第8話 新入生歓迎ダンジョン(3)
ドクンと心臓が大きく鼓動し脈拍が早くなる。
今「日本」って言った?
思わぬ単語に緊張でカラカラになる。
唾をごくんと飲み込む。
ひょっとして聞き間違いではだったのではないだろうか。恐る恐る先ほどの問いかけを、もう一度聞き直してみた。
「今、日本って言いました?」
「ああ。そうなんだろ君」
さも当たり前のように、平然とした態度のウォ何とかさん。
「どうしてそう思うんですか?」
「だって詠唱がきれいな日本語じゃないか。ついでにさっきのナトリウム爆発なんて、この時代の人間が考え付く発想ではない」
この男も転生者なんだ、間違いない。
ニヤリとこちらを見ている、ウォ何とかさん。
「あー、別にお前をどうこうするつもりはない。初めて同じ転生者に出会ったので、どう接しようか昼間ずっと考えていたのさ。たまたま二人で見張りをする機会ができたので、思いきって話しかけてみた」
「えっと、日本人ですよね?」
「いや違う。俺はアメリカ人だ」
え、アメリカ人?
予想外の回答が来た。
なんでアメリカ人に、俺の日本語がきれいだってわかるんだ?
そんな俺の心の中の疑問に答えるように、
「アメリカ人だが住んでいるのは日本。米第七艦隊所属の兵士だ」
なるほど。だから日本語に気がついたのか。
「いつの時代のからの転生か、聞いてもいいですか」
「2020年代だ」
「同じ時代ですね」
「君はどこに住んでいた」
「東京です」
「横須賀に近いな」
そこからは互いにかなりの打ち解けあって、ざっくばらんにいろんな話をした。
まさか異世界のダンジョンで、日本のローカルネタで盛り上がるとは、ついさっきまで考えもしなかった。
予想外の展開だ。
しかも異世界語なので言葉の壁も無いため、アメリカ人とこんなに長く会話ができてしまった。俺、英語話せないから。
ウォ何とかさんは、こちらで既に結婚しており、奥さんも冒険者でまだ子供はいないらしい。
魔法が使えないため、魔法に前世の世界の言葉が関係していることも知らなかったそうだ。
そしてついに、朝からずっと気になっていて、どうしても言いたかったことをお願いしてみた。
「あの、名前のことなのですが、長くてちょっと呼びにくいなって。これからはモホロビチッチさんと呼んでいいですか」
モホロビチッチはテストによく出てくる名前なので、とても言いやすいのだ。
「うーん。俺達の文化では、ファーストネームで呼び会うのがマナーだし、名字で呼び合うのは堅苦しくて嫌なんだよな。まぁどうしてもというのなら、敬称だけで「サー」と呼んでくれていいよ」
サーか。軍隊らしいな。
ていうかなんで苗字読みを嫌がるんだろ。
アメリカ人はそうなのか?
「わかりました。それではサーとお呼びします。第7艦隊でもそう呼ばれていたのですか」
「ああ。ちなみに俺、転生する前は少佐だった」
少佐! 米国海軍少佐!
メチャメチャ偉いんじゃないの、この人?
そりゃサー呼びされる地位にいるわ、勘だけど。
なんか緊張してきた。
「少佐・・・サー少佐?」
「うーん、なんか余計に変な呼び方になってるんだけど」
最後の方は自分でもなんだかよくわからない、深夜のノリの会話になってきたが、突然の別の転生者との遭遇により、あっという間に時間が過ぎていった。
「なあ、ネオン」
「何?」
「お前さ。アゾートは呼び捨てなのに、セレーネさんに対してはセレン姉様って呼ぶのは何で?」
「セレーネ姉様だと「ね」が2つ続いて言いにくいからじゃないかな」
「そういうことを聞いているんじゃなくて、セレーネさんとの方が姉弟っぽい気がするということ」
「単に髪の色とか目の色が似てるからじゃない?」
「それもあるけど、関係性というか仲の良さというか」
「アゾートとの方が仲いいけど」
「そこなんだよ。うまく言えないけど、お前のアゾートに対する態度とセレーネさんに対する態度って、仲の良さの質が根本的に異なる気がする」
「ダンの事だから、完全に気のせいだね」
「そこまで言うか! まあ、おれ自身よくわかってないことだから。悪い、今の話忘れてくれ」
(ふー、あぶないあぶない。何とかダンを誤魔化しきれた。さすが私だ)
「カイン。バーンを助けてくれた時に使った魔法なんだが、あれってもしかして」
「ああ、ウォルフが想像しているとおりだ」
「やはりそうか。だがどうしてこの学園に入学してきた」
「いろいろ事情があるのさ」
「・・・そうか。わかった、それ以上は聞かない」
「ところでウォルフ、今日のことはここだけの話にしてくれないか。少なくともアゾートたちには、俺の口から直接言いたい」
「わかった約束する。今日のメンバーで気付いているのは、たぶん俺だけだ」
「だろうな。それでロジャーズの事はどうするんだ」
「たぶん部は辞めるだろうが、上級クラスとして色々と問題を起こしそうではある。俺もサーシャもそこまで力はないから、フォローしきれない部分は出てくると思う」
「そうだな。だがこれは学園の問題というよりは、アージェント王国の貴族社会の問題だな」
朝食をとった後テントを撤収し、扉の向こう側の神殿の調査が始まる。
ここからは研究者たちの仕事であり、俺たち冒険者はあたりを警戒する以外やることがない。
だが俺は古代遺跡に興味があるのだ。
このクエストを選んだ時点で、魔獣との戦いよりむしろこちらが本命とも言える。
俺は研究者たちに混ざって、日本に関わる何らかの痕跡がないか注意深く遺跡を眺めていた。
部屋の奥には祭壇があり、側面と天井には壁画や何かの紋様がびっしりと描かれている。
おそらく何らかの意味を成すのだろうが、パット見た感じではわからない。
