第72話 バートリーの鍵
カインのお母様・クレアと会った翌日、私たちはバートリー騎士爵領へと向かった。
今日中にボロンブラーク騎士学園に戻る予定のため、最低限の護衛騎士を引き連れて、クレア様は私たちと共に転移陣で騎士爵領にジャンプした。
バートリー領は、例の地下神殿のある街とは離れた場所にあった。街の名前はエゾルテ、小さな街だ。
街の一番奥に大きな屋敷があり、そこにバートリー一族の本家が住んでいる。
「クレア様、カイン様、おかえりなさいませ」
屋敷に入ると使用人たちが私たちを出迎えてくれた。
「今すぐ母上に会いたいのだが、いまどちらにいらっしゃるのか」
「執務室です」
「わかった。このまま直接向かう」
「承知いたしました」
クレア様に連れられて、私たちはバートリー家の現当主であるカインのお祖母様の執務室に入る。
「クレアか、突然どうした。ん? そこにカインと共におるのは誰じゃ」
「母上。この娘をカインの婚約者とするかどうかご相談させていただきたいのです。名前はネオン・フェルームです」
「その髪と目の色。クレアどういうことか説明せよ」
クレア様は昨日の私との事を、お祖母様に説明した。
「なるほど。事情はわかった。お前の言うようにメルクリウスの子孫である可能性が高い。だがこの際いくつか確認しておきたい点もある。ネオンと言ったな。いくつか質問させて欲しい」
カインのお祖母様の眼光が鋭く光る。
「今の王国でメルクリウス姓を名乗るのは、昨秋の叙勲式で突然男爵になったアウレウス伯爵家の婿だと理解しているが、ソナタはあのものとどういう関係だ」
「私はアゾート・メルクリウスの従姪で、アゾートと父でフェルーム家当主のダリウスが従兄弟の関係です」
「アウレウス伯爵は、なぜアゾートにメルクリウスの姓を名乗ることを許したのか。メルクリウス一族の復権を認めたということか?」
「わたくしはその場にいたのですが、伯爵から一方的にメルクリウス姓を名乗るように提案されただけで、理由までは話されませんでした」
「では、ソナタらからの提案ではなかったのだな」
「はい。そもそもメルクリウスなどという姓は、父を始め私どもは誰も存じ上げていませんでしたから」
「自分達がメルクリウスであることを知らなかったのか。ということはアウレウス伯爵は、この者たちが本物のメルクリウス一族である事を確信した上で娘を嫁がせ、自派閥に取り込んだというのか・・・ふむ。では最後の質問だ。お前がメルクリウス一族の末裔である証拠を見せてくれ」
「この鍵が証拠です」
私はお祖母様に例の鍵を渡した。
「この鍵をどこで手に入れた?」
「この話は誰も信じてはくれなかったのですが、それでもお聞きになりますか」
「ああ、是非聞かせて欲しい」
私はあの時起こった出来事を詳細に説明した。途中、誰も何も口を挟まず、黙って最後まで私の話を聞いてくれた。
「これが、この鍵を手に入れた経緯の全てです」
するとお祖母様が立ち上がって私に抱きついた。
「間違いない本物だ! 本物のメルクリウスの子孫が帰ってきた。やはり無事に生き残っているくれていたんだな。よくその顔を見せとくれ」
大粒の涙を湛えて、お祖母様が私の顔を見つめた。
「メルクリウスの姫の特徴がよく出ておる」
お祖母様に感化されたのか、クレア様も少し涙ぐんで喜んでいる。そんな二人の様子にカインはどこか居心地悪そうに頭をかいていた。
「でもどうして今の話を信じてくれたのですか。アゾート達は誰も信じてくれなかったというのに」
「それは我々もソナタと同じ体験をしているからだ。クレア、あの指輪を寄越しなさい」
