第7話 新入生歓迎ダンジョン(2)
俺達は先ほどの沼地に戻ってきた。
沼からはかなりの数の毒虫が外に這い出してきていた。
俺はファイアーで毒虫を一掃した後、簡潔に作戦を説明する。
「俺がウォールを発動させたあと、少しタイミングをおいて合図を出します。合図に合わせてサーシャさんはウォーターを打ってください。なるべく広い範囲に水が拡散するように。そして全員で一目散に退避します」
「ウォーター? いいえ、わかったわ。言う通りにする」
俺とサーシャが前面に立ち、他のメンバーは岩壁に隠れておいてもらう。
そしてサーシャがウォーターの詠唱を終え、いつでも発動できる状態になったことを確認すると、俺の出番。
作戦開始だ。
俺は洞窟の「天井」に向けてウォールを唱える。
ただしイメージは土の元素ではなく、ナトリウムやカリウムといったアルカリ金属の元素だ。
ウォールという魔法は、土元素を生成する魔法として、通常は地面から岩盤を隆起させる形で使われている。
それはこの時代の人々が土を元素だと理解しているからであり、そのイメージ通りに魔法が発動した結果だ。
しかしである。
前世とこの世界は、同じような人間や動物が生きていて、似たような自然の景色がある。その時点で、物理法則は同じはずであり、土という元素があるわけがないのだ。
この時代の人々がどう考えようとも、土とはケイ素や鉄などの酸化物をはじめ様々な化合物や有機物で構成された混合物なのである。
だから土をイメージする代わりに、地面に含まれる成分の一つアルカリ金属を元素としてイメージし呪文を唱えれば、生じる物質は変わってくるはずである。
【永遠の安住地】ウォール
天井に向けて放ったウォールが発動。
天井から銀色の金属片が大量にバラバラと舞い散り、沼全体に覆うようにキラキラ降り注ぐ。
よし!
「今だ、ウォーターを!」
すかさずサーシャがウォーターを放った。
ナトリウムやカリウムの金属片が、まさに沼地に着地する直前のタイミングに合わせ、水がまんべんなく覆いかぶさる。
そして次の瞬間、大爆発が生じた。
「退避!」
俺たちは急ぎその場から離れ、入り組んだ洞窟を走り出した。
沼地では、次々に生じる激しい爆発に、燃えて飛び散る金属片。副次的に発生した水素が熱に反応して、水素爆発が発生。追い討ちをかける。
まさに地獄絵図。
「すごい爆発だけど、洞窟が崩れたりしないか」
爆発の振動が洞窟や空気を通して伝わってくる。ちょっと恐い。
さすがにやりすぎた感はあるが、天井や壁が崩れる兆候を見逃さないように注視しつつ、安全な距離を保ち爆発が完全におさまるのを待つしかなかった。
ようやく爆発音が聞こえなくなった。
煙がおさまるのを待って、沼の方に戻ってみた。
「うわー、これはひどい」
爆発で飛び散った泥やら毒虫の死骸があたり一帯、洞窟の壁面や天井にまで飛び散り、グチャグチャになってぼとぼと落ちてくる。
しかも、発生した水酸化ナトリウムなどの強アルカリで、死骸が融解しドロドロになった状態でである。
「おえーー。吐きそう」
マールが顔面蒼白になっている。
「と、とりあえず毒虫は沼ごと一掃できたね。作戦は成功だ」
マールにジロっと睨まれた。
「こほん。えーっと、沼に入ると靴が溶けてしまうので、今から沼の上に土の橋を作ります。その上を通りましょう」
完全にひんしゅくを買ってしまったので(主にマールに)フォローに必死な俺は、右側の壁面に向けて再びウォールを2回唱えた。
壁面に人が一人歩ける幅の土の橋が現れ、さらに頭上にもう一つ。天井から落ちてくる強アルカリの滴よけの天井だ。
アフターケアもバッチリなので、機嫌を直してほしい。
「それでは、この橋の上を進みましょう」
俺達は足を踏み外して毒虫の死骸だらけのアルカリ沼に落ちないよう、慎重にすすんだ。
