その女を置いていけ
その夜――、勇者は酒場で酒をのみ続けていた。
もうべろべろになるまでに。
一人でやけ酒である。話す相手はいない。
冒険者ギルドの他のギルドメンバーは勇者を恐れ近づこうとすらしないのだ。
周囲に近づこうとするものはいない。
そうやって酒を飲めばやがて眠くなってくる。
勇者はテーブルに頭を乗せると少しばかり寝ようと考えた。
店からしたら非常にやな客であった。
だが、うつらうつらと寝ようとしようとしているとき、少女の声が聞こえ、少しだけ目を開けた。
そこにはハンスが壁ドンをしており、その先にその少女がいる姿がある。
噂のハンスの結婚相手だろうか?
かなり勇者好みの少女である。
薄手の白のワンピースに麦わら帽子をしており、年齢相応に胸が薄い以外は完璧な美少女だ。
勇者としてなぜかそそられる。惹かれるものがあった。
その少女はしかし勇者ではなく、ハンスに頭を撫でられている。
抵抗するそぶりは――、見えなかった。
「ねぇハンスくん。頭を撫でるなら直接撫でてよ。麦わら帽子の上からだとその――わらの先が頭に刺さってちょっとだけ痛いのよね……」
言われ、ハンスは少女の麦わら帽子を取る。
(おぉー)
勇者は心の中で感動していた。
そこには絶世の美女を思わせる、幼さの残る顔立ちが現れたのだ。
蜂蜜をまぶしたように金色に輝く長い髪――
さらりと揺れるその髪は光輝いているようにも見える。
その少女はハンスの武骨な手を受け入れ、なすがままに頭を撫でられ続けていた。
「ねぇハンスくーん。もっと下も撫でて欲しいなぁ」
ハンスの手は言われるがままに顔、顎、そして肩へと降りていく。
「あぁ、ここから先は家でな――」
ハンスがその少女を連れて行くのを勇者は目線で追う――
(まて、その女を置いていけ。そして――)
勇者の思考は酒でまとまらない。
そして――、気づくと朝になっていた。
(くそッ)
嫌なものを見てしまったと勇者は思う。
(どこも彼処も甘い話だらけなのに、なぜ俺にはそんな浮ついた話の一つもないのだ!)
そして勇者は誓う――
(おのれ――ハンスのやつめ、俺をさしおいてあんな良い女とだなんて。いつか必ず、殺してやる――)
◆ ◆ ◆ ◆
一方その頃――
俺とラララがいる暗部の隠れ家の一つ。
俺は捕まえた密偵を縛ってベットに転がしていた。
「ハンスくん。彼女はアメジストの間者ね。詳しいことは後で提出用の資料を書いておくわ」
「さすがは《鑑定》スキルの持ち主、すさまじいな――」
俺は単純にラララとデートを楽しんでいたのではない。
普通に暗部としての仕事を実行していたのだ。
恋人として外でいちゃいちゃするのは、いろいろと都合が良いことが多い。
なにしろ時と場所を選ばなくて良いというのが最高だ。
いや、選んだ方がよいのだろうか?
だが選ぶとずっと寝室になるから、暗部の仕事としてはやはり選ばない方がよいだろう。
「しかしアメジストの間者は最近多くないか?」
俺は訝しむ。
「その辺を調べるのはハンスくんの仕事でしょう?」
(それはそうなんだが……)
実はそれは単純に魔王ラララによる《鑑定》によって間者を発見する割合が上がったせいであった。
さらにはもっと簡単に調べる方法もあるにはある。
それは、主神カーキンの権能を使うことだ。
いわゆる、反則技であった。
「んー。『調べる』かぁ。こんなことに主神の権能を使う訳にもいかんしなぁ」
「え!? 主神の権能で調べるつもりなのハンスくん。でもそれって《どくしゃー》がそういうのを喜ばないでしょう?」
「俺はいまだに《どくしゃー》というのがよく分からんのだけどなぁ……」
俺はいまだに何をすれば《どくしゃー》が喜ぶのか分からない。
だが、何の脈略もなく、突然に事態が進行するのは《どくしゃー》は喜ばないだろう。
特に反則技は嫌いそうだ。
――ところで、《どくしゃー》は濡れ場とか好きなのだろうか?
ちなみに俺は好きだ。
こういうの好きでしょう? といわんばかりに、目の前にはそれなりに可愛い密偵の男がいた。
(うーん。しかしBL展開はさすがに嫌だなぁ)
それがたとえ、《どくしゃー》からの願いだとしてもだ。
熱烈な支持があったとしてもだ。
一方、ラララは別のことを考えていた。
とにかく塗れ場を用意する。
そうすればハンスの好感度もあがるだろうと。
(この前見たらハンスくんの私への好感度が低かったれけど、これで私に対するハンスくんの好感度も爆上がりよね? たぶん?)
「ん? 何か言った?」
「うんん。ハンスくん。なんでもないですよーだ。で? 今からお約束の尋問たーいむなんですけど。どうどう? 彼女は好み?」
(彼女? どういうことだ?)
「――あれ? こいつ女なのか? てっきり男だと思っていたが」
「男装しているだけですねぇハンスくん。暗部なのに見分けが付かないのはダメなんじゃない? おそらくだけど、女性の身で潜入工作とかはマズイと思ったんじゃないかな? ほら。女だと見つかったら酷い尋問されるんじゃないか――とか」
ちなみに鑑定を使えば尋問せずとも回答を得ることは可能だ。
だが――
「ほほう? 女だと見つかったら酷い尋問をされちゃうわけだね――」
その後――、《どくしゃー》が本当に好きな展開になったかはともかく、少なくとも長い尋問の夜が始まるであった。