クレア様が指にはめていた指輪を外し、お祖母様に手渡した。
「これは?」
「バートリーの鍵じゃ。ソナタが持っているメルクリウスの鍵と同様に、過去の出来事を見せてくれる魔術具だ」
「「見せてくれる」ですか。わたくしはご先祖様と実際に話をして鍵まで託されたのですが」
「そこが我々の鍵とは少し異なるのだが、ソナタが話した内容と我々がこの鍵を介して見た過去の出来事が一致しておるので、我々はソナタを信じたのじゃ」
「そうでしたか。わたくしを信じていただけて、大変嬉しく存じます」
「で、ソナタはこれからどうしたいのじゃ」
「わたくしはもう一度地下神殿に戻って、ご先祖様にもう一度会いとうございます。そして過去に何があったのか、そもそもメルクリウス一族とは何者なのかを明らかにしたいと考えております」
「そのために、カインとの婚約を利用したのか?」
「・・・どうしてそのことを」
「どういう事なの、ネオン?」
お祖母様の指摘に私は言葉に窮した。そして困惑するクレア様。
しかしカインが会話に割って入った。
「利用したのは俺の方だ。俺はネオンの事が好きなんだ。だから、たまたまフェルーム家からホルスとの婚約の打診があった時に、俺が父上に頼み込んでネオンとの顔合わせに出させてもらったんだ。そして、あの地下神殿の調査にはバートリーの鍵が不可欠であることをネオンに伝えて、俺の婚約者になることを条件に、ネオンのクエストに協力してやろうと思ったんだ」
それを聞いたお祖母様は顔を真っ赤にして怒った。
「カイン! その腐った根性を叩き直してやる」
お祖母様におもいっきり頬を平手打ちされたカインが、壁まで吹き飛ばされた。
え?
あのカインを平手打ちで吹っ飛ばすって、お祖母様はどれだけ怪力の持ち主なの。
私じゃ絶対に無理。
だがカインはすぐに立ち上がり、お祖母様に詰め寄った。
「確かに俺はみっともないことをした。それでも折角のチャンスを何もせずに諦める事なんてできない。このクエストをやり遂げて、ネオンを絶対俺に振り向かせてやるんだ! なりふり構っていられるか!」
カインのあまりの激白に毒気を抜かれたお祖母様は、ため息ひとつついて、カインにバートリーの鍵と呼ばれる指輪を手渡した。
「みっともない孫だね、お前は。これは婚約の前渡しだ。それでお前の恋敵は一体誰なんだい」
「・・・アゾート・メルクリウスだ」
「ぷっ・・・ふっははは!」
「どうして笑うんだよ」
「バートリーの勇者が、メルクリウスの当主から姫を奪い取るって、言い伝えにあった物語のそのまま過ぎて、これが笑わずにいられるもんか」
「・・・まあ、ベタな展開であることは自覚している」
「わかってるなら、指輪を持ってとっととお行き。バートリーの勇者として、メルクリウスの当主に決して負けるんじゃないよ」
「わかってるよ・・・任せとけ」
お祖母様との面談が終わり、私たちはバートリーの鍵を手にいれることに成功した。
クレア様にはカインをよろしくと頭を下げられてエゾルテの館の前で別れ、私とカインは学園へ戻るためギルドへ向かう帰り道を歩いていた。
「カインのカッコ悪い告白のお陰で、なんとかバートリーの鍵を手に入れることができたね。来週からいよいよ地下神殿の攻略開始だ。よろしく頼むよカイン」
「カッコ悪くて悪かったな。でも俺に任せとけ、ネオン」
「それにしてもカインのおばあさん、物凄い怪力だね。片手でカインを吹っ飛ばしてた」
「あれがバートリー家の能力なんだよ。あんな婆さんでもあれだから、成人男性だともっと桁外れのパワーが出せるんだ。そしてもう一つの能力が固有魔法・護国の絶対防衛圏。この二つがあるから、王国の盾として辺境伯を任されていたのさ」