「気持ち悪いー」
マールが俺の背中に顔を押し付けながら付いてくる。
沼の惨状を見たくないんだろう。
俺もできるだけ沼地を見ないように、足元正面だけを見て進む。
ようやく全員が渡りきり、再び洞窟の奥へと歩き出した。
「とにかく早くここから離れようよー」
わかったから少し離れてほしい。
もう沼からは大分離れたのに、マールが俺の背中に頭をくっつけて、グイグイと前に押しだす。
ビスポル火山のダンジョンでは、カインたちパーティーBによる魔獣討伐が進められていた。
そしてついに、討伐対象の一つである火焔鳥の巣を発見した。2羽のつがいの火焔鳥がこちらを警戒している。
「いいか。バーンの水属性中級魔法・アイスジャベリンを使って火焔鳥を倒す。2羽目を倒すための詠唱に30秒以上間隔が空くので、その間を何とか持ちこたえろ」
「了解」
カインとウォルフ、二人の盾役の後ろでロジャーズはガタガタと震えている。
最初の方こそ、張り切って一番先頭を歩いていたが、ゴブリン相手に手も足も出ず、それ以降は魔獣がでる度に二人の盾役の陰に隠れ回り、口先だけは勇ましいことを言う始末であった。
アイスジャベリン
アイスジャベリンが片方の火焔鳥を巣ごとまとめて貫いた。当然、残ったもう一羽の火焔鳥は鳴き声に怒りを乗せて、こちらに突進してきた。
ウォルフは自分にヘイトを集めるため、すかさず予め準備していた魔法を火焔鳥に放つ。
アイス
怒った火焔鳥がウォルフの方に向きを変えて突進してくる。
ここまでは作戦通りだったが、思わぬ伏兵がパーティーメンバーにいた。
「うわあ!何をやっているんだバカ。僕の方に向かってくる!あわあわ」
ロジャーズがパニックを起こして、うしろの方に逃げ出したのだ。
「バカ、そっちに行くな!」
ロジャーズが向かった方向には、アイスジャベリンを詠唱中のバーンがいた。
そして火焔鳥は再度、ロジャーズとバーンの方に向きを変え、全身で突っ込んでいった。
「マズイ!バーンを守るんだ!」
あわてて後ろに向かおうとするカインとウォルフだったが、火焔鳥の速度が速く、どうしても間に合わない。
「くそっ!」
ウォルフが悔しさで顔を歪めたその瞬間、信じられないことが起きた。
【固有魔法・護国の絶対防衛圏】
キン!
金属同士がぶつかったような鋭い音がしたかと思うと、パーティーメンバーを守るように目に見えない壁が発生した。
火焔鳥はその見えない壁に激突し、その反動で地面に叩きつけられた。
「バーンさん、今のうちに詠唱を」
頭が混乱し言葉のでないウォルフに代わり、カインが的確に指示を出した。
「わかった!」
バーンは再び詠唱を開始し、そこから放たれた2発目のアイスジャベリンが、再び飛び立とうとしていた火焔鳥を串刺しにした。討伐成功だ。
「そんな凄い魔法があるのなら、はじめから教えろよ。そしたらこの僕も安心して存分に活躍できたものを」
自分の命の危機が去ったとたん口先だけ強気のロジャーズ。
その顔面をめがけて、カインが拳を振り抜いた。
「黙れ」
宙を舞ったロジャーズの体が地面に叩きつけられ、バウンドしながら転がっていった。
「こいつは、気を失って動かない状態の方が戦力になる。このまま担いで先に進もう」
そう言うとカインはロジャーズを肩に担ぎ、今だ呆然としているメンバーを置いて一人歩き出した。
洞窟なので空の変化がわからないが、時間的にはそろそろ夕方であり、アゾートたちは適当な夜営地を探しつつ先を進む。
ほどなくして、少し開けた場所にたどり着いた。
洞窟の先はこれで行き止まりのようにも見える。
「見てここ」
サーシャが指差した洞窟の壁面には、人が一人通れるほどの石の扉があった。
扉の表面はきれいに磨かれており、石というよりも何らかの人工素材といった方がしっくり来る。
