第95話 初めてのお茶会
新入生歓迎ダンジョンでは、雷属性魔法について色々試すことができたし、俺自身の修行にもなってよかったと思う。
今度はソルレート領への侵攻に向けて、作戦を立案するための部屋を用意したい。
俺はセレーネから軍用の簡易転移陣を一つ譲ってもらい、プロメテウス城4階の当主室つまり俺の部屋だが、その隣にある謎の空き部屋に設置した。
そして転移陣の反対側を男子寮の俺の部屋や、セレーネとフリュたちの女子寮の部屋にも設置。いつでも謎部屋へジャンプできるよう設定したのだ。
この謎部屋の中央には大きな机を置き、机上にはアージェント王国の全体が描かれた詳細地図を張り付け、例の赤と青のブロックもたくさん用意した。また俺たち4人の執務机と照明器具も運び込んだ。
作戦司令部の完成だ。
実は作戦会議の度にセレーネとフリュを男子寮に出入りさせるのは、いくら親族や婚約者という理由があっても体面的にはあまりよろしくないし、AAA団が目を光らせていてうっとうしい。だから今後はこの作戦司令部を使って、作戦会議を行うのだ。
作戦司令部での初会合、まずはネオンの定例報告からだ。諜報機関ガルドルージュからの情報を共有する。
「フィッシャー辺境伯領とシャルタガール侯爵領への調査は続行中。新しい報告はまだ上がってきていない。物資の輸送ルートも以前不明。山脈越えルートも可能性はあるけれど、領民全てを養う量を運べるとは思えない」
「そうなるとやはりフィッシャー辺境伯領を経由している可能性が高くなるが、どうやってそんな大量の物資を一目につかず運ぶことができているのか。ガルドルージュの調査待ちだな。それからネオン、ソルレートの領民の様子はどうだ」
「革命軍のやり方に不満はあるものの、もとの生活よりましなので大人しく従っているって感じね」
「ソルレート伯爵の治世は、そんなに悪かったのか」
「貧富の差が激しすぎたらしいよ。特に近年は高利貸しが横行し、破産して奴隷に身を落とす領民が少なくなかったようね。その反面、他領との貿易が富をもたらすため、伯爵は商品作物や工芸品にばかり力を入れていたらしい。豪商もいくつか誕生していた」
「ロディアン商会だな。それに俺達が受け入れた亡命商人たちも、そういった恩恵を受けていた人たちか。結局彼らはうちに逃げてきたわけだが、商人は機を見るに敏ということか・・・。悪いことじゃない」
「アゾート様、富裕層がこちらに亡命したため、残ったのは生活必需品を扱う職人や商人、それから一般の農民達でしょう。経済は最低限の水準で維持しているものの、資金の循環は途絶えていると思います。横行していたという高利貸しは、どうしているのでしょうね」
「亡命商人の中に高利貸しはいなかったな。確かにどこに行ったんだろう。どうも気になる。ネオン、ガルドルージュに調べさせられないか」
「じゃあ、先にそちらを調べさせようか?」
「・・・そうだな頼む。だが少し調べて何も出てこなかったら、またシャルタガール領の調査に戻してくれ。今度はフリュからの報告を聞きたい。メルクリウス騎士団の状況はどうだ」
「騎士団はさらに規模を拡大し、現在は歩兵が多いものの2000人規模に拡充しています。その配置ですが、プロメテウス城には騎士団長のお義父様と兵力500を残し、城塞都市ヴェニアルには1000、商都メルクリウスには500を配備することにしています。また、銃装騎兵隊を200に増やします」
「え? そんなに銃があったっけ」
「予備も使いますが、お父様に渡した分を返していただきました」
「アウレウス伯爵と交渉したのか。やるなフリュ。それで騎兵隊200はどこに配備するんだ」
「城塞都市ヴェニアルです。サー少佐も既にそちらに着任しています」
「セレーネからは何かあるか」
「私からはフィッシャー騎士学園との交流試合の報告があるわ。アネットとサーシャにはお願いしてあるけど、戦場でのトーナメントは危ないから、予選を勝ち上がった人たちだけに限定しようと思うの。予選は普通に騎士学園の中で行う」
「そうか。なら、なにがなんでも決勝トーナメントに勝ち上がらないとな」
「そうね、がんばりましょう。それで学園の生徒全員でフィッシャー騎士学園に行くことになるけど、遠いでしょ。馬車だと片道15日はかかるわ。往復するだけでも1か月。だからアゾートに相談があるの。商都メルクリウスまで全員を転移させられないかな」
「全員となると、魔力の少ない生徒もたくさんいるし、魔石が大量に必要になると思う。難しいんじゃないか」