「そういうことか。おばあさんを見て納得したよ。あとさっきはカッコ悪いって言ったけど、ありがとうねカイン。偽の婚約で指輪を一時的に頂く作戦だったのに、おばあさんに看破されそうになって慌てたよ。あそこでカインがうまく言ってくれなかったら、おばあさんから指輪をもらえなかったかもしれないから」
「いやあれは・・・俺の本当の気持ちさ。俺は絶対にアゾートからお前を奪ってやるよ。あれは俺の決意表明と受け取ってくれ」
「カイン・・・普通の女の子なら今ので決まってたのに、相手が私だったのが残念だったね」
「あの程度でおちる女に興味はない。やっぱりお前は魅力的だな」
「カインのそう言う情熱的なところ、アゾートにも見習って欲しいよ」
ギルドについた私たちは、私はフェルームギルドへ、カインはボロンブラークギルドへとそれぞれジャンプしていった。
次の朝、いつもの待ち合わせ場所にはダンとパーラと親衛隊しかいなかった。
「あれ、今日はみんないないの?」
「なんだ、ネオンはみんなと一緒じゃなかったのか。あいつらはジオエルビムに行ってたみたいだぞ」
「僕はフィッシャー地下神殿クエストの再開だよ。ダン達はなにやってたの?」
「いや、俺たちはまあ、その、あれだ、学園に行くぞ」
「俺たち? ああパーラと、そういうことか、なるほど、にししし」
「バカ、ネオン。それは全くの誤解だぞ」
私が教室に入ると、アゾートたちはすでに登校しており、みんなで騒いでいた。
どうやら、遺物のひとつグライダーの起動に成功して、初飛行を行ったらしい。
本当なら、あの輪の中に私もいたはずだけど、今は少し疎外感を感じる。
「いいもん。私だって地下神殿のクエスト頑張ってるんだから」
「セレーネ、俺にひとつ提案がある」
私たちは、放課後の生徒会室で卒業パーティーの企画を行っていたが、アゾートが何か提案があるそうなので、生徒会長である私からアゾートに発言を許す。
「ありがとうセレーネ。アイドル系にせよ、告白系にせよ、トーナメントは進行に時間がかかりすぎるので、ダンスパーティーを少しアレンジして、ドレスではなくコスプレを行うというのはどうだろうか。そして、一番萌えたコスプレイヤーを優勝者とする」
するとニコラ二等兵が、アゾートの発言に即座に食いついた。
「そのコスプレとやらは、どういうものなのかな主殿」
「よくぞ聞いてくれたニコラ二等兵。斯々然々という感じのイベントだ」
「つまり、エルフやケモミミなど、創意工夫を凝らした衣装をまとった女の子がダンスを踊ってかわいさを競うミスコンということですな」
「そのとおりだ。説明ご苦労、ニコラ二等兵」
「はっ!」
いつの間にかこの二人、息がピッタリになったのね。それはともかく、アイドルコンテストとかちょっとどうかなと思ってたので、アゾートの提案はちょうどよかったわ。私は賛成の意見をしておく。
「まあ、それならダンスパーティーとほとんど同じタイムスケジュールでできるし、目新しさも出せるから悪くないと思うんだけど、みんなどうかな」
すぐにアネットが手を上げた。
「セレーネ会長がそれでいいなら別に止めませんけど、何のコスプレをされる予定ですか」
「アネット、どういうこと? 私は生徒会長だからコスプレなんかしないわよ」
「そんなの全校生徒が認めません。むしろ、この生徒会役員全員にコスプレが求められると思いますが」
「アネットの言うとおりよ。ニコラ二等兵のせいで私たちはアイドルユニットと勘違いされているから、少なくとも最初の生徒会イベントで、生徒たちの期待を裏切ることはできないと思うわよ」
