第98話 奴隷解放の大バクチ
甲板にはならず者たちがゾロゾロと出てきて、俺を完全に取り囲んだ。
「なんだこいつは。のこのこ一人で乗り込んできやがって、死にてえみてえだな」
「女だったら可愛がってやったのに、男じゃな。こいつはいらねえから、さっさと殺しちまえ」
下卑た笑いを見せながら、ならず者たちがジリジリと、俺に近づいてくる。
俺は甲板や海上をチラッと見渡たす。フレイヤーが墜落している様子はない。クロリーネはあのまま体勢を持ち直して、上空を飛んでいるようだ。
俺は小さく魔法を唱えた。
【固有魔法・超高速知覚解放】
周りがスローモーションと化す。まずこの魔法をかけておくのが俺の戦闘スタイル。
クロリーネのことはひとまず置いといて、この状況を何とかすることが先だ。
まず状況を整理する。
ここは船上だから火属性魔法を派手にぶちかますことはできない。船が炎上して海の藻屑と消えてしまう可能性があるからだ。
奴隷を助けに来たはずが全員死にましたじゃ洒落にならないし、俺も溺れて死ぬ。
土魔法も使えない。なぜならここは海上だからだ。
「・・・・・」
よく考えたら、とてもまずい気がする。
今頃気がついてしまったが、ひょっとして俺は一番戦っちゃ行けない場所に来てしまったのではないのか・・・。
俺に残っているのは、剣術と雷魔法のみ。
ただし雷魔法は、高速詠唱も完全詠唱も使えない。普通の魔導騎士となんら変わらない。
すなわちノーチートだ。
まずい、まずい、まずい。考えるんだ、俺。
ならず者達が小剣やナイフなど、狭い船上に適した武器を手に、俺に斬りかかってきた。完全に殺すつもりらしく、急所を的確に狙ってきている。
俺は杖を剣に持ち代えて、両手持ちに剣を構える。
この戦い、相手に組み倒された時点で俺の負けだ。体の自由の確保が最優先で、敵の動きから片時も目を離してはいけない。
俺はならず者たちの剣を注意深く避けながら、相手に触れさせないように反撃を加えていく。だが、手が火傷で皮がずるむけのため、力が全く入らない。
当然、敵は大したダメージを受けないし、すぐに俺に反撃を加えてくる。このままでは、敵の攻撃を避けるだけで、いずれ捕まって殺されてしまう。
マールにキュアをかけて欲しい!
無い物ねだりしても仕方がないため、体さばきだけで敵の攻撃を避けながら、右手を包帯でぐるぐる巻きにした上で、剣と手も包帯で巻いて固定した。これなら痛いけど、一応剣は振れる。
「なんなんだこいつ。動きが速すぎて、攻撃が当たらねえ!」
「戦いながら包帯を巻いてやがる。なめやがって!」
敵は俺のスピードに驚愕しつつも、攻撃の手を緩めない。危うく捕まりそうになりながらも、ギリギリのところでかわしていく。
そうだ、包帯は一応絶縁体だよな。なら、この前のダンジョンで試したあの戦いかたを使ってみるか。
俺はならず者をひたすら回避しながら、雷属性初級魔法・サンダーを発動し、それを敵に放たずに剣に留めた。
ところでこのサンダーという魔法、電撃を生み出すメカニズムは、媒体中の電子を魔力で加速させて電流を発生させることにある。
普通の魔導師はサンダーを空気中で用いるが、これを物理現象として分解した場合、まず酸素や窒素の最外殻電子を魔力で遊離させてイオン化し、その電子を魔力で加速しているのだ。
だがサンダーは必ず空気中で使用しなければならないものではない。だから俺は剣の中で魔法を発動させる。
剣は金属であるため、最初から大量の自由電子が中に充満している。だから魔力をイオン化エネルギーに変換して自由電子を作る行程が必要なく、魔力を全て電子の加速に使える。その分魔力効率が高くなり、結果、一回のサンダーの持続時間がかなり長くなるのだ。
さらに、剣が触れた先の敵の体内に、この自由電子をシームレスに流し込む。この行程が大事であり、これを忘れるとただ静電気がパチンと弾けるだけで、なんら攻撃力を持たない。ちょっと痛いだけなのだ。
かくして殺傷効果もある即席雷撃剣の出来上がり。
魔獣で実験済みだが、俺はならず者めがけて雷撃剣を振り下ろしてみる。
「ぐぎゃーーっ!」
雷撃剣を喰らったならず者は、苦悶の表情で甲板に倒れ痙攣した。
よし、効いている。
俺は雷撃剣を手に、ジリジリとならず者に迫った。
ならず者も一時は怯んだが、数で押さえ込もうと、一斉に俺に飛びかかってきた。
「変な魔法を使いやがるが大したことはない。こいつを早く捕まえろ」
だが俺は、奴らの動きがスローモーションで見えるため、剣をかわしながら、相手の胸元に雷撃剣をお見舞いする。
魔法はイメージ。
剣の先端からほとばしるフリー・エレクトロンが、敵の細胞を焼ききるイメージを維持して、俺は剣を振り抜く。
