第92話 新入生歓迎ダンジョン・リーズ編(1)
リーズとクロリーネの初めてのダンジョン攻略を、リーズとアゾートの両方の視点から書いてみました。
少し長くなりましたので、まずは前編です。
今日は、ダンジョン部恒例の新入生歓迎ダンジョンだ。
今年は例年に比べてたくさんの新入部員に恵まれている。なぜならば、女子の生徒会役員は全員ダンジョン部のメンバーであり、それ以外にもネオンやカイン目当てで入部してきた女子生徒でごった返している。
ちなみに、俺とダン目当てに入部してきた女子生徒はいない。
そうかわかったよ。俺とダンでダンジョン部モテない同盟を旗揚げか。
それはともかく、これは異常事態なのだ。
剣術部や社交ダンス部などのメジャー部活を始め、中小様々なクラブが団結して、新入生を独占したダンジョン部に苦情を申し入れるほどだ。
そのため、今年の新入生歓迎ダンジョンは、入部テストを兼ねることとなった。
定員は約10名。
その狭き門を巡って、今日、新入生たちが地下深くダンジョンを潜っていくのだ。
早朝、ボロンブラークギルド周辺は、騎士学園の生徒たちでごった返していた。
全員が中に入りきれないため、最初に外で部長のキースから挨拶とパーティー分けの発表があり、各パーティーの代表者2名ずつがクエストを選ぶため、ギルドの中に入った。
そのパーティー分けだが、俺はクロリーネの保護者みたいなものなので、彼女のパーティーには俺がサポートとして入れるよう、キース部長に頼んでおいた。
そしてリーズだが、まだボッチのようなので適当な令嬢と組ませてあげようと思ったのだが、1年生上級クラスの令嬢が他にいなかったため、クロリーネと同じパーティーに入れておいた。
結果として、リーズ、クロリーネを含めた女子3名と騎士クラスの男子5名のあわせて8名を、俺とマール、そしてカインで受持つこととなった。
私とクロリーネ様はパーティーの代表として、ギルドの掲示板の前でクエストを選んでいる。
しかし、まさかカイン様と同じパーティーに入れるとはラッキーね。ひょっとして、マール先輩が根回ししてくれたのかな。
まあいいわ。どれでもいいので、さっさとクエストを選んでしまおう。
「クロリーネ様、こんなのはどうかしら。『アイスクリークのアイススライム討伐』。私の火焔魔法で楽に倒せそうですよ」
「うーん、少し寒そうですし、スライムって何か気持ち悪いから嫌ですわ。それよりこの『スカイアープ渓谷のドラゴンビー討伐』というのはいかがかしら。空って感じで素敵ですよね」
「それすぐ近所だし、ただの魔獣駆除依頼じゃない。一番あり得ませんね」
「そうですか? わたくしにはリーズ様の選んだクエストとの区別がつきませんが。では『ノール高原の地下迷宮探索』というのはいかがでしょうか」
「そうですね。高原なのに地下という、高いのか低いのか謎なところが冒険感が出てていいですね。これにしましょう」
私たちはパーティーメンバーにこの適当に選んだクエストを持っていったところ、お兄様たちもこれなら大丈夫だと言ってくれたので、このクエストに決めた。
私たちはギルドの転移陣を使って、ノール高原の地下迷宮までたどり着いた。
このノール高原は、メルクリウス領の北に位置するマーキュリー伯爵支配エリアの中央、位置的にはソルレート城の北あたりに広がっている。
ダンジョンへは高原にある大きな洞窟から入る。洞窟をどんどん地下へと降りていくと、急にあたりが明るくなり、広い空間が現れた。
おそらく光苔か何かだろうが、洞窟の中を昼間のように照らしている。カイン様に聞くと、これはダンジョン特有の現象だそうだ。
私たちのパーティーが隊型を整えて中を進む。
お兄様とクロリーネ様が後衛からの魔法攻撃、マール先輩が後衛回復を行う以外は、全員が前衛。
前衛で魔力保有者は私だけなので、前衛魔法攻撃は私一人。それ以外のみんなは前衛物理攻撃だ。
私はさっそくカイン様の隣にさりげなく移動し、戦い方を確認する。
「この前、過去のシリウス教国の国境で戦った時みたいに、カイン様と二人のコンビネーションで戦えばよろしいのですのよね」
あの時はカイン様にいろいろと教えていただき、バートリー流の連携技を色々とマスターしたのだ。私がウキウキして話しかけると、
「いや、それだと新入部員のテストにならないから、俺は少し離れて様子をみていようと思う。リーズはあそこの男子生徒と組んで戦ってくれ」
ガーン
「し、仕方がないですね。確かに私たちの息の合ったコンビネーションだと、あの人達の出番がなくなってしまいますからね」
「すまんな。それに俺はこの子を見てあげないといけないし」
カイン様の横には、新入部員の女子生徒が立っていて、私の方を見てほくそ笑んでいる。
こいつ!
