最悪な出会いを迎えてRe:Reloaded
「むぅぅ――。もう最悪な出会いすぎるんですけどぉ――」
ラララはベットの端にシーツに包まってうずくまる。
そのシアンを思わせる青い瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。
「ほら、暗部の人間が女の子を捕まえて尋問するには抵抗されないようにするしかなくてな――」
「それが最悪だっていってるのよ! もう、ハンスくんてば強引すぎるんだから!」
ぽかぽかと俺の胸を叩く少女だが、痛みはまったくない。
攻撃力は相当に低いのだろう。
(あれ? なぜに俺の名前を知っているのだろう?)
やはりどこか他国の暗部か何かに違いない。
俺はそう確信した。
「――いたいけな美少女とは言え、君はあやしすぎる。そう、例えば周辺国のスパイか何かと思うだろう? 尋問するのは暗部の役目だとは思わないかね――」
「ハンスくん! 私はラララといいます! 一応、ラララ機関という商会のトップをしているのだから、どこか夜にそこら辺ほっつき歩いていたっていいじゃない。商売よ? 商売? 分かる? 私売人です! 売人なんです! ギルドにモノ売ってます! メインの商品は冒険者ギルドプレートです。ギルド間通信用の各種アイテムなんかも売っています!」
「だいたい、その設定がおかしいだろ。商会の会頭がそんな君みたいに若い訳がないだろう?」
「え?! 私ってば400歳超えてますが? ハンスくん、それなのに若いだなんて……」
ラララは顔を赤くしてなぜか身体をくねくねするが、そこは恥ずかしがるポイントなのだろうか?
「えーっと。普通の人間は400歳超えないんですけどね」
「なんと! なぜ私が普通の人間ではないと分かった! ハンスくん!」
ところで覚えておいて欲しい。
この世界の人間は100歳くらいでだいたい死ぬ。
その死因は――老衰だ。
そう400歳の人間など普通はいないのだ。
ラララはわざと正体をさらそうとやっているとしか思えない。
「分かるに決まっているだろうが! 400歳だぞ、400歳! お前もしかして魔族なのか――」
実際には400歳の美魔女とかいるようだが、魔族の方が簡単に説明が付く。
魔族はこの世界では基本不老の種族なのであった。
殺せば死ぬので不老不死まではないようだが。
「ふふふ。ハンスくんにバレてはしょうがない。その正体を明かすときが今、やって来たのです!」
「あー。やっぱり魔族かー。あー。やっぱり倒すしかないなー」
俺はラララを押し倒した。
「ハンスくんやめてー。殺さないで――」
身にまとうシーツがはだける。
セリフは棒読みだ。
やけに白い健康的な鎖骨とその下が、ハンスの目に焼き付いた。
「でもほらほらぁ、今だってその気になればいくらでもやり返せるだろう? 魔族なら――」
「えぇ、それはもちろん――」
ラララは俺の挑発に応じて圧倒的な黒い魔力を増幅させる。
それは、重苦しい憎しみの怨嗟が具現化したかのような魔力であった。
「くっ……」
俺は怯むが、押し倒したまま体を動かさないことに成功する。
「なになに? ハンスくんは反撃されるのがお望みなの? それとも――続きでもする気なの?」
厭らしい魔力とともに挑発的な視線を向けてくるラララに、俺はため息をついた。
魔族の女なのだから強いのだろうが、俺にはやっぱり、どうみてもただの可愛い美少女にしか見えなかったのだ。
「ほらほらハンスくん。ご飯にする? お風呂にする? それとも、あたし?」
「――その選択なら、俺は風呂にするかだな。汗だくだしな」
俺は起き上がった。
「ほほう。ハンスくんはお風呂をお望みですか。この監禁場所にお風呂場とかあったのかしら?」
きょろきょろと当たりを振りむと、手をひらひらとさせる少女。
あれはきっと、魔法のたぐいを使おうという仕草だ。
俺はその手を素早く握った。
「きゃっ。ちょっと! ウィンドウシステムくらい使わせてよ」
「なんだそれ? ウィンドウシステム?」
「あれ? ハンスくんは見えないのこれ? えーっと。こうすればどう?」
俺は言われて始めて、彼女の周りに薄い光るプレートのようなものが浮かんでいるのに気づく。
いや――、俺が気づかなかっただけで、初めからそこに存在していたのだろう。まるで暗示が解けたかのようだった。
そのウィンドウとやらには、周辺のマップが映っている。
「へぇ、便利だねぇ」
「でしょう? ハンスくん」
俺は他のウィンドウに俺の名前が表示されているのに気づいた。
「あれ? 俺の名前?」
その表示に思わず反応してしまう。
確かにラララは俺の名前を知っていて、なんども俺の名前を呼んでいた。
それはこのウィンドウシステム表示によるものなのだろう。
「それは私の≪鑑定≫スキルのリザルトだよハンスくん。何だってわかるわよ? なんといっても冒険者プレートとかを供給する機能だって、私の能力の一部なんだから。だから――冒険者ギルドに入っている人であれば能力やらなにやら丸わかりだよね☆」
≪鑑定≫スキル――
説明しよう。それは選ばれしものしか使えない特殊なスキルである。
そう、例えば、勇者とか、魔王とかの限られた存在だけが使えるものだ。
「お前――。まさか魔王なのか?」
「あは☆ 正解! ある時はラララ機関のトップ、あるときは美少女! その実態はそう、《怠惰之魔王たる》魔王ラララと言うのです! 拍手☆」
ぱちぱちと手を叩く少女ラララ。
まさかのド直球まんまの名前であった。
ところで君、今君を覆っているそのシーツが落ちているけどいいのかね?
