第66話 侯爵令嬢クロリーネ
学園での新年最初の一週間はあっという間に過ぎ去り、俺は週末を領地で迎えていた。
ソルレート戦の勝利によりヴェニアル領の一部を獲得したり、その土地の騎子爵家がメルクリウス家に臣従することになったりしたため、去年立てた領地運営方針を大きく修正しなければならない。
新年早々、メチャクチャ忙しいのだ。
しかも今日は、ジルバリンク侯爵とその娘が俺の弟のアルゴと婚約を結ぶため、プロメテウス城に顔合わせに来る。先にこちらを片付けなければ。
そしてお昼時、ジルバリンク家との間で臨時に接続した転移陣を使って、侯爵と娘、使用人や護衛騎士がぞろぞろとプロメテウス城に転移してきた。
さすが侯爵家。たくさんの人数を連れてきたな。
うちの城で一番豪華な3階の応接室に案内し、さっそく弟のアルゴとの顔合わせ会が開かれた。
さてお相手となる侯爵令嬢はクロリーネ・ジルバリンクといい、ジルバリンク侯爵家の四女で15歳。今年の春から、騎士学園に入学するそうだ。
お互いの自己紹介から始まったこの顔合わせは、その後も侯爵と俺の両親の間で話はとんとん拍子に進み、あっという間にアルゴとクロリーネの婚約が無事結ばれたのだった。
俺は初めて「顔合わせ」というものに出席したが、随分とあっさりしたものなんだな。当人同士も淡々とした様子だった。
婚約も決まり落ち着いたところで侯爵が話を切り出した。
「ところで娘をメルクリウス家に馴染ませるため、この春からは王都ではなくボロンブラークの騎士学園へ入学させたいと思っている。前にもお願いした通り、入学までのあいだ娘をここに住まわせてやって欲しいのだが」
「こんな城では不足でしょうが、今日からでも過ごせるように、既に受け入れ準備は整っています。クロリーネにはさっそく部屋を見てもらいましょう」
「うむ。それはありがたい。このクロリーネは末の娘で甘やかせて育てたためか、少々プライドの高いところもある。だが根はとてもやさしい娘なのだ。よろしく頼みたい」
こうして、アルゴとクロリーネの婚約が成立した。
アルゴには申し訳ないが魔導結晶のためだ。それにお前にはセレーネとの結婚には向いていない。
俺としてはこれが最良の結果なのだ。
両親とアルゴが侯爵に挨拶をして、クロリーネを連れて応接室を後にした。たぶんクロリーネが今日から過ごす部屋の準備とかいろいろあるのだろう。
使用人や護衛騎士が荷物を持って、後ろをぞろぞろとついて行った。
静かになった応接室で、俺は少し肩の荷がおりた。
俺の役割はここまでだ。
末長く幸せにな、アルゴ。
当主として侯爵一行を丁重に見送るため、行きと同じく臨時で設定した転移陣までみんなを案内した。
しかしその途中、侯爵は少しすまなそうな声色で俺に話し始めた。
「実はクロリーネは性格に少し難のある娘でな」
「性格に難が・・・」
「少しプライドが高すぎるのか、たまに言葉づかいがキツイところがあるのだ」
「キツイ言葉づかい・・・」
侯爵と使用人たちの間に重たい空気が立ち込める。
「実はこれまで2度も婚約解消されておるのだよ」
「婚約解消を2度も・・・」
なんだか嫌な予感がしてきた。
「クロリーネはもう結婚はさせずに、侯爵家で一生面倒をみようと考えていたのだ。だがメルクリウス家との縁を持つために、キミの妹を侯爵家に迎え入れるつもりがなぜか断られてしまったため、我が家に残っている子供がもうクロリーネしかいなかったのだ」
「まさか次に婚約解消されると、修道院送りに!」
「大丈夫だよ。この婚約が破綻しても、修道院送りにはしないよ。いきなりクロリーネをここで預かってもらうことにしたのも、早めに馴染んでおいて貰いたかったからなんだ。私はあの娘にも普通に幸せになってほしいのだ。ひょっとしたらアルゴくんがクロリーネのことを気に入ってくれるかも知れんのでな」
「それは安心しました」