ああそうですか、わかりました。意地でもここを離れてやるもんか。私はカイン様にだけ聞こえるよう、こそこそ話を始めた。
「そういえば、カイン様ってネオン姉様と婚約されてましたけど、本当はどのようなタイプの女性がお好きなのですか? やはりセレン姉様みたいな女性ですよね」
私はわりとセレン姉様と似たようなタイプだと思うのよね。私にもワンチャンあるかも。
「いや、俺はネオンの方がタイプなんだよ」
「え、なんで? セレン姉様の方が美人だと思いますけど。それにネオン姉様は変人ですし」
「そうか? 俺はネオンの方が美人だと思うけどな。それに頭の回転が速いし、頼れるパートナーって感じでアゾートがうらやましいよ」
「お兄様がうらやましいのですか? カイン様は学園の女子からも人気で、お兄様は学園の嫌われ者ですけど」
「俺は学園の嫌われ者でもいいので、好きな人から一途に思われているあいつの方がいいよ」
「そっか・・・。カイン様はこの先どうされるおつもりですか? 他の婚約者をお探しになるんですよね」
ネオン姉様が好みのタイプなら、今からでもネオン姉様っぽくしてみようかな。ワンチャンあるかも。
「それがそうもいかなくなって、実家のフィッシャー辺境伯家が大変なことになってしまったんだ・・・いや、こんなことリーズに話すようなことじゃないな。忘れてくれ」
そう言ってカイン様は、私のそばから離れて先に進んでいった。
ダンジョン探索はドタバタの連続だった。
前衛の男子生徒たちは魔獣に怯えて逃げ回り、私の近接魔法とクロリーネ様の遠隔魔法のコンビネーションで序盤をしのいでいった。
もう一人の女子生徒も怖がってカイン様の傍から離れようとしない。
仕方がないので、私は男子たちに5人一組の戦いかたを教えて、適当な魔獣相手に練習させることにした。
私は戦乱のボロンブラークを生き抜いてきた女。小さい時からお父様やお兄様に鍛えられ、過去の世界ではバートリー流の戦い方も身に着けたのだ。格闘戦のバリエーションには、かなり詳しくなった。
ここの魔獣のレベルなら、あの男子生徒でも5対1でまず負けることはないし、複数で襲ってきたら私がファイアーでなぎ払う。
そうして私は、男子たちをビシバシ鍛えながらダンジョンの奥深くに進んでいった。
俺はそんな前衛のリーズに感心しながら、後衛としてパーティー全体を見守っている。
リーズたちが選んできたこのクエストは、未踏領域の探索が目的だ。かなり広大なダンジョンで、まだマップが全て埋まっていないらしい。
だが一泊二日の予定の俺たちが、未踏領域までたどり着くことはないだろう。
だから今回は魔獣討伐を通して、みんなにクエストを実体験してもらうこと。そして俺自身の戦闘訓練が目標だ。俺は隣で歩いているクロリーネに話しかけた。
「どうだクロリーネ。侯爵令嬢は普段ダンジョンに入らないと思うが、面白いだろ」
「そうね、つまらなくはないわね」
するとマールが後ろから会話に入ってきて、
「でもクロリーネはさっき、おおはしゃぎでウィンドカッターを撃ちまくっていたよね。すごく楽しそうだったよ」
「マール様っ、わたくし、おおはしゃぎなんかしていませんわ」
「だって、魔法が当たった~って、アゾートの右腕にしがみついて大喜びしてたよ。私見てたもん」
「それならマール様だって、ウィンドカッターが当たった~って、アゾート先輩の背中に抱きついていらっしゃいましたよね」
「私はいいんだよ。このクエストが楽しいって思ってるから。クロリーネはつまんないんじゃなかったの?」
「つまらなくはないと言っただけで・・・その・・・楽しいっていう意味です。だからわたくしもアゾート先輩の背中に抱きついてもよろしいでしょうか」
「ダメ。背中は私の場所だから」
「いや、あのマール。お前が抱きつくと、背中に色々と当たってマズいので、できればやめてほしいのだが・・・」
