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都を追われて、ひとり旅 (ただしネコもいます)  作者: 新 星緒


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7/9

襲撃

 ネコが王女と知ってから数日。のんびり旅も道程が半分を過ぎた。

 よくよく考えると、ビアンカは都を出るのは初めてだった。他の兄弟たちはあちらこちらに視察という名目の物見遊山に出掛けているというのに。だから彼女は見るもの全てが新鮮で楽しいらしい。旅のペースを上げることは可能だったが、彼女がゆっくりで構わないわと言うのでその言葉に甘えた。俺は新任地なぞには行きたくないのだ。しかもネコとの旅はネコの正体さえ考えなければ、木っ端微塵になったプライドとどうしようもない惨めさを癒してくれるから気に入っている。

 だけどビアンカは早く愛しのブレソールに会いたいのではないのか?

 十歳近く年下の若い王女の考えることはよく分からない。


 今日もネコは俺の首から下がった鞄から頭だけを出して、過ぎ行く風景を見ている。誰がなんと言おうと笑おうと、可愛いことは間違いない。これがもしビアンカ本人が俺の前に座っていたら大変なことだ。のんびり旅なんてしていられない。頭から頭巾でもかぶせて馬を走らせなければいけないだろう。


 俺は手綱から片手を離すと、ネコの頭のてっぺんを撫でた。それからひげのまわり。いい毛並みだ。昼前に井戸の水をもらって洗ってやったから、ふわふわしている。もちろん中身について、深く考えてはいけない。そもそも泥とクモの巣にまみれたぼろぞうきんが王女のはずがない。


 撫でられるがままになっているネコ。いずれこいつとは別れる。俺はネコなくして新天地でやっていけるのだろうか。そこではきっと俺は見下される。華の近衛隊から追い出された情けない奴として。更にその理由も知られていたら、白い目で見られることだろう。どうせ誰も冤罪だなんて信じちゃくれない。俺はきっとやさぐれて酒浸りになる。間違いない。

 でもこの温かいもふみがあれば……。


 ネコの耳の後ろを撫でていると、ゴロゴロと聞こえてきた。良い心持ちになっているらしい。いったん馬をとめて休もうか。

 朝から山道に入っている。日陰が多くて平地より暑さは和らいでいるが、上り続きな上に道も悪い。馬は疲れているだろう。街道のはずだがすれ違う旅人は少ない。城を出る時の説明では危険はないと聞いていたが、先ほど『魔熊に注意!』との看板があったからそのせいだろう。魔熊は基本的にはおとなしいが、身の危険を感じたら猛攻を始める。普通の人間ならひとたまりもない。騎士である俺は倒せると思うが、魔熊には近寄らないのが一番の対策だ。


 休憩をとろうと、撫でる手を止めようとしたその時。ぞわっと全身の毛が逆立った。


 ──殺気だ


 そう思った瞬間、目前で光が爆発した。

 驚いた馬がいななき後ろ足で立ち上がる。何が起こったのか分からないが振り落とされないよう、どうどうといなす。


 と、ネコが鞄から飛び降りた。

「おいっ! 離れるなっ!」

 叫ぶとほぼ同時に、突如目の前に何かが出現した。足首まであるダークブラウンのコートに、フードを目深に被っている性別不明の三人だった。彼らが手を前に出し、呪文を唱え始める。まずい、攻撃される。

「ビアンカッ!」

 馬から飛び降りネコを抱えようとしたが、いなかった。代わりにそこにいたのは、ビアンカ本人。俺に背を向け敵に対峙し、やはり呪文を唱えている。

「ビ……」

 三人の敵から一斉に放たれる雷のような光、だがビアンカの前で止まり四方八方に跳ね返る。彼女がシールドを張っているのだ。だが光は止まらずビアンカの横顔が苦痛に歪む。手助けしたいが高度すぎる。魔法はそこそこの俺はシールドなんて張れない。攻撃する剣の威力を増すくらいしかできないのだ。

 俺にできるのはビアンカを囮にし前面のシールドを迂回して、敵に斬りかかることぐらい。だが成功率は低い。


「待ってくれ!」俺は敵に向かって叫んだ。「目的はなんだ!」

 ビアンカの顔から汗が垂れ、付き出した手が震えている。もう限界なのだ。

 素早く彼女の前にまわり、抱き寄せる。背中に巨石がぶつかったような衝撃。体がビアンカごと吹っ飛ぶ。このままじゃ彼女が下敷きに。

 必死に体をひねる。背中を地面に叩きつけられ、斜面を滑り落ちる。


 ビアンカだけは守らなければ。

 俺の癒しのネコなんだ──。


 体中の激痛と衝撃に意識が遠退きそうだ。

 だが気を失っている場合じゃない。必死に己を叱咤し半身を起こす。三人の敵がおもむろにこちらにやって来る。


「目的は何だ!」

 俺は再度叫んだ。

 どう考えても山賊の類いじゃない。これだけ魔法が使えるなら、もっと良い仕事があるはずだ。俺が狙われる要素はないから、奴らの目的はビアンカに違いない。

 彼女を背中に隠し、両手を広げる。


「さっさと渡せ」

 真ん中の敵が言う。男の声だ。

「彼女は渡さん!」

「とぼけるな」

 男が手を上げる。

「待って!」

 ビアンカが俺を押し退け前のめりになる。

「マテウス様は何も知らないの! 珠はあなた方が今、弾き飛ばしたわ!」

「ビアンカ?」

「背負っていた鞄に入っていたのよ!」彼女は必死の形相で叫ぶ。「木の小箱よ、細長い、書状入れ!」

 三人の敵が周囲を見渡す。俺が背負っていた背嚢は、さっきの攻撃で破壊されたらしい。千切れた切れ端が幾枚か落ちている。


 だが、書状入れ?

 ビアンカは震えながら、前ににじり出て俺を背中に庇おうとしている。そんな彼女の肩を掴む。


「あったぞ!」

 声が上がり見れば、敵のひとりがそれを手にしていた。不思議なことに綺麗に形を保っている。背嚢はズタボロなのに。魔法で封をしてあるとは聞いていたが、それだけではなかったらしい。

 三人は丸くなりひとりがそれを開け、丸められた書状を取り出し開く。

「よし」

 という声。何が『よし』なのか、俺のところからは何も見えない。


 とにかくビアンカを俺の後ろに。剣はすっ飛び敵の向こうに落ちているし、俺の魔法が役に立たないのは明白だが──。

 奴らは書状を捨て、箱だけ懐に入れた。こちらを見る。

「マテウス様を殺さないで!」

 ビアンカが震えているのに懸命に俺の前に出ようとする。

「彼は何も知らない、利用されただけなの!」

 ひとりが手を上げ呪文唱え始める。が、それを別のひとりが制した。

「手に入ったのだ、もういい。王女を殺すと後々面倒だ」

 最初に『とぼけるな』と言った男だ。我が国の言葉だが、少し訛りがある。

「王女?」と制された奴が呟き、それからチッと舌打ちをした。

「引き上げだ」と男が言い次の瞬間、三人は現れたときと同様、突如として消えたのだった。


 ビアンカを見る。彼女も俺を見た。涙が浮かんでいる。

「ごめんなさい」

 そう言う声が震えている。


 何が『ごめんなさい』なのかとか、あいつらは何者だとか、マテウス『様』って何だよとか、言いたいことはたくさんあった。体中がクソ痛いし。

 だけど俺が口にしたのは、

「助かった。ありがとな」

 だった。


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