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第97話 深夜のガレー船強襲


「アゾート先輩! 急にどうしたのですか?」


 俺はクロリーネの手を引っ張りながら、男子寮の自室に向かって走っていた。


「ネオンから緊急の連絡があって、これからフレイヤーを飛ばす必要があるみたいなんだ。本当はマールにお願いできればいいんだけど、たまたまクロリーネが隣にいたから思わず連れてきてしまった。すまないが一緒にプロメテウス城までついてきてくれないか」


「これからだと夜になりますが、アゾート先輩とフレイヤーで飛ぶことになるのですか?」


「たぶんそうなると思う。嫌ならマールを探して連れていくけど、すぐに見つかるかわからないし、出来ればクロリーネにお願いしたい。ダメかな?」


 俺がクロリーネにお願いすると、彼女はとても嬉しそうな顔で答えた。


「もう、仕方がないですわね。先輩の頼みですので、わたくしがお付き合いさせていただきます。だからマール様を探す必要はございません。今回だけ特別ですよ」


「ありがとう、クロリーネ」






 俺はクロリーネを連れて男子寮に飛び込んだ。みんながドレスを着たクロリーネを見てギョッとする。


 男子寮でこのドレス姿はさすがに目立つな。たまたま階段付近に居合わせたダンも驚いて声をかけてきた。


「おいアゾート、そんなクロリーネを連れてきてどうしたんだ。・・・さてはお前も令嬢のお茶会に出てきたのか」


 ダンが自分の仲間ができたことを喜んでいるような表情をしているが、ゆっくり話をしている時間はない。


「悪いダン、急いでるんだ。後で事情を話すから、俺の代わりにこいつの男子寮の訪問許可申請出しといてくれ」


「え・・・面倒臭いけど、しょうがないな。今度なにかおごれよ」


「わかった」


 俺はクロリーネと部屋に飛び込んで、最近設置した軍用転移陣に魔力を込めて、プロメテウス城の作戦司令部にジャンプした。





 俺とクロリーネは薄暗い部屋に転移していた。


「ここはどこですの?」


「プロメテウス城4階の当主部屋の隣に作った、作戦司令部だ」


「へぇ、わたくし4階に入るのは初めてですわ」


 作戦司令部には既に、フリュ、ネオン、セレーネが揃っていた。


 キョロキョロと辺りを見回すクロリーネに対し、作戦会議卓に深く腰掛けたネオンが、ゲンドウポーズで声をかけてきた。



「ようこそ、メルクリウス軍作戦司令部へ。今回の作戦の要、メルクリウス空軍・フレイヤーパイロットのクロリーネさん」


「な、な、な、何ですの? 空軍? パイロット?」


「あなたはアージェント王国史上初の空軍パイロットに選ばれたの。フレイヤーに乗りなさい。それが嫌なら、マールを呼ぼうか?」



 意味不明の言葉を投げかけられ混乱していたクロリーネだったが、マールという名前を聞いた途端、しっかりとした口調で答えた。


「ま、マール様は呼ばなくて構いません。何をするのかわかりませんが、このわたくしがアゾート先輩のお手伝いをすることになりましたの」




 ネオンとクロリーネの話が続くが、俺は早く緊急の用件が知りたいのだ。急ぎというから慌ててここまで来てやったのに、ネオンのやつ何を遊んでいるんだよ。


「おいネオン。訳のわからない話はそこまでにして、俺たちを呼んだ理由を早く聞かせろ」


「せっかちだな、アゾートは。せっかく燃える展開だったのに」


「燃える展開って・・・昭和のアニメみたいで古いんだよ、お前のセンスは」


「そうよネオン、あなたは古いわ。第6次スパロボブームを経験した私でも、そんなベタな台詞は思いつかないわよ」


「セレーネ、意外とオタクだな」


「二人の方こそ、意味のわからないこと言わないでよ」


「お前がゲンドウポーズで余計な話をするからだ。そんなことより、早く用件を話せよ」


「アゾートこそ余計な事ばかり言ってるから話が進まないんだよ。何なの、そのゲンドウポーズって?」




「・・・アゾート様、時間がもったいないのでわたくしから説明致します。ガルドルージュが高利貸しを調べた結果、重要な事実が判明いたしました。借金を抱えて奴隷に身を落とした領民たちが定期的に外国へと移送されているのです」


「外国へ・・・。俺は奴隷制度自体が気に入らないが、王国内に留まるなら、まだ一種の雇用形態とみることはできて納得はしていた。だが外国となれば違法だし話は別だ。今までは問題になってなかったのか」


「ソルレート伯爵が統治していたころは、外国への移送は小規模だったようで、気付かなかったのか、伯爵が目をつぶっていた可能性があります。しかし革命軍が占拠したここ数ヶ月で、その規模が拡大したようです」


「そういうことか。それで移送ルートはわかっているのか」


「今夜、船で移送されるという情報を入手しました。おそらくはブロマイン帝国に運ばれるものかと」


「その船はどこから出港する」


「ソルレート領南部の港町・バーレートからです。船は大型のガレー船。運ばれる奴隷の数は500人規模との報告です。今から何らかのアクションをとるとすれば最速の手段がフレイヤーなので、念のため光属性の方をお呼びいたしました。ただし軍事行動をとるためには我々も船を使う必要があります。いかがいたしましょうか」