「ただ、先ほど私は性格に難があると言ったが、それはあくまで世間一般の評価であって、私自身にはそうは思えなくてな。あの子は本当はとても可愛い、魅力的な女の子なのだよ」
「まぁ・・・親は自分の子供が可愛く見えると言いますからね」
「そうではない。実に不思議なことだが、みんなにはなぜかあの娘の良さが理解できないのだよ。アルゴくんにはあの娘の良さをしっかり理解してもらいたい。そしてキミには、クロリーネが婚約破棄されないようにサポートをしてほしい。クロリーネのことをどうか頼む!」
「え、えぇぇぇ・・・。」
なんかとんでもなく面倒な事を頼まれてしまった。
プライドが高くて言葉のキツい侯爵令嬢の良さを、アルゴに理解させて婚約破棄を阻止するなんて、とてもじゃないが俺にできる気がしない。
だが、申し訳なさそうな顔で転移陣に消えていった侯爵の後ろ姿を見ていると、どうしても断ることができなかった。
「ということを侯爵から頼まれたんだけど、フリュお願い助けて」
アウレウス伯爵の娘であるフリュはその立場上、侯爵の娘であるクロリーネとアルゴとの顔合わせ会には出席をしていなかった。
だから侯爵が帰ってすぐに、フリュに先ほどの顔合わせの件を話しにいった。しかしその話を聞いたとたん、フリュにしては珍しく困ったような表情を俺に見せた。
「どうしたんだ、そんな顔をして」
フリュはとても言いにくそうにしながら、理由を教えてくれた。
「・・・クロリーネ様は王都でも少し有名な方でして。彼女はこれまでに二度の婚約破棄を経験されたのですが、その婚約者さまはお二人ともとても温厚で包容力のある、これ以上申し分ないほどの方だったのです」
「そういえばフリュの時は、二度婚約破棄されたから修道院送りというルールじゃなかったっけ」
「別に2回という明確なルールがあるわけではなく、家門の名誉を汚したかどうかで決まるのです。クロリーネ様の場合は、婚約破棄といっても話し合いによる円満な形を取られましたので、家門の名誉を汚すような事にはなりませんでした」
「フリュの場合は?」
「わたくしの場合は、サルファーさんに公衆の面前で一方的に婚約破棄を突きつけられたのが1回目、フォスファーさんに裏切られて劣悪な地下牢に監禁されたのが2回目ですので、家門の名誉を汚すのに十分でした」
「サルファーのやつ、許せん!」
今更ながら、フリュの婚約破棄は何度聞いても、行き場のない怒りが込み上げてくる。
一体何なんだ、ボロンブラーク伯爵家のバカ兄弟は!
「わたくしはもう気にしてませんから、そんなに怒らないでくださいませ。それに今はとても幸せですし」
「そ、そうか。それならいいんだけど」
「それでクロリーネ様のことですが、そんな温厚な方々を婚約破棄までさせてしまったので、王都の社交界では噂の絶えない方なのです」
「クロリーネは、今年の春からうちの騎士学園に入学する予定なんだけど、大丈夫かな」
「それは大変です。ようやく学園を統一できたのに、新1年生のシュトレイマン派筆頭に侯爵令嬢なんて来てしまったら、反対派閥が息を吹き替えして、またもとの学園に戻ってしまいます。早急に対策を講じないといけませんね」
「そんな大変な令嬢なのか・・・すまんアルゴ」
そしてクロリーネを迎えた初めての夕食。
俺は心配になってクロリーネとアルゴの様子をチラチラと見てしまう。
二人は並んで食事をとっているが、その表情はどこか暗い。
両親が二人の様子をみて、少しオロオロしている。
早速何かあったのかな。
「アルゴさま、お野菜もお食べなさい。そんな偏食していては強い男性になれませんわよ」
「わかってはいるが、野菜は嫌いなのだ」
ん? 普通にいい娘ではないか。ちゃんとアルゴの体を気づかってるし。
「クロリーネさん。アルゴにはもう少し優しく言ってあげてほしいのですけれど」
母上にはこれがきつく感じるのか?
