ハンバーガー
サウスフィールドの植物園は大きい。
なぜなら、日本でいうところの農業試験場を兼ねた施設だからである。
サウスフィールドの植物園は、園芸などの美しい花を咲かせるといったことよりも、農業としてより大きな粒の麦を収穫するといったことに趣がおかれている。
そうして新しく開発された食物のおいしい食べ方などの研究も盛んだ。
食物にはそれに適した食べ方がある。
例えば同じコメであっても、炊いて美味しいモノ、ピラフにした方が美味しいものなど、品種によって最適はさまざまだ。
比較的温暖な南の地方にあるサウスフィールドだが、朝は気温が下がることもあり、冷害に強い品種といったものの開発にも余念がない。
そんな研究員の中に、一人の魔人が紛れ込んでいた。
彼は《暴食之魔王たる》魔王ベルの息子である。
彼は母親が愛してやまないとされるハンバーガー、それをなんとかして製造しようとしてこのサウスフィールドに潜り込んでいるのだ。
母の愛してやまない異世界にあるライスの国では、そのハンバーガーと呼ばれる食べ物が主食らしく、食べるとつい「ルー」とか叫びだすらしい。ルーミートの親戚か何かだろうか?
そして、その別名は「まくどー」というらしい。
……。余計に訳が分からなくなりそうだ。
それはともかく、ハンバーガーというのはバンズと呼ばれるものと、おいしい肉、そしてレタスとチーズおよびケチャップと呼ばれるもので構成されているらしい。それらが一体何をさすものであるのか、このサウスフィールドで調べ上げる必要があるのだ。肉とレタス、チーズというものは現存している。しかしバンズとやらが何か分からない。
どうやらバンズは米ではなく小麦で作られているらしいのだが、製法は謎に包まれている。
今日も植物園に併設されている小さな図書館にてそのハンバーガーなるものの製法を探っていたのが、結局のところ分からずじまい。
今度はサウスフィールド王宮の図書館に潜入すべきかと考え始まる。
めざす先は料理本だ。しかし歴史や魔術書などが図書館での多くを占めており、料理に関する本などはほとんどないのが現状だ。
しかし、植物園の図書館だからこそ料理の本が集められているのであって、王宮の図書館ともなれば書籍の数は多いモノの、重要度の低いそれらの本が貴重な本の中に混ざって存在することは考えにくかった。
手がかりとしては異世界人が作ったことがあるという記録が見つかっており、異世界の勇者を輩出したことがあるサウスフィールド王国ではもっと具体的な情報が集まるかと思っていたのだが、難航しまくっている。
まったく未知という訳ではない。なんとか形状は分かったのだ。半円球らしい。そんな分かる、分からないの中間であるからこそ、なんとももどかしい。
サウスフィールドに潜入してはや5年が経つ。
魔族にとって5年は短いが、青春として5年は長いだろう。
そろそろ人の街に潜伏する修行という言い訳も辛いものがある。そろそろ切り上げて魔族領で嫁でも探そうか。
「あぁ、最後においしいハンバーガーが食べたかった……」
思わず口に出てしまった言葉を、しかしその横で聞いている人物がいた。
「あら? ハンバーガーならわたくしが作りましょうか?」
涼やかな音色の声に思わず振り返る。
まさか! この女性は幻のハンバーガーの正体を知っているのだろうか?
一体、何者なのだろうか?
振り返った先には、大きな胸で派手な恰好をした一人の女性がいた。
「あなたは――」
「わたくしの名前は、ティアラ・ロングステートと申します。お見知りおきを――」
彼女は、世間ではイモ公爵などと呼ばれる第二王子の婚約者、西鳩オフラインではおなじみの悪役令嬢、ティアラ・ロングステートその人であった――
◆ ◆ ◆ ◆
その日、植物園にて事件は起こった。
「ティアラ! お前との婚約を破棄する!」
ブラックロータスと第二王子は、ラララから貰った無料チケットを使い植物園に来ていた。
西鳩オフラインのシナリオでは、植物園に行くと魔王の息子と出会い、ハンバーガーの研究をしている彼に、次に会うときにハンバーガーを作ってあげると、好感度が上がって魔王の息子ルートが開かれるというものがあった。
この後の進行では魔王ベルがサウスフィールド王国に侵攻し、貴族の派閥が攘夷派と開国派の2つに分かれて争いが始める。その時に魔王の周囲の魔族についてまったく知識が無いと、開国するにしてもなんにしても人類滅亡ルートまっしぐらになってしまうのである。
人類は魔族より弱い。
この世界の絶対の真理である。
勇者であっても現在いる勇者は所詮、地元の勇者だ。
その真理を覆す異世界の勇者は、いない。
人類は基本的に魔王ベルにヤラれる負け犬としての役割しか与えられていない。まるでそれがRPGのシナリオの摂理か何かのように――
だいたい運営側に魔王ベルが支配する国名をライス国とかつけられているのである。その意図が分からないのだろうか?