俺の剣に触れて、次々に卒倒していくならず者たち。俺はならず者たちの群れの中を突き進み、船の先端の方へと向かう。
とにかく、周りを取り囲まれている状態は戦いにくく、危険なのだ。戦ってみてわかったが、コイツら一人一人は強い。
海賊稼業のため戦い慣れしているし、パワーも技も高いのだ。こういう乱戦では、うちの騎士団の歩兵よりも強いかもしれない。悪者でなければ、雇いたいぐらいだ。
そうこうしているうちに、サンダーの効果が切れた。
これがなければ俺に突破力はないので、俺はその場に留まって、ならず者たちの剣をかわしながら、再び詠唱を開始する。
次のサンダーを発動するまで、どうしても20秒間の詠唱時間は必要となる。高速詠唱がほしい。
俺は2回目のサンダーをかけて雷撃剣を完成させたあと、間髪いれずに、今度はサンダーストームの準備を始める。
本当は、エレクトロンバーストでまとめて倒したいところだが、あの魔法も大量の電子を必要とする魔法で、その供給源である地面に接地していないと使えない。
あるいは海水でもいいのだが、甲板は海面から離れすぎていて、熱電子流を生み出すための供給源が遠いのだ。
つくづく船上は、俺のバトルスタイルにとって鬼門だった。水魔法や風魔法が使えたらなぁ・・・。
さて俺は詠唱しながら、再びならず者たちに対峙し、2回目となる囲み突破を試みていた。
「こいつ強いぞ。お前ら魔法防御のアイテムを使って構わない。それからバラバラで戦わず連携をとれ。とにかく捕まえればこちらの勝ちだ」
敵がようやく連携をとり始めたが、俺は構わず突き進む。船の先端部分に向かうのだ。
なぜなら、サンダーストームの範囲内になるべく多くのならず者を含めるためだ。
俺は船の先端に向けて走り抜けつつ、とてつもなく長く感じた数十秒の詠唱の末に、練り上げた雷属性魔法がついに完成した。
これでも食らえ!
【雷属性中級魔法・サンダーストーム】
船上の戦いでの唯一のメリットは、戦場が狭いことだ。船の先端近くまで辿り着いた俺の前面には、今、大半の敵が存在する。
その前面の敵も、甲板という限定した空間の中で、ひしめき合っているだけなのだ。
俺の放った魔法が発動し、その狭い空間全体を覆うように、魔方陣が空中に出現した。
「まずい! このガキは高位の魔導騎士だ。範囲魔法を使いやがった。バリアーを張れ」
「に、逃げろ!」
今頃慌てても、もう遅い。
その直後、多数の雷撃があたり一面にスパークした。
このサンダーストームという魔法。他の雷属性魔法と異なり、普通に電磁気学の法則に従って発動する。
具体的には、空中の魔方陣が極めて高い電位を持ち、下方のターゲットとの電位差により雷撃を発生させる。つまり、かみなりと同じ原理なのだ。
バリアーや魔術具により、ならず者たちもある程度の防御をしたらしいが、俺も魔力は高い方であり、魔法防御力を持たない平民のならず者たちは、雷撃のダメージをもろに受けて、バタバタと倒れていく。
高圧電流が体を貫き、皮膚や筋肉組織や内蔵を焼く。生きていれば幸運で、感電死したならず者も中にはいるだろう。
さて、ここまでの攻撃で半数近くのならず者が倒れた感じであるが、甲板にはまだ多くの敵が残っている。
俺は再び雷撃剣を握りしめて、今度は逃げの体勢から攻勢に転換し、残敵に向かって突撃していった。
そこから先ほどと同じように、雷撃剣で敵を撹乱しつつ、敵がまとまったところをサンダーストームでなぎ払うという作戦を繰り返した。このコンボは使える。
海賊としてのプライドからか、最初は俺への敵意を隠さなかったならず者たちも、次々に仲間を失っていくことで、やがて恐怖に足をすくめてその場に立ち尽くす。
ここまで魔力をかなり消費したが、やっとコイツらも戦意を喪失してくれたようだ。
だが、俺にはやつらを逃がしてやる気は毛頭ない。下手に命を助けて、油断から自分がピンチになる状況は避けたいのだ。
目につく敵は、全て倒してしておく。
ならず者たちは必死で俺に助命を求めたが、命乞いが無駄だとわかると、バラバラと船内に逃げ込んでいった。
俺は奴らを追いかけて、背後から雷撃剣を喰らわせていく。
そうやって、ならず者を一人ずつ確実に倒しながら、船の中をどんどん進んでいくと、廊下の先に扉が見えてきた。
あの重厚な作りの扉、艦橋だな。
俺が扉を蹴破って中に入ると、逃げ込んだ手下の報告を受けていたらしい船長たちが、ギョッとした表情で俺の方を振り向いた。
その瞬間、
【雷属性中級魔法・サンダーストーム】
俺は事前に練り上げていた魔法をいきなり発射した。
不意打ちである。
いきなり電撃を喰らったこの船の船長たちは、自分達に何が起きたのかわからないまま、昏倒させられてしまった。
