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Subjects Runes ~高速詠唱と現代知識で戦乱の貴族社会をのし上がる~  作者: くまっち
第4章 王国の剣メルクリウスの帰還
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第78話 タイムパラドックス


「創始者どころかメルクリウス自体を存じ上げませんでしたので」


「メルクリウス自体を知らなかっただと。未来は相当おかしなことになっているようだな。まあ今はその話はおいておこう。君の話には理解のできぬところも多いが、信じるに価すると思う。・・・先ほどはああ言ったが、君に言われるまでもなく、この戦いは破れることとなろう。だからこそ、旧教徒たちをここに集め最後の戦いに挑んだのだ」


「と仰いますと?」


「旧教徒たちがバラバラのままでは、やがて弾圧の手が伸びて根絶やしにされてしまう。だから旧教徒を一同に集めて聖戦を行い、一度負けることでバーンへ無謀な戦いを起こさせないようにする」


「そんなこと・・・」


「そして、セシリアとともにシリウス教国へ亡命してもらう」


「そういう計画でしたの」


「そうだ。セシリアにもその旨伝えてある」


「・・・しかしその計画はおそらく失敗します」


「どういう事だ?」


「詳しくは分かりませんが、この後公爵様はどこかで重傷を負われ、この地に敵が押し寄せてきます。そしてメルクリウス、バートリー、旧教徒たちが全滅するというのが私の知っている結末です。ですから先ほどもうしあげたように、私が鍵とセシリア様夫妻を公爵様から預かり、安全な場所へ逃がしたのです」


「この計画が失敗するのか。では一体どうすればいいのだ・・・」


「・・・セシリア様夫妻の事は、後から現れるもう一人の私に任せてもらえばいいと思います。騎士学園の制服を着た男の子の姿をしていますが、顔を見れば分かると思います。そして旧教徒の信者たちの方は、私が連れて逃げることにします」


「君がか・・・」


「教会の神具は何かの意思を持って、私たちを過去の重要なシーンに時間遡行させていると思います。ここまでの流れを考えると、メルクリウス家の滅亡を防ぐことと、できるだけ多くの旧教徒の命を救うことが目的のように感じます。ならば私の役目は旧教徒たちを引き連れての亡命なのかと」


「あの神具の中の何かの意志か・・・。分かった。君の言うことを信じる。どうか我々に手を貸して欲しい。そういえば君の名前を聞いていなかったな」


「私は、ネオン・フェルームです」





 公爵との話も終わり先ほどの場所に戻ると、カインとウェインが何か訓練のような事をしていた。それを見学していたセシリアが、私に気づいて駆け寄ってきた。


「あの魔術具を私にも使わせてくれるよう、お父様に頼んでくれた?」


 そう言えばそんな話だったな。


「相談したけどダメでした」


「どうしてよ!」


「えーっと・・・お腹の赤ちゃんに悪い影響を与えるから、元気な赤ちゃんを産むことに専念しなさいとのことで」


「あ、それもそうよね。赤ちゃんを産んでから若返ることにするわね」


 この人がセレン姉様と同じくらいバカで助かった。


「それから、後で公爵様からお話があると思いますが、旧教徒たちの亡命は私が担うことになりました。セシリアはメルクリウス一族の未来の事だけを考えて逃げて下さい」


「お父様から話を聞いたのね。・・・お父様たちにもしもの事があった場合に備えて、私たち夫婦とお腹の子供だけ別に逃げることになったの。お父様たちは王国貴族としての責務を全うするつもりで、無事ではすまないと思うから」


「・・・・・」


「お父様には言えないけれど、私の子孫たちには、王国の重責から解放してあげたいとも思ってるの。もっと自由に笑って暮らせる生活を、子供たちやその子孫にさせてあげたい。旧教徒たちのことをネオンに任せるのは大変心苦しいのだけれど、私にとってはすごく助かる。ごめんねネオン」


