第71話 空高く
カインの婚約者としてネオンがフィッシャー辺境伯家に挨拶に行っている頃、俺たちはアウレウス伯爵から調査を頼まれたグライダー、小型クレーン車、小型トラックをそれぞれ一つずつ受けとるため、ジオエルビムの「最初の建物」の一階にある格納庫まで来ていた。
今日ここにいるのは、俺、セレーネ、フリュ、ネオン、アネットの他、ダーシュとアレン、サーシャとユーリだ。
学園にいる魔力の強そうな奴らを、とにかく片っ端から集めてきた。
なお、ダンとパーラは別の用事があるらしく欠席だ。何やってんだあいつら。
「こんな大きな遺物をジオエルビムから出す方法なんてあるのか」
ダーシュはグライダーをコンコン手で叩きながら俺に訊ねてきた。
「いくつかのパーツに分解できそうだから、転移陣を通る大きさにして転移させるつもりだ。お前たちを呼んだのは、ズバリ転移用の魔力狙いだ。俺が気軽に頼める中では学園最強のメンバーだからな。よろしく頼むよ」
「何がズバリだ。少しは本音を隠せよ。しかしこれ全部を転移陣でジャンプさせるのか。いくら何でも無茶だよ」
「それは大丈夫だ。マジックポーションはいくらでもあるから好きなだけ飲んでくれ。俺からのおごりだ」
「アホか。そんなまずいもの飲みたくないよ! それになんなんだ、このポーションの本数は。どれだけ俺たちをコキ使おうとしてるんだよ、お前は」
セレーネ、サーシャ、ユーリ、アレンの4人は、転移陣の設置作業を担当していた。
ユーリとアレンが格納庫側の転移陣の設置をしている間、セレーネとサーシャは石室側の転移陣の設置に向かう。
「サーシャに作業の目的を説明しておくわね。この建物の扉の大きさにあわせると遺物をかなり細かく分解して運ばなければいけないので、この格納庫と石室を転移陣で直結することにしたのよ。転移陣は扉よりも広いからね。そしてそこから魔法障壁を使って遺物をジオエルビムの外に出すの」
「そんな面倒なことをせずに、さっきの格納庫とプロメテウス領を直接繋げばいいんじゃないの」
「分かってないわね。転移陣はそんな簡単なものではないのよ。実は試しに魔法障壁の両端に転移陣を設置してゴーレムを何体か転移させて見たの。どうなったと思う?」
「それを聞くと言うことは、普通に通り抜けたわけじゃないのよね」
「ええ。ゴーレムが一体も帰ってこなかったのよ」
「・・・消えたの?」
「そう、完全に消えたのよ」
「怖いわね。どこに行ったのかな」
「わからないわ。たぶん異世界に行ったんじゃないかしら・・・それで、魔法障壁と転移陣が重ならないようにするため、この作業をしているわけ。わかったら手伝って」
「それで私はどうしたらいいの?」
「その壁が魔法障壁の正面になるから、この位置に転移陣を設置するわよ」
「転移陣って、どうやって設置するの」
「このプレートの四隅にある魔方陣に魔力を注入して壁に取り付ける。そして真ん中の大きな魔方陣に起動するための魔力を送るだけ。行き先はユーリたちが持っている転移陣だけだから、設置は簡単なのよ」
「あなた詳しいのね。どうしてそんなことを知ってるの?」
「軍用だからよ。小さい頃から家のお手伝いで、軍用魔術具に魔力を込めるのが私の役割だったから、詳しくなったの。私のオモチャ代わりね。他にも便利なものがたくさんあるから、何でも聞いて」
「そ、そう・・・セレーネは軍用魔術具に詳しかったのね。私はもう使うことはない知識だと思うけど、教えてくれてどうもありがとう」
「どういたしまして。あ、そうだ他にもサーシャ向きの軍用魔術具があるわよ。例えば、お風呂に入らなくても大丈夫な魔術具とか、わざわざトイレに行かなくてもすむ魔術具とか。私の私物だけど、持ってきてるから試してみる?」
「いいえ結構です!」
「そう? せっかく便利なのに。あ、転移陣がつながったわ。サーシャ、試しに飛んでみてくれないかしら」
「え、嫌よ。さっきの話のゴーレムみたいに帰ってこれなくなったらどうするのよ」
「平気よ。だってこの転移陣も私の私物だから、全然心配しなくてもいいのに。じゃあ一緒に飛んであげるわね。えい」
「や、やめて・・・」
1階格納庫で俺は、遺物をパーツごとに分解していった。
一番大きな遺物は小型クレーン車だ。
セレーネ愛用の軍用転移陣に収まるサイズにするために、クレーン部分を切り離し、それぞれ別の手押し車に乗せた。
それをゴーレムたちに運ばせる。
小型トラックの方は縦方向に長いだけなので、そのまま転移陣も魔法障壁も通り抜けることができる大きさだった。
問題はグライダーだ。
翼の部分が大きくて、転移陣のサイズを越えてしまっている。翼を取り外したいのだが、どこがパーツの接続部分なのかよくわからない。
「フリュ、接続部分がどこか分かるか?」
