第74話 ツンデレという概念のない世界
誤字修正をしました(2021.9.11)
誤)グライダー
正)フレイヤー
せっかく名前をつけたのに、失礼致しました。
先週は遺物調査を行ったが、今週末は領地運営だ。
普段は両親に任せきりの分、週末ぐらいは俺がしっかりやらないといけないのだが、何分人手が足りない。
学園から戻った俺とフリュが城の執務室に入っていくと、父上以外にも二人ソファーに座って話をしていた。
「アゾート帰ってきたか。代官を引き受けてくれる人を連れてきたぞ」
「え? もう見つかったんだ」
二人はソファーから立ち上がり、自己紹介を始めた。
30代後半ぐらいの男性は、カイレン・フェルーム
30代前半ぐらいの女性は、リシア・フェルーム
どちらもフェルーム家の分家筋で、戦争の度によく見かける馴染みの顔だった。俺の又従兄弟とかそのぐらいの関係だ確か。
「アゾートちゃんも随分立派になって、おばさんも嬉しいわよ。フリュちゃんは相変わらずの美人さんねー」
「代官はおじさんに任せとけ。アゾートはその可愛い嫁さんと子作りに励んでればいいよ。それも当主の仕事だ。がっはっは」
「やめてよ、カイレンおじさん。余計なことは言わないでくれよ。そういうのじゃないから!」
「カイレン! アゾートはまだ学生だ。フリュちゃんとは卒業してからちゃんと式を挙げさせる予定だ」
「まぁ楽しみ!おばさんも早く、二人のかわいい赤ちゃんの顔が見たいわ」
「リシアおばさんも余計なことを言わないでくれよ。ていうか、おばさんが自分で子供を生めばいいじゃないか」
「シーッ、アゾートこそ余計なことを言わないの。リシアちゃんの所は、旦那が浮気をして家から叩き出したばかりなんだから」
「え? そんなこと俺が知るわけないじゃないか・・・でも余計なことを言って悪かったよ、リシアおばさん」
「そうね。悪いと思うのなら、アゾートちゃんのお友達でいい男がいたら、私に紹介してね」
「いや、さすがに年が離れすぎてて無理だよ」
親戚が集まるとみんな余計なことばかり言って話が全然進まないが、話し合いの結果、城壁都市ヴェニアルの代官は武闘派のカイレンおじさんに、建設中の商都メルクリウスは社交的なリシアおばさんにお願いすることになった。
二人とも家族や固有の騎士団を引き連れて移住することになる。
昼間は山のように積み上がった案件を、フリュと二人で一つずつ処理していき、何とか半分減らすことができたところで力尽きた。
今日はここまでにして、残りは明日に回す。この後は夕食だ。カイレンおじさん、リシアおばさん以外にも、領地運営を手伝ってくれる親戚が来ており、2階の食堂を使ってこれから宴会をするのだ。
俺とフリュが食堂の席につくと、宴会がスタートした。フェルーム家にいた頃よりは当然人数は少ないが、親戚を集めた宴会の雰囲気は、昔と変わらなかった。
俺はふと、クロリーネが気になり様子を伺う。
アルゴと二人並んで食事をしているが、二人は会話をすることなく、黙々と食事を進めている。
この二人はやはり上手くいってないのか。
少し話しかけて見るか。
「クロリーネ。今日の料理は気に入ってくれたかな。侯爵家にはかなわないと思うが、地元の食材を使った郷土料理だ。食材が新鮮なので、美味しく食べられるはずだ」
俺がクロリーネに話題をふると、クロリーネは俺の方を見てとても嬉しそうな表情を見せた。だがすぐに拗ねた表情に変化させて、
「ふ、ふん! 侯爵家の夕食と比べると味も見た目も見劣りするわね。・・・でも、あなたが言うように、口にあわないこともないし、せっかくあなたが出してくれたのだから、全部いただいて差し上げますわ」
「お、おう。クロリーネは相変わらずのツンデレだな」
「そのツン何とかって、なんですの?」
「前に言わなかったっけ? 最強の萌え属性だよ」
「わたくしの属性は、風と雷と光ですけれど」
「いや、魔法の属性ではなく男子の心をわしづかみにする萌え属性のことなんだけど・・・ん? 今なんて言った。風と雷と光だと!」
「ええ、そうですわ。侯爵令嬢としては属性が少し足りないかも知れないですが、魔力はそれなりに自信がありますのよ」
「素晴らしい! すごいよクロリーネ、お前一人でフレイヤーを飛ばせるじゃないか」
