第67話 新領地の運営方針
クロリーネのサポートの件は楽勝だと思ったのだが、アルゴを始めうちの家族があまりにもツンデレに理解がないため、暗礁に乗り上げた。
ただ焦ることはない。アルゴにはこれからゆっくりと理解させればいいのだから。
そんなことよりも、今は領主の仕事に専念する。
プロメテウス城の3階の余っている部屋を領主の執務室として使っているが、今日はその部屋に両親とフリュの4人で集まって、新しい領地運営方針を立てるのだ。
まず、領地全体についてだが、今回の戦勝を受けて次のような感じになった。
もともと山地と丘陵地帯しかなかったプロメテウス領に、王都へと繋がる主要街道とその沿線にある2つの街アドリテとマルティー、その回りに広がる平野、そして城塞都市ヴェニアルが新たに加わったのだ。
また、ヴェニアル子爵の配下だった二つの騎士爵家、アドリテ家とマルティー家はそのまま俺の配下として忠誠を誓ってくれた。
俺が手にいれたのは旧ヴェニアル領の1/3だが、もともと山地ばかりで平地や丘陵地帯が狭かったプロメテウス領から見れば、実質的に倍増以上の拡大に感じられる。
城塞都市ヴェニアルの西壁は、この前の戦いで城門を一帯を破壊したため修理が必要な状況だ。現在はソルレート領からの亡命職人達に加えて、ヴェニアルの職人にも発注して修復作業が進められている。
その亡命者たちの街も作らなくてはならない。
プロメテウス城下町、城塞都市ヴェニアルにはそれぞれ、もとからいる商人や職人のギルドがあるため、これとは別の場所に街を作りたいのだが、今回の領地の拡大により場所が決まった。
王都への主要街道沿いでありマルティーの街よりもさらに北、領地の北部の平地を開発し新都市を建設する。ここを手工業製品の拠点とするとともに、王都方面の取引を行う商業・物流拠点にするのだ。
新都市の名称は、商都メルクリウス。
またこれを機会に、新領地の名称もプロメテウス領を改め、メルクリウス領とする。
次にメルクリウス領の主要産業だ。
領都:城下町プロメテウス
主産業:商品取引所、物流、鉄、酪農
都市:城塞都市ヴェニアル
主産業:物流、穀物、木材、石炭
都市:商都メルクリウス
主産業:物流、穀物、木材、手工業製品
街 :アドリテ
主産業:穀物
街 :マルティー
主産業:木材、鉄
アドリテ、マルティーは生産に特化させて効率化を図り、領地の北部の商工業機能は商都メルクリウスに集中させる。穀物相場で得た資金800万ゴールドを使って、一気に整備していきたい。
公共投資に資金を投入することで、領地全体も活性化し雇用対策にもなるだろう。
城下町プロメテウスは立地が領地の一番奥となり、他領からの侵攻を受けにくい安全な街となった。ここに取引所を残し、帳簿取引の品目も木材、石炭を追加して穀物、鉄と合わせて4品目に拡大。もちろん現物取引の品目は多岐にわたる。
王国各地から人、モノ、カネを集めて経済の中心地を目指していきたい。
「父上、領地の治安の状況は?」
「盗賊の旧プロメテウス領内の討伐は終わってるが、旧ヴェニアル領内はこれからになる。こちら側に逃げた賊もいたので、結局全部倒さないといけないことになったな。やれやれだ」
「それなら前と同じで、治安維持部隊と騎士団が連携して進めた方がいいね。それで騎士団の整備はどう」
「旧ヴェニアル騎士団から800騎が加わったので、現在は1500騎。男爵家・子爵家の標準的な規模に到達した。ここからは平民から募集する治安維持部隊の拡充が課題だな。あとはアドリテ騎士団とマルティー騎士団がそれぞれ100騎ずつが戦力として数えられる」
「了解。あと城塞都市ヴェニアルと商都メルクリウスを治める代官が必要なんだけど、フェルームの分家筋で誰かやってくれる人いないかな」