少なくともこの時代のものではなく、古代文明に関係するものに間違いない。
俺は後方で魔術具の設置作業をしている研究者たちに来てもらい、扉を調べてもらった。
調査の結果、この扉はやはりエッシャー洞窟の遺跡でよく見かけるタイプのものらしく、罠はなさそうとのこと。
注意深く扉を開け、俺たちはさっそく中に入っていった。
中は講堂のような空間になっており、正面奥の壁際には祭壇の様なものが設置されている。
また、周りの壁面には複雑な紋様がびっしり刻み込まれている。
引き続き調査を続けたいところだが、時間も遅くなっているため今日はここまでにして、明日調査を行うことにした。
「さて、野営地をどうするかだ」
祭壇のあるこの部屋か、外に出てすぐの洞窟内のどちらかだ。
祭壇の部屋で野営する場合、魔獣に襲われる心配は減るが、どんな仕掛けや罠が隠されているか分からず不気味である。
洞窟内で野営する場合は、罠は気にしなくてよく魔獣だけを警戒しておけばいい。
石の扉周辺は、ちょうど洞窟の行き止まりになっているので、我々がやってきた方向だけを警戒すればよく、扉を背にして野営することでいざという際には、祭壇の部屋へ逃げ込める。
結局、洞窟内で野営することになり、早速テントを組み立てたり照明魔術具を設置したり、手際よく作業を進めていく。
野営の準備も終わり、簡単に夕食をとろうとしたが、どうにも先ほどの毒虫の沼の惨状が脳裏にちらつき、何も食べる気がしない。
トラウマになりそう。
とりあえず俺はポーションだけ飲んで休むことにした。
「今夜の見張りの順番を決めましょう」
サーシャの提案により、次のように決まった。
新入部員で初めてのダンジョン探索で疲れきった俺とマール、そして魔法を打ちまくったサーシャが先に休むことにして、2人ずつ順番に見張りを行う。
① キースとウォ何とかさん
② アゾート、マール
③ サーシャ、キース
④ ウォ何とかさん、アゾート
⑤ マール、サーシャ
今日はマジックポーション2本に体力ポーションを夕食替わりに1本飲んだ。これ以上飲みたくはない。
しかし一日でこれだけの魔法を使用すると、かなり疲れがたまるようだ。
俺はテントに入ると、あっという間に眠ってしまった。
「アゾート起きて」
マールに起こされた俺は、眠い目をこすりつつテントから起き出して、マールとともに見張場に向かいキースたちと交代した。
洞窟の壁面には早速、照明の魔術具と簡易な結界魔術具が設置されており、魔獣への警戒がしやすくなっている。
俺達は洞窟の奥を警戒しながら、眠くならないように会話をすることにした。
そういえば入学以来二人きりで話す機会はなく、おそらくこれが初めてではないか。
それからマールとは、お互いの領地のこと、家族のこと、子供の頃の思い出、学園でのことなどとりとめもなく語り合った。
「そっかー。セレーネさんってアゾートの婚約者だったんだ」
「洗礼式の日に、セレーネが当主を継いで俺がそれを支えることになったんだ」
「ふーん。ネオンは婚約者いるの?」
「いや、いない」
「じゃあ、私がもらっちゃおうかな」
「お、おう」
「実はね」
そういってマールは自分をとりまく事情を話し出した。
マールの実家はこのボロンブラーク伯爵領からかなり離れた場所にある騎士爵家であり、マールはその三女らしい。
上に兄が二人と姉が二人の5人兄弟の末っ子。
他の4人は魔力を持って生まれなかったため、マールが将来家を継ぐ予定なのだそうだ。
「両親の間に魔力保有者の子供がなかなか生まれなくて、5人目でやっと私が生まれたの。
だから両親からは後継ぎとしてとても大事に育てられたんだけど、大事にされるほど逆に兄弟からは仲良くしてもらえなかったんだ。板挟みだよね。
