ミラーよ、ミラーよ、ミラーさん
「ミラーよ、ミラーよ、ミラーさん。 この世界で一番美しいのはだあれ?」
「それはもちろん、世界の主神たるカーキンさまです」
お后様は怒って鏡を割ってしまいそうになりました――
ここはサウスフィールドの御所の一室であり、王妃の間と呼ばれる部屋である。
ここには大きな鏡が備え付けられており、その後ろには魔王ラララが潜んでいた。
しかし魔王ラララがその裏に潜んでいることは王妃には知らせていない。
王妃はこの鏡のことを何でも本当のことを語る魔法の姿見であるとしか国王は語っていないのだ。
要は、王妃を喜ばせようという国王からのサプライズプレゼントである。
魔王ラララは≪鑑定≫を高いレベルで習得している保有者だ。
その力があれば現在のことであれば何でも見通すことができる。
だが、王妃を喜ばせようというコンセプトであるにも関わらず、ラララはその≪鑑定≫の結果を王妃にごまかすことなく伝えてしまったのだった。
忖度するということを魔王ラララは知らないようだ。
ある意味、魔王ラララは正直者であった。
国王は笑いながら、そんな王妃を慰める。
「ははは。さすがに神と人間を比較したら神の方が勝つだろう? 質問条件をもっと絞らないと一番美しくはならないな。例えば王族の女性とか――」
なるほどと王妃は頷き、そして新しい質問を鏡に対して問いかけた。
さすがに王妃も自身が神に勝てるとは思ってはいない。
「ミラーよ、ミラーよ、ミラーさん。 サウスフィールド王国の王族の中で一番美しいのはだあれ?」
「それは御所の裏手の杜に7人のドワーフたちと住んでいる、ブラックロータスちゃんねっ」
「このくそミラーめっ」
お后様は今度こそ怒って鏡を叩き割ってしまいました。
そうして、王様によるお后様へのプレゼントは失敗に終わってしまいましたとさ。
「なにそれ詳しく」
壊れたミラーさん――その実態は魔王ラララの言葉――に反応したのは王妃ではなく国王その人であった。
「国王のお兄様の非嫡出子の子供ね。街に遊びに行っているときに女の子を引っかけて産ませたみたい。さすがはサウスフィールド王国の王族だわ。手が速いこと速いこと。それから詳しい住所は御所の裏手の――」
魔王ラララと話し出す国王その人は王妃をそっちのけにして、具体的な内容を引き出そうと必死である。
国王にとってそれは王妃のご機嫌よりも重要だった。
なにより数少ない新たな王族の出現である。関心がないといったら嘘になるだろう。
魔王ラララには無理を言ってこの茶番をやらせているのだ。次があるかどうかは分からない。
「それで――、彼女は? 《鑑定》スキル持ちということは理解したけれど……」
いきなり話始める国王と魔王ラララに、王妃はジト目で問いかける。
割られたミラーの後ろに少女がいることはまるわかりだった。
だって、ミラーは粉々なんだもの。
おそらくはミラーはダミー品で、ラララが《鑑定》スキルで質問回答していたのだと王妃は当たりを付けた。
事実その通りである。
「おぉ。この娘はな。――。ハンスの女だ」
「え!? なにそれ詳しく」
いきなり王妃は国王をそっちのけにして、魔王ラララに話始める。
そして――王妃の勢いに押され、魔王ラララはハンスとのなり染めを洗いざらい吐いてしまった。
「なんてこと! ハンスくんを勇者パーティから追放するだなんて! 我が息子ながら許せないわっ!」
「うんうん。だから王妃さま! 私、勇者に対して『勇者ざまぁ』を絶対したいと思っているんだ!」
「任せなさい! おねぇさんが必ずざまぁさせてやるわよ!」
どうやら、王妃と魔王ラララはすっかり意気投合したようである。
「それで王妃さま! より美しくなりたいんだったら。まずはお肌のお手入れをなんとかしないと……」
「う。それは……。やっぱりお肌の曲がり角なのよね……」
「まず角栓を取るには、ヒーリングスライムとかどうかしら? お肌をきれいにするには魔王王朝の技術がよ。やっぱり」
「なにそれ詳しく――」
こうして、王妃はどうにも魔王ラララに手玉に取られるのであった――
◆ ◆ ◆
サウスフィールド王都、キョーの都の近くにある杜の中にある彼女の自宅で、彼女は一つの禍々しい毒リンゴを両手に持ってわなわなと震えていた。
彼女の名前はブラック・ロータス。お年頃の美少女である。
髪の毛は黒いユリのような色合いの長髪でスレンダーな身体は、年齢に対して長身であるがゆえに痩身が際立つ。読者モデル系の、男性よりは女性の方に好かれるタイプの美しさだろう。
そんな少女がわなわなと震えるのには理由がある。
前世の記憶を思い出したのだ。
それもこれも、このあやしい色をした毒リンゴを手にしたことによってだ。
その前世で、ブラック・ロータスは異世界の男性であった。
そして、西鳩オフラインIXという、たくさんの続編がある大人気乙女ゲームのメインヒロインのCV兼イラストレータであった。
そのメインヒロインをなぜ男性がやっているのか?
