もう扉を(怖くて)開けない――
扉を抜けると雪国だった――
えー。そんなことは普通無いわけだが、実際にあった現場を押さえてみました。俺ことハンスです。
さて、先日はラララに連れられて旧南部魔王国に行ってきたわけですが。
怖い。直属上司の国王にこの話を持っていくがとても怖い――
いや、すぐさま行って釈明するとかの方が良いだろうか?
土下座した方が良いのかな?
ともかく俺とラララが住んでいる環境が良すぎたのはダメな要因だろう。
扉でどこへでも行ける環境があり、ドアツードアで世界を行き来できる。そりゃぁ各地に観光に行かないという手はないだろう。
そう、現実逃避である。
扉の先は主に冒険者ギルドであったが、冒険者ギルドではラララは各地の冒険者ギルドマスターよりも上の扱いを受けていたのが印象的だ。
それもそうだろう。ラララは何年経っても美少女のままで、冒険者プレートの販売を牛耳るナゾの高位魔法使いという立ち位置である。
そして冒険者プレートを迅速に扱えなければ冒険者ギルドにとってまさに死活問題だ。新規の冒険者にステータスを示すプレートが渡せないとなったら、そこの国の冒険者ギルドの面目が潰れかねない。
そんなラララを怒らせたらどうなるか――。冒険者ギルドマスターの首の一つや二つ、安くもなるだろう。
そんなラララと一緒に扉から出てくる俺に対しては各地のギルド職員はぎょっとした顔を見せるが、ラララが一言「ギルド関係の護衛です」といえばみんな納得した表情を浮かべる。みんなどこのギルドの関係者かは知らないが、さもありなんということらしい。
ラララは放置しておくとどこか危なっかしいので(具体的には男に襲われるなど――)、護衛がいることは好ましいと思われているようだ。中には「俺も一緒に」などと言ってくる人もいるくらいである。ラララはもちろん、やんわりと断るわけだが。
そんなこんなで各地を転々として世界の料理などを楽しんでいたわけだが、その場所は格が違っていた。
その場所とは――聖地である。
聖地――
天界と呼ばれる神々が住む地域の名前を指すその場所では、しかし残念なことに一柱の女神が横たわってポテチを食いながら、板状のものを読みながら何かニヤニヤしている。
なぜこの女神が残念なのか。
その彼女の周りにはゴミが散乱していたからだ。
書籍系とか、布団系のものはまだ良い。
食品系の食器やら食べかけのものがあったりすると、そこから腐り異臭を放つ何かが存在しているのはかなり頂けないものがある。
しかし、女性からは聖なる気を放っていて、どこか神々しい。
ゴミ屋敷の女神とかいうパワーワードが俺の頭を過った。
「ほら、とびっきりの場所でしょう?」
ラララは笑う。確かにとびっきりの場所だろう。
いや、笑いごとではないと思うのだが。
「彼女は何者なんだ?」
かつて俺も神に会ったことがある。それは≪成人の儀式≫で《庭師》クラスを与えられたときにだ。確か名前をちくわ大明神といったか――。その神よりも何倍も神々しい神気を放つ彼女が一体何者なのか、その神気にも耐える謎の腐った食べ物と同じくらい興味が出てきた。
「彼女はなんと!」
「なんと?」
「彼女はなんと、女神カーキンさんです! カーキンちゃんこばわー!」
「おぃまてやこら! 女神カーキンって、この世界の主神じゃねぇかぁ!」
思わず俺はツッコミを入れずにはいられなかった。
だってそうだろう。
いきなりこの世界の主神に会わせられるとは思わないじゃないか。
「まぁまぁ。そこにいるのはラララちゃんじゃないかねぇ。おやおや、そこにいるのはラララちゃんの良い人なのかい? あらあらぁ? それなら私自ら、《結婚術式》で祝ってあげようかい? ねぇねぇ」
女神カーキンが寝転がりながらこちらの方を向いた。
女神カーキンの声は、涼やかなラララの声と違い、どこかおばさん臭かった。
「まぁそういわず。人生の墓場というものは一度は体験してみないと分からいものだよ? それともどうだい? いっぺん、死んで見る?」
「なんだこの物騒な女神は――」
腕を伸ばし寝転がりながら、しかしぐったりしている女神は、その神聖なる神々しい力以外、見る影もない。
身体も顔も良いのに、ぼさぼさの髪が全てを残念なものにしている。
部屋はまるで蛍光虫が天井にいるように白く明るいが、どこかもの悲しいように見えるのは俺の気のせいなんだろうか。
俺は頭を軽く押さえながらラララを右手で引き寄せて声をかける。
「ところでなぁ、なんで主神と魔王が一緒にいれるのだ?」
普通神様と魔族が一緒にいたら、ただちに殺し合いとか始まるものではないのだろうか?