「そうだな聞いてみるよ。騎士爵の爵位込みなら、やりたいやつはいくらでもいると思うぞ」
「騎士爵はどうやったら手にはいるの?」
「男爵以上と違って伯爵が授与できるから、アウレウス伯爵にお願いすればいいんじゃないか?」
「それではお父様にお願いしておきます。2つでいいですね」
「それから、旧ソルレート領の革命軍関連の情報は入ってる?」
「そうだな。ジルバリンク侯爵を始めとしたシュトレイマン派の貴族たちが鎮圧に向かっているが、革命軍がまだ領都を占拠したままらしい。このまま新教徒どもが勢いづいて王国各地に飛び火しかねないため、だいぶ焦っているようだ」
「近隣の領地にも被害が及んでいるとか?」
「ああ。ベルモール子爵やロレッチオ男爵の領地が隣接しているが、暴徒が村を襲わないように、騎士団と自警団が連携して守りを固めているらしい」
「うちは城塞都市ヴェニアルがあるから、暴徒が入り込む危険性がなくて良かった」
「外から入ってくる分にはまず大丈夫だが、新教徒の活動家なんかどこにでも潜んでいるからな。どこから暴動の火の手が上がるかわからん。やつらの裏工作には注意しておいた方がいい」
「そうなのか。領民レベルでの情報網を構築しておく必要があるので、母上とフリュは旧教徒の教会や各ギルド長に相談して何か方策がないか検討してみてくれないかな」
「わかったわ」
「お任せください」
領地運営の方針を立てた俺は、週明けフリュとともに再び学園に戻り、今日は新年最初の魔法実技の授業だ。
この日も、魔力の上昇を目指して様々な属性の魔法を順番に発動させる訓練をしていたのだが、なにか調子がおかしいのだ。
自分の属性以外の魔法の発動には大量の魔力を必要とするため、一日にできる練習量は限られているのだが、冬休み前に比べて、練習できる量が明らかに増えている。
「属性が増えた?」
俺が呟くと、横にいたフリュもそれを肯定した。
「・・・アゾート様もですか。おそらく属性が増えていますね」
「フリュオリーネさん、本当に?」
「ええマールさん。わたくしは、水、風、雷、闇の4属性持ちなのですが、土属性の魔法発動で魔力の消費量が減っている感覚です」
「じゃ、先生に聞いてみようか。シュミット先生~」
マールが先生を呼びに行った。
シュミット先生が、例の魔術を測定する水晶を持ってきた。
「じゃあ、順番に測定していくぞ。まずアゾートからだ」
俺が水晶に手を触れると、いつもの赤と茶色の光の他に黄色の光も灯った。
「アゾート、お前雷属性が増えてるぞ。しかも魔力が240だ。この冬休みに一体どんな特訓をやったんだ」
「魔力を使ったのは戦争をした時ぐらいですけど」
「そうか・・・じゃあネオン」
ネオンも俺と同じで黄色い光が増えていた。
「ネオンもアゾートと全く同じだ。というかお前たち二人はいつも同じだから、もうどちらか一人を測定すればいい気がしてきた」
「シュミット先生、それはひどいですよ。こいつはライバルだから僅かな優劣の差で一喜一憂したいんですけど」
「僕はアゾートと同じがいいので、先生のその扱いで構わないです」
「それでは次、フリュオリーネ」
フリュが水晶に手を触れると、青、緑、茶、黄、紫の5色が光輝いた。
「おーーっ、すげぇ」
周りからは感嘆の声が聞こえる。5属性持ちなんてめったに見られるものではないからだ。
なお、光と闇の属性を同時に持つことは聖女以外にはできないため、一般には6属性が最高とされている。
「フリュオリーネの魔力は400だ。2年生の終わりでこの魔力は尋常ではないな・・・。他にやりたいものはいるか?」
フリュの後に測定をしようという猛者がいるのだろうか・・・いた。マールだ。
