第82話 ネオン=フリュオリーネ不可侵条約(追記版)
この話も少しエピソードを追加しました。
本話の序盤、ネオンが目覚めるまで、アゾートがお見舞いをしているシーンで、今回の時間溯行で現代に与えた影響や、王国の歴史に関する考察を、公開できる範囲内でアゾートに語らせてます。
この後のエピソードでも徐々に明かされていきますが、お時間あるときにご確認頂ければ幸いです。
時間溯行を終えてネオンを救いだしたあと、俺たちはマールの用意してくれた馬車で宿にたどり着き、そこで1日を過ごした。
俺たち全員が回復した後も、ネオンとカインは長期間時間溯行を続けた反動で、ずっと眠り続けている。
俺たちはエーデル城を訪れて、フィッシャー辺境伯にカインを引渡し、その後ネオンを連れてフェルーム城に帰った。
「俺はネオンが回復するまでフェルーム城に滞在することにした。セレーネ、卒業パーティーの準備は任せきりになるけど、よろしくな」
「ええ任せといて。アゾートがいなくてもちゃんとやっておくから、ネオンのことを頼むわね」
「それからマール。ネオンが女の子だってこと、学園のみんなにはしばらく黙っておいてくれるか」
「うん、わかった。正直びっくりしたけど、今から思えば女の子だと言われる方がいろいろ納得できる。でも凄い演技力だねネオンって。騙されちゃった」
「そうだな。そのうちみんなに秘密を打ち明ける時がくると思うから、それまで頼むな」
俺はフェルーム城に客間を借りて、毎日ネオンの部屋に様子を見に行った。
部屋に行くと、いつもエリーネさんがネオンの看病をしている。
「あらアゾート、いらっしゃい。ネオンはまだ起きないのよ。頭を撫でてあげて、きっと喜ぶから」
俺はそっとネオンの髪の毛を撫でた。
白銀の髪がサラサラと指の隙間からこぼれ落ちる。
ネオンに近づいたからか、彼女の浅い呼吸が聞こえてきた。
・・・ちゃんと生きてるんだな。
ホッとした俺は、ベッドの脇の椅子に腰かけて本を読む。
これが最近の俺の日課だ。
ネオンの見舞いで少し時間ができたので、今回の時間溯行で現代にどのような影響があったのか考えてみる。
もともとフェルーム家が存在していたことから、セシリアさんがボロンブラークに逃げ延びた事実は変わらないだろう。
セシリアさんが偶然ここに来てフェルームを名乗ったとは考えにくいことから、ネオンの関与があったことも、最初から歴史的事実なのだろう。
その場合、メルクリウス公爵がどうやってネオンと出会うことになるのか、きっかけがわからなくなる。ネオンの時間溯行の終盤で公爵はネオンの存在を知り、魔術具でネオンを誘導した。
結果、ネオンは最初の時間溯行でセシリアさんを逃がして、その後に公爵に出会う。つまりニワトリと玉子の関係だ。歴史の因果関係をどこまで遡っても判明しない無限ループに入ってしまう。
だからこの結果を初与のものとして、さらに考察を進めることにする。
今回の時間溯行で変化があったのは、シリウス教国へ逃げ延びた信者とメルクリウスの子供たちの人数だ。半数なのか全員なのか、かなりの違いがある。
ネオンが取り残された世界と、帰還した世界のどちらが正なのかは今の俺には分からないが、シリウス教国の動きが以前と変化していれば、どちらなのかは判明するのだろう。
ただ元々あまり接点がない国なので、俺たちにその変化が分かるのかは微妙ではあるが。
次は、王国の歴史についてだ。
建国以来の大まかな流れについては変わらないが、いくつかの点で食い違っている。
まず、メルクリウス公爵家の記述が歴史から完全に消されている。バートリー辺境伯家も同様だ。
両家の創設者は建国の勇者パーティーのメンバーだったが、そこからも名前が完全に削除されている。
二つ目、過去に政変を起こしたのはアイザック王だが、メルクリウス公爵はバーン王と呼んでいた。
俺たちが習った歴史では、王国歴248年政変ではまだ旧教徒が主流であり、280年にテリー・クリプトンが旧教徒の狂王アイザックを打倒して、新教徒の王国であるアージェント王国クリプトン朝を設立したと習った。
しかし実際には248年には新教徒の国となっていた。ここには異論があって、旧教徒の中ではアイザック王は新教徒の王だったと主張しているものもいる。