研究者たちは分担しながら壁画の詳細なスケッチを描き始めた。
俺は早く祭壇を調べてほしいのだが、勝手に調べることはできないので、研究者たちのスケッチが終わるまで研究者たちの後ろで、おとなしく座って壁面の模様を眺めて待つことにした。
いつしか俺は昨日の出来事を思い返していた。
昨日は色々なことがあったが一番の出来事は、サー少佐との出会いだ。
まさか転生者だったとは。
自分以外の転生者との出会いは想定外であり、あまりに衝撃的すぎてダンジョンでの魔獣討伐のことなど些事に思えてしまう。
まあ、ナトリウム爆発で大量の毒虫の死骸をまき散らしてしまった事件は、俺たちの心にトラウマとして傷を残すことになったのだが。
うん。あの光景は早く忘れてしまいたい。
「アゾート」
マールが俺の隣に腰を下ろして話しかけてきた。
「昨日はありがとう、私の悩みを聞いてくれて」
なんの話だったっけ。
「私ね、ずっと自分に自信が持てなくて、何をするのが正しいのか迷ってしまって何も行動できずにいたの。でも昨日アゾートと話をして、そんなに考えすぎなくていいのかも、自分の気持ちに正直になってもいいのかもって思えるようになれた。それに私と一緒に頑張ってくれるって宣言までしてくれたしね」
そしてマールは気持ちが吹っ切れたような表情で、クスクス笑いながら言った。
「あーあ。セレーネさんと婚約してなかったら、アゾートを私の両親に紹介できたのにな」
「あああーー」
思い出した。
昨日のマールとの会話が蘇ってきた。
深夜のノリで少し調子にのって普段言わないようなことを口走ってしまったのだ。
チラっと隣を見ると、マールが「フフッ」とこちらを見つめている。
これは恥ずかしい。俺は頭を抱え込んでしまった。
かなりの精神的ダメージを負った俺だったが、気を取り直すため遺跡に集中することにした。
壁面の模様をジッと見つめてみる。
似たような幾何学模様が周期的に並んでいるようにも見える。
少し離れて全体感をみたり角度をつけて斜めから眺めてみたりしたが、何もわからない。
遺跡の全てが必ず何らかの意味を持つのか、そうではなく意味のない物も含まれるのか。
また何でもかんでも日本と関連づける必要もないのか。
祭壇の方に何人かの研究者が移動した。俺もその後についていく。
「なんでついてくるんだ?」
「だって、やることないんだもん」
マールが俺の後を付いてきた。
「・・・・・」
俺はスケッチの邪魔にならないように、少し後ろから祭壇を見つめる。
祭壇は左右対称の構造で真ん中に何かを祭るための空間が設けられている。
今は何も祭られていないが、本来は神様の像でも置くのだろうか。
そういえば、昨日見た祭壇もこれと同じようなものだったから、この祭壇の裏側にも同様の隠し階段があるのかもしれない。
ひととおりスケッチが終わったようで、研究者が祭壇近くに集まり各部の調査が始まった。
俺も祭壇に近付き、周りに触れないようにそっと真ん中の空間をのぞいてみた。
底面は平らになっており、左右両サイドは何かの文様が刻まれている。
奥の壁面も平らで真っ黒に塗られている。
天井は奥まってて、ランタンで照らさなければ先が暗くてよく見えない。
祭壇の下部を見ると2つ台座があり、円盤状のガラス板が乗せられている。ちょうど研究者がそれを回収しようとしている。
「そのガラス板は何ですか」
「これは古代の魔術具で、このような祭壇のある部屋には必ず備え付けられているものだ」
「どんな魔術具なのですか」
「このガラス板を通して壁面の文様を見ると、異なる文様が浮かび上がってくるんだ」
「見せてもらってもいいですか」
「ああ。丁寧に扱うんだぞ」
俺はガラス板を通して壁面の文様を眺めてみたが、特に文様が変化することはない。
「ガラス板を少しずつ回転してみるといいよ」
2枚のガラス板を回転させると確かに文様が変化する場所がある。
これ偏光板だ。
左右の目それぞれに偏光板をとおして壁面を見てみると、女性の像が立体的に浮かび上がった。
「立体像が浮かび上がりました」
「どれどれ」
研究者がガラス板を手に取り、同じように立体視で確認。
「ああ、これはこの古代文明で祭られている女神のうちの一人だな」
もう一度ガラス板を貸してもらい、俺はあちらこちらを観察してみた。女神像以外にもいろいろな立体画像が壁面に描かれていた。
祭壇の方にも何か描かれていないかガラス板を向けてみたが、こちらには何も描かれていなかった。
祭壇の奥の空間も見てみよう。
「マール。ライトニングで祭壇の奥を照らしてくれないか」
研究者がランタンを使用中であるため、ライトニングで照らそう。
「わかった。眩しくない様に小さくするね」
祭壇中央の空間部分、その天井をライトニングで照らしてもらい偏光板で確認。
天井には特に模様がなく角度を変えても何も見えてこない。
何もないか。
そう思って祭壇内の天井から視線をずらそうとしたとき、視界の端に何かがちらついた。
奥の黒い壁面に何か見えた。
「マール。今度は奥の壁面めがけてライトニングを頼む」
黒い壁に見えたが表面が特殊加工されており、ライトニングの光が反射して模様が浮かび上がる。
「なんだこれは」
黒い壁と思っていたのはPCのモニターのようだ。
画面にウィンドウが表示されたかと思うとバッチファイルが起動した。
何かがインストールされている。
新たに表れたアイコンを指でダブルクリックすると、ウインドウに見たことのない魔法陣と、ある日本語が表示された。
【固有魔法・超高速知覚解放】
「見つけた!」
このダンジョンは大正解だ。やった!