いろんなところが見えているのだけれど。
「――で、それをサウスフィールドの暗部の人間たる俺にそれを話して何をしようというのかね? ラララくん」
「ふふふ。ハンスくん見ちゃったからねー。私はハンスくんが勇者に追放されるその瞬間を! そう! いまハンスくんは勇者に追放されて不幸のどん底でしょう! それこそ稀代の逸材じゃないですか。まさに最高傑作! それを私が救って――」
「どうする気だ?」
「勇者に『ざまぁ』してやるのよ!」
(なん、っじゃそりゃ――)
魔王ラララの志は思いの他、低かった。
要は、魔王ラララは「勇者にざまぁ」プレイがしたいだけなのだろうか?
魔王ラララの様子を見るに、その憎悪の心根は深いようにも見える。
真っ白で清らかな身体とは裏腹の――、ひどく醜く暗い感情がその魔力に乗っていた。
陽気に見えるその姿に、しかし垣間見れる狂気が見えたのだ。
かつて勇者に勝てず敗北し――、そして、今でも勇者には勝てないと思い込んでいるのかもしれない。だからこそやりたい「勇者ざまぁ」。
当時敗北した魔王ラララがどうなったかは知らない。だが、そんな彼女の「勇者ざまぁ」がしたいという心根は、敗北し、挫折し、屈服させられた彼女にとって、せめてもの復讐心なのだろう。
たとえそれが世代を超えたとしてもだ。
勇者ざまぁ。それは魔王ラララの甘美な響き――
勇者が勇者パーティから誰かを見放して、そして追放する。
過去にそんな馬鹿なことをやらかす勇者はいただろうか? いなかったからこそ、いまま魔王ラララの勇者に対する「勇者ざまぁ」の熱は高くなったのだ。
そんな起こりえない、馬鹿な追放劇が起きたからこそその熱が高まり、最高潮に達して、魔王ラララは俺に近づいてきたのかもしれない。
俺は良い感じに、適当に、可愛らしい美少女をそのへんから拉致ってきて追放の腹いせに酷いことをしようと近づいたのだが、まさか彼女は――
「なるほど。それで――俺のことはどこまで知っているんだ?」
(まさか、それを承知で? 自ら拉致られた?)
「ん? ハンスくんが学生時代は国王の腰巾着として取り巻きだったこととか? スキルが庭師で学園の端でひそかに山芋を育てたりしていこととか? 現国王の嫁がハンスくんの初恋のひとだったこととか? それとも――幼少期のおねしょ体験とか――」
「《鑑定》でそこまで見えるのかよ!」
「えぇ、もちろん。もっと黒い話も見えるよ? ねぇ聞きたい? ハンスくん? ハンスくんのもっと凄惨な黒い歴史の話とか――」
さらに俺にとって恥ずかしい体験を語りだそうとするのを俺は全力で止めた。
純粋に恥ずかしいということもある。このまま放置すればアレやこれや、相当酷い俺の黒い話が出てくることだろう――
だが俺は暗部なのだ。さらに黒い話はいくらでもある。暗殺、脅迫、国外追放された令嬢を盗賊に襲われたと見せかけて――、そう、俺は何にでも手を出して、俺の手は真っ黒だった。
「それで――、俺に何をさせたいんだ?」
「何も?」
「何も?」
「えぇ何もよ。ただハンスくんには幸せになって欲しいだけ。『勇者にざまぁ』するために」
(何をいけしゃぁと――。俺に幸せになって欲しいだって?)
おそらく魔王ラララはそうは思っていないだろう?
ただただ、『勇者にざまぁ』がしたいだけ。
まるで、『王道の勇者パーティ追放されたよ、でも追放された子が凄くて戻って来い系の勇者ざまぁ主人公』を作り出すためだけに。
そうはさせるかよ――
「よし。分かった!」
「!? やけに物分かりが良いわね。ハンスくん」
「ただ条件がある――」
条件を出した俺に、ラララの美しい顔が薄く曇る。
ちゅん。
ちゅん。
ちゅん。
灰色スズメは相変わらず外で鳴いていた。
早朝の朝は極めて快晴で、青い空は突き抜け、白い雲がきれいに浮かんでいる――