「マールも増えている。緑と白か。風属性が増えてるな。魔力も120だ。フリュオリーネの後だから目立たないが、この時期の3ケタは普通にすごい。他にいないか。冬休みにアゾートと一緒にいたやつらは全員調べておけ」
ダン、アネット、パーラも測定したが、属性は増えていなかったものの、魔力はそれぞれ70、150、140とかなり上昇していた。
もともと魔力が低かったダンが魔力を倍増させ、1年生の平均を上回ったのだ。しきりに首をひねりながら、アゾートに問いかける。
「どうなってるんだ、アゾート?」
「冬休みの変わったことと言えば、おそらくジオエルビムだと思う。ひょっとしたら魔導コアの暴走を止めに行った時に浴びた魔力の奔流が原因じゃないかな」
「確かに言われてみれば、それしか思い当たらねえな」
「そのジオエルビムとは何だ」
「シュミット先生には言ってませんでしたが、冬休みに俺たちが発見した古代魔法文明の遺跡のことです。まもなく魔法協会から正式に発表されるはずです」
「ほう、古代魔法文明か。そんな面白そうな事を冬休みにやっていたのか。今度ゆっくり教えてくれよ」
俺たちは放課後、魔法訓練棟に集まって新しく増えた属性魔法の練習を始めた。
シュミット先生から借りた属性ごとの魔法の教本を並べて、まずは呪文、魔方陣、発動イメージなどを一つ一つ確認していく。
「俺とネオンは雷属性魔法だ。基本3魔法はこれだな」
雷属性・初級魔法 サンダー
雷属性・中級魔法 サンダーストーム
雷属性・上級魔法 エレクトロンバースト
高速詠唱、完全詠唱は当然未取得だ。
「またアゾートと同じだね」
「マールはこの3つの練習だな」
風属性・初級魔法 ウインド
風属性・中級魔法 ウインドカッター
風属性・上級魔法 トルネードクラッシュ
「私は、ちゃんとした攻撃魔法を使うの初めてだよ」
「そうだな。光魔法は癒しの魔法だし、パルスレーザーはマールだけの固有魔法だからな」
「フリュには説明不要かも知れないが、土属性の基本魔法はこの3つ。この中でメテオだけは俺も高速詠唱ができないんだ。それ以外の詠唱は教えるよ」
土属性・初級魔法 ウォール
土属性・中級魔法 ゴーレム
土属性・上級魔法 メテオ
「よろしくお願いいたします、アゾート様」
「セレーネは何か属性増えた?」
「私は水属性が増えてた。魔力は350だったよ」
「フリュオリーネさんが一番強いね。魔力が400だったし」
「マールさん。この数値は、同じ条件下で使用した場合の魔法の強度を表していて、魔力量などほかの能力はあの魔術具では測定できません。それ以上に完全詠唱による魔力強度の増大や、ナトリウム爆発やスーパーキャビティーなど、本来の使い方と異なるやりかたで魔法の破壊力を増すことができるので、魔力値だけでは実戦の強さは判定できないのです。今言えることは、セレーネさんの火力が圧倒的ということだけですね」
「・・・私は水属性を極めて、火力だけの女を卒業するわ」
「だったらセレーネはこんな感じだね。高速詠唱は残念ながら不明」
水属性・初級魔法 ウォーター、ブリザード
水属性・中級魔法 アイスジャベリン
水属性・上級魔法 タイダルウェーブ
「アゾートと連携して戦う場合、ウォーターが有効ね」
「物理攻撃力の高いアイスジャベリンもおすすめだよ」
一日を終え寮の自室へ戻ってきた俺は、風呂に入りながら明日から何をやろうか考えていた。
さきほどギルドに行ってクエスト報酬もうけとり、俺は冒険者ランクCに上がった。
前回のクエスト関連でやり残したことは、今日ですべて片付いたことになる。
ここからは心機一転、ジオエルビムにもう一度もどって遺跡の調査を再開するか、フィッシャー領の地下神殿に向かうか、あるいはグライダーやトラックのような遺物の調査も依頼されていたな。
ふと気がつくと、部屋の中でネオンが誰かと話をしている声が聞こえた。