「奴隷を助けたい。これは単純に俺の正義感からなんだが、ソルレート領侵攻の正統性にも関わると思うんだ。領民を外国に売るのは、国そのものを売ることと同じだからね。だがフレイヤーは2人乗り。運べる人数はクロリーネとあともう一人だけ。それでどうやって助けるか」


「ガルドルージュからは、ガレー船の乗組員は奴隷商人と用心棒の冒険者だけで、貴族はいないか、いても少数だと。ただし海賊のようなならず者で腕は立つとのことです」


「・・・それならフレイヤーで俺が突入しよう」


「さすがに一人では危険だと思います。少なくとも銃装騎兵隊を何人か連れていった方がいいのではないでしょうか」


「それはわかっている。ただ今回の奴隷救出は、ソルレート領侵攻への勝負どころだと思うんだ。ここはリスクをとりたい。・・・ずるい言い方になるかもしれないが、俺はフリュが必ず騎兵隊を連れて来てくれると信じているんだ。だから最初に俺が突入して時間を稼いでおく」


「アゾート様、わたくしのことをそこまでっ!」


「フリュはどんな難しい仕事も文句も言わずにこなしてくれるから、俺もいつも頼りっぱなしで、本当にすまないと思ってる。・・・だけど今回も、君に頼りたい。俺の命を君に預ける」


 俺がそういうと、フリュは少し涙を浮かべて力強く答えた。


「わかりました。わたくしが必ずなんとか致します」



「ということでクロリーネ、俺たちは今から出撃だ。そのドレスから身軽な格好に着替えて、フレイヤーの格納庫まで来てくれ。マジックポーションは忘れるなよ」


「わかりましたわ。わたくしの力をお貸し致します。お任せ下さいませ」






 俺とクロリーネを乗せたフレイヤーが、夜の大空へと飛び立った。


 今回は俺がガレー船へ突入するということもあり、クロリーネが操縦、俺が後部座席となっている。


 クロリーネは時間があればフレイヤーを一人で飛ばしていたようで、操縦がすごく上達していた。




 フレイヤーはぐんぐんと高度を上げ、やがて雲の上を南東方向へ巡航飛行に入った。


「クロリーネはフレイヤーの操縦が凄く上手くなったな。これだと本当にメルクリウス空軍パイロットでもいい気がしてきたよ」


「空軍パイロットというのが何なのかよくわかりませんが、わたくしの操縦でよければいつでも乗せて差し上げますわよ」





 フレイヤーは満天の星空を南東に飛び続けた。やがて雲が途切れて、双子月の明かりに照らせれた地上の様子が、うっすらと確認できるようになった。


「ここはもう、城塞都市ヴェニアルの遥か南方、山脈を越えてベルモール子爵領に入った辺りだな。このままの進路でしばらく飛んでくれ」


「わかりましたわ」


 夜空に遮るものは何もなく、フレイヤーは順調に飛行を続ける。そしてフレイヤーは海上に出た。


「アゾート先輩。この下って」


「ああ海に出たな。ここからは少し高度を下げよう。ガレー船を探すぞ」


「わかりましたわ。でもわたくし海を見るのは初めてです。これが全て塩水なのですよね」


「そうだな。この大陸の周りは全て海だから。船を使えば海を渡ってどこにでも行ける。もちろんブロマイン帝国にもだ」


 フレイヤーはガレー船を視認できる高度まで下降した。ここはもうソルレート領の南方海上だ。このフレイヤーは巡航速度も早く、飛行も安定している。古代魔法文明の魔術具の性能は恐ろしく高い。


 俺はガレー船の大まかな位置を知るために、フリュに連絡をとる。魔法協会からもらった古代の遺物・通信機。雷属性と土属性の魔力で作動するこの魔術具は、ネオンが起動方法を見つけてくれていたものだ。


 フリュの通信機への通話設定にして、魔力を込める。


『フリュ、俺は今ソルレート領の南方海上にいる。ガレー船の大まかな位置を知りたい』


『事前の情報では日没とともにバーレートを出港するとのことでしたので、ソルレート領の東側、シャルタガール支配エリアとの間に位置するトリステン男爵領の南方海上をお探しください』