古代文明遺跡にある同様の祭壇を調べていけば、魔法の解明につながるだろう。
他の祭壇でもこれは発見されていないはず。
そうでなければ、真っ先研究者が調べる場所はここ。
おそらく奥の黒い壁の謎が解けなかったからであり、GUIの操作以前にそもそも壁面に何も写し出されていなかった可能性もある。
そう考えると、おそらくは偏光板とライトニングの関係。
まさか、コヒーレント光?
新入生歓迎ダンジョンも無事終え、全パーティーがギルドに戻ってきた。
受付でクエスト報酬を受け取り、臨時メンバーの冒険者にお礼を言って別れた。
「アゾートまたな。いつでも気軽に声をかけてくれ」
「少佐も」
少佐にビシッと海軍式の敬礼して見送っていると、ネオンが近づいてきた。
「アゾート、何やってるのそれ」
どうこたえようか迷っていると、マールが可笑しそうに笑って答えた。
「アゾート、あの冒険者と急に仲良くなったみたいで、今朝からあんな感じなの」
「ふーん」
ネオンは訝しげに俺の方を見ていた。
「みんなケガもなく無事にクエストを終えてよかった。これからささやかながら反省会を開催する。いろいろと武勇伝があると思うが大いに語りあってくれ」
部長の挨拶により、みんなはギルド内のテーブルに移動し、気の合う仲間たちと盛り上がった。
俺たちはいつもの5人で集まった。口火はカインから。
「俺はビスポル火山にあるダンジョンで魔獣討伐だ。火山だけあって火属性の魔物が多く、先輩の水属性魔法頼りだったが。とにかく前衛を突破させないように魔獣を切りまくってたわ。上級クラスの奴が全く戦力にならなくて、二人分働いた感じ。きつかったー」
「俺たちはあの有名なダンガール迷宮都市だ。巨大ダンジョンで未到達エリアもあるので、そこでお宝さがしだ。見ろよこれ」
ダンが金色の腕輪を取り出した。
「魔術具で魔法の効果を上げるらしい」
ネオンも何やら魔術具を手に入れたようだ。マールがうらやましそうに、
「いーなー。私たちは何もお宝が手に入らなかったのよ。それよりもアゾートがひどいの」
といって毒虫の沼の話を語りだした。
「土魔法で爆発?なんだそれ意味が分からん」
「飯がまずくなるから、マールその話をやめろ」
やはり不評のようだ。
「それより聞いたぞアゾート。おまえセレーネさんの婚約者だって。あんな美人とうらやましい」
「本当かそれ。ショックだ」
ダンが「なんで黙ってたんだ」と不服そうにそういい、カインがガッカリした表情を見せている。
俺はサーシャからアドバイスされていたことを話した。
「上級クラスの連中には気を付けた方がいいかもしれないが、何かあったら俺に言え」
そういって、カインは鼻をならして5人組の方を一瞥した。
「まあ、セレーネさんは意外にポンコツで暴走すると手に負えないところがあるからな。嫁にするのも命がけだよ。実際死にかけたし」
ダンがブルブル震えている。一体何があったんだ?
「それより聞いてくれ。遺跡で重要な発見をした」
俺はみんなに近くに寄るように手招きし、小声で言った。
「たぶん未発見の古代魔法だと思う。随行した研究者たちも気づいていない」
「本当か」
発見したときの状況を簡単に説明しつつ話を続けた。
「魔法陣と呪文が浮かび上がった。おそらくは身体強化魔法で魔力防御と同じ無属性だと思う。詳しく調べてみようと思うが、まだここだけの秘密にしておいてほしい」
「わかった」
次回は日常回です
応援よろしくお願いします。