「えーっ、ケチ」
「では、わたくしが背中ということで」
「まあ、クロリーネならマールと違って、大丈夫かもな」
「ふ、ふん! どうせわたくしは、マール様みたいに胸が大きくありませんから! そのうち先輩を困らせて差し上げますから、覚悟しておいて下さいませ」
「お、おう。がんばってくれよ、クロリーネ」
「話は変わるのですが、さっきマール様の指輪をお借りして、わたくしもパルスレーザーを撃ってみましたが、なぜできなかったのでしょうか」
「うーん、私とクロリーネのライトニングに、何か違いがあるのかな」
「ライトニングなんて、誰でも同じものだと思うのですが」
「たぶん、コヒーレント性に違いがあるんだろう。すごく簡単に言うと、クロリーネのライトニングはぶつ切りの光が複数あるのに対し、マールのは一本の長い光があるイメージだ」
「どっちがいいの?」
「普段の生活魔法としてはどっちでもいいんだけど、レーザーとしてはマールの方がいいレーザーだ」
「よっし!」
「く、悔しいですわ」
「何言ってるんだよ、クロリーネは3属性持ちで魔力が200もあるじゃないか。さすが侯爵令嬢だ。ついでに言えばマールが120で、俺が240か。リーズも140あるし、このパーティーに強力な魔力保有者を集めすぎたかな」
私たち前衛はその後もドタバタしながら、ダンジョンの奥深くへと進んでいく。
最初の頃よりは随分とマシになったが、まだ男子5人組はどこか頼りない。逆に、後衛のクロリーネ様とマール先輩の魔法攻撃が超強力で、前衛の攻撃力不足を完全にカバーしてもらっている。
正直、後衛のあの人達だけで、このクエストは十分なのではないのか。
ただ後ろの女子二人組が、攻撃が当たる度にお兄様に抱きつくのは、見ていてイライラする。
もっと真面目にやれ。
ランチをとって、午後しばらく進んだときに事件は起こった。
男子5人組の一人が誤って罠を踏んでしまい、落とし穴に落ちてしまったのだ。幸いその男子生徒は無事だったのだが、公開されているマップによると、ここから直接上がる方法がなく、落とし穴から横道を進んで本道と合流するしか道はないようだ。
仕方なく全員その落とし穴に下りて、横道を進むことにした。
しばらく歩いているうちに、先頭を進む私とカイン様は、マップにない分かれ道の出現に戸惑っていた。
「さっきからおかしいと思ってたのですが、このマップって不完全じゃないですか。ここまでマップにない小さな脇道がいくつかあったし、私たちどこかで違う脇道に入ってしまったのかも知れません」
「・・・未発見の脇道だったりして」
「こんなダンジョンの序盤に未発見の脇道なんかあるのでしょうか」
「わからんが、うちのパーティーには強力な光属性の魔導士が二人もいて、無駄にライトニングが明るいから、これまで見逃されていた道も見つけてしまったのかもな」
「・・・でしたら、うまくいけばクエスト報酬もたくさんいただけるかもしれないですね」
「そうだな・・・ちょっとまて、様子がおかしい。アゾート、ちょっと来てくれ」
「どうしたカイン。何かあったのか」
「この先に魔獣の気配が多数ある。かなり強いぞ。新入生では手に負えん。後ろに下げた方がいい」
「お前よくそんなことがわかるな。だがわかった。前衛は俺とカインとリーズ。後の全員は後衛だ、マール頼んだぞ」
「うん、わかった」
そして迷宮のように複雑な洞窟の岩壁の陰から飛び出して来たのは、ボグオークと呼ばれる豚の巨人だった。このボグオークは繁殖力が高く、とにかく数が多いそうだ。
「リーズ、狭いところでは広域魔法は効率が悪い、ファイアーでやれるところまで戦ってくれ」
「わかりました、お兄様」
私に指示をすると、お兄様はボグオークに向かって突っ込んでいった。
速い!