「そりゃもちろん、私とカーキンちゃんは友達だからでーす!」
「あらあら。ラララちゃん私のことを友達って言ってくれるのぉ。うれしいわねぇ」
主神カーキンが右手を上げると、そこに手を合わせるのはラララだ。ハイタッチのつもりだろうか。
普通、神と魔族とは相いれない関係ではないのだろうか?
だって神だぜ? 普通魔族とは敵対するもではないのか? ましてやラララは魔王である。
「あらあら。なんだい? そんなことも知らないのかい? そもそも、魔族とは、ヒトが魔力で作ったヒトであるという定義なんだが。それを知らないのかねぇ。最近の子はまったく勉強が足りないねぇ――」
「は? なんだそりゃ?」
驚いている俺に答える女神カーキン。
どことなく楽しそうなのはなぜなのだろう。
神とは常に慈愛の心を持つ――、そんなこととは何か違うような気がした。
「それでね。カーキンちゃん。お願いがあるのぉ」
そんな中、ラララが甘えたような声を響かせる。
これは俺にも分かる。彼女が無理難題を言う時の合図だ。
これからなにが起こるのか。恐ろしい。
「あらあら、ラララちゃんからお願いなんて珍しい。なんだい。おねぇさん。なーんでもあげちゃうわよぉ~」
「あのね? わたしぃ世界征服したいからぁ、この世界をちょうだい!」
は? 何を言っているのだこいつらは――
「んー。いいわよぉ。どんどんあげちゃうねぇ。じゃぁ今日からラララちゃんは主神カーキンを名乗るが良いわぁ――」
呆然としているなか、俺の思惑をハズレ、物語はあらぬ方向に進んでいった。
「うー。これをこうして、こうして――」
女神カーキンが手の平をよそよそと動かしている。
何かの手続きを行っているような様子だ。あれはラララにも見せてもらった、ウィンドウシステムか?
それが終わると女神カーキンの神聖そうな雰囲気が消え、禍々しい魔力のようなものに包まれていくのが感じられる。この部屋のゴミによくなじむような感じと言えばよいのだろうか。
逆にラララの身体からは清楚な気のようなものがあふれ出すように感じた。
清楚とはなんだろうとは思うが、ともかくそんな雰囲気である。
「はい。世界征服完了ーっと、ハンスくん! この世界いるぅ?」
(しゃ、しゃれになってないのだけど――)
この女、主神から世界を奪いやがった。
「あれ? もしかしてドン引きしている?」
「あらあら? もしかして、魔王を嫁にしようとか考えている男が、そんなことでドン引きしたりするようなヤツはいないよなぁ」
かつて主神カーキンだった女神はまるで邪神のような気配を漂わせている。いや、これが元の姿だとでもいうのだろうか? 美人であるにも関わらずニヤニヤした笑顔が、俺は怖いと初めて感じた。
「ははは。まさかぁ―」
俺は答えに窮したため、曖昧な言葉を返した。
何を答えたらよい? 変に巻き込まれたら大変なことになるだろう。
いや、すでに大変なことになっている。
そう言わざるを得ない。
そんな中、頼りになるはずのラララが急に倒れるように跪いた。
「(うー。いろんな情報が入ってきて)頭が沸騰しそうだよぉ」
頭を抑えるラララの姿に俺は立ち尽くすことしかできない。
その姿はかなり痛々しい。
あれ? でももしかして、これって俺のためにやったことなのか?
本気で世界征服をしようと――
思っていたものとは違っていたが、彼女は本気で――
それでこんな風になるなんて――
どうすれば良いのだろうか?
「おい。大丈夫なのか?」
邪神になり果てた女神が俺に囁く。大丈夫なわけないじゃないと。
「もちろんしばらく安静にしておけば治るに違いないだろうねぇ。もっとも、こんな汚部屋ではなく清潔な場所でなければの話だけれども――」
俺はラララを抱き上げた。
ならばこの汚部屋からはともかく出て、安全な場所で安静にさせないと――
俺は部屋の扉に手を掛けた。
だが不穏な雰囲気を感じる。俺は女神を見た。
女神は薄い笑いを張り付けたままだ。
何がそんなにおかしいのだろう?
もしや――
(そういえば、この部屋の扉をラララではなく『俺』が開けたとき、繋がる場所はどこなんだ?)
いつもいつも、ラララが魔力を通して≪扉≫を開けていた。
もしも俺が開いたときにどうなるのだろう?
普通なら、その扉の先が開かれるだけなのだが――
「おやおやぁ。お外に出ようというのかね。この扉の先はなにもない聖域だねぇ。開けた瞬間に空気すら無いから一瞬で死ぬだろうけども、はてさて試すかねぇ?」
俺はすぐさま扉から手を引っ込める。
さすがに死にたくはない。
抱き上げたラララが見上げてくる。
その温もりは、いままでと違ってひどく冷たく感じる。
「それでね? ハンスくん。この世界――いる?」
ラララは弱弱しい口調で、俺に世界の征服を促したのだった――
俺が引き継げばラララが背負っている痛みは消えるだろう。だが、そうなれば――




