第83話 騎士学園の卒業パーティー(前編)
今日はボロンブラーク騎士学園の卒業式だ。
講堂では3年生がクラスごとに着席し、壇上では学園長の言葉から始まり、生徒会長セレーネからの送辞、卒業生代表のサルファーからの答辞と、卒業式はつつがなく進行していった。
俺は生徒会の一員として、卒業式の舞台裏でいろいろと作業を行っていた。
「ニコラ、学園長って入学式と卒業式でしか見たことないんだけど、普段は何の仕事をしてるんだ?」
「学園長は名誉職なので、普段はそもそも学園にいません。来年はまた別の人が来ますよ」
「そうなのか。ニコラ、お前詳しいな」
「実は父上が次の学園長の座を狙ってたのですよ。父上がよく言っていました。騎士学園の学園長は仕事が楽で美味しいポストなのだと」
「そ、そうなのか。お前の父上には悪いことをしたな。ということは、来年の学園長は誰がくるのだろうな。・・・どうでもいいか、そんなこと。それよりこの後は卒業パーティーだ。準備を全く手伝えなくて悪かったが、上手く行きそうか?」
「セレーネ会長からの的確なご指示により、素晴らしいパーティーになると思います」
「そうか。司会進行はセレーネと俺、ニコラの3人だ。お前は前説もあるから忙しいぞ」
「お任せください、アゾートP」
卒業式が終わり、全校生徒がパーティー会場へ移動して行く中、俺を呼び止める声があった。
ダンジョン部部長のウォルフだ。
「アゾート、これでお別れだな」
「部長、ご無沙汰してます。俺はあまり部活には出られなくてすみませんでした」
「いやうちはダンジョン部だから、クエストをこなすのが部活だ。みんなお前と似たようなもんだぞ」
「ああ確かに部室にこもっていては、クエストはこなせませんからね」
「だろ。それにお前はあの攻略不可能とも噂されていた古代魔法文明の調査を、見事クリアーしたじゃないか。魔法協会からも正式に発表があり、春には王都で表彰があるというし」
「ええ、ジルバリンク侯爵からはそのように聞いています」
「つまり、ダンジョン部で最も熱心に活動した部員は、アゾートお前だ。本当は次の部長をお前かサーシャにやってもらいたかったんだが、二人とも生徒会に入ったから兼任は無理だ。部長はキースにやってもらうことになった」
「キース先輩か、面倒見もいいし適任だと思います」
「新年度すぐに、新入生歓迎ダンジョンがあるから、キースを支えてやってくれ。新入生の募集も頼むぞ」
そういってウォルフは俺の肩をポンと叩いて、パーティー会場の方へと消えていった。
新入生歓迎ダンジョンか、懐かしいな。
次はどんな新人が入ってくるのか、楽しみだ。
さて卒業パーティーは、学園の庭園と食堂のテラス席を含めた屋外で開催される。
広大な芝生には屋外ステージが設置され、綺麗に整備された芝生の上だけでなく、舞台上でもダンスを踊ることができるようになっている。
俺はセレーネ、ニコラと3人で、そのステージの上に立って会場全体の様子を確認していた。
パーティー会場へは、様々な衣装を身にまとった全学年の生徒たちが、続々と入場してくる。
事前の通告通り、ちゃんとコスプレをしてきているな。
この世界には当然、日本のようなコスプレ文化は存在しない。だから、みんな自分の好みで選んだ仮装をして参加している。
中には制服のまま参加している横着な生徒もいるが、多くの生徒は伝統的なタキシードやドレスで正装し、顔には目元を隠すような仮面を着けている。
仮面舞踏会か。
仮面一つとっても色んなデザインがある。確かに仮装としてすぐ思い付くのはこれだろう。
貴族っぽいコスプレパーティーであり、これはこれでとても楽しみだ。
「ところで他の生徒会メンバーはどこにいったんだ、ニコラ二等」
「みんなコスプレの準備です、アゾートP」
「コスプレか・・・なんだか俺はもう、普通の仮面舞踏会でいい気がしてきた。それに少し嫌な予感が」
「そんな・・・。みんなハリキッて準備してましたし、会長もこれで間違いないとおっしゃっていたので、大丈夫じゃないですか」
「セレーネ、本当に大丈夫なのか?」
