第68話 ネオンの婚約者
そして週末になり、俺はネオンがちゃんと出席するか見届けるため、政略結婚の顔合わせについて行った。
今回はフィッシャー辺境伯の方から来てくれるので、顔合わせの場所は新フェルーム城だ。
俺は現在のフェルーム領に行くこと自体、実は初めてだった。というのも、フェルーム家は戦争のたびに報奨として新たな領地を得たため、短い間に領地が移り変わっていたからだ。
夏休み前までは、スカイアープ渓谷北側の騎子爵領フェルームだけだったのが、内戦の勝利により東隣のサラース領を獲得。
フェルーム騎士爵領と屋敷を分家に譲り、本家はサラース城に移転したところで、まさかの対ソルレート戦に突入。
これに勝利し、ヴェニアル領の南2/3をボロンブラーク伯爵支配エリアに編入させたことで、ボロンブラーク伯爵配下の当主たち全員を交えて、領地の再編成を行った。
その結果、フェルーム本家はボロンブラーク支配エリアの東端にある旧アラモネア領とサラース領の東半分、それに旧ヴェニアル領の南端1/6と港湾都市メディウスを手に入れることとなった。
領地的には新メルクリウス領のお隣さんになったわけだが、領都はアラモネア改め城下町フェルームとなり、城は改装中で、引っ越しもまだ途中なのだった。
ネオンに城を案内してもらい、顔合わせ会が始まるまでの間、ダリウスの執務室で時間を潰すことにした。
「どうだアゾート、新フェルーム城は」
ダリウスはフィッシャー辺境伯と会うために、いつもよりちゃんとした格好をしている。
「随分広い領土ですね。平野の面積だけでもうちの三倍はありますね」
「城の事を聞いたのだがまあよい。お前のところは山が多いからな。城塞都市が二つもあるし。それよりも港湾都市メディウスを得たのは、我ながらいい買い物をしたと思っとるのだが」
「俺も欲しいですからね、メディウス。領地の位置的には飛び地になってしまい、さすがに欲しいとは言えませんでしたので。船は輸送力が違いますから、海賊さえなんとかすれば莫大な交易収入が手に入りますよ」
「さすがわかってるじゃないかアゾート。お前のところの陸運とうちの海運をうまく連携して、一儲けしてやろうじゃないか」
「いいですね。アイディアを考えて来ますので、近いうちに関係者を集めて作戦会議をやりましょう」
そこへエリーネがダリウスを呼びに来た。
「フィッシャー辺境伯がお見えになりました。下の応接の間にいらしてください」
「わかった。行くぞネオン、アゾート」
「俺はネオンをここに連れてきただけで、顔合わせにはでませんよ」
「顔合わせは出なくていいが、フィッシャー辺境伯に挨拶くらいはしといた方がいいだろう」
「そういうことなら。よし行くぞネオン」
「気が進まないなぁ。やっぱりやめようよ」
「そういうなよ。お前の地下神殿のためだ、我慢しろ」
「わかったよ。行くよ」
俺たちは3階にある特別応接室に入った。
すでにフィッシャー辺境伯は到着しており、俺たちが入ってくるとソファーから立ち上がって、こちらに歩いてきた。
フィッシャー辺境伯の隣にはネオンの政略結婚の相手、辺境伯家三男がいたのだが、
「カイン?」
俺たちの仲間のカイン・バートリーがそこにいた。
「よう、昨日ぶり」
「どうしてお前がここに・・・」
「今まで黙っていて悪かったが、事情があって名前を変えてボロンブラーク騎士学園に通っていたんだ。俺の本当の名前は、カイン・フィッシャーだ」
「カイン・フィッシャー・・・」
「アゾート、先にフィッシャー辺境伯に挨拶しろ」
ダリウスに促され、俺はフィッシャー辺境伯と挨拶をかわした。
フィッシャー辺境伯は、40代くらいの大柄でガッシリした体形の、歴戦の勇士の貫禄を滲ませたまさに騎士だった。
確かにカインの父親らしい出で立ちである。
辺境伯との挨拶も終わり隣のカインに目を向けると、カインが俺の肩を組んで少し離れた窓際の方に移動し、小声で話し始めた。
「俺とネオンだから今さら顔合わせもないと思うが、一応儀式みたいなものなだからな。アゾートは関係ないからもう帰ってもいいぞ」