その後もクロリーネはアルゴのことを色々と心配して話しかけていたが、アルゴがそれを嫌がるそぶりを繰り返していた。両親も二人の様子をみてグッタリしている。
俺にはそんなにキツイ感じはしないのだが、アルゴとは性格が合わないのかな。侯爵から頼まれたばかりだし、早速クロリーネをフォローしなければならない。
俺は夕食後、クロリーネを呼んで庭を散歩することにした。
「アルゴとは上手くいってないのか」
「そうですわね。わたくしは良かれと思っていろいろとアドバイスをしているのですが、アルゴさまがあまりわたくしの話を聞いてくださらないのです」
「ひょっとしたら言い方が少しキツイと感じているのかもしれないな。優しく言ってみたらどうだ」
「それは自分でもわかっていて、今日はこれでもかなり気をつけているのですが」
「まあ確かにな。夕食の時の会話を聞いている限り、俺には問題があるようには思えなかったからな。クロリーネはせっかく可愛いんだから、女の子らしく甘えてみせるのはどうだろう?」
するとクロリーネは急に顔を真っ赤にして、アタフタと慌て始めた。
「な、な、な、な! か、可愛いって、初対面でそんな破廉恥な」
「破廉恥って・・・最近よく言われるなその言葉。でもその可愛さなら、普通にしていればほとんどの男子はクロリーネの事を好きになると思うぞ」
「し、し、し、信じられないですわね、あなた。よくもそんな恥ずかしい事を平気な顔で言えますわね。・・・でもまぁ、今回だけはあなたの言うとおりにして差し上げてもよろしくてよ。ええ、今回だけですからねっ」
ん? この娘はひょっとしてツンデレじゃないのか
しかも古典的なやつ。
よくよく見るとクロリーネの髪はピンクブロンド。
ものすごい美少女なんだけど体型が小柄で貧乳だ。
・・・残念感が漂っている。
俺はセレーネやフリュのような感じの女の子がタイプだが、むしろこちらの方が尊いとする一部の根強いファンがいることも確かだ。
とにかく、異世界アニメでよく見かける典型的なツンデレにそっくりだった。
であれば対処は簡単だ。ツンデレの良さをアピールするだけでいいのだから。
「ジルバリンク侯爵からもクロリーネの事はしっかり頼まれているし、困ったらいつでも俺に相談してくれ」
「・・・お父様からの頼みというのであれば、アルゴさまの事をこれからもあなたに、その、そ、そ、相談してあげてもよろしくてよ」
「ああ任せとけ。それとさっきは言い方がキツイから直せと言ったけど、俺はありのままのクロリーネの方が好きだけどな。ツンデレは最古にして最強の萌えキャラだ。ツンデレであれば間違いなく男子にモテる。今回の侯爵からのクエストは楽勝だよ」
「あ、あ、あ、ありのままが好きって! 弟の婚約者に向かって何をおっしゃっているのですか、あなたは! ・・・ふ、ふん! 調子にのらないで頂けますこと? 相談するいっても、ごくたまに、そうごくたまに気が向いたら、ひょっとしたらあなたのところに相談に行くかもしれないというレベルですからね。か、勘違いしないでくださいまし!」
「そ、そうか・・・」
ツンデレの教科書みたいなヤツだな、クロリーネは。
次の日俺はアルゴを呼んだ。
「アルゴ。クロリーネは可愛くて、お前を心配してくれるいい娘じゃないか。もっと仲良くしろ」
「どこが可愛くていい娘なんだよ。キツイ性格の女じゃないか」
「あんなのキツイ内に入らん! それにお前は全く分かっていない。キツイ言葉のあとに来る照れ隠しのデレた言葉と恥ずかしげな表情に男はグッとくるんだぞ。そしてそのギャップが大きいほど萌えるのだ」
「は? 兄上の言っている言葉の意味が、1ミリも理解できないのですが」
「それはこちらのセリフだ。お前はなんでこんな簡単なことも分からないのだ。アホすぎてビックリするわ」
そこへ父上が会話に割り込んできた。
「今のはアルゴが正しい。わしにはお前が何を言っているのか全く分からないし、萌えがどうのと食い気味に早口でまくし立てるところが、若干キモい」
「俺が、キモい、だと?」
「そうだ。それに侯爵から何か頼まれたんだろうけど、そもそもお前はアルゴの兄だろ。お前からもクロリーネによく言っておいてくれ」
「・・・わかったよ、父上」
俺ががっかりしていると、妹のリーズが現れた。
「私が侯爵家に嫁に行っても良かったのですが、アルゴには苦労をかけてしまったわね」
リーズは申し訳なさそうに謝った。すると父上が、
「こういうことは弟のアルゴと当主のアゾートに任せて、リーズには侯爵家なんかよりもっとのびのび暮らせる、いい嫁ぎ先を探してあげるからね。リーズは