「サーシャまでそんな。アゾート、私コスプレなんかしたことないんだけど、どうしたらいいの?」
「セレーネのコスプレなら、俺に任せておけば大丈夫だ。イメージにあった最高のものを用意するよ」
アゾートが持っている私のイメージって、たしか吸血姫の真祖よね・・・。
「・・・遠慮しておくわ」
「それは残念だ。ところでもうひとつ提案がある。これは卒業パーティーとは関係ないんだが、フィッシャー騎士学園から最強決定戦バトルトーナメントの提案があった。どちらの騎士学園が最強なのかをこの際ハッキリさせたいという、いかにも脳筋が思い付きそうな提案だがどうする。セレーネ受けるか?」
「そんなの誰が言い出したの?」
「フィッシャー騎士学園の新生徒会長で、フィッシャー辺境伯の次男のホルスさんだ」
「向こうの生徒会長か。ルールはどうするの?」
「調整が必要だろうな。俺は忙しいからやるなら誰かに任せたいのだが・・・アネットはどうだ?」
「フィッシャー騎士学園か。相手にとって不足なし、私がやってもいいよ」
「さすがアネット。ホルスとうまく調整してくれ、頼むぞ」
今日も1日が終わり、寮の自室でダラダラと過ごしていた。
「なあネオン、昼休みに話してくれたフィッシャー騎士学園との最強決定戦バトルトーナメント、一応生徒会に提案しておいたよ。アネットが担当になった」
「よく受けたね、あんな適当な提案。うししし」
「なんだ? その含みのある笑いかたは。何か企んでるのか、お前」
「いや、ホルスが張りきるだろうなと思ってるだけだよ。そうそうホルスで思い出したけど、辺境伯って奥さんが二人いるんだよ。アゾートも辺境伯になれば、私とフリュオリーネの両方を嫁にできるよ」
「その話か・・・俺は一体どうすればいいんだ・・・」
「どうしたのアゾート、そんなの簡単じゃないか。私を正妻にして、あの女を側室にすればいいじゃない。あの女はわりと役に立つから。フリュオリーネ・モード~」
「いや、話はそんなに簡単じゃないんだよ。父上に聞いたんだが、どうやら男爵以上は側室を何人か持てるらしい」
「そうなんだ! じゃあもう問題解決じゃん」
「それが男爵と子爵は主君の同意がいるらしくて、たぶんアウレウス伯爵はフリュオリーネを正妻にしろと言うと思う」
「えぇぇ・・・それは嫌だな」
「そうなんだ。それだとセレーネが側室になってしまうからな。すると次に来るのは、子爵家の次期当主が男爵の側室になるなんてふざけるなとダリウスが怒り狂う。サルファーを見てれば分かる。ここまでがワンセットだ」
「それで?」
「つまりセレーネとは結ばれない」
「・・・私のことは?」
「なんでネオンが出てくるんだよ?」
「・・・鈍感」
「ネオン! いま俺のことを鈍感難聴系と言ったのか!」
「実際そうじゃない! アゾートは私がいなくなっても寂しくないの?」
「・・・それはまあ、今回の件でほんの少しだけ寂しい気持ちになったよ。ほんの少しだけだぞ。でも勘違いするなよ。俺はお前の婚約を心から喜んでいるんだからな。この寂しさはそう、娘を嫁に出す父親の気持ちだ。親心だよ」
「ふーん、本当にそう思うの?」
ネオンが俺を見透かしたように、ニヤニヤ笑っている。・・・この話題はまずい。
「そ、そ、そ、そういや、地下神殿のクエストは上手く行っているのか」
「アゾートの心配には及ばないよ。順調すぎて恐いぐらいだよ」
「それならいいけど、困ったときには俺に相談しろよ。必ず助けてやるからな」
「・・・うん、わかってる。困った時は相談するよ。だから、私を奪われないように必ず助けてね、メルクリウスの当主様」
「メルクリウスの当主? なんだそれ」




