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そして始まる乙女ゲーム

 サウスフィールド王国――



 大陸の南にあるサウスフィールド王国のその南には海しかない。


 名門ではあるものの大きさとしては中位の国家である。


 その南の海の先には、かつては《怠惰之魔王たる》魔王ラララが支配していたという旧南部魔王国の大陸がある。だがそれ以外は特に特筆すべき点もないだろう。


 その国が国として成り立っているのは、とにもかくにもその支配していたという魔王ラララを倒した名声によるものである。

 いまでもその南部の大陸で鹵獲したミルクなる謎の白い液体を輩出する白毛豪牛や、美味なるミルクコーヒーを生み出す黒毛豪牛といった牛さんたちの発祥の地としても有名ではある。だがそれらの血は拡散されてすでに世界中で飲まれるようになり、今では発祥の地という意味しかない。

 かつては異世界(かがわ)の勇者を国王として頂き、まれにその子孫も《勇者》クラスを《成人の儀式》において得ることから、一目置かれているようなところもあるが、そんなことを言いだせば、世界中の王族関連は全て《勇者》の子息であるような世界であるので、やはり特筆すべきか、といわれるとそうでもないかもしれない。


 そんなサウスフィールド王国ではあるのだが、その王国では今まさに全土を騒がせるような大騒動が始まろうとしていた――


 その発信地点となるのは、サウスフィールド王国が王都、キョーの都の中心にある御所のとある一室である。




 ◆   ◆   ◆   ◆





「えーっと、何か申し開きをするような点はあるかね? ハンス!」


 サウスフィールドの国王である彼は、とても低い声で俺に威圧を掛けてくる。

 その声が怒りに震えているのはたとえ暗部の俺でなくとも分かるだろう。


 バンっ! と机が叩かれることはなかったが、国王の射貫くようなその視線は強いものがあった。



 王の執務室の壁には真っ白なスクリーンが張られ、そこには俺とラララが寂れた魔王城で世界征服するぜー、みたいなことを叫んでいるシーンが写しだされていた。

 それも繰り返しだ。


 これで怒こりださない国王がいることの方が逆にすごいと言えるだろう。

 しかも、映し出されているのが、どうみても学生時代一緒にバカなことをしていたバカだったりした場合は特にである。



 俺は、王のいる執務室のソファーに座らされている。

 その横にはラララが抱き着いて顔を俺の右腕にすりすりしていた。

 国王にいちゃラブをアピールでもしたいのだろうか?

 すまし顔のラララもなかなかに可愛らしい。

 そうだ。あとで押し倒しておこう。


「えーっと……。勇者パーティを追放されて、むしゃくしゃして魔王を倒して来ました」


 俺は素直に答えた。


「わー。ハンスくーん。かっこいー」


 ラララの素直な感想なのだろう。まるで子猫みたいだ。

 そして、さすがは魔王である。国王のプレッシャーをモノともしないようであった。

 あぁ、ラララはかわいい。左手で顎をくすぐればきっと、ごろごろと鳴くに違いない。


 その対面で国王は頭を抱えた。

 そりゃぁ、世界征服しようという魔王ラララが自分の執務室で男といちゃいちゃしていたら頭の一つも抱えようというものである。


「お、お前は――、それは倒したではなくて、押し倒しただろうが――」


「分かりました。訂正します! 押し倒しました!」


「開き直るなぁ!」


 こんどこそ、国王は机を台パンした。


 パン!


 国王が使う机である。

 その音は、とても高価な音のような気がした。


 きゃー。とラララの嬌声が耳そばで聞こえる。


「お前というやつはいつもいつも――トラブル起こしやがってぇぇ。

 ――とはいえ、うまく活用すれば利益にもなるか……」


 頭を抱える国王だったが、ラララを見ながら急に方向転換を図ったようだ。

 そんな国王の反応に、おや? という表情をラララは浮かべる。


「あれ? 国王さんてばてっきりハンスくんともども私を幽閉しよう! とか言うと思ったのに?」


 ラララのそれは何か新たなトラブルを期待するような口調である。


(あぁ、ここで戦闘系の騒ぎになったらどうしようかな――)


 暗部である俺は、国王とラララを天秤に掛けてみる。

 ――どちら側になるかなんて、初めから決まっていた。


「よせよせ。お前が魔王ラララというのであれば、我々人類がいくら束になっても敵わんよ。忌々しいことに、たとえ息子の勇者であっても、先祖の勇者からは何段も落ちる存在だということは分かっているからな」


「なんだ詰まらないわね? さすがはサウスフィールド国王さま。≪鑑定≫スキル持ちね」


「あぁ。サウスフィールド国王は代々王座で来た人間に、次のレベルまでに必要な経験値を教える大事な仕事があるからな。それに、≪鑑定≫スキル持ちはお前もだろう? 魔王ラララ。だいたい、お前がそんなに悪い存在でもないことも分かっているからな――。たとえ、王族の先祖にあたる勇者を殺したのがお前だったとしてもだ――」


 俺はラララを思わず見つめた。

 お前、そんなことをしていたのか――

 お前、昔の勇者に恨みを持ってヤツあたりで今の勇者に「勇者ざまぁ」したいんじゃなかったの?