 セシリアが私の手を掴むのと同時に、目の前の光景がボヤけ始め、私とカインは元の時代に帰っていった。






 寮の自室に戻った私は、自分のベッドに寝転がり、来週のことをボンヤリと考えていた。


 おそらく次に時間遡行をするのは、王国の軍勢が神聖シリウス王国の軍勢と合わさって、バートリーの街を攻め滅ぼす場面だろう。


 そこで私は教会の地下に匿われている人たちや、聖戦を戦っている兵士たち多数の信者を引き連れて、シリウス教国に向かうのだ。


「おいネオン。地下神殿の調査はどんな感じだ?」


 アゾートだ。


「かなり進んだと思う。でもアゾートには言ってもあまり信じてもらえないけど」


「時間遡行の話か。物理法則から考えて辻褄が合わなくなるから、俺はどうも納得しきれないんだ」


「それは分かってる。だから全てが解明できたら、その時に真実を話すよ」


「ネオン・・・だが俺はお前のことは信頼している。こんなことで嘘をつくような奴ではないことも知っている。だから何かあったら必ず俺に相談してくれ。一緒に考えてやる」


「分かってるよ。たぶん来週である程度決着するはず。現場で見せたいものもあるし、旧バートリーの街まで私を迎えに来て欲しいの」


「・・・来週末の光曜日の夕方でいいんだっけ? その時間遡行が終わるのは」


「うん。毎週その時間帯に戻ってくるの。いつもはその後エーデル城まで行って、ミリーの嫌みを聞きながら、次の日の夕方まで寝ているだけだけど」


「お前よく自分の嫁ぎ先で、兄嫁に嫌みを言われながら眠れるな。さすがネオンだよ。・・・でも辛かったら、もう婚約をやめてもいいんだぞ」


「心配してくれるんだ、ありがと。やっぱり私をカインに渡したくなくなった?」


 私は嬉しくて、つい表情を緩めてしまう。


 いけない、いけない。


 アゾートには私のいない寂しさと私の大切さを、もっと実感してもらうんだから。


「何ニヤニヤしてるんだよ。その邪悪な笑い、もしや何か企んでいるんじゃないだろうな」


「邪悪って失礼ね。これはデレだよ、デレの微笑み! もうっ、いいから来週の週末、旧バートリーの教会に、ちゃんと迎えに来てよね」





 そして週末になり、私とカインは何度目かの時間遡行を行った。


 予想通り、初めてここに来たときと同じ時期、つまり王国の軍勢がこのバートリーの街に押し寄せる場面に転移してきた。


 私は直ぐに教会地下の医務室に向かった。


 ベッドにはやはり、メルクリウス公爵が大怪我をして横たわっていた。


「ネオン来てくれたか」


 公爵はかろうじて体を起こし、ベッドに座ったままで私に話しかけた。


「バーンの奴に一杯食わされてこの様だよ。私はしばらくは戦えん。聖使徒軍の指揮は弟に任せてあるが、旧教徒の脱出の手はずは、この教会の神父に全て伝えてある。後は頼んだぞネオン」


「任せてください公爵様。セシリア様の脱出はもう一人の私が街の宿屋に泊まっているので、部屋から連れ出して下さい」


「うむ、わかった。もう時間がない。まずは私の弟と合流して、聖使徒軍に参加している旧教徒の兵士たちを連れ出してくれ、そして神父と協力してシリウス教国へうまく逃げてくれ」





 私は公爵に別れを告げると、カインとともに城門の外に出た。


 既に戦いは始まっており、大軍に囲まれた聖使徒軍が徐々に後退を余儀なくされている戦況だった。敵軍の侵入を一部許してしまっており、乱戦の様相だ。


「カイン、公爵の弟のところまで一気に突入したい。バリアーをお願い」


「ああ任せろ、いくぞ」



  【無属性魔法・護国の絶対防衛圏】



 キーンという無機質な音がなり、私たちの回りにバリアーが張り巡らされた。護国の絶対防衛圏は、あらゆる魔法攻撃と物理攻撃を一定時間完全に防ぎきる。その攻撃力の大きさとは無関係に。