「親から追加の授業料として、魔石分を徴収しようと思うの。それでメルクリウス領って南北に細長いから、ボロンブラーク騎士学園から商都メルクリウスまで馬車で8日もかかるでしょ。大体中間地点よね。だからそこまで転移できれば、あとは片道7日の馬車の旅でフィッシャー騎士学園までつくのよ」
「確かにいい考えだ。そうだ、向こうで夏休みに入ってしまえば、現地解散も可能だ。片道1週間と交流試合の期間だけボロンブラーク騎士学園から離れるだけになり、魔石も移動時間も半分で済む。一気に現実的になるよ」
「そうね、その方向で調整するわね」
「それから、マーキュリー領を通るからダーシュにも相談するといい。観光しながらなら、ちょっとした修学旅行だよ」
「本当だ! 修学旅行かぁ、楽しみねアゾート」
「ねえアゾート、修学旅行って何?」
「学校の授業として、みんなで旅行するんだよ」
「なんか面白そうだね!」
「アゾート様との旅行、わたくしも楽しみですわ」
「宿の準備も必要だし、準備はそれなりに大変そうだけどな。ニコラ二等兵をコキ使うといいよ」
こうして、俺たち4人の作戦会議は終わった。
私は今日、初めてのお茶会に参加するため、食堂のテラス席に来ていた。
アウレウス派閥の1年生の令嬢4名の小さなお茶会だけど、すごく緊張する。
キラキラ光る食器に、メイドがお茶を注いでくれる。高級茶葉を使用した香り高い一品に添えられたのは、色とりどりのスイーツだ。
どれもとても美味しそうね。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。アウレウス派閥の交流を深めるために、度々このような会を催すことにいたしますので、よろしくお願いします。今回はわたくし、メリア・ガートナーが主宰致しましたが、次回からは持ち回りとさせて下さい。次のお茶会はヒルダ・アインブルク子爵令嬢にお任せしてよろしいですか」
「構いませんわ、メリア様。そうそう、今日はリーズ様も見えられておりますが、自己紹介させていただいた方がよろしいでしょうか」
「もう入学から2週間以上たってるのに、自己紹介もないと思いますわ。ヒルダ様」
「ですが、わたくしたち3人はまだ誰も、リーズ様とお話をさせていただいたことがございませんし」
ちょっと待って!
メリア様とヒルダ様の会話に、異議あり!
「あの私、先週ターニャ様とお話させていただきましたわ」
「あらそうですの? ターニャ様」
両子爵令嬢が、ターニャ様を一斉にふりかえる。ターニャ様が困惑した表情で、
「あの~、わたくしたち何かお話いたしましたか? リーズ様」
あれ? ターニャ様の反応が少し変だ。
「え、ええ。私たちは男爵家どうしで席も近いし、先週の朝少しだけお話したの覚えていませんか」
「どのようなお話でしたかしら・・・」
「ターニャ様の方から私にニッコリと『ごきげんよう』とおっしゃられましたので、私も嬉しくってすぐに『ごきげんよう』とお返しいたしました」
「・・・・・」
「・・・・・」
「あの、それだけですか?」
「はい。一週間前ですが初めての会話でしたので、私ハッキリと覚えていますの」
「・・・そ、そのことでしたら、わたくしも覚えておりますわ」
「よかった~、私の思い違いではなくて。実はその日の午後にさっそく、クラスにお友達ができたことをお兄様に報告致しましたの。私の誤解だったらどうしようかと少しハラハラいたしましたが、ターニャ様とは確かに会話をしたということが確認できて、ホッといたしました」
「・・・・・」
「・・・えっと、メリア様とヒルダ様とも先ほど会話をいたしましたので、もしよろしければ、お友達と認定させていただいてよろしいでしょうか」
「・・・に、認定でございますか?」
「お兄様からは、ボッチは一方的に相手を友達だと思い込むクセがあるので、お前の勘違いじゃないのかとバカにされましたの。そんなことはない思うのですが、念のためにお友達認定しておけば、私はボッチではないと胸を張ってお兄様に自慢できると思うのです。・・・ダメでしょうか」
「・・・そ、そうですか・・・まあ・・・はい」
「ありがとうございます。よしっ!」
「でもリーズ様は、シュトレイマン派閥のクロリーネ様と仲が良いご様子で、すでにお友達はいらっしゃるのでは」
「いえ、クロリーネ様は私の・・・いいえ、なんでもございません」
あぶない! うっかり弟の婚約者だと言いかけた。
これはまだ公表されてない情報だった。
早く公表してよ、お兄様!