真実は歴史の闇の中だったが、今回の時間溯行でハッキリした。この部分の歴史が改変されている。
誰が何のために。
理由は分からないが、俺は王国歴360年にアウレウス、シュトレイマン両公爵家がクリプトン家を打倒して、アージェント王国がもとの旧教徒の国に戻った時に、何かがあったのではとにらんでいる。
そう考えると、クリプトン家が侯爵家に降格しつつも、家が存続している事実が怪しさを増してくる。
歴史の裏側の話であり、下手に詮索すると危険な気がする。フリュとも相談だが、アウレウス伯爵に確認しておいた方がいいだろう。
一週間ほどたって、ネオンが目を覚ました。
深夜になって突然目を覚めしたネオンが、泣き叫ぶように俺の名前を呼び続け、ダリウスとエリーネに連れられて俺の部屋を訪れた。
よほど恐い夢をみたのだろう。
俺の姿を見つけると、俺にしがみつきながらガタガタと震え、そのまま俺のベッドで眠ってしまった。
朝起きても、ネオンは俺のそばを離れなかった。
「どうしたんだよネオン。そんなに怯えて」
「・・・最後に地下神殿の赤いオーブに触れたでしょ。あの時に、現代に戻れなかった場合のもう一人の私の記憶が、頭の中に流れてきたの」
「えっ、そんなことが?!」
「私は40歳で死ぬまで、ずっとアゾートが助けに来るのを待ってたんだよ。・・・寂しくて・・・怖かった」
「ネオン・・・」
そしてネオンは次の夜も自分の部屋には帰ろうとせず、また同じベッドで俺にしがみついて眠った。
次の朝、俺はダリウスに呼ばれて、執務室を訪れていた。
俺の横にはピッタリとネオンがくっついている。
「アゾート。ネオンも目を覚ましたし、そろそろ学園に戻る頃だと思うが、ネオンはこんな感じでお前がそばを離れると怯え出すような有り様だ。ネオンも一緒に学園に連れていってほしいのだが、これまで以上にネオンの面倒をみてやってくれないか」
「もちろんそのつもりです。こんな状態のネオンを突き放せるわけないじゃないですか」
「すまんな。ネオンも一応婚約者がいる身なのだが、これではどうしようもない。先方に伝えて婚約を破棄せざるを得んな」
ネオンを見ると、俺の右腕にしがみつき、嬉しそうに俺を見つめていた。
ダリウスはそんなネオンを見て、ため息をひとつついた。
「なあアゾート、ネオンをもらってやってはくれんか」
「いや、それは・・・」
「セレーネのことだろ。お前がまだ諦めていないことはわかっているが、ネオンのことはそれとは別だ」
「別というと?」
「こいつはもうお前以外には嫁がないだろう。もともとそういう傾向にはあったが、今回の時間溯行の件で余程恐い目にあったんだろうな。それをお前に救われたからもう決定的だ。ネオンが一生独身のままか、お前がもらってやるか、二つにひとつだ。選べ」
ダリウスとネオンが真剣な顔で俺を見ている。
今回の件で、俺もネオンがいない寂しさや怖さを痛感した。体の一部をもがれたような辛さだった。
ネオンと離れたくないのは、むしろ俺の方か。
「・・・ネオンが嫁というのは正直ピンと来ませんし、アウレウス伯爵にも話を通す必要があります。でも俺はネオンの面倒をずっと見ていこうと思います。俺のそばからはもう離しません。それでいいか、ネオン」
ダリウスにそう伝えて、ネオンの方を振り返ろうとすると、その前にネオンが俺の胸に抱きついた。
ネオンはしばらく、俺の胸の中で泣いていた。
ネオンが落ち着いたところで、ダリウスがネオンに語りかけた。
「ネオン、これからどうするかお前が決めろ。アゾートとの婚約を公表するなら、女子であることも公表しなければならない。あと姓をどうするかだ」
「私はアゾートと同じメルクリウス姓を名乗ります。でもアゾートと離れて暮らしたくはないので、婚約の発表はやめて男子生徒のままで学園に通います」
「そうか。ネオン幸せにな」
「はい、お父様!」
話がトントン拍子に進んで行くが、俺には最大の問題が残されていた。
そう、セレーネだ。
「あのぉ、ダリウス?」
「何だ」
「俺とセレーネのことは、どうなるんでしょう」
「それは、最初から結論が出ているはずだ。ダメだ」
「さっき、ネオンとのことは関係なく判断するみたいなこと言ってたじゃないですか」
「そのとおりだ。だからネオンとは関係なく判断して、ダメという結論になった」