 ラララが人を殺すことなど容易に想像はできないが、彼女は魔王である。

 やるときにはやるのだろう。


「なるほど――。それで国王さま。この時代でも勇者の死因については知られているの?」


「あぁ知っているとも――。腹上死だってな――」


 国王は半分笑っていた。


(それは――。ある意味人生の夢だな――)


 俺は思った。彼女は魔王である。

 ヤるときにはヤるのだろう。


 俺はラララが舌なめずりして勇者に襲いかかるシーンを容易に想像できた。


「えぇ、あのとき勇者を倒すのにだいたい70年掛ったわ。どう? ハンスくんすごいでしょう?」


 それは褒めて良いことなのだろうか?

 とりあえず褒めて欲しそうだったので俺はラララの頭を撫でておいた。

 ラララの金髪ってすべすべで手触りがすげー気持ちいいな。

 それに、体温が高くて匂いがいい。


「ちなみにハンス。これは王族の中でも秘中の秘であるからな。絶対に喋るなよ」


 それはそう。

 こんな醜態は王族の秘中の秘にもなるだろう。


 しかし、そんな腹上死情報を代々の王族は受け継いできたのか……。

 なんだろう。この国いろいろダメでは?


「それはもちろんですとも――」


 俺は無表情で頷ずくことにした。


 しかしなんだ。俺は死ぬまで絞られるのか?

 いや不老になった俺は最後まで頑張れるはずだ。

 ラララが赤い舌が小さく動いたように見えたのは気のせいだろうか。


「それで魔王ラララ。貴殿は世界征服がしたいとのことだが、さてどうするね? 我が国に悪影響がないのであれば手伝うが? まずは国家承認か? それから同盟か?」


(ちょっと――)


 国王の言うことに俺は目を見開く。


「国王! それはさすがに……」


「さすがに? さすがになんだというのだ?」


「世界征服をサウスフィールドが先導するというのは、ちょっと――」


「なんだ。お前らが言い出したことだろうがっ」


 国王の横で『魔王ラララと世界征服しちゃうよ映像』は、永遠と繰り返されている。


「いや、それはそうですが、あれは言葉のあやと言いますか――」


「いいかハンス。一つ良いことを教えてやろう」


「はい。なんでしょう?」


「儂はな。野心家なんだ――」


 国王からそんな言葉が出てくるとは思わず、俺はびっくりした。

 横でひゅうー、とラララは口笛を吹いて喜んでいる。


 国王はにやりと笑った。

 その顔に、俺は全てを理解してしまった。


(あぁ息子が勇者だということで、いろいろ鬱積していたのだろうな……)


 俺には分かる。

 国王も勇者といろいろと比較され続けたのだ。


 平和な時代。とくに何もせず無事に治世を執り行う国王と、激動の時代で活躍する息子の勇者――

 どちらが華々しいか。

 もしかしたら、国王が俺を勇者パーティに入れたのは勇者の足を引っ張るためだったのかもしれない。


「俺が野心家だったとしたら、国土が広がるのならば、国力が大きくなるのは、とても良いことだろう? そう判断してもおかしくないだろう? それが魔王の手だとしてもだ。表立っては手は貸さないが、裏からでは何でもしてやろうではないか――」


「ちょっ――」


(なにか大事になってしまった――)


 厳重注意処分とかされて、怒られて終わりとか思っていたのはさすがに甘すぎたようだ。

 保護観察送りとかで俺には十分だったのだがな――


「それになハンス。お前ならなんとかするだろう? お前と俺の中じゃないか――」



(何かあってもハンスなら最終的にギャグで終わらせることができる――)



 国王の目はそう言いたげだがそんな能力、俺にはそんな能力ないから。

 今度は俺の方が頭を抱えるほかないだろう。


「なるほど。さすがは国王さま。ハンスくんのお友達なんだね。

 じゃぁ――、こういうのはどうかしらぁ?」


「なるほど――。ではまずは日取りを決めて――」


 ラララと国王があれこれと密談をかわし始める。


 俺は思った。





 この国、もうだめかもしれない―――


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