「そうそう、どうしてクロリーネ様と仲良くされているのか、理由をお聞きしたかったのよ」
え~。 ・・・理由なんか言えないんですけど。
うーん。
「お、お兄様の紹介で?」
「リーズ様のお兄様って、あの有名なアゾート・メルクリウス男爵ですよね」
「学園の嫌われ者として有名ですが、確かにアゾートが私の兄です」
「でもアゾート様と言えば、フリュオリーネ様とご婚約なされて、王都のアウレウス派では話題になってるとお父様から聞きました」
「じゃあ、それを嫉妬した学園長や男子生徒たちがAAA団を作って対抗しているのね、きっと」
「わたくしが学園で聞いた噂だと、アゾート様が生徒会をプロデュースして、美少女ハーレムになさっているとか」
「まあ、ハーレムなんてハレンチな! でも英雄色を好むと申しますし、少し憧れますわね」
「あらヒルダ様はアゾート派でしたか。わたくしはマーキュリー伯爵家のダーシュ様とお近づきになりたいのですが」
「まあターニャ様はダーシュ派なのですね。ダーシュ様は次期当主なのにまだ婚約者がいらっしゃいませんし、ターニャ様は本気で妻の座を狙っているようですね」
「ヒルダ様、ターニャ様、わたくしも会話にまぜてください。実はわたくし、アイル様を狙っておりますの」
「きゃーっ! クラスメート同士で、素敵ですわね」
「でもアイル様はいつもリーズ様とご一緒なので、全然話す機会がございませんの。そういうリーズ様はどなたかお好きな人がいらっしゃいますの。・・・まさかアイル様では」
・・・恐い。
メリア様はアイルを狙っているのね。
顔は微笑んでいるようで、私を見る目が全く笑っていない。
・・・そしてヒルダ様はお兄様に憧れていて、ターニャ様はダーシュをガチ狙いと。
お兄様、ちょいキモなのにモテるなあ。
「リーズ様っ! お答えになってくださいませ!」
「は、はひっ! め、メリアさま、私はアイル様とは何でもありませんわ。だ、だ、大丈夫ですから、ご自由になさってくださいませっ」
「まあ、そうでしたのね! 安心いたしました。ではリーズ様はどなたか気になっている殿方はいらっしゃいますの?」
ふう、この女子会は一瞬も気が抜けないわね。
・・・フェルーム一族の女子会は、一族の誰が強いとか火力の話が多かったけど、この学園の女子会だと恋話ばかりね。マール先輩もそうだし。
とにかくこの3人とは推しが被ってなくて、本当に良かった。ついでにカイン派であることをアピールしておこう。
「私は皆様とは別の方をお慕い申し上げております。おっほん。私の推しメンは2年生のカイン・バートリー様でございます」
「ちゅ、中立派の辺境伯令息ですか・・・さすが魔力の高い方は違いますね」
「魔力と推しメンに何か関係があるのでしょうか?」
「・・・派閥を越えた婚姻はとても難しいので、よほど魔力に優れた令嬢でない限り、正妻はおろか側室であっても政略結婚が成立しないのです」
わりとガチの理由だった。
「・・・リーズ様には魔力の小さいわたくしたちの悩みなど、理解できないと思いますわ」
「・・・それにリーズ様はお綺麗で、いつもクラスの男子全員を後ろに従えさせてますしね」
3人からの恨めしそうな視線が辛い。
「あのぉ・・・大変申し訳ございませんでした」
「そ、そうですわね! リーズ様が悪いわけではございませんし。それにクロリーネ様の話がいつの間にか恋話になってしまいましたね」
「そうそう、アゾート様はフリュオリーネ様のご婚約者だと思いますが、どうしてそのライバル令嬢とお知り合いなのでしょうか」
「うーん、そう言えば何ででしょうね? ・・・あ、そうだ。魔法協会のクエストをクリアーしたとかで表彰を受けてたし、魔法協会会長のジルバリンク侯爵に気に入られてる、とか?」
「まあ! それは大変じゃないですか。ジルバリンク侯爵がアゾート様を引き抜きにかかっているのですよ。それで娘のクロリーネ様をこの学園に送り込んできた。なるほど・・・シュトレイマン派閥の謀略が見えてきましたわ」
「さすがはメリア様、わたくしもその通りだと存じます。将を射んと欲すればまず馬を射よと言いますし、リーズ様はその馬とされたのですよ。ターニャ様はどう思われますか」
「わたくしも、早く気がついて良かったと思います。危うくアゾート様をシュトレイマン派閥に奪われるところでしたから」
「ご安心下さいリーズ様。わたくしたちがクロリーネ様から、アゾート様とリーズ様をお守り申し上げます」
うえ~、話が変な方向にこじれてしまった。
助けてお兄様~。
最近バトル展開が続いたので、今回は貴族令嬢たちのお茶会にしてみました。