「いいえ、私にはさっぱり分かりません」
「だよな。こういうメカニックなモノはネオンのやつが得意なんだけど、あいつは今日いないし・・・」
「ねえアゾート。ネオンはどこに行ったの?」
マールたちにはネオンとカインの婚約の事は秘密だから、まさか向こうの家族との顔合わせに行ってるなんて言えないし、どう説明したらいいのか。
「ネオンには、フィッシャー地下神殿の方の調査に行ってもらってるんだよ。あいつあの神殿を自分の物だと思ってるし、それならもうあいつに任せちゃおうかと」
「そっか、その方が並行して調査ができて効率的だよね。アゾートは自分が二人いるみたいで、こういう時に便利だね」
「そうだな。ネオンの得意なことと苦手なことはよく知ってるし、ネオンが何を考えているかなんて、すごく分かりやすいんだよ。あいつ単純だからさ」
「そんなのアゾートだけだよ。ネオンはいつも黙っていて、何を考えているのかわからない謎の男の子だから。そんなミステリアスなところが、クラスの女子を惹き付けているのかもね」
「・・・あいつがミステリアス?」
そこへアネットが会話に入ってきた。
「ネオンのことはともかく、行き詰っているのならちょっとこの遺物を起動させてみないか。これだけのメンバーが揃ってるんだ。いろんな魔力を送り込んでみると動くかもしれないよ」
アネットらしい、単純明快な発想だ。
「そうだな。ダメもとで試してみるか。改めてみんなの属性を教えてくれ」
俺 火 土 雷
フリュ 水 風 土 雷 闇
セレーネ 火 水
マール 風 光
サーシャ 水 風
ダーシュ 水 風 土
アレン 火 風 光
ユーリ 水 風
アネット 火 闇
「全員が複数属性持ちか。こうしてみると、風属性が一番多くて、一番少ないのが雷、光、闇か。グライダーは空を飛ぶものだから、まずは風属性の魔力を注入してみるか。コックピットのレバーを握ってやってみよう」
「え、この三角形、空を飛ぶのか!」
「そういえばダーシュたちには言ってなかったか。おそらくこれは空を飛ぶ魔術具の可能性が高い。勘だが」
「人が空を飛べる魔術具なんて聞いた事がないぞ。魔法協会でも昔から、鳥の研究をベースに様々な実験が行われたと習ったが、未だに成功していない。アレンはどう思う」
「俺が読んだ本では、鳥を模したゴーレムに乗って空を飛ぶ実験をしたが、重量が大きすぎて失敗したとあった。サーシャはこういうの詳しそうだよな」
「私は風魔法を使って人が浮き上がる実験が成功したのは知っているわ。でも確かに浮き上がるのだけど、魔力が持たなくて空を飛ぶまではできなかったのよ」
みんな、飛行魔法の難しさはよく理解しているようだ。人類が空を飛べるようになったのは、20世紀初頭。人類の長い歴史の中で、高々100年程度前の発明なのである。
それを言葉だけで理解しろという方がおかしい。
俺がどう説明しようか考えていると、セレーネが横から出てきて、
「これは空を飛ぶわ、私が保証する。生徒会長命令よ、いいから魔力を注入しなさい」
「・・・軍用魔術具に詳しいセレーネがそう言うのなら」
「一応全員、魔力注入を試してもらったが、何か動きそうな気配はあったか?」
「特に何も。ただ魔力が吸い込まれる感覚があったから、やり方は間違ってないのかも知れないな」
「そうか。じゃあ次に空に関係あるものと言えば光? 太陽を連想しただけで、全く根拠はないけど」
「また私だ! でも魔力も強くなったし、頑張るわね」
「マール頼んだぞ」
「うそ? 何か動き出したよこのグライダー。アレンも光属性を注入してみて」
「本当だ。この遺物の中から魔力の波動が感じられる」
「やったな二人とも。アレン、そのレバーを操作して、グライダーを動かしてみてくれ」
「わかった。・・・あれ動かない。遺物が起動しているのはわかるが、操作はまだできないみたいだ」
「まだ属性が足りないのかな。でもやり方はこれでいいみたいだから、片っ端から魔力を注入していくか。まずは火からだ、セレーネ頼む」
「アゾート。火といえば私みたいに言わないでよ」
「そうだセレーネの火力を甘く見てた。頼むからそーっと魔力を注入してくれよ。爆発したら大変だからな」
「・・・ふん! 全力で魔力を込めてあげるわ」
「順番に試した結果、なぜか雷属性が正解だった。魔力をぐんぐん吸い込んでいくが全然足りない。フリュもお願い」
「承知しました。・・・あ、このコックピットというものが光かり始めました」
「本当だ。ひょっとしてこの遺物の操作系は電気で動くのかな。フリュ、試しに闇属性の魔力を注入してみてくれる」
「・・・闇属性の魔力は受け付けないようですね」