俺は隣にはいるセレーネを不安そうに見つめた。するとセレーネは日本語で、
【私を誰だと思っているの。2050年の未来からやって来た日本人、観月せりなよ。今日のコスプレのテーマはずばり「日本文化」。第三次ゆるキャラブームだって経験したんだから、この私に任せておいて】
【ゆるキャラ! なんか余計不安になってきた】
【大丈夫よアゾート、『舞妓のしはる、どすえ』は封印しておいたから】
【なにそれ?】
【京都の大人気ゆるキャラよ。2049年度全国ゆるキャラ甲子園で見事優勝を果たした、京都先斗町の非公認ゆるキャラ。アゾート知らないの?】
【知らないよ! それにそんな未来情報いらないから! しかも先斗町ってメチャクチャエリアが狭い上に非公認なのかよ!】
「会長、アゾートP、そろそろ本番です。5秒前、3、2、1、キュー」
「それでは始まりました、ボロンブラーク騎士学園卒業式、コスプレ仮装ダンスパーティー。今日の司会を務めます、わたくし生徒会長のセレーネと」
「プロデューサーのアゾートでお送りいたします。 いや~それにしてもセレーネ会長、みんな色とりどりの衣装に身を包み、卒業パーティーって感じが出ていて、とても華やかですね~」
「そうねアゾートP。これだけの華やかな仮装パーティーは、社交界でもなかなか見ることはできないわよ。でもちょっと待って、これで評価するのはまだ早いわ。私たち生徒会メンバーによるコスプレを見てから評価を決めてほしいものね」
「すごい自信ですね、セレーネ会長。それではお待たせしました。早速、生徒会によるコスプレを披露したいと思います。まずはエントリーナンバー1番と2番。サーシャとユーリ、ベッセル子爵令嬢姉妹の登場です。ステージへどうぞ~」
俺の「どうぞ~」の合図とともに、サーシャとユーリが颯爽とステージに登場した。
ステージに登ったサーシャは、キチッとしたデザインながらも胸元を少し強調した女性用のスーツを着こなし、黒いタイトスカートからのびるスラリとした長い脚が美しい。
メガネが理知的なイメージを印象づける、そう、これは美人女教師のコスプレだ。
その隣では、茶系の清楚なブレザーにチェック柄のミニスカートをはいたユーリが立っていた。
そのスラッと長い足には純白のニーソが光り、チェック柄のスカートとのわずかな隙間にのみ存在を許される絶対領域を、惜しげもなく観衆に披露していた。
そう、これはJKのコスプレだ。
一瞬、シーンと静まり返った観衆から、やがて沸き起こる歓声。
初めて日本文化に触れて、カルチャーショックを起こした時の外国人の反応だ。
まずは日本のかわいい文化の発信地であるJKと、男子生徒が憧れる美人教師を一発目に持ってきやがった。
やるなセレーネ。さすが日本で女子高生をしていただけのことはある。
このあたりのコーディネートは完璧だ。
「セレーネ会長、二人とも素晴らしい仕上がりですね。わたくしには本物の美人女教師とJKにしか見えませんでしたが、どこでこんな衣装を手に入れたのですか」
「それを聞いてしまいますか、アゾートP。実はこれ軍用魔術具で作りました。この魔術具、いちいち着替えるのが面倒な時に、イメージ通りの軍服に瞬間的に着替えることができる優れもので、私がいつも愛用している私物なのです。かなりの魔力とイメージ力が必要で、普段は私ぐらいしか使わないけれど、興味があるなら貸してあげるわよ、アゾートP」
「テレショッピングが始まるのかと焦りましたが、違うようでホッとしました。わたくしは、ちゃんと自分で着替えられるので、その魔術具は必要ありませんが、まさか軍用魔術具にそんな使い方があったとは、全く気がつきませんでした・・・コホン。それではサーシャとユーリ、素晴らしいコスプレをありがとうございました。みなさま盛大な拍手をお願いします。さあ、どんどん行きますよ。続きましてエントリーナンバー3番と4番、アネット・マーロー子爵令嬢とパーラ・ウエストランド子爵令嬢のコンビの登場です。どうぞ~」
サーシャとユーリのコスプレの熱が冷めやらぬ中、続いてアネットとパーラがステージに登場した。