勇者は第一王子であるため、第二王子が国王になるにはシナリオ的に邪魔であるというメタな理由もあるわけだが、とにかく現地の勇者は弱かった。
さて、そんな魔王ベルの息子は植物園に潜入しており講師をしているのだ。ワイルドで知性的な魔王の息子は推しキャラの上位陣には人気で勝てないが、それなりには人気のあるキャラクターであった。
だが、どうしてこうなったのだろう。
講師として現れるはずの魔王の息子は、なぜか悪役令嬢さんと逢引をしていたのだ。
そしてそれを第二王子が見てしまった。
修羅場の発生である。
悪役令嬢さんの恰好は――、いわゆる勝負服だった。
セーラー服のような上衣で、丈はきわめて短く、腹やへそを露出している。体を動かす度に大きな胸が揺れる。下衣は極端なミニスカート。明らかに狙ってやっているだろう。あれは魔王の息子を誘惑する方向か? しかし性的対象物と決めつけるには色気が足りないかもしれない。
妖艶というよりは、幼さ、気品、清楚といった系統の感じがする。
(あぁ、おそらく悪役令嬢さんも異世界転生者なのかな――)
すぐにブラックロータスはピンと来てしまった。
おそらく悪役令嬢さんの持つバスケットには、ハンバーガーが入っているに違い。
魔王の息子は開国派にとってキーキャラクターであり、接触せずにはいられない人物だ。
だから接触して懐柔しようとしたのだ。
そんな密会のようなシーンを見つけた第二王子が怒らないはずがない。
「貴様――、こんなところで男と密会するなど――」
「いえ彼とは友達なだけです。それに王子も女性を引き連れていますが?」
ティアラの冷たい視線がブラックロータスに向いた。
(きゃー。私を巻き込まないで――)
ブラックロータスは心の中で叫ぶ。
「彼女は良いのだ! 私はお前とは違い、真実の愛を見つけたのだからな!」
「真実の愛?」
(きゃー。真実の愛とか、ほんとに修羅場やめてー)
ブラックロータスは心の中で叫ぶ。
本当に勘弁して欲しい。
いつのまに第二王子の好感度は100になったのだろうか。
第二王子はどうしてこんなにも真実の愛を見つけがちなのだろう。
「そう! 第二王子であるセカンド・サウスフィールドは、このブラックロータスに真実の愛を見つけたのだ!」
どーん!
えーっと、シナリオライターさん。
もう少しまともな名前を付けてはくれないだろうか。
なに、セカンドさんって。キープ君なみにダメな名前な気がするのだが。
(あ、その名前付けたのって私だった!)
いやぁ。だって分かりやすい名前と考えて第二王子の三面図の横に書いてたらいつのまにか採用されていたんだもん。
ちなみに西鳩オフラインで第二王子の人気は制作スタッフからすらも低い。シナリオの一周目で簡単に攻略できてしまうのが萌えない理由なのだろう。
他の力の入った描き込みのあるキャラクターと比べ、厚みのない第二王子はセカンドの名前にふさわしいおざなりな設定だった。
そんな第二王子にいきなり肩を寄せられるブラックロータスは、とりあえずにこやかにすることに決めた。
ここで嫌な顔をしたら第二王子の印象――つまり好感度が悪くなるだろう。
そうするといろいろなことに支障をきたす。
かなり打算的ではあるが、ブラックロータスは乙女ゲームの恋愛をしたいわけではない。
ブラックロータスは死にたくないのだ。
「そう真実の愛ねぇ……。私が国の農学発展のためにいろいろと努力していることに対して、貴方さまは恋愛を進めていたと……」
ティアラと呼ばれた悪役令嬢が目を細める。
(あらやだ怖い……。でも男をNTRされようとしているのであれば睨んでくるのは当然か。いや、実際寝たわけではないのだけれど)
「なるほどティアラ。おまえの方は農学のためにここで研究員と話しているというわけだな」
「そうですけれど? 何か? それでも婚約を破棄いたしますの? するならするで正式な手続きを踏んでいただきたいものですわ。まずは国王に話を持っていくとか――」
「く、くそッ。覚えていろよ。おいブラックロータス。いくぞ……」
「は、はい……」
そのままブラックロータスは流されるように第二王子に引き連られてしまう。
(あー。このままだと、悪役令嬢が第二王子に婚約破棄されて、私は王妃になったりしないかしら? そんなBL展開は嫌だな……。どこかで抜け出さないと……。あれ? 魔王の息子と私の出会いイベントはどうなっちゃうのこれ?)
ブラックロータスは一人、シナリオから逃亡する手段を考えるのであった。