 私たちは戦場を駆け抜ける。


 飛び交う矢や魔法を全て跳ね返し、ひたすら前へ前へと進んでいく。


 前線ではメルクリウスの魔導騎士たちがバートリー家の魔導騎士たちとともに殿を務め、傷ついた旧教徒の兵士たちが逃げるまでの時間を必死に稼いでいる。


 その姿はまさに王国の剣と盾。


 崇高なまでの使命感、ノブレス・オブリージュ。


「お前がネオンだな。よくぞ間に合った」


「はい! ここからは私が彼らを率いて撤退します。」





 旧教徒の兵士たちを連れて戦線から離脱しようとしたその時、私の身体に異変が生じた。


「身体が言うことを聞かない。動けないの。私はどうなってるのカイン」


「ネオンどうした、お前薄く光ってるぞ。何かあったのか」


「わからない。でも何かに押さえつけられた感じがして、ここから移動できないのよ・・・しまった、油断した! 今はもう一人の私がこの時間軸に到着する時間帯。タイムパラドックスだ」


「なんだそれ」


「過去に干渉したら未来の結果に影響を与えるんだけど、同一人物が同じ時間に存在してお互いに影響を及ぼすと、事象が共振して解が発散するんだ」


「つまりお前はどうなるんだ」


「わからない。ただこの感じだと教会の神具の安全装置か何かの影響で、タイムパラドックスを引き起こさせないように、私をここから動けないようにしてるんだと思う。もう一人の私がこの時間軸からいなくなるまで」


「まじかよ。こんな撤退戦の最前線で半日も防戦しないといけないってことか」


「・・・ごめんなさい、カイン」


「・・・俺に任せろ、半日ぐらいお前を守り切ってやる。ウェインに教えてもらった固有魔法の応用技もあるし心配するな。それにお前も魔法ぐらいは打てるんだろ」


「うん、移動できないだけだから、大丈夫だよ。公爵の弟さん、そういうわけだから私は脱出作戦には参加できなくなってしまいました。本当にすみません。誰か他の騎士に代わっていただけますか」


「いや君にやってもらうよう兄上から指示されている。なに、半日ここを死守するぐらいなんとかなるさ。なあ、みんな」


 公爵の弟が声を上げると、周りにいたメルクリウス一族の騎士たちも呼応して私を励ますように声をかけてくれた。


「俺たちに任せとけって」


「お嬢ちゃんは安心してそこで見てな」


「おじさんたちの格好いいところを見せてやるよ」


 なんかフェルームの分家筋のみんなと一緒にいるみたいで、最前線のここが我が家みたいに感じる・・・。


「みんなありがとう、私もがんばるから」






 あれから何時間戦っているのだろう。


 圧倒的に火力に勝るメルクリウスの騎士たちも、敵の大軍を前に一人また一人と倒されていった。


 バートリーの騎士たちもその膂力を活かして複数の敵をまとめて相手にしているが、やはり多勢に無勢。私のいるこの場所が落とされるのはもはや時間の問題だ。


 カインは私の近くから一度も離れることなく、私を守り続けてくれている。


 バリアーを小さく展開し、盾や剣を瞬間的に強化することで、魔力を効率的に使用する技を身に着けていた。ウェインに指導してもらっていたのはこれか。


 そんな私たちに突然異変が訪れた。


 額の紋章が輝きだしたのだ。時間遡行が終わりを告げる。


「そんな! 今もとの時代に戻されると、ここまで頑張ってくれたみんなの命が無駄になる」


 私が叫び声をあげたが、カインは別の意味で驚きの表情をしていた。


「ネオン! お前の額から紋章が消えている。どういうことだ・・・ネオン・・・」





「カインが消えた・・・え? 私だけがここに取り残された?」


 どういうこと、これは?


 気が付くと、私の体は自由に動くようになっていた。


 そうか、もう一人の私が、もとの時代に帰って行ったんだ。


「みなさん、私は動けるようになりました。これから旧教徒たちの脱出を指揮します」


「よっしゃ、まかせたぞお嬢ちゃん! ・・・最後に俺たちから頼みがある。教会には俺たちの小さな子供たちがいる。その子たちも一緒に逃がしてやってほしい。俺たちはここで貴族の責任を果たすつもりだが、子供たちはまだ小さい。ワガママなのはわかっているが、どうか頼む」