お兄様は瞬時にボグオークの背後をとったかと思うと、ゼロ距離ファイアーでボグオークを消し炭にする。それを繰り返していって、ボグオークの数を次々に減らしていく。
これは去年の冬休みのベルモール騎士団との戦争の時に、ネオン姉様が突撃時に見せたものと全く同じ動き。
でもお兄様のはあれよりも更に速い!
お兄様があっという間にボグオークの群れの中に突入していき、群れの中へと消えた。
後に残されたボグオークが反応しきれずにもたついていると、それをカイン様がどんどん叩き切っていく。
カイン様はお兄様みたいな速さはないけれどパワーが段違いで、ボグオークの巨体を軽々となぎ倒す。
・・・ボーッと見ている場合ではなかった。私も二人に追いつかなくちゃ。
【固有魔法・超高速知覚解放】
お兄様から頂いたこの魔法、誰でも使えるわけではないそうだけど、私には適正があったみたい。世界がスローモーションのようにゆっくりと見える。
わたしもお兄様の動きを真似て、カイン様が取りこぼしたボグオークの背後に近づき、ゼロ距離ファイアーをお見舞いする。
さすがに消し炭にはできなかったが、私のファイアーでも十分致命傷を与えられた。
お兄様は速すぎて、私が知覚を高速化させても追い付くことができないので、私はカイン様のそばに行き、200年前の過去の世界でともに戦った時のコンビネーションを発動する。
王国軍を殲滅させた私たちの攻撃力。ボグオークどもよ、とくと味わうがいい。
俺はボグオークの群れの奥までやってきた。洞窟の先は広場のように空間が広がっていて、ボグオークどもが大量にひしめき合っていた。ちょうどいい。
ここで魔法の試し撃ちをやっておきたい。新しく手にいれた雷属性の上級魔法・エレクトロンバーストだ。
完全な発音はまだわからないが、魔法実技の授業で習った詠唱を行う。魔法発動まで1分以上かかってしまうが、その間は剣術でボグオークの攻撃をしのぐ。
魔法発動のイメージをしっかり持ち、丁寧に呪文を詠唱する。それと平行して、奴らからの攻撃を紙一重でかわしては、剣で脳天を叩き割る。それを延々と繰り返した後にようやく練り上げた雷属性の魔力。
行くぞ!
【雷属性上級魔法・エレクトロンバースト】
奥の広場全体を覆うように、ボグオークたちの足下の魔方陣が現れて輝きだす。魔法が発動した。
魔方陣からは無数の火花が飛び散り、空気中で放電が発生。暴れ狂う熱電子流が、強力な電磁波を発生させ始めた。
電磁波はボグオークの体液を加熱して瞬時に沸騰させる。空間全体が巨大な電子レンジと化し、高圧電流とマイクロ波のダブル効果により、バタバタと死に絶えていくボグオークの巨大な肉の塊が、地震のように地面を揺らす。
「ネオンが言っていたのはこのことか。確かにこの魔法はえげつないな」
ネオン独自の雷魔法の研究成果を聞いて驚いたが、この熱電子流は魔力によって電子が加速されたものであり、電場による加速ではない。この違いは大きく、使い方によっては破格の性能を持つことだろう。
また、エクスプロージョンのように上空から熱線で破壊する魔法ではなく、地面からの熱電子流で敵を攻撃する魔法であり、生物の致死性が高いのも特徴だ。
エレクトロンバーストか、これは使える。
カイン様と二人でボグオークをなぎ倒しながら、お兄様を追いかける。
私たちの後では、マール先輩とクロリーネ様が残敵の掃討してくれているはずだから、後ろは振り向かずに前だけを見て進む。
そして、ボグオークの群れを突破してお兄様に追い付いた時にみた光景は、壮絶だった。
このボグオークの無数の死骸を、お兄様が一人で作り出したの?
この死骸の状態は、私たち一族の火属性魔法ではない、別属性の魔法を使ったんだ。
雷属性魔法ね。
最近手に入れたばかりの魔法を、既にここまで使いこなしてるなんて。
最近のお兄様はアルゴの指導ばかりしていて、私はお兄様が戦うところをちゃんとみたことがなかったけど、本当はここまで強かったのか・・・。
さすが小さい頃から天才と騒がれてきただけのことはある。
セレン姉様やマール先輩に見えているお兄様の姿って、これなのかな。