第二次きびだんごう同盟
120万オージスの大群である魔物たちは、まるで津波のようであった。
「殿! 申し上げます! 進軍した兵が――、魔族領の東1、0――」
「あぁ、もういい! 見えるから――」
魔族領と聖ピーチ魔王国の現在の国境である川を隔てたその先に、その魔物の軍勢がいた。
その主体は、オークやオーガーたちである。
その魔物の構成からいえば、彼らの軍勢が《暴食之魔王たる》魔王ベルであるということは明らかだ。
《激情之魔王たる》魔王ジャック・ザ・ハートなどと比べ、侵攻欲の少ないとされる魔王ベルではあるが、彼女が一たび動けば毎回において数百万人の犠牲が出ることは歴史の上でも明らかである。
対して聖ピーチ魔王国としては、ゴブリンを擬人化した美少女たちの集団と、それと共に動く冒険者たち、そしてホルスタイン級のミノタウルスたちで構成されているが、圧倒的にその数は少ない。
聖ピーチ魔王国側の総兵数としては1、200オージスくらいだろうか。圧倒的に少ない陣容だ。その他としては参謀して聖女たちがいるが、聖女は攻撃力が皆無なため数の内には入らないだろう。
聖ピーチ魔王国側の主戦力となるのはホルスタイン級戦闘力を持つミノタウルスだ。彼女たちは大きな鋼鉄の戦斧を持ち、範囲物理攻撃を放つことができる。ガチャでいえば当然のSSRクラスだ。
ただし肉質は固く大抵の場合ごつごつしている。そして強面であり冒険者の人気は低い。それから白毛豪牛に匹敵するほどの良質のミルクが取れる。そのママ味が良いという一部冒険者もいた。
その他となる擬人化されたゴブリンの女の子は、とにもかくにも可愛らしいが戦力としてはRからSSRまでと、一部を除き、どうしても見劣りする感は否めないだろう。
その一部であるSSR級の戦力を持つゴブリンの筆頭、魔王リナは、聖ピーチ魔王国における最大戦力にして国の暴力発生装置である。
しかし、その魔王リナであってもさすがに数の暴力には対抗は難しい。オーク1オージス程度はどうとでもなるだろうが。1000倍ともなれば――
その両軍が川を挟んで対陣している。
一斉に川を渡れば即開戦になるだろう。
もしかすると、川中での合戦になるかもしれない。
魔物同士の戦いに宣戦布告などといった項目はないのだ。
彼らはサーチ&デストロイ、そしてリンク攻撃のアクティブモンスターなのだ。
だが、どうだろう。
そんな彼らであるにも関わらず、対陣した両陣営は睨み合ったまま動こうとしない。
「なんだ? やつらはどうしようとしているのだ?」
聖ピーチ魔王国側の総大将である魔王リナは、そんな敵陣営の動きに訝しむ。
彼らには何か目的があり、我々との闘いを嫌がっているのだろうか?
そんな中、川を渡ってくる一人の魔人の女がいた。
「おい、遠距離攻撃するのはやめろ! 何らかの使者かもしれん」
「ですが――」
弓で攻撃しようとする味方冒険者を魔王リナは止めた。
代わりにその魔人の女を大声で誰何する。
「ここは聖ピーチ魔王国の国境である! その方! 名を名乗るがいい!」
その魔人の女は馬の娘のような被り物を被り、カモシカのような足捌きはまさに容姿端麗の美少女であった。――被り物をかぶっているのに美少女だとわかる理由はどこにもないが。
「我が姿を見るが良い! 見れないものは音に聞け! やあやぁ我こそは《暴食之魔王たる》魔王ベルが四天王が一人! 《趙高由来》馬鹿野郎である!」
川の中で魔族の女はナゾのポージングを始めた。
上腕二頭筋がはじける。
うん。どこからどう見ても馬鹿野郎である。
「馬鹿野郎! なにしに来やがった!」
「うむ。我々はニンゲンさんとおトモダチになりたい!」
「――は?」
この馬鹿野郎は何を言っているのだろうか?
(人間とトモダチになりたいだと? 魔族がか?)
魔王リナは、自分が人間に囲まれて生きていることを棚に上げ、そんな馬鹿なと驚愕する。
「友達になってくれないと、蹂躙しちゃうぞ☆」
そしてさらにポージングする馬鹿野郎。どう見てても馬鹿なのだが、馬鹿に武力を持たせると始末に負えないという実例が、いまここに明らかにされた。
「いやまぁ、トモダチになるのはやぶさかではないが――、なってどうする!」
川中の魔族の女と魔王リナとの間は距離が離れている。
どうしても大声になり、最後に感嘆符が付いてしまうのは否めない。
「この前の戦争でそちらが鹵獲した茨魏魏ヶ島を返して欲しいのだ!」
そこで、やっと魔王リナは魔王ベル側の思惑を知った。
かつて聖ピーチ魔王国が首都奪回時に鹵獲した駆逐級飛空艦、奇城茨魏魏ヶ島の奪回を敵魔王ベル軍は目指しているのだ。
駆逐級飛空艦とは、言ってみれば空を飛ぶクロフネのようなものである。
確かに船の機能としては空を飛ぶというものでしかない。だがここは剣と魔法の世界である。
魔法使いが空飛ぶ船に乗っていれば魔砲撃によって空爆などの攻撃を簡単に実現することができるのだ。その威力も魔法使いによって自由自在である。
しかし、せっかく鹵獲した茨魏魏ヶ島ではあるが、聖ピーチ魔王国にとっては無用の長物といって良いモノであった。渡すのは別に構わないと魔王リナが即座に思ったほどである。
なぜなら空への飛ばし方が分からなかったからだ。
ゴブリンたちに機械の技術を問うのは酷なのであった。
神聖魔法主体の聖女たちにとってもそれは同様だ。
剣と魔法の世界に生きる聖ピーチ魔王国にエンジニアなどいないのだ!
「ふむ。見返りは?」
「なんなら、この軍の指揮権を渡しても良いぞ?」
「いらん! そんな戦力でどこを蹂躙する気だ!」
「本国のパラチオン王国への進行とかどうよ?!」
「うー。とても魅力的だが断る!」
聖ピーチ魔王国の主国であるパラチオン王国の命運はここに回避された。
「ならば同盟を結び、経済的な繋がりを持つとかどうだ! 経済的ってなんだかよく分からんが!」
そこは馬鹿野郎であった。
「よし分かった! 馬鹿野郎! それで手を打とうではないか!」
魔王リナも経済的な繋がりというのは良くわからなかったが。なんだかよさそうなのでそれで決着は図ろうとする。
魔王リナの頭はゴブリン並みであった。だって元がゴブリンなんだもの。
「よーし、それでは両軍で宴会でもしようではないか!」
「「おぉぉー。飲んで唄えや~」」
そこで初めて、参謀であった聖女たちがにやりと笑った。
聖女たちや冒険者たちのお腰には、擬人化されたゴブリンさえ懐柔するマジックアイテム「きびだんごう」が常に装備されていたのである。
こうして、後に「第二次きびだんごう同盟」と呼ばれる同盟が、聖ピーチ魔王国の総大将である魔王ベルと、ライス国の四天王が一人、馬鹿野郎との間で結ばれるのであった――
「よーし、この川せき止めて湖を作り、火の魔法で温めて巨大な温泉をつくっちゃうぞー☆」
「「わーぃ!」」
彼らはとても楽しそうであった。
即席の湖は、馬鹿野郎の手により炎に包まれて暖かな温泉場となってしまった――