俺は彼らをその辺にあったロープで縛り上げて、床に転がした。コイツらは外の雑魚と違って、背後関係など情報を引き出せる可能性がある。利用価値があるから、魔力を絞って生かしておいたのだ。
これで艦橋を押さえたので、この船の航行を止める。さっき俺が帆を一部切り裂いてしまったし、艦橋の伝声管を使って船底の奴隷たちに漕ぐのをやめさせたから、この船はしばらく、このあたりを漂流することになるだろう。
あとは、奴隷を解放して、フリュの救援を待つことになるが、船内にはまだ敵がたくさん残っているはずだ。
疲れた・・・。
完全に息の上がっていた俺は、しばらく呼吸を調えたあと、通信機をフリュにつないだ。
『艦橋はなんとか制圧した。現在は先ほどの海域を漂流中だ』
『ご無事でしたか! 連絡がなかったので心配してました』
フリュは少し涙声になっている。さすがに無茶をしたことを、今更ながら反省した。だがまだ作戦中、緩みかけた気を再び引き締める。
『心配かけてすまなかった。あと、クロリーネとはぐれた。彼女の様子は何か掴めてないか』
『残念ながら、ここからではわかりません』
『わかった。墜落した様子はないので無事だと思うが、救援の方を頼む』
『承知しました』
『それから・・・銃装騎兵隊は、なんとかなりそうか?』
『はい! まだ到着まで時間がかかりますが、そこでお待ちください』
『・・・ありがとう』
フリュならやってくれると信じていたが、俺は彼女への感謝の気持ちでいっぱいになった。どうやって彼女に報いればいいのだろうか。
それにフリュのお陰で、後ろにタイムリミットが生まれ、作戦に余裕が出てきた。
よしっ!
通信を切った俺は再び作戦に集中する。
今回は上手くいったが、ああいう混戦は捕まれば終わりという綱渡りだ。今後はできる限り避けた方がいいだろう。
船上という俺の魔法属性に不利な戦場を設定したのも反省点だ。だが、雷撃剣とサンダーストームのコンボが効いたのが良かった。
魔力はかなり消費したが、これで船長を含めて30人以上のならず者を片付けたことができた。
俺は懐からマジックポーションを取り出し、一気に飲み干した。相変わらずマズイ飲み物だ。
ここからだが、まだ船内にはならず者たちが残っている。だが、先ほどと違って取り囲まれることはない。一人ずつ確実に倒していけばいいはずだ。
魔力切れを起こさないように、気を付けていこう。
俺は艦橋を出て再び船内を捜索する。奴隷をなるべく無事に確保するため、ならず者が奴隷に危害を与えないよう監視する。自暴自棄になって見殺しにでもされたら、今までの苦労が水の泡になってしまう。
さてここはガレー船なのだから、男の奴隷は船の下の方にいるのだろう。
俺は辺りを警戒しながら、ゆっくりと船の下部へと進んでいった。
ガレー船は、奴隷の男性たちが巨大なオールを漕ぐことで推進力を得ている。俺は船底にそーっと潜入して、奴隷たちの無事を確認する。
俺は奴隷たちに助けに来た旨を話した。みんなとても喜んでいる。
ひとまず鎖を外して奴隷たちを自由にし、他の奴隷の居場所を聞き出す。
「奴隷の女たちはどこにいるんだ」
「この上の階の牢屋に入れられています。早く助けてやってください」
「わかった。だが敵がまだどれだけいるかわからないから、まずは様子を見てくる。それからお前たちにはまた船を動かしてもらうことになるから、すまんがこのままここにいてくれ」
俺は通信機でフリュに連絡する。
『男の奴隷は船底で生存を確認した。これから女の奴隷の生存を確認しにいく』
『承知しました。間もなく援軍がそちらに到着いたしますので、連携をお願いします』
『わかった』
賭けに勝った!
ソルレート領を侵攻するための正統性と大義名分、つまり領民の生命の保護を、この奴隷救出により得ることができた。
この成果はとてつもなく大きい。
もし俺がこの船に突入していなければ、おそらくこの船を見つけることはできず、悠々と帝国の領海に逃げ去っていたことだろう。
だが場所を突き止めた上に、海賊どもを無力化できたため、こうして奴隷を無事に解放できるのだ。
これで革命軍の犯罪は白日のもとにさらされ、シュトレイマン派では奴隷の救出は不可能であった、何よりの生きた証拠を手に入れたのだ。
ソルレートの代わりの領主なんかに、この領地は治められない。治められるのは、この俺だ。この奴隷解放はそういう象徴なのだ。
これから女の奴隷の解放や残敵の捕縛などやるべき仕事がまだ残っているが、その後の領地運営も見据えたこの大バクチに、どうやら俺は勝ったようだ。
この回を書いた後で気がついたのですが、ヒロインズが全くでてきてませんでした(通話のみの登場)。
おそらく本作初の大失態です・・・。
次回はそんなことないので、ご期待ください。