それでそんな家が少し居心地が悪くて、一度家族と離れて生活するつもりで騎士学園に入学したんだ」
マールが少し思いつめたように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「両親は私が家を離れることが心配で、騎士学園に入学することに最初は反対してた。
いい結婚相手を見つけてその彼に騎士団を率いてもらうから、私が騎士にならなくてもいいって。
でもそんな相手が簡単に見つかるはずがないのは両親も理解していて、だから私は魔法で有名なボロンブラーク校でいい魔力保有者を見つけてくるからって説得して、ようやく入学を許してもらえたの。
本当は家族の顔色を見て過ごさなくてもいいように、家を出たかっただけなんだけどね。
でも実家がどうでもいいわけじゃないから、いずれは婿を取って家を継ぐことになると思うけど、それまでの間は自分の好きなように過ごしていたいなって。
例えばどこかの騎士団に入って、活躍してみたいなって。私は光属性なので、回復役としてみんなの役に立ちたいなって。
それで学園に入学すると、アゾートやネオンみたいに魔法の才能がすごくある人や、ダンみたいに騎士としての強さと魔力を併せ持つ人、カインは魔力はないけど騎士としてはたぶん学年トップクラス。
そんな人たちとすぐに仲良くなれてうれしい反面、私だけ平凡で特に取り柄がなくて、私なんかがここにいてもいいのかなって」
そこまで言って、マールはしばらく洞窟を見つめていた。
静寂があたりを包む。
「俺は、」
何かを言おうとして、続く言葉が出ず、一旦呼吸を整えた。
何が正しいのか俺にはわからないが、気持ちだけは伝えておきたいと、一言ずつゆっくりと言葉を紡いでいった。
「マールは家族のことですごく悩んで来たんだなと思う。マールは自分が現状から逃げてきたって言うけど、俺が感じたのはマールが家族一人一人の気持ちを考えた末に出した、一つの結論なんだということ」
貴族の家ではこういった兄弟間の確執は多いと思う。マールは感受性が強く優しすぎるのだ。
「もともと希望して入った学校じゃなかったのかもしれないけれど、騎士を目指したいという今の自分の気持ちは本物なんだと思う。
マールのやりたいことはすごく伝わってきたし、えっと、俺ももっと強くなりたいのと思って色々頑張っているので、その、これからもマールやみんなと一緒にできれば、なんか凄いことができそうだなって。あれ、俺は何言ってるんだろう」
本当に俺は何を言ってんだろ。
言いたいことがうまくまとまらず、よくわからないことを宣言している。俺はやらかしたのか。
恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、俺は恐る恐るマールを見てみた。
マールは変わらず洞窟の方を見つめて、黙って俺の話を聞いてくれたようだ。先ほどより少し表情が和らいだようにも見えた。
「うん」
マールが一言そういって、それからお互いに一言もしゃべらなくなった。
キースとサーシャに見張りを交代し、次の交代時間まで仮眠を取る。
先ほどのマールとの会話がリフレインして眠れず、寝袋のなかでぼんやり時を過ごしていた。
「俺達の見張りの番だ」
いつの間にか眠っていたようで、ウォ何とかさんに起こされた。
まだ真夜中であり、二人で見張場に腰掛けて洞窟の奥に視線を向ける。
眠らないように会話をしようと話題を考える。
結局この人とは、ほとんど会話をすることがなかったな。きっとベテラン冒険者だからあまり口を出さずに、サポートに徹してくれていたのだろう。
さて、何か当たり障りのない話題を振ってみようと考えていると、先にウォ何とかさんの方から話しかけてきた。
「アゾートくん。君、日本からの転生者だろ」
ダンジョン回は、もう1話だけ続きます。