アネットのコスプレは女騎士だ。
女騎士には違いないのだが、アネットの着ている防具類が騎士団の標準装備のもとは少し異なり、いかにも防御力の低そうなデザインなのだ。
ハッキリいって露出が多い。
そんな防具類を身にまとったアネットが、そのスタイルの良さと相まって少しエロく見えるのは、きっと俺だけではないはずだ。
さらに気の強いアネットだからこそ、そのギャップに萌える、そうこれは異世界アニメでよく目にする「くっ殺女騎士」のコスプレに間違いない。
「せ、セレーネ会長。このアネットが着ている防具のデザインも、先ほどの軍用魔術具を使ってセレーネ会長がイメージして作られたものなのでしょうか」
「そうよアゾートP。だけどあの防具類のデザインは私が考えたのではなく、お父さんの部屋にあったマンガに出てきたヒロインが着ていたものなのよ。かわいい防具だったから覚えていたの」
「ああ、あの高度なご趣味をお持ちのお父さんですね・・・ところでアネットは、自分のコスプレの意味をわかってて着ているのでしょうか」
「え、何か意味があるのこの衣装? かわいいから着せただけよ」
「そ、そうですか・・・」
アネットを見る男子生徒たちの目が萌えている。何かに目覚めたかのようなオーラも放っている。
さてアネットの隣には、清楚な純白のドレスを着たパーラが立っている。この世界のドレスとは少しデザインが異なるが、日本では定番のウェディングドレスだ。
このウェディングドレスはこの世界でも普通に受け入れられるようで、女子生徒たちがうっとりとした目でパーラを見つめていた。憧れの眼差しである。
確かに俺も、パーラのそれは、綺麗な花嫁さんのコスプレだなとは思う。
だがしかし、である。
俺はパーラの衣装よりも、彼女が右手に持っている「とあるアイテム」がどうしても気になるのだ。
「セレーネ会長。パーラの花嫁姿はとても美しいと思うのですが、なぜ右手に包丁を握っているのでしょうか」
「アゾートP、よくそこに気がつきましたね。実はパーラの衣装もお父さんの部屋にあったマンガを参考に作ってみました。お父さんが当時ドはまりしていたマンガ『ヤンパラ』です」
「『ヤンパラ』という略称からは嫌な予感しかしませんが、一応聞いておきましょう」
「アゾートP、これは『ヤンデレパラダイス』という、ヤンデレヒロインしか出てこない大人気異世界ハーレムラブコメよ。その中でもお父さんが一番好きだったメインヒロイン「ヤンデレ嫁・バーラ」をモチーフにしてみたの。パーラがダンと一緒にいる時たまに見せるその眼差しが、あのヒロインの目と似てたから私はピンときたのよ。それでウェディングドレスを着せて包丁を持たせてみたらすごくそっくりで、私もびっくりしたわ。どう、私すごいでしょ」
「うわぁぁ! セレーネ会長、やめてあげて!」
「心配しなくても大丈夫よ、アゾートP。あの包丁は切れないから。あ、私はそろそろ自分の衣装の準備があるから、司会は二コラ二等兵に交代するわね。それでは全校生徒の皆さん、またあとでお会いしましょう」
そうしてセレーネは自分の準備のために、舞台裏に下がってしまった。
「・・・はい、アネットとパーラのコンビでした。それではこの素晴らしいコスプレに、皆さま拍手をお願いします」
万雷の拍手の中、セレーネに代わってニコラがステージの俺の隣にやってきた。皆に聞こえないように小声で話す。
「おいニコラ。全然大丈夫じゃないじゃないか、このコスプレ大会。大惨事だよ」
「どこがですか、アゾートP。男子も女子もみんな凄く盛り上がっているじゃないですか。大成功ですよ」
「みろよ観衆のあの目を。特に男子生徒。あれは何かに目覚めた者のみが持つ目だ。それにこんなのがまだまだ続くんだろ。残っているのは、フリュ、マール、セレーネの3人と、あと風紀委員会か」
「風紀委員会のコスプレに、ネオンさんが飛び入り参加したようですよ」
「なん、だ、と? もう嫌な予感しかしないよ」
重要回でも何でもないのですが、書いてるうちに長くなってしまいました。
アホな回ですが、後編に続きます。