「そうするつもりだがお前、ネオンが女だという事に気がついていたのか」
「ああ。入学式の次の日だったか、初めてあった時からな。最初はびっくりしたけど、コイツら面白そうな事をしてるなと思って、黙って見てたんだよ」
「気がついていたのなら、早く教えてくれよ」
「悪い悪い。かなり楽しませてもらったよ」
「でもお前、なんでネオンなんかと政略結婚する気になったんだ」
「最初はセレーネとの顔合わせという話だったんだが、親友の好きな女をとるようなことはしたくなかったし、俺はネオンの方がいい女だと思っているから心配はいらないさ」
「ネオンがいい女? お前の目は大丈夫か」
「その言葉、そっくり返すよ。お前こそネオンを失ってから後悔しても遅いぞ」
顔合わせが始まったのを見届けて、俺はプロメテウス城に帰ってきた。
城では領地運営が忙しく、あっという間に週末も終わり、夜になってようやく学園の寮の自室に戻った。
ネオンは既に部屋に帰ってきており、一人でくつろいでいた。
「アゾートお帰り。遅かったね」
「領地運営が大変でさ、週末は忙しすぎるよ。学園の方が遥かに楽だな。そういえば、顔合わせはどうだった? 地下神殿につながる貴重な情報が手に入ったか」
「・・・・・」
「ネオン?」
「あのね、アゾート。私はこの縁談を受けようと思う」
「え?」
「カインと婚約して、フィッシャー領に行くよ」
ネオンがカインと婚約してフィッシャー領に行く。いつかはネオンが嫁に行く日も来るとは思っていたが、その瞬間は以外にあっさりと訪れるものなんだな。
最近のネオンの様子をみていると、一生俺から離れないような雰囲気だったのに、いざ決まれば少し寂しいな・・・。
「どうしたのアゾート、急に黙りこんだりして」
「いや、突然の話にビックリしていただけだ。そうかカインと婚約することにしたのか」
「そう。それに地下神殿の調査はカインと二人でやるから、アゾートは手伝わなくていいよ」
「え? いやそれは俺も一緒に行った方が」
「アゾートは領地運営で忙しいんでしょ。それにフィッシャー領へは婚約者として行くことになるので、アゾートはちょっと邪魔なんだよ」
「俺が邪魔なのか・・・」
「あそこは私がご先祖さまから託された地下神殿だから、私に任せて欲しい。何か分かれば教えてあげるからさ」
「お前がそこまでいうのなら、これ以上は何も言わない。カインと二人で頑張ってくれ・・・」
「ありがとう。それとカインと婚約したことはみんなには秘密だよ。学園でもカインとは何もないふりをするから、アゾートもちゃんと演技するんだよ」
「お、おう・・・任せておけ」
「アゾートは肝心なところが抜けてるから、心配なんだよね。じゃあ明日からお願いね」
そう言ってネオンはさっさとベッドに入ってしまった。
カインと婚約することを決めたネオン。
そのあまりにもあっさりした態度に、俺は拍子抜けをしたまま、眠れない夜を送ることとなった。
次の朝、俺は眠い目を擦りながら男子寮の前で、みんなが来るのを待っていた。
ネオンがカインと婚約したことは当然伝わっておらず、いつもと変わらぬ登校風景だった。
俺はカインと目を会わせてみたもののカインは特に反応することもなく、カインはごく自然な態度でネオンと会話をしながら、学園へと続く森の道を歩いていく。
「おいアゾート、カインがどうかしたのか?」
「いや何でもない。カインとネオンはいつもあんな風にしゃべってたかな、と思って」
「そうだな。あの二人はいつもあんな感じだったぞ。カインはネオンをいつもからかっているし、俺たちのなかではネオンに一番心を許している感じだな」
「ふーん・・・」
そこへパーラが会話に入ってきた。
「クラスの女子の間では、カイン✕ネオンの人気が高いのですよ。わたくしはネオン✕カインの方が素敵ですけど」
「何の話をしてるんだ、それってまさか!」
「ええ、親衛隊の皆様の主食の話ですわ」
「・・・嫌な予感がするが、それ以外の組み合わせは、嫌すまない。やはり聞かないでおこう」
