第81話 ネオンの回収
俺たち一行がマールが手配した宿屋になんとかたどり着くと、再び時間溯行の反動による眠りについた。結局、全員の体力が回復したのは、次の日の夕方になってからだった。
みんなのそのそと起き上がり、宿の隣の飲み屋を貸切りにして、フェルーム家恒例の祝勝大宴会が始まった。
先ほどまで爆睡していたのがウソのように、飲み会はスタート直後からテンションMAXで、みんな競うように昨夜の戦いでの武勇伝を話した。
そしてみんなの話が一巡したころ、ダリウスの一言で場がシーンと静まりかえった。
「みんな武勇伝が尽きないようだが、昨日の戦いで最強火力を誇った魔導騎士を、今から発表する」
全員がゴクりと息を飲む。
「この戦いを通じて、最強火力のエクスプロージョンを放った猛者は、」
・・・ゴクリ
「我が娘、セレーネだ」
おーーー!
会場からは万雷の拍手と納得の声で埋め尽くされた。
ダリウスが論評を始める。
「魔力はまだワシらの方が上だが、やはりセレーネとアゾートが見つけた完全詠唱の差が出たな。あれさえなければ、ワシが2位になることもなかったのだがな」
「ちょっと待てダリウス。2位はお前じゃなくて、このロエル様だろ。お前のハエが止まるようなヨボヨボのエクスプロージョンが2位なわけないだろう。お前は3位だ」
「うるさいロエル。ワシが当主なんだからワシが決める。ワシが2位でお前は3位だ」
「汚ねえコイツ。当主権限で事実をねじ曲げやがった」
言い争いを始めたダリウスとロエルに、困惑の表情のセレーネが割って入った。
「あのー、私は1位なんていらないんですけど」
「いや、セレーネが1位というのは、さすがに当主のワシでもねじ曲げられない」
「こいつ、自分でねじ曲げたことを認めたぞ」
「当主に向かって、こいつとはなんだ」
「いやワシはもうメルクリウス家だから、お前は当主じゃないし」
「くそっ、そういえばそうだったな」
「あ、じゃあそれなら、私のこの1位はロエルさんに譲るわ。わたしこんな火力バカみたいな称号、本当にいらないから」
「火力バカの何が悪い。フェルーム家当主というのは最強火力バカの証でもあるのだ。セレーネにこそふさわしい。もっと誇れ」
「嫌よ、そんなの誇れるわけないでしょ。私は火力バカなんかじゃないし、当主にもなりたくないのよ。当主じゃなければ私がアゾートと・・・」
「お前はまだそんなことを言ってるのか、アゾートのことはもう諦めろ。お前が最強バカで次期当主。これは決定事項だ」
「火力が抜けてただのバカになってるわよ! ちゃんと火力をつけてよ、お父様のバカ!」
バカという言葉が飛び交っているアホな宴会場の片隅で、俺はマールに昨日の状況を確認していた。
「じゃあ、カインは俺たちの帰還と同時に消えたんだな」
「うん。今度は俺がネオンを助けにいく番だって」
「そうか、なら計画通りだ」
「どういうこと?」
「タイムリーパーの設定を少しいじったんだが、ネオンの時間溯行を半日遅らせたため、過去が変わったんだ。ネオンにタイムパラドックスは発生せず、今ごろはカインと二人、旧教徒を引き連れてシリウス教国に向かっているはずだ」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「俺が学園を休んでネオンの手がかりを探しているときに、シリウス教の教本の一節でネオンのその後の運命を見つけた。ネオンは10日間の逃避行の末、旧教徒信者とともにシリウス教国の国境を越えたが、最後に王国軍に追い付かれそこで信者の半数を失ってしまったとあった」
「それが、あのまま進んだ先の歴史だったんだ」
「その時、ネオンは王国軍を全滅させたものの、自身も深い傷を負ったようで、それが原因で40歳の若さで亡くなったようだ」
「そんな」
「だが大丈夫だ。今回はカインを護衛に付けたし、俺たちがもう一度時間溯行してネオンを回収しにいく」
私は再びカインと時間溯行した。
おそらく今回でこのクエストも終わり。迎えに来てくれているはずのアゾートに、全てを教えてあげるのだ。
時間溯行なんかありえないって、もう言わせない。
私の予想通り、最初にここに来たときと同じ時期、つまり王国の軍勢がこのバートリーの街に押し寄せる場面だ。
でも今はもう夜。まずい!