それは男が人気イラストレータであり、y〇utubeのいわゆるバ美肉(バーチャル美少女受肉)であるがゆえにであった。その人気を狙ったのだ。
ボイスチェンジャーを用いて声は変えていたが、比較的クールビューティキャラとして大人気で多数の登録者数を誇っている。
そんな彼は特に乙女ゲームのメインターゲットである女性の方たちには特に熱狂ともいえる支持があった。
なぜか。
この乙女ゲーにおいて、同人界隈では登場キャラによるBLが特に大人気であったからだ。
その耽美な世界で、彼はオールラウンダーである。どんなヒロインが推しと絡んでも中身はBLになるのだ。完璧というしかない。
しかも、しかもである。イラストをCVをしている男性本人が描いている。これで人気が出ないはずがなかった。
(確か――、このまま毒リンゴを食べて倒れたあと、なぜかやってきたサウスフィールド王国の第二王子さまに見初められ、睡眠している最中にキスされると目覚めて学園モノが始まるとかいったストーリーだったはず――)
男は、おぼろげながらストーリーを思い出す。
それは有名な童話をモチーフにして作られているのだろう。
それがなんの童話かは触れてはいけない話題のようなので絶対に思い出せないが、いわゆる王道である。
その後、第二王子の婚約者であった悪役令嬢を断罪することろまでが乙女ゲームとしてのお約束だろう。
そして、王道であるがゆえに難易度は簡単。1時間もせずにハッピーエンドを迎える。いわゆるイージーゲームだ。
ただし、それは最初の一周目だけである。
そこからは地獄に変わるのだ。
だって、それだけじゃ売れないじゃないですか。つまんないストーリーすぎる。
そんなものに≪どくしゃー≫さまが満足するとでも?
西鳩オフラインIXは乙女ゲームである。攻略推しキャラが1体のはずがない。
そこで、別キャラを攻略しようとすると、一気にいろいろな政治や家族の問題などが絡んで複雑化するのだ。乙女ゲーらしく、ステータスは一緒くたに『好感度』の一言で集約されるわけだが。
そして、この西鳩オフラインIXの最大の特徴は乙女ゲームであると同時に死にゲーであることである。
とにかく何かが起きるたびにヒロインが死ぬのである。破滅フラグしかない悪役令嬢どころの騒ぎではない。
代表的なエンドとしては魔王ベルが侵攻してきて人類滅亡ルートだろうか。
簡単なものとしては階段で落ちて死ぬとかまである。
とにかく死ぬ。
死にまくる。
そして死ぬたびに魔王ラララと、魔王ベルによるラララー道場とかいう謎の寸劇が始まり、どうしてこの選択肢がダメだったのか、などいちいちご高説をかますのである。かなりイラっとする。
だが、そうして死にまくらないとストーリーは進まないし、中には死ぬルートでないと得られないスチールなどもあり、それがまた死にゆく男子と道ずれに――、などとカッコいいものも多い。
だから乙女ゲームをプレイする乙女たちは積極的に黒ちゃん――ブラックロータスの愛称――を殺しまくって楽しんでいた。「全死に」のオールコンプリートを目指すために。
特に有名なのは悪役令嬢が活躍する追加パッケージだろうか。悪役令嬢が活躍するのはもはや定番である。みんなが健気な悪役令嬢に感情移入して感動するなか――、ブラックロータスは惨めに死ぬ。
そんな死にゲーかつ乙女ゲーである本作ではあるため、一番最初の毒リンゴイベントでも気は抜けない。
そう、初回ルートでなければ毒リンゴを食べたら死ぬのである。
みんな2周目で死んでとき、「馬鹿野郎ー」などと叫びつつ《どくしゃ―》が手を叩いて大喜びするのはお約束だ。そしてスルーされ、5分も掛からないうちに3周目が始まるのである。
でもね。さらに最悪なのは20周くらい連続で毒リンゴ食べ続けると、ブラックロータスに強大な魔力補正が付いて、隠しキャラである魔術師ギルドの息子とのいちゃラブルートが始まるってことは当時知られてなくてね。いつになったらこの存在しているはずの魔術師ギルドの息子ルートに入れるんだ、初期イラストにあるのにって一時期騒がれまくり、ついに検証webページが立てられたのは懐かしい思い出だ。
そして、もしかして他にもあるんじゃないかとあらゆるシーンで黒ちゃんが何度も殺されまくったのは酷いにもほどがあるだろう。いや、あるんだけど。
それはともかく、まぁ普通。毒リンゴなんて食べたら死ぬだろう。
この毒リンゴの禍々しさはホームラン級である。映像としてブラックロータスが書いたときは普通の変な色をしたリンゴではあったが、実際に見るとさらにヤバい。
非常に怪しげな魔力が湯気のようにリンゴから沸き上るのがブラックロータスには完全に見えていた。
中にシアン化水素でも入っているのではないかと思われるほどヤバい毒リンゴであり、この苦扁桃臭も頂けない。
一番イージーなルートはこの毒リンゴを食べることだが、今生きているこのルートがファーストルートである保証はどこにもない。
少なくとも、ブラックロータスの勘では絶対にやばいと感じている。
そもそも、乙女ゲームのシナリオ通りに進行するという保障すらない。
だが食べなければ――、次は狼さんに襲われるルートに移行するのだ。
「こんなのどうすれば――」
空は強く曇り、そして雨が降りそうなほど湿度をもった風が自宅の周囲を覆っていた――




