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都を追われて、ひとり旅 (ただしネコもいます)  作者: 新 星緒


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4/9

発見!

 肩掛け鞄を買った。きなりの帆布でできている実用重視タイプだ。


 ネコはまるで俺の飼い猫かのように、ずっとついてきている。休憩中に時たま姿を消すこともあるが、必ず戻って来る。そんな時はぼろぞうきん姿のことが多いから、きっと派手に遊んで入るのだろう。

 動き回るのが好きなヤツが道中、背嚢の中に閉じ籠っているのはツラいのではないか。

 そう考えて買った鞄だ。

 底に衣服を詰めてネコを入れ、首から下げる。フタはついているが留め具はないから出入りは自由だし、隙間から頭も出る。


 ネコは気に入ったようで、馬に乗っている最中は鞄から頭を出して外を見ている。俺とすれ違う者の中にはおかしそうに笑うヤツもいるが、そういうヤツらはきっとネコを飼ったことがないのだろう。

 俺もこいつを飼っているわけではないがついて来るというのなら、苦しい思いより心地好い思いをさせてやりたい。


 俺ははめられたのに誰も信じてくれず、かばってくれず、見送りもなくひとりで旅に出た。溢れんばかりの屈辱と怨嗟でいっぱいだった。もし俺が魔法に長けていたなら、犯人とは言わず近衛兵全員を、いや、城にいる全ての人間を呪っていたかもしれない。


 でも、ネコがいた。

 ネコは柔らかくて温かい。夜は俺のそばで丸くなって眠り、昼間の休憩中は我を忘れてのびのびと遊ぶ。そんな姿を見ていると爆発しそうだった苦しみが、少しずつ収まっていく気がする。


 このネコがなんでついて来るのか知らん。だが最近は、もしかしたらこいつも城にいられなくなったのかもしれないと、考えている。

 こいつはネコのくせに食にうるさいらしく、生肉を食わないのだ。道端で死んでいた鳥はもちろんのこと、肉屋で買った高級肉もダメだった。ということはネズミは捕れない。つまり、城に住む資格がないということだ。メイドあたりに役立たずだから出てけと怒鳴られ、逃げた先がたまたま俺の背嚢の中だったのではないだろうか。


 ネコと俺は居場所を失くした者同士。ネコなりに俺に自分と同じ雰囲気を感じとり、ついて来ているのかもしれない。会話ができない以上、それが正解かは永遠に分からないが。





 午前に一回、昼飯を挟んで午後にも一回、休憩をとるのが日課となっている。もっともネコにとっては休憩じゃなくて遊び時間だろうが。

 今日最後の休憩場所はのどかな果樹園地帯だ。花をつけた葡萄の木が連面とどこまでも続いている。正直なところ他人と関わりあいたくないから、敢えて人の姿がないところを休憩地に選んでいる。悪意がなかろうが、俺のことをあれこれ尋ねられたりするのはゴメンだ。


 水を飲んだネコは軽やかな足取りで去っていく。俺は木にもたれて目をつぶった。

 ネコは必ず帰ってくるから心配はない。ひと眠りを──。


 はっとして起き上がる。

 先ほどすれちがった農民の娘がネコに目を留めた。鞄から顔を出している姿が可愛いと褒めるのでちょっとだけ見せてやったのだが、その娘が去り際に髪につけていたリボンをくれた。野良ネコじゃないと分かる印をつけておいたほうがいいと言って。

 休憩のときにネコの首に結ぼうと思っていて、忘れていた。

 立ち上がりネコが去ったほうを見る。緩やかな下り坂。所々に剪定した枝がまとめ置かれていて、ネコの姿は見えない。


「ネコ!」


 呼んでみるが反応はない。

 急に不安になった。

 城を出てからずっと、ネコは俺と共にいた。あの温もりまで失くしたら、俺は──。


 馬に

「盗まれるなよ」

 と無茶な注文をつけ、葡萄畑の奥に進む。柔らかな下生えは足音を消す。俺でそうなのだからネコの気配なんて完全に消えているだろう。闇雲に探したって見つかるはずがない。

 不安なんてバカバカしい。いつだってネコは戻ってきたじゃないか。さっきの場所で待っていればいいのだ。


 そう思うのに足は奥に進む。

 と、人の姿が目に入った。女だ。こちらに背を向けて地面に座っている。ひとつに結んだ長い金髪になんとなく違和感を覚えながら、

「すみません、ネコを見ませんでしたか」

 と話しかけた。

 ──そうだ、長すぎて農民の娘らしくない。

 そう気づいたとき、ビクリとした女が振り向いた。よく見知った顔。第七王女のビアンカだった。


 お互いにびっくりして硬直する。しばらくしてからビアンカはゆっくり目を逸らし、

「ええと。……ごめんなさい」

 と言った。頬がほんのり色づいている。

「まさかと思うが、本当にネコがあんただったのか」

 うなずくビアンカ。

「どうやって!」

「魔法は得意なの。城では時間がたんとあったから、ひとりで学んでひとりで遊んで。ネコになるのは一番得意な術なのよ」


 急激に足の力が抜けて、へなへなと座りこんだ。

「俺は王女誘拐犯かよ!」

「誘拐ではないわ!」ビアンカが勢いよく言う。「ちゃんと手紙を残してきたもの。『婚礼までに帰ります』って」

「だから何だ! そんなもんがあっても何にもならない! 俺はまた冤罪をかけられるんだ!」

「やっぱりそうなのね」

「……信じてくれるのか?」

「だって上昇志向の強いあなたらしくないことだもの」

 ビアンカはきっぱりと言った。

 その理由は微妙だが、俺を信じてはくれる。初めての味方だ。


 更に体の力が抜けて倒れそうになり、かろうじて地面に両手をついて耐えた。


「……大丈夫?」

『当たり前』と答えようとしたが、ここ数日ずっと俺といたネコは、俺が参っている姿を見ているのだ。強がったってしょうがない。どうせもう、出世も無理だし。

「……吐きそう」と正直に答える。

「いやだ!」

 ビアンカは飛び上がり俺に駆け寄ると背中をさすった。

 間近で見るまだ十七歳の姫君は、肌が荒れて唇がひび割れている。


「……あんたエサ、じゃなかった飯は足りてるのか? 食べてるのはネコの分だけだよな? ていうかなんで人の姿に戻っているんだ?」

「それは……」

 ビアンカが答えかけたその時、ぐううぅぅと彼女の腹が盛大に鳴ったのだった。


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