「くっ・・・じゃあ、どうすればセレーネのことを許してくれるんですか」
「お前がメルクリウス家の当主をやめて、フェルーム家の婿に来るのなら、喜んでセレーネをお前にやろう」
「それは、もはや不可能かと・・・」
「だろ。だから最初から結論が決まっていると言ったのだ」
「それでも俺はなんとかしてセレーネとの関係を許してもらう。まだ何か手は残されているはずだ」
「アゾートお前、ネオンの何が不満なんだ。セレーネと区別がつかないほどの美少女でしかもお前に一途だし、これ以上何を望む。ネオンを連れてとっとと学園に帰れ」
ネオンを連れて学園の男子寮に戻ってきた。
俺たちは、ただ仲のいい幼馴染みの親族から、将来をともに生きていく関係へと変化した初めての夜となる。
「ねえアゾート、そっちのベッドに行ってもいい?」
「ダメだ」
「ケチ。・・・前から聞きたかったんだけど、アゾートはどうしてセレン姉様にこだわってるの?」
「それは、物心ついたときから婚約者だったから」
「でもそれって、お父様たちが決めた婚約だよね。フェルーム一族の一番濃い血を子孫に残すための」
「そうだな」
「だったら、相手が私でも同じじゃないの?」
「確かにその通りなんだけど、セレーネは特別なんだよ」
「私と何が違うの」
「なんだろう? 俺のタイプの美少女だからかな?」
「それこそ私でもいいじゃない。見た目も同じだよ。それに私は、あんなポンコツじゃないし」
「俺には二人の区別はつくけど・・・考えてみれば、確かに理由がわからないな。なぜ俺はセレーネにこだわるのか・・・ただ、心のどこかでセレーネを求める何かがあるんだよ。答えになってなくて、すまんな」
「・・・アゾートのバカ」
「なあネオン。まだ一人で眠るのが恐いのなら、手を繋いでいようか」
「・・・うん」
俺たちは少しベッドを近づけて、手を繋いで眠った。
次の日、久しぶりに学園に戻った。
正直、どれだけ学校を休んだのかわからないほど久しぶりだ。
どうやら、期末テストももう終わったらしい。俺は今回もまた追試を受けなければならないようだ。
いつになったら、まともな学園生活を送れるようになるのだろうか。2年生になったら、俺も少しは落ち着くかな。
放課後は今回もまたフリュが俺に勉強を教えてくれることになった。
ダンに頼んで席を交換しフリュと勉強を始めたら、
「アゾート、一緒に勉強をしようよ」
ネオンが俺の右腕を引っ張って、フリュから引き離そうとしてくる。そうだ、ネオンのことをフリュにも伝えなくてはならない。
俺はフリュとネオンを連れて寮の部屋に戻り、ネオンが時間溯行で体験した様々な出来事と、結果的に俺がネオンの面倒をこれからずっと見ていくことになったことを、フリュに話した。
フリュは最後まで黙って聞いていたが、終始俺の右腕にしがみついていたネオンを見て、何を思ったのか俺の左腕にしがみついて来た。
「フリュ?」
しかしフリュは俺の方は見ず、ネオンを静かに睨み付けていた。目には青い魔力が溢れている。ネオンもそんなフリュを威嚇するように、赤い目に魔力を込めていた。
「どうしたんだよ、二人とも」
「アゾート様。なぜだか分かりませんが、ネオンさんを見ていると私もこうしないといけないような気がしてきました。そうか、これが嫉妬心なのですね。初めて感じる気持ちです」
「そうね。今私も同じ気持ちを感じてる。そうこれは間違いなく嫉妬心。そして独占欲。フッ、私はアゾートとこの部屋に二人で住むことができる。あなたにはできないでしょう、フリュオリーネ」
「くっ! でもあなたは学園ではそのような態度はとれないはず。だって男どうしの兄弟の設定だから。わたくしこれから学園では、アゾート様から一時も離れないように致します。週末の領地運営もずっと一緒よ」
「ちっ! 別に男の兄弟が仲良くしてもおかしくないでしょ。私も学園ではアゾートから離れない」
「わたくしには、あなたの正体をバラすという切り札がございます。それでも、寮の同室に住み続けることができるのか、よくお考えになった方がよろしいと存じますが」
「こいつ、セレン姉様と違って手強い。さすが元祖フリュオリーネ・モード。できる」
「そこでわたくしに一つ提案がございます。アゾート様の隣のポジションを昼と夜で切り分けるのです。つまり学園ではわたくしが、寮内ではあなたが」