「え? え? え? なんですの? そんなに喜んで・・・ふ、ふーん。さては、アゾート様にもやっとわたくしの凄さがご理解いただけたようですね。まあ気がついただけマシですから、その、ほ、誉めて差し上げてもよろしくってよ」
「理解した、理解した、本当にクロリーネは凄い! あ、そうだ。あとで早速フレイヤーを飛ばしに行こう。アルゴ、お前の婚約者を少し借りてもいいか」
「クロリーネを連れていっていただけるのなら、望むところです。お好きにどうぞ」
「よかったなクロリーネ、婚約者からの許しが出たぞ。飯が終わったらすぐでかけるぞ」
「え? え? え?」
俺はクロリーネを連れて丘の上のフレイヤー格納庫に来た。二人きりだと外聞が悪いので、フリュとアルゴも連れてきた。
「フリュとアルゴは格納庫で待っていてくれ。俺はクロリーネと試験飛行をしてくる」
「お気をつけてください、アゾート様」
クロリーネを後部座席に座らせ、俺は前部座席のコックピットで操縦管を握りしめた。
「じゃあクロリーネはレバーを握って魔力を供給してくれればいいからな。後は全部俺がやるから、空からの夜景を楽しんでくれ。それでは、テイクオフ!」
「え? 空ってどういうことですの?」
俺はアクセルを踏み込んでフレイヤーを加速させ、機体が浮き上がったと同時に操縦管を引いた。
「わ? わ? わ? なんですのこれ! 空! 空を飛んでる! えーー?!」
機体はぐんぐんと高度を上げる。
空一面を覆っていた厚い雲の中に突入し、なおも高度を上昇させる。
そして雲を突き破った。
そこに見えるのは、満天の星空だった。
「空を見てみろよクロリーネ。綺麗な星空だよな」
「・・・本当ですわね。周り全てが星の海」
「このフレイヤーは、遺跡から発掘された古代魔法文明の魔術具だ」
「これが魔術具なのですか」
「ああそうだ。これがあればいつでも自由に空が飛べるんだ」
「いつでも自由に空を・・・」
「この魔術具を使うには、風、雷、光の3属性の魔力が同時に必要なんだ」
「その属性って、その」
「ああ、クロリーネが持っている属性だよ。クロリーネはまさに、空を自由に飛ぶために生まれてきたような女の子だな」
「そうなんですのね・・・うれしい。私は人付き合いが苦手で、社交界でも仲のいい友人がいなくて、ずっと侯爵家にとじ込もって生活をしていました。このまま一生どこにも行けないのだと諦めてましたが、急にプロメテウス城に来ることになって、まだアルゴ様とは心を通わせられていませんが、今度こそは失敗せずに頑張ろうと思っていたのです」
「そっか。クロリーネも頑張っていたんだな」
「ええ、私も必死ですのよ。でも、そんな私が空を自由に飛べるなんて、つい先程までは考えもしませんでした」
「操作は簡単だから、いつでも一人で飛んでくれていいんだぞ」
「私が一人で空を・・・・・」
それだけ一言呟くと、クロリーネはそれ以上何もしゃべらなくなってしまった。
後ろを振り向くと、クロリーネは目に涙を浮かべて、ただ星空を眺めていたのだった。
次の朝、クロリーネにフレイヤーの操作方法を教えてから、フリュと二人でまた執務室にこもって残りの案件を片付けていた。
夕方までにようやく全てを終え、また、2階の食堂で宴会が始まった。
明日から、それぞれの都市に着任するための壮行会だそうだ。
何か理由をつけては酒を飲みたいだけなのだ。
「クロリーネ! フレイヤーの調子はどうだった」
俺が声をかけると、クロリーネは嬉しそうな顔をして、またすぐに表情を拗ねた感じに変化させた。
ツンデレもいろいろ大変そうだな。
「まあ、わたくしにかかれば、あの程度の魔術具など、すぐに使いこなせるようになりましたわ」
「そうか、よかったな。アルゴも乗せて貰ったのか?」
「僕は乗ってません。僕の属性ではあの魔術具を動かせないので」
「火属性は使わないからな。後ろに乗せて貰えばいいじゃないか」
「嫌です。クロリーネの嫌みを聞きながら、二人きりで過ごすなど考えたくもありません」
「クロリーネは嫌みなんか言わないぞ」
「昨日から兄上は散々言われたではありませんか」
「いや、特に言われてないけど、気のせいじゃないのか」