 そうか。あの地下にはメルクリウスの子供も混ざっていたのか。


 ・・・よかった。


「そんなの当たり前だよ。この私が責任をもっておじさんたちの子供を守ってあげる。・・・私は急ぐから、ここでお別れね。・・・さようなら」


 私は涙を流しながら、後ろを振り返らず教会を目指して走り抜けた。





 それから、長い月日が流れた。




 あの後私は元の時代に戻ることもなく、旧教徒たちを引き連れてただひたすらにシリウス教国を目指して歩いたのだ。


 国境近くでは王国軍に追いつかれて信者の半分を失ってしまったが、私は残りの信者を何とか守り切り、シリウス教国との国境を超えることに成功した。


 シリウス教国では、私は多くの旧教徒の命を救った聖者として扱われ、教会での高い地位が与えられた。


 でも私は幸せではなかった。


「アゾート、私はもとの時代に帰れなくなったよ。必ず助けに来てくれるんじゃなかったの・・・嘘つき」




 アゾートは結局、誰と結ばれたのかな。


 やっぱりセレン姉様とかな。フリュオリーネさんも一緒なのかな。


 マールもアゾートのことが好きだったみたいだし、結局どうなったんだろう。


 でも私は、アゾートと一緒になれなかったな・・・。







 俺はネオンとの約束通り、昔バートリーと呼ばれていた街のさびれた教会の前に来ていた。時刻はすでに夕方。もうすぐネオンが時間遡行から戻ってくる時間だ。


 ネオンを待っている間、教会の前に座ってあたりをぼんやりと眺めていた。


 しばらくすると、目の前の光景が少し歪み、カインが忽然と俺の目の前に現れた。



 しかしネオンの姿はどこにも見当たらない。



「おいカイン。ネオンは一緒じゃなかったのか」


 転移したてで、まだぼーっとしていたカインは、徐々に意識がはっきりしてきて、ようやく俺の姿を認識できるようになった。


 カインの表情は青ざめていた。


「アゾートすまん。ネオンだけ過去に取り残されちまった」


「なんだと、どういうことか説明しろ」


「ネオンはタイムパラドックスだと言っていたが、何のことかわかるか?」


「タイムパラドックスだとっ!」




 俺はカインから、今回のネオンの調査の一部始終を聞いた。


 メルクリウス公爵、バートリー辺境伯、バーン王、神聖シリウス王国。


 過去の政変で歪められた歴史、その後の王の交代で何度も書き換えられた歴史。


 俺たちが学園で習っていた歴史とは異なる真実が、カインの口から伝えられた。


 だがそこからは、肝心のネオンの行方に関する手がかりが得られなかった。




 戦場に取り残されたネオンは、一体どうなってしまったのか。





 時間遡行の反動で再び意識が朦朧としてきたカインを街の宿屋まで運びこみ、俺は居ても立ってもいられずに、この旧バートリーの街中にネオンの痕跡が残されていないか探し回った。


 手がかりすら見つからないこの状況に、いつしか俺はなりふり構わず、ネオンの名前を叫びながら夜の町中を走りまわっていた。


 夜も更けて、深夜になっても俺は走り続けた。ネオンの手掛かりを探すために。




 やがて再び日が昇り、朝日があたり一面を照らし始めた。


「ここはどこだ」


 俺は小高い丘に一人立っていた。


 墓地だ。


 俺のそばには朝日に照らされて、朝露がキラキラ光る一つの小さな記念碑があった。



 なんとなく目に入ったその記念碑に記された言葉を見て、俺は力なくその場にうずくまった。




「王国歴232年~272年 シリウス教聖者ネオン・フェルーム 彼女が救った多くの教徒たちに見守られながら、神のみもとに旅立つ 享年40歳 ネオン聖者生誕の地にこの記念碑を捧ぐ シリウス教国」








 ・・・俺は認めない、こんな結末。


 過去の改変? 上等だよ、なんでもやってやる。


 ネオン、待ってろ。今から俺が助けに行ってやる!

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[良い点] ネオン涙 な、なんという絶望的な状況に… [一言] けっこうショックを受けた分、このあとの挽回に期待します…
[気になる点] 魔法とかいう物理法則をガン無視した事象を当たり前のように行使してるのに、時間遡行が物理法則から考えて辻褄が合わないとか拘ってグダグダ言ってるのはマヌケに思えるので、その設定っているんで…
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