ネグレクト勇者
現在の勇者はサウスフィールド王国の第一王子でもある。
異世界からの勇者が国によって召喚されなくなって久しい中、《成人の儀式》によって、勇者のクラスを拝命した人間は貴重であり、それなりに重宝されていた。
だが、実力としては異世界からの勇者からは遠く及ばず、現地勇者などとも揶揄されている。
少なくとも現存していると知られる6オージスの魔王たちに勇者に勝てるかというと、それはそれは絶対に否である。
せいぜいが魔族領から出てくる魔物や、地元の魔物たちを討伐できる程度だ。
逆に言えば鳥虫獣害程度であれば簡単に討伐できるということでもある。
簡単に討伐できるからこそ、勇者が増長するのには時間が掛からなかった。
だがしかし、増長する勇者に対し世間からの視線は冷ややかなものであった。
確かに魔物の討伐は苦労するであろうが、冒険者であってもそれらはできるからである。
それに対し、増長した勇者は討伐の達成感、魔物を斬る興奮に気を良くしてなにも気づかない。
現在のサウスフィールドは比較的平和な時代だ。
魔物の討伐というものは貴族から見れば過酷な肉体労働そのものであり、粗暴な勇者をそんな貴族がどういう目で見るかなどは明らかであった。
文官と武官との争いはどこの国でもあるものだが、現在のところサウスフィールドでは文官の方が優勢だ。世界は平和であるのだ。
要するに勇者は国からは単なる鳥虫獣害に対する専門筋肉労働スタッフのように扱われていた。
もちろん貴族たちは勇者にはその自覚を与えないように細心の注意を払っており、本人が気づくことはない。勇者はおだてられ高い木に登っていた。豚ですらおだてられれば気に登るのだ。勇者であればなおのこと登るだろう。
そんな文官の派閥の一つである勇者の母方の伯爵の実家にて、勇者は悲しい現実を知ることになる。
「はぁぁぁぁぁぁ? あいつが二階級特進で伯爵だとぉ? それにあの冴えなさそうな姿で女と結婚だと! そんなバカな!」
母から知らされた内容に勇者は愕然とする。
勇者は確かに勇者パーティから国王からのひも付きである男を追放した。
その勇者を追放された男は、勇者パーティ追放イコール死亡と見なされ、生きたまま二階級特進して伯爵になるという快挙を受けていたという。
「そうよ。なんてことをしてくれたのよ! ハンスくんは確かに見た目は貴族の三下のどチンピラだけど、あんなクソでも国の汚れ仕事にはだいたい関わっている暗部の人間よ。夫はそんなハンスくんを懐刀として使っている。そんな人を勇者パーティーから追放したら、夫がどう思うかなんてわかり切っているじゃない! 私だって怒るんだからねッ! ハンスくんの彼女とは知り合いなんだから――」
年齢に対して非常に若く見える勇者の母であったが、その精神年齢も低いようであった。
金切り声でヒステリックに叫ぶ母に勇者は辟易する。
「現国王を怒らせたところで、俺の地位がどうにかなるわけがないだろう。俺は勇者で、第一王子なんだぞ!」
勇者は何も分かっていなかった。
「分かってないわね。夫はそのハンスくんを学園の庭師に付けたわ。いまはハンス伯爵さまというべきかしら? ねぇここで気づかない? 今年は第二王子が学園に入学しているのよ? これが偶然なわけないじゃない。あぁ、私には見えるわ。3年後にラララ魔伯の領地を第二王子と開拓し、その功績で第二王子を王太子にする姿が――」
「そんな――、ばかな!」
第二王子はサツマ伯爵家の一族である第二王妃が生んだ、まだ《成人の儀式》を終えていない学生である。
その第二王子は現在のところ当然のようにサツマ伯爵家の派閥に厳重に保護されている。
第一王子とは兄弟であるが母違いであり、勇者方のアインズ伯爵家とは互いに切磋琢磨といえば聞こえが良いが、要するに敵対関係を構築していた。