「そうですわね。わたくしもダン✕アゾートについては反対を申し上げていますのに、親衛隊の皆様がその話をやめてくれないのです」
「「それ以上はやめろ! 想像したくない!」」
パーラの精神攻撃にダメージをゴリゴリ受けながら、何とか学園に到着した。
・・・もう家に帰りたい。
放課後、私は男子寮のカインの部屋に来ていた。私の隣の部屋だけど。
ダンはまだ部屋に帰ってきておらず、今は私とカインの二人きりだ。
「それでカイン。話って何?」
「そっけないな。俺たちは婚約者だろ、ネオン」
「確かに婚約者にはなったけど、だから何? 早く用件を教えてよ」
「わかったよ。さっそくだが今週末にフィッシャー領へ行かないか。俺の母上に会えるように父上にお願いしたら、何とかOKをもらえたんだ」
「本当に! もう少し時間がかかると思ってたから、嬉しい。すぐにでも会いたい」
「そうか。だが母上は鋭い人だから、俺たちが偽の婚約者だということがバレないようにしないと。なるべく完璧な演技をするために、アゾートやセレーネたちを使って練習するんだ」
「そんなに鋭いのか、カインのお母様は」
「そうだな。長年に渡り陰遁生活を送ってきたバートリー一族の娘だったからな。そういう風に教育されていたんだろう」
「わかった。でもどうしてカインは、そんなに私に協力してくれるわけ。何か得することでもあるの?」
「そうだな。まずは母上の望みを叶えてあげたいことかな。ただこれは難しいので俺は叶わなくてもいいとも思ってる」
「お母様のため?」
「そうだ。それにフェルーム家の謎ってやつに興味があるのさ。なぜかは母上に会えばわかる」
「そんなに気になるなら、この前の地下神殿の調査の時に一緒に来ればよかったのに」
「いやいや、学園で身分を隠している俺にとっては、フィッシャー領の地下神殿探索なんか、正体がバレるのが怖くてさすがについて行けなかったよ」
「それもそうか」
「でも一番の理由が他にある。聞きたいか?」
「聞きたい」
「じゃあ言うぞ。お前が好きだ、俺と結婚してくれ」
「断る」
「即答かよ」
「私はアゾート以外とは結婚しない」
「でもアゾートはセレーネとくっつきたいんだろ」
「セレン姉様のことは何とかするつもり」
「じゃあフリュオリーネは?」
「あいつもできれば排除したいけど、たぶんアゾートが離さない。やさしいからねアゾートは。あいつは邪魔にはならなそうだから、居てもいいというだけ」
「そんなにアゾートがいいのかよ。俺と何が違うんだ?」
「カインは男としては悪くないよ。むしろ普通の女子から見れば、アゾートよりもかっこいいと思う。でも私にとってアゾートは特別なんだ。私の人生は彼のためにあるようなものだから」
「どういうことだ?」
「他人には大した理由には聞こえないかもしれないけれど、アゾートは自分の持っている知識の全てを私に教えてくれたんだ。将来どこかに嫁いでしまう私のために。自分の知識を与えることで、離れていても私のことを守れるようにって」
「あいつがそんなことを」
「それにね、小さい頃はよく私を助けてくれたんだ。命を救われたことだってある。私が子供の頃に内戦が始まったんだけど、フェルームの屋敷が敵対派閥の刺客に強襲されて、あわやの所でアゾートが身を呈して私の命を救ってくれたんだ」
「そうか。あいつは普段はバカなのか頭がいいのか、よくわからないヤツだが、肝心なところはしっかりきめてくるからな」
「そうだね。でも私は間抜けな方のアゾートが好きなんだけどね」
「・・・そうか、お前の気持ちはわかった。だが、俺があきらめる理由にはならないな」
「え?」
「フィッシャーの地下神殿の探索。俺とネオンの二人でやり遂げよう。そしてお前を俺に振り向かせてやる」
「・・・ふっ、ご自由に。でも私は手強いよ」
カインから知らされた地下神殿に隠されたもう一つの鍵。
まずは週末、これを持っているカインのお母様に会うことが、私の最初のクエストだ。
お待たせしました
ここから、クエスト開始です
ご期待ください