こんな時間に誰か来たのかな。
風呂からあがると部屋には、セレーネとネオンの母親のエリーネが来ていた。セレーネが年を取るときっとこんな感じになるんだろうという美人さんだが、ネオンと何か言い争いをしている。
「こんな時間にどうしたんですか」
「ネオンが全然話を聞いてくれないから、アゾートにも一緒にネオンを説得してほしくて、今日ここに来たのよ」
「え、俺に?」
「そうなのよ。実はネオンは今週の週末に政略結婚の顔合わせがあるのに、出たくないって言うのよ。ずっと説得してるんだけど私たちではダメなのよ」
「ネオンが政略結婚の顔合わせ?! そんな話があったんですか?」
「本当はセレーネの相手を探そうと、いくつかの家に打診をしていたら、ある家からセレーネではなく是非ネオンをという事になって。ダリウスはビックリして何かの間違いではないか確認したけど、やっぱり先方の望みはネオンだったのよ」
「物好きな人もいたもんですね」
「そうなの。でもネオンはこんな感じなので、先方にはネオンの意向を伝えてお断りしたんだけど、顔合わせだけでもいいからと断りきれなくて」
「なぜそこまでネオンを、何か裏があるのでは・・・まさか謀略的な何か」
「それは言いすぎよ。ネオンだって中身はともかく、見た目だけはセレーネと区別がつかないし。それに相手はボロンブラーク伯爵家と懇意にしているフィッシャー辺境伯家だから」
「フィッシャー辺境伯!」
何かと因縁深い名前が出てきたな。一度は亡命しようとしていた先でもあり、例の地下神殿のある領地だ。
「おいネオン。話だけでも聞いてみたらどうだ」
「嫌だよ」
「何で?」
「私はアゾートのお嫁さんになるって決まってるんだから、そんな浮気みたいなことできません!」
「いや、俺にはセレーネがいるから、お前とは結婚できないぞ」
「お父様がそう決めたから相手は私だよ。それが貴族の政略結婚だから。もともとセレン姉様とだってお父様が決めた政略結婚だったじゃない。同じだよ」
「ぐっ。しかしその理屈でいくと、フィッシャー辺境伯との顔合わせもダリウスの指示なんだから、出るだけ出ておかないと筋が通らないぞ」
「うっ。出たとしても、どうせ私は断るんだから、お互いに時間の無駄じゃない。それに私はふしだらな女だから、相手もきっと嫌がるよ」
「いやお前はふしだらではない」
「だって結婚前の女の子が一年近くも男子と同棲生活を送ってるんだよ。ふしだらだよ」
「男子って俺のことを言っているのか? 俺がネオンなんかに手を出すわけがない!」
「そんなのフィッシャー辺境伯にはわからないよ。私とアゾートは十分結婚できる男女なんだから、第三者から見ればふしだらだよ。私はもう誰とも結婚できないから、アゾート責任とってよ」
「・・・さては貴様、男装して学園に通ってたのは、それが目的だったのか」
「ふっふっふ。今頃気がついたのかアゾート君よ。だがもう遅いわ」
「くっ・・・不覚」
「二人ともバカなことを言ってないで。アゾートがそういう人でないことは私もダリウスもちゃんとわかってるから大丈夫よ」
「そういうことだネオン諦めろ。それよりも俺にいい考えがあるんだが聞かないか」
「政略結婚にいい話なんかないと思うけど、一応は聞いてあげてもいいよ」
「ネオン、何かおかしいと思わないか。このタイミングでフィッシャー辺境伯だぞ。例の地下神殿が発見されたタイミングでわざわざお前にコンタクトを取ってくるなんて」
「・・・確かに」
「だろ。どうせ断るにしても、ひょっとしたら地下神殿に関する何か重要なヒントが手にはいるかも知れない。ダメ元でも一度会っておけよ」
「・・・それもそうだね。わかったアゾートの頼みを聞いてあげるよ。一つ貸しだからね」