『了解』


「クロリーネ、ここから東に進路を変えよう。速度を落としてライトニングで海上を照らしながら進んでくれ」


「わかりましたわ」





 速度を落としても機体がブレることなく安定飛行するフレイヤー。ライトニングをサーチライト代わりにして、俺たちは怪しい船を捜索する。


 海上には商船なども航行しているため、船だからと言って手あたり次第襲撃するわけにもいかないし、今回の場合は大型のガレー船なのでおそらく見ればわかるはずだ。


 その後もフリュと連絡を取りつつガレー船の捜索を続ける。フリュの頭脳でガレー船の位置をどんどん絞り込んでいくのだ。


 そして捜索を開始してかなりたった深夜と呼べる時間帯に差し掛かった時、フレイヤーから少し北側の海上に大型のガレー船を発見した。



「クロリーネ、俺はあの船に飛び移りたい。フレイヤーでホバリングができるか」


「ホバリングってなんですの?」


「空中で完全に停止することだ」


「そ、そ、そんなことできるのですか?」


「機体をゆっくり垂直にしてみろ。それで今の高度を完全にキープできる出力で維持する。試してみよう」


 この機体の安定性を見る限り、おそらく可能ではないかと俺は思っている。


 クロリーネは機体をゆっくりと垂直に傾けて、フレイヤーの出力を徐々に落としていく。そして、大きくふらつきながらではあるが、空中に静止したと言えなくもない状態まで制御して見せた。


「すごいじゃないかクロリーネ! 今日からお前がフレイヤーのエースパイロットだ」


「ひゃいっ!」


 俺がクロリーネの頭を撫でてやると、クロリーネが変な返事をして慌てふためくのと連動し、フレイヤーがバランスを崩して背面飛行状態で、上空に急加速した。


「うわー、さすがに怖いよクロリーネ。曲芸飛行みたいになってるから、早く機体を戻してくれ」


「わ、わかってますわ。アゾート先輩がわたくしの頭を撫でられたので、つい慌ててしまいましたの」


「すまん。じゃあ一度機体を立て直して、あのガレー船の上空でもう一回ホバリングを頼む」


「わかりましたわ」





 機体を立て直した俺たちは、ガレー船の上空まで近づきホバリングを開始した。ガレー船にもマストがあるため、フレイヤーが帆に触れないように気を付けながら、船の先端部分に俺が着地できるよう近づく。


 何もない空中で静止するのと訳が違い、動いている船は風を受けながら進んでいるため、うまく速度を合わせて上空に静止するのはさらに難しい。


 フレイヤーが前後左右にぶれまくる。


 そんな状況でも俺はキャノピーを開け放ち、シートベルトを外して何時でも飛び降りられるような体勢で、クロリーネに叫ぶ。


「落ち着いていけクロリーネ。海にさえ落ちなければ、多少高くても俺は大丈夫だから、とにかく船の上をキープしてくれ」


「わかってますが、横風が強くて上手く操縦できませんの」


 やはりホバリングで船に飛び降りるのは無茶が過ぎたか。俺たちが空中で右往左往しているうちに、とうとう船の乗組員に気付かれてしまった。




「なんだ、あいつらは! 空に浮かんでやがる。敵か!」


 船内からならず者たちがワラワラと出てきて、フレイヤーに矢を射かけてきた。


「ダメだ、クロリーネ。一旦上空に逃げよう」


 普段なら矢などバリアーを張れば簡単に防げるのだが、フレイヤーにバリアーを張ってしまうと、空気の推進力がバリアー内にこもってしまい、バリアーごとフレイヤーが下に落下してしまう。


 だから今はバリアーが展開できない。このまま放っておけば、矢のダメージをもろに受けてしまうため、矢の射程距離の外に逃げる。


「わかりましたわ。それではしっかり捕まっていてください」


 クロリーネがそう言って高度をあげたとたん、フレイヤーが突風に煽られた。


 船の帆が風で広がり、そこに乱気流であおられたフレイヤーが接触、帆でバウンドしたフレイヤーが回転してしまった。


「うわぁ!」


 シートベルトを外して飛び降りる体勢のままだった俺は、その反動でフレイヤーから空中に放り出されてしまった。


 しまった。


 クロリーネは、フレイヤーを何とか持ち直そうと高度を上げて行ったが、俺は回転しながら、逆に帆の上を滑り落ちていく。


 慌てて腰の剣を帆に突き刺して、ブレーキをかける。帆が破れてできた切れ端を掴むと、摩擦で手が燃えるように熱くなる。


「くぅっ・・・アツッ!」


 もう片方の手がマストのロープに届き、そちらもしっかりと掴む。


 とにかく落下速度を落とすのに必死だったが、摩擦で両手の手の皮がボロボロだ。


 そして、マストの中間ぐらいの高さまで滑り落ちたところでやっと停止し、落下を防ぐことができた。




 そこから、痛みを堪えながらロープに両手でしがみつき、反動をつけながらギリギリのところでマストの梯子に手をかける。


「痛っ!」


 両手の負傷が思ったよりもひどく、梯子を握ると激痛が走る。


 俺がマストの梯子にいることは、当然ならず者たちも気づいていて、すぐさま俺に矢を放ってくる。


 だが今度はフレイヤーに乗っている訳ではないので、バリアーを張っても構わない。



  【無属性魔法・魔法防御シールド】



 痛みを堪えて梯子を駆け降りた俺は、ならず者たちのど真ん中に飛び降りて、左手で魔法の杖を握りしめた。


 本当はこっそり船に侵入しようと思っていたし、両手がボロボロになって、いきなりのピンチだ。


 だが、こうなってしまったのだから仕方がない。相手は魔力を持たないならず者たちだし、俺の魔力でなんとかするしかない。



 とにかく、奴隷救出作戦の開始だ。

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