「カイン! 早く公爵に会わなくちゃ。公爵との約束に間に合わなくなってしまう」
「落ち着けネオン、それはもう大丈夫だ。セシリアさんは既にボロンブラークに旅立ったはずだ。もう一人のネオンも既にもとの時代に戻っている」
「・・・カイン、いったいどういうこと?」
カインから、私の身に起こった出来事と、そのためにアゾートが頑張ってくれたことを聞いた。
「タイムパラドックス・・・完全に油断していた。でもアゾートが、また私を助けてくれたのね」
私はその場にしゃがみこみ、そのまま動けなくなってしまった。
自分の愚かさが恐ろしくなり、それを助けてくれたのねアゾートへの感謝の気持ちが交互に沸き起こった。
「それじゃあ改めて、公爵の所に行くか。俺もアゾートがさっきまで頑張った結果を知らないからな」
「そうだね。公爵の所へ行こう」
私たちが教会の中に入ると、公爵が私たちを待っていて、時間溯行の魔術具のことを教えてくれた。そして、私が未来に帰れなくしてしまったこと、アゾートの機転で全て上手くいったことが告げられた。
「君のご両親や親戚などメルクリウス一族の末裔たちに会えて大変うれしかった」
「え! お父様たちがここに来たの?」
「ああ、40名ほどが大挙してここを訪れ、楽しそうに戦場に向かって走っていったわ」
「あー、その姿がなんとなく想像できます。一族全員が火力バカで脳筋だから。でも過去に時間遡行するようになってやっと謎が解けた。これは間違いなくセシリアさんの遺伝ね」
「ハハハ、確かにそうかもしれんな。特に当主ダリウスの隣にいた娘は、姿も雰囲気もセシリアそっくりだった」
「それ私の姉のセレーネです。見た目どころか中身まで区別がつかないほどよく似てます」
「私としてはうれしい限りだ。もう時間がないので最後に一言。未来に戻ったら地下神殿のオーブに手を当てるといい。つらい記憶かも知れんが、きっと何かの助けとなるだろう」
そして私は公爵に別れを告げ、旧教徒の信者たちやメルクリウスの小さい子供たちを引き連れて、バートリーを後にした。
目指すはシリウス教国。逃避行の始まりだ。
あれから数日がたった。
私とカインの時間溯行の魔法がかかったまま、ずっと過去の世界に留まっている。
「カイン、これって大丈夫なの。ひょっとして私たち二人とも未来に帰れなくなったんじゃない?」
「俺たちの額にはまだ紋章が残ってるから大丈夫だと思うぞ。でも、もし戻れなくなっても俺がついている。ネオンを守ってやるよ」
「うーん・・・アゾートだったらそれでもよかったけど、カインじゃね・・・」
「酷いなそれ、俺だって頑張ってるんだぞ・・・でも今回のことでわかったよ。アイツ以外に今回のお前の件を解決できるやつは、この世にいなかったと思う。だからアゾートがお前を望むなら、俺は潔く身を引くよ」
「ほうほう。カインにもやっとアゾートのかっこよさが理解できたんだね」
「かっこいいかはともかく、すごい奴だよ。でもお前がアゾートにフラれたら、いつでも俺の所に来いよ、待っててやる」
「待たなくていい。私はアゾートにフラれても、ずっと傍にくっついて生きていくんだから」
「そうか・・・」
逃避行を初めて10日目、散発的に王国の小部隊や山賊どもとの遭遇戦はあったものの、ここまで信者たちをなんとか守り抜いてきた。
しかし、もうすぐ国境にたどり着くという所で、王国軍の大部隊に追い付かれてしまったのだ。
恐らくバートリーが陥落し、忽然と消えた旧教徒たちの行方を探していたであろう、王国軍主力部隊の一部だ。
旧教徒の兵士たちは負傷しているものも多く、戦力としては不十分。まともに戦えるのは私とカインの二人だけだ。
「カイン。戦えるのは私たち二人だけだけど、信者たちを守りつつ後退してシリウス教国に逃げ込むよ」
「おう! ウェインさん直伝の俺の戦いかたを見せてやる」
私は体に魔力を漲らせて、敵を迎え撃った。
あれから何時間戦っていたか、カインはずっと私に寄り添って、突撃してくる敵を片っ端から切り捨てていた。
さすがウェインさん直伝の固有魔法・護国の絶対防衛圏の応用技だ。
私も、高速詠唱と完全詠唱を巧みに切り替えて、効率的に敵戦力を削っていったが、やはり多勢に無勢。魔力も底を尽きかけてきた。
あともう少しなのに・・・
「ネオン! すまん遅くなった」
アゾートの声だ。
私が後ろを振り返ると、アゾートとその後ろにセレン姉様やうちの親族一同がそろっていた。
「ネオン! あいつらを片付けて早く家に帰るわよ」
「セレン姉様」
「この暴走娘が! アゾートがいなかったら二度と未来に戻れなかったんだぞ」
「お父様」
親戚一同がみんなで私を助けに来てくれたんだ。
私は嬉しくて、泣いてしまった。
「ようし、もう一回行くぞみんな! 今度はメルクリウス公爵たちご先祖様の復讐戦だ。あいつら全員、一人残らず焼き尽くせ」
「「「行くぞ、おりゃーーーー!」」」
私を残して、みんなが次々と敵兵めがけて突撃していく。
「ネオンは早く信者たちをシリウス教国へ連れていくんだ。俺たちも後から行く」
「わかったアゾート。必ず来てね、待ってるから」
「ああわかってる。さてアルゴはまた俺と一緒に遠隔魔法の実地訓練だ」
「わかりました、兄上」
「リーズもこの前と同じように格闘戦の実地訓練だ。そこにいるバートリーの騎士と組んで戦ってこい。カイン、リーズを任せた」
「はい、お兄様」
「任せとけアゾート」
私はみんなに後を任せて、信者たちの方へ駆けて行った。
シリウス教国の国境付近には、既に大聖女直属の親衛隊が到着しており、旧教徒の信者たちを直ぐに保護してもらえた。
どうやら、こちらの状況を事前に掴んでいて、救護体制を整えていたようだ。
多数の信者の命を救った私は、シリウス教国に歓迎を持って迎えられ、大聖女への謁見も求められた。
保護された信者たちも口々に私のことを称賛し、これからも一緒に来てくれるよう懇願した。
でも私には帰る場所があるため、みんなの申し出を断った。
しばらくしてアゾートたち親族一同も、シリウス教国の国境を越えてやって来た。
「早かったねアゾート、もう敵を倒したんだ」
「ああ、俺たち一族がこれだけ集まれば、あの程度の王国軍騎士なんかただのモブ。人がゴミのようだったよ」
「言葉の意味はわからないけど、勝ったんだね・・・私たちの家に帰ろっか」
「そうだな。もうすぐ時間溯行の魔法が消える。最後にみんなにお別れをしてきな」
「わかった」
私は信者たちに別れを告げ、シリウス教国の親衛隊に後のことをお願いした。メルクリウスの子供たちの事もちゃんと面倒を見てくれるそうだ。
やがて私の視界が歪んでいき、シリウス教国に残したみんなの姿が、遠く消えていった。
私たちは旧バートリー領の教会の前に転移した。
教会の前ではマールがたくさんの馬車を引き連れて、私たちの帰りを待っていてくれた。
「みんな少しだけ時間をちょうだい。公爵から、地下神殿のオーブに触れるように言われてるの」
「わかった。ワシたちも一緒に連れていってくれ」
「いいよ、お父様。私が公爵から引き継いだ、私の神殿にみんなを招待してあげる」
地下神殿の中はいつもと変わらず、赤いオーブが光っていた。
私はオーブに近づき、そっと触れた。
ZA,ZAZA---ZA, ZA
突然私の頭の中に大量の記憶が流れ込んできた。
この記憶は私の記憶?
・・・これはアゾートが私を助けてくれなかった場合の、私の人生の記憶だ。
私が回復不可能な重傷を負いながら、半数に減った信者とともにシリウス教国で暮らし、教会での高い地位と聖者の称号は得たものの、心にポッカリと穴の空いたまま、短い人生を閉じた私の記憶だった。
・・・メルクリウス公爵は酷い人ね。
こんなの見せられたら私は・・・。
私は後ろを振り返ってアゾートを見つけると、その胸に思いっきり飛び込んだ。
「突然どうしたんだよ、ネオン」
「私を助けてくれてありがとう、アゾート!」
「よかったな、ネオン。だがみんなが見てるからそろそろ離れてくれ」
「そうよ私のアゾートから離れなさい、ネオン!」
「嫌、もう絶対に離さない。アゾート大好き愛してる」
「やめろよネオン、離れろよ。恥ずかしいだろ」
「バカネオン! 表に出なさい、勝負よ」
私は誰がなんと言っても、アゾートからは決して離れない。
私はもう、そう誓ったんだから。