「週末は?」
「そこはアゾート様の行動に応じて、領地運営ならわたくしが、クエスト内容によってはあなたが」
「それだと私が少ないじゃないの」
「その代わり、あなたがプロメテウス城に一緒に住めばバランスを取りやすくなると思います」
「なるほど。やはりお前は頭が切れるな。さすがはプロメテウス軍総参謀長閣下」
「お褒めいただき光栄です。ですがこのまま争っていては、アゾート様がセレーネさんと駆け落ちされたり、フェルーム家に婿入りされたり、わたくしたちは共倒れになってしまいますので」
「っ! そこまで読んでいたのか、お前は。わかった、ここは休戦協定を結ばないか」
「いいでしょう。ネオン=フリュオリーネ不可侵条約でごさいますね。あとで条文案をお送りしますので、ご納得頂けたらサインをお願いします」
「わかった」
「あの~二人とも。そういう話は俺のいないところでやって欲しいんだけど」
俺は二人を交互に見たが、どちらもお互いを睨み合って、俺の話は聞こえていないようだった。
次の日から、俺の後ろのダーシュの席にはフリュが座るようになっていた。勝手に席替えをしたようだ。授業中ずっと後ろからフリュに見つめられて、俺は全く落ち着かない。
授業中以外も、フリュがずっと俺の左腕にしがみついていて離れなくなった。やることが極端なんだよな、フリュは。
そんな俺とフリュを見るクラスメートの目はとても生暖かい。もう俺たちには何を言っても無駄、末長くお幸せに、そういった目だ。
居たたまれない。
そんな俺たちを、ネオンは見てみぬふりをしている。
これが、ネオン=フリュオリーネ不可侵条約なのか。
放課後、明後日の追試の勉強をしながら、少しフリュに聞いてみた。
「追試の次の日は学園の卒業式だけど、生徒会のみんな、準備は順調なのかな?」
「はい。セレーネさんが大活躍で、ニコラ二等兵をこきつかいながら、急ピッチで準備を整えています」
「へえ、セレーネが活躍してるんだ」
「雑談なら、俺も混ぜてくれよ」
ダンだ。
「何か久しぶりだな、ダン。最近はパーラと二人で行動することが多いそうだが、女とイチャイチャするのも大概にしておけよ。学生の本分は勉強だ」
「お前にだけは言われたくないよ、その言葉。そっくり返しとくぜ。それにパーラとは別に二人っきりという訳じゃないんだよ」
「デートじゃないのか。何をやっているんだ?」
「・・・お茶会だよ。シュトレイマン派閥のご令嬢たちの」
「お茶会に出てるの? お前が?」
「・・・ああ。パーラが俺をみんなに紹介したいと言って、お茶会でパーラの隣に座らされ、令嬢たちの好奇の目にさらされながら、お茶会が終わるまでじっと我慢する。そういう週末を俺は過ごしているんだ」
「・・・それはなかなかキツいな。断れないのか」
「パーラがとても楽しみにしていてガッカリさせたくないし、もし断ろうとすると、他に好きな娘ができたんじゃないかと疑いだすんだよ」
「別に婚約者でもないし、そこまで付き合ってやる必要もないと思うが・・・」
「そこは、年末のソルレート戦に俺が彼女を連れ出した責任もあるし、俺もパーラの事が気に入っているから、それぐらい付き合ってやるのは構わないと思ってる。だがアゾートに相談したいのは別の事だ。最近パーラの目が少し変なんだよ」
「目が変」
「たまになんだが、パーラの目が、俺を見ているようでどこかその先の深淵を覗きこんでいるかのような、そんな目をしてるんだ。そう、瞳孔が開いている感じで」
「深淵を覗きこむような目・・・瞳孔・・・まさか! いやそんなはずはない・・・しかし」
「何かわかったのかアゾート」
「いや、さすがに俺の考えすぎだろう。大丈夫だダン。パーラもそのうち落ち着きを取り戻すさ」
二日後、俺たちは無事追試を終えた。そしていよいよ明日は卒業式だ。俺が追試を受けている間に、準備も全て完了したらしい。
結局俺は何も手伝えなかったが、明日の本番ではセレーネ、ニコラとともに司会進行を行うことになっている。台本はもらったが、これなら大丈夫だろう。
他の生徒会メンバーはコスプレをやるのだが、みんなコスプレの内容を秘密にしているようで、俺にも教えてくれない。
そこは俺と同じ日本からの転生者であるセレーネが監修をしているのだから、きっとおかしなことにはならないだろう。