「そうすると、この遺物を動かすためには、風、雷、光の3属性の魔力が必要ということになるな。今日のメンバーで言えば、俺とフリュのどちらかと、マールとアレンのどちらかが組んで、二人で空を飛ぶ感じか。フリュは風属性も持ってるから、俺よりもたくさん飛べそうだな」
「わたくし、アゾート様と一緒に空を飛べないのがとても残念です」
「そうだな。フリュと空を飛べれば楽しかったのに。・・・さて、ここでグライダーを飛ばす訳にはいかないから、翼をたたむだけにしておきたいのだけど。前の席のレバーにはそれっぽいのがないな。後ろの席に何かあるかな」
「コックピットにいろいろと光が灯ったので、操作方法は何となくわかります。ここを引けば・・・アゾート様みてください。翼が動いて折り畳みました」
「やった、これで遺物が全て外に出せるぞ」
その後俺たちは、セレーネの転移陣を使って遺物を石室に運び、さらに魔法障壁を通過させ、クレイドルの森ダンジョンの第13層からその入り口まで転移したところで力尽きた。
完全に魔力欠乏状態である。
遺物を運ばせるために召還したゴーレムたちも消し、今日の魔力は品切れだ。
とても帰れる状態ではないし、魔力回復もかねて魔法協会の仮設キャンプで一晩過ごし、明日、プロメテウスギルドまでこいつらを運ぶ予定だ。
俺はみんなにマジックポーションを振る舞った。
明日も元気に働いてくれよな。
次の日の夕方、俺たちはプロメテウス城下町の外、広い丘陵地帯に来ていた。
昼過ぎには全ての遺物をプロメテウス城まで搬入を終えた俺たちは、その後グライダーだけを丘の中腹の緩やかな平原に持っていき、格納庫を作ったのだ。
そして領地運営の案件を片付けつつ魔力回復を待ち、頃合いを見計らって、みんなを集めた。
「これからグライダーの試験飛行をしたい。初飛行で危ないから、まずは俺とアレンで試してみたいと思う」
「私がやりたい!」
「マール?」
「私だって今はアレンに負けないぐらいの魔力があるし体重も軽いから、試験飛行は私の方がいいと思うよ」
「もしもの時の事を考えたら、男のアレンの方が」
「アレンは大事な伯爵家令息で、私は騎士爵だからもしもの時は私の方が損失が少ないよ」
「・・・アレンはどう思う?」
「初飛行には興味があったけど、マールの熱意に負けた」
「やった!」
「じゃあ最初に俺とマール、次にフリュとアレンで行く」
俺とマールがコックピットに乗り込んでキャノピーを閉じ、マールが風と光の魔力を込めて動力をスタートさせた。
グライダーの中の魔導結晶から発生する魔力の波動が、心地よい振動を俺たちに伝えている。
そして俺は操縦管に雷の魔力を込めた。
コックピットに火が灯り、操作可能な状態へと移行した。
アクセルを踏み込むと、両翼の後方から風が後方へ噴射し始めた。
「行くぞマール、テイクオフ!」
さらにアクセルを踏み込むと、グライダーは丘の斜面を走り出した。そして一定の速度を超えると機体がふわりと空へ浮かんだ。
「アゾート! 私たち空を飛んでるよ」
操縦管を傾けてどんどん高度を上げていく。
「あの雲の中に入ってみようか」
空にポッカリと浮かんだ雲に向かって操縦管を少し傾ける。
意外と操作は簡単だ。俺たちを乗せた機体が雲の中に突入する。
「へぇー、雲の中ってこんな感じだったんだね。てっきり綿のようなものが浮かんでいるんだと思ってた」
「雲はごく小さな水滴の粒が集まったものだから、イメージとしては湯気や霧みたいなものだよ」
「外から見るのと中から見るのでは、全然違うんだね」
「そうなんだよ。太陽の光が雲の中の水滴や氷に乱反射して、あっちこっちから光が外へ飛び散るから、白い綿のように見えるんだよ」
「ふーん、あ、雲の上に出た。・・・素敵な景色」
上空は一面の青空で、太陽は傾きはじめてやや赤く染まり始めている。操縦管を右に傾けてグライダーを旋回させる。
すると、空が傾き地上の景色が目の前に広がる。
「うわー、地上があんなに小さくて見える。プロメテウス城もあんなに下に見えるよ。あ、遠くに見えるのは城塞都市ヴェニアルだよね」
「本当だ。確かにあの城壁はヴェニアルだな」
機体を水平に戻して巡航状態にする。
「今日のこの景色は、きっと一生忘れられないと思う。私にこんな素敵な景色を見せてくれてありがとう。アゾート」
「それは俺のセリフだよ。マールがいたから俺たちはこんな空高くまで来れたんだ。これからはいつでも自由に空を飛べるな」
「そうだよね! これからはいつでも一緒に空を飛べるんだね、私たち」
「このグライダーに名前をつけようと思う。魚のエイみたいな三角形で空を飛ぶから、フレイヤーってどうかな」
「フレイヤーか。うん、いいと思う」
こうして、ジオエルビムから発見された遺物の一つは、空を飛ぶ魔術具だったことが初飛行の成功という形で実証され、「フレイヤー」と名付けられた。