そのためアインズ伯爵家の人間がサツマ伯爵家に近づくことはなく、その逆もないため、世情に疎い勇者が母親に言われるまで第二王子の入学の話を知らなかったのは寧ろしかたのないことであった。
「ま、同時に入学する夫の兄の庶子の子には手は打ったけれどね。サツマ伯爵家で保護されている第二王子は、さすがに私からは手の打ちようがないからね。私は第二王子派に鞍替えするわ。貴方には多少の支援もするけれど、あなたはあなたでせいぜい頑張ることね」
夫の兄の庶子の子とは何か? が勇者にはよくは分からないが、突き放すような母の言葉に勇者は愕然とする。
「そんな――、母上は私を助けてくれないのですか?」
「そりゃねぇ。私も自分の身が大事だもの。今の地位には満足しているし。領からの収入だってある。私から第二王子に攻撃さえしなければ後はどうにでもなるわ。あなたさえいなければ。この前だって夫はミラーで私を楽しませようとしてくれたしね。あれはあれで滑稽だったわ。おかげでヒーリングスライムの美容事業なんかも立ち上げられるし――」
彼女は勇者の親である前に国王の女だったようだ。
うっとりしている母親はまだ夫を愛しているように見える。
それも、第二王妃まで捕まえて第二王子を産ませるような俗物にだ。
勇者は自身が勇者パーティでハーレムを構築しようとしていたのを棚に上げ、国王に嫌悪の情を持つに至る。
勇者はまるで母にまで『勇者ざまぁ』と言われたような寂寥感を感じた。
「では――、俺が第二王子、または、少なくともその男――ハンスを排除すれば少なくともまだ目はあるのでは?」
「そりゃぁねぇ。貴方が第二王子を排するなら私は第一王子派に戻るわよ。それしか推せる人がいないんだもの。でもね。ハンスくんの排除はさすがに無理なんじゃない? ハンスくんが無理だと、学園でハンスくんに守られることになる第二王子はもっとダメよね」
「あいつは――ハンスはそんなに強いのでしょうか?」
「ん? ハンスくん? そりゃぁ私と夫の同級生だから贔屓目があるってことも確かだけど、強いってものじゃないわね」
「は? あんなのが――」
「実はわたくし――。ハンスくんには何度も襲われたことがあるもの」
「な!?」
驚愕の事実だった。
事実であれば一大事である。
「――そのたびに夫がハンスをぶん殴って、ふっとばして止めてくれたんだけどね――」
「!?? それではハンスは国王よりも弱いというこではないですか!」
国王に倒される程度の存在である。
勇者はそれが強いとはとても思えなかった。
「でもハンスくんは次の日には殴られたことがまったく影響がないような雰囲気で、ピンピンしてたわ。どう? あれはきっと何らかの武術ね。体術かしら? ほら、これでも強くないと言える?」
それは本当に強いのだろうか?
勇者の頭上に巨大な疑問符が浮かんだ。
「そのうちに夫が『ぶん殴ったハンスくんを手下にした』って連れて歩くようになって気づいたわ。『あ。これはマッチポンプだ』って――」
「ダメじゃないですか―― それ」
どうやら驚愕の事実でも一大事でもないらしい。
勇者の母親は明らかに騙されていた。
「そうよ? ダメだよね。だからどうしたの?」
「だからどうしたの、って――」
「そうしたお陰で私は今第一王妃だし、当時夫の婚約者だった娘は第二王妃なのだから、騙されて良かったとは思わない?」
「そ、それは――」
「そうよ。この手の騙し系のテクニックを使い出したらハンスくんは最強よ! その手で嫁まで取ってるし。彼は本当に卑怯者なのだから。あぁ、ハンスくんの話題なら、学生時代に夫と一緒にバカやった面白い話をしてあげましょうか? 『電子レンジで寿司を温めたら大惨事事件』と言って御所の料理長が――」
そして小一時間、勇者は母親から自身の父と母との惚気話をさんざん聞くことになる。
勇者は、もうこいつは使い物にならないなと確信するに至った。
そんな甘酸っぱい話は、勇者には馬耳東風なのである――