「それは兄上が鈍感だからです。耳も難聴なのではありませんか?」
「なんだと、アルゴ! 誰が鈍感難聴系だ! 俺が最も嫌いな言葉をよくも言ってくれたな」
「アゾート様、やめてください。みんな驚いてこちらを見ていますよ」
見ると先程まで騒いでいたフェルームの分家筋たちが、黙って俺の方を見ていた。そして父上が俺を諭すように、
「アゾート。アルゴを責めないでやってくれないか。ワシたちもクロリーネも、なんとか折り合いをつけようと少しずつ歩み寄っている所なんだ」
「父上・・・」
「それにアルゴは、お前のために怒ってくれていたんだよ」
「俺のために・・・」
「弟として、兄が悪し様に罵られるのを、見ていられなかったのだろう」
「いや、特に罵られてはいないのですが・・・」
「お前がいつもそういうから、お前が鈍感だから罵られていることにも気がついていないのではと、アルゴは心配していたのだ。あるいはひょっとして、耳が聞こえない難聴だったらどうしようかと、今日もワシに相談に来たぐらいだ」
「・・・いや、それはアルゴの勘違いだと思いますが」
「フリュちゃんも、お前とクロリーネとの会話を聞いて、後ろでハラハラしていたことに、お前は気づいていなかったのか」
「全く」
「クロリーネも最近はおとなしくなってきたのだが、なぜかお前にだけは特にきつく当たるので、少し心配をしているのだ」
「はあ・・・」
クロリーネを見ると、肩を落としてしょんぼりしている。
「・・・父上、アルゴ。今はクロリーネも自分を変えようと必死で頑張っているところなんだ。だから、週末にしか帰ってこない俺ぐらいには、好きな言葉遣いを許してあげてもいいんじゃないかな。俺は全く気にならないし」
「お前はあれだけ言われても、何も気にならないのか」
「全く。むしろ可愛いとすら感じますが」
「「「・・・・・」」」
宴会場が葬式みたいに静まり返った。
みんなが俺を見る目がどこか物悲しく、残念な人を見ているかのようだ。
その時俺は、ピンときた。
どうやら、この世界にはツンデレという概念がないらしい。
だからクロリーネは、言葉のキツイひねくれた女で、俺はその罵倒を喜ぶ変態に見えてしまっているのかも知れない。
これは実にまずい状況だ。
「言葉攻め好きのドM」をとるのか、「鈍感難聴系」をとるのか、究極の二者択一が、いま俺に迫られている。
・・・・・
・・・・・
「そう言えば最近耳が聴こえづらい時があるな。そう、ちょうどクロリーネと話している時に、たまに感じる気がする。それにフリュへのそのプ、プ、プロポーズのような言葉を言った時の件では、自分はひょっとして鈍感なんじゃないかと思ったことがある。つまり俺は鈍感難聴系であり、クロリーネに罵倒されて喜んでいる訳ではないことを、ここに表明致します」
すると張り積めた場の空気が一気に緩み、親戚一同がみなホッとした顔で俺を見た。
「ああ、よかった。アゾートちゃんがとんだド変態になったのかと心配しちゃった」
「うちのアゾートに限って、そんなことはありません」
「フリュちゃんも泣きそうな顔をしてたから、後で慰めてあげなよ。でも子供を作るのはまだ早いぞ」
「カイレン! うちのアゾートとフリュちゃんをからかうな。そういうことはちゃんと式を挙げさせてからだ!」
場をおさめるために仕方がなかったとは言え、俺は自らを鈍感難聴系と宣言してしまった。
屈辱である。
だが、クロリーネも俯いていた。
・・・俺なんかよりも、クロリーネの方が何倍も辛いに決まっている。
俺はクロリーネに近づき、小声でそっとささやいた。
「みんなはあんな事を言っているけど、気にすることはないぞ。俺は本当にお前の言葉に全く傷ついていないし、ありのままのお前を気に入っているのも本当の事だ。だから俺と二人きりの時は、いつもの調子で素を出しても構わないからな」
下を俯いてしょんぼりしていたクロリーネは、その言葉にハッと俺を見上げた。
クロリーネの顔は恥ずかしさで真っ赤になっていた。そして上目遣いに、
「・・・そんなに私のありのままの言葉が聞きたいのでしたら、もう、仕方がないですわね
・・・ふ、ふ、二人きりの時に、あなたにだけ聞かせてあげても構わなくてよ。特別なんですからねっ」




