国王直属の暗部であるなら、国王の意見は知っているはずだと。
実際そうだったので、国王の意向くらいは教えておいてもよいだろう。
国王がティアラ相手に直接手を煩わすこともないだろうしな。
「国王はまだ自分の息子がそこまでやるとはまだ考えていないようだ。いや、そこまでやると考えたくない、というのが実際だな。俺も一度止めようと進言したが、断られた」
「え? なぜ?」
「俺が勇者を止める手段といったら? 俺は暗部なんだぜ? 暗殺しか手はない」
「それは――、そうでしょうけども」
「そうなると俺は言わざるを得ない訳だ。『貴方の息子さんをヤらせてください』って、華々しい戦場ではなく『暗闇の中から一突きブスっとさせてください』って」
「それは――」
国王といえど、実の息子を殺せと言うのは確かに非道だろう。
もっとも、国王に覚悟を持たせるたようにあえて酷く言った俺も悪いのだろうが。
「国のためキョーの都を思うならそれでも許可を出すだろうが、どうやら、あいつは青い血ではなく赤い血が流れていたらしい。我が子を自らの手配で殺すことはしたくなかったのだろうな。それも暗殺とかは――」
貴族には青い血が流れているとかいうが、正直に言おう。嘘です赤いです。
それから魔族の血も赤いから。
「つまり――、国王は消極的には都が焼かれることを認めたというわけね」
「そうならない可能性もある。勇者が正気に戻ればな」
「それなら暗部の意見はそうだとして、他は? 暗殺以外の手はないの?」
「あ? やはりそう思うかね。例えば王の近衛隊も――同様にダメだろうな。勇者の前には手も鈍るだろう。――というか、近衛隊は王の直属であるがために攘夷派が多い。今は中立派だが、『国のため――』と適当に言って勇者が立ち上がれば、むしろそちらに靡きかねないね。騎士団はもともと攘夷派だ。真珠湾の奇襲に係っている中心メンバーでもある。騎士団長の息子がそのリーダーだ」
「そんな――。他にまともな兵士を持っているところはないの?」
「王都にまともな兵を抱えているのは、アインズ伯家の領軍か、サツマ伯家の領軍くらいだろうな。両方とも治安維持を任されているから。だが、サツマ伯家単独で勇者に対抗できるとでも? 討ち入られて終わりだろう。アインズ伯家は――、この状況で頼りになると思うか?」
領軍の話が出てきてティアラは考えをめぐらした。
勇者の出であるアインズ伯家は明らかに攘夷派だろう。確実に勇者との接点があり頼りになるとは考えづらかった。
第二王子の出であるサツマ伯家は――どう出てくるか分からない。
「後はお父様が連れてきた軍の方たちになんとかしてもらうしか――」
ティアラの父はロングステート公爵家の当主である。当主である彼はロングステート公爵家の領軍の指揮権を持っていた。
ティアラは、ただ無策に魔王ベルのいる場所に突撃したわけでなく、自身の父親に対して助けを求め、ロングステート公爵家領軍をここキョーの都と真珠湾に送るように依頼していた。
早ければ1週間もすればこの地にやってくるだろう。
だが、1週間も保つのか――
しかし、俺は一週間という話ではく、さらに論外な情報を伝えなくてはならなかった。
「ちなみに、ロングフィールドの領群ならサツマ伯国の連中にサツマ領で止められているよ」
「なんですって!?」
ティアラはその情報は初耳であったようで驚いた顔を見せる。
我らが暗部の情報収集能力は非常に高かったのだ。
ロングステート公爵家は西側のアメジスト王国に隣接する領地を有しており、東側にあるキョーの都や真珠湾に侵入するためには陸路でサツマ伯領を通る方法しかない。だが、まさかサツマ伯領で止められるとはティアラも思っていなかった。
真珠湾に行くには陸路の他にも海路もある。しかし、この時代の船の大きさは船の積載量の関係の含め多くの人を乗せられるような構造になっていない。送るとしても物資はともかく、人となるとかなり心もとないものにしかならない。
「サツマ伯国――、私が説得できる王都にいるサツマ伯国の首脳陣と言ったら――、第二王子セカンド・サウスフィールドか……」
ティアラは暗雲たる気持ちになる。
当主であるサツマ伯爵がロングフィールド伯領群を止めるとは思わない。
止めるとしたら――、第二王子だろう。
しかし、自らの婚約者である第二王子セカンド・サウスフィールドが、私の言葉をどれほど聞いてくれるか非常に不安であった。
(でも、下手をすればサウスフィールドという国が亡ぶかもしれない事態なのよ。言えばきっと聞いてくれるに違いないわ――)
淡い期待をティアラはする。
まるで祇園祭りの前日のように強い風が、キョーの都には吹いていた。
その第二王子が平時住んでいるのは、キョーの都第3ストリートにあるという武家屋敷の名は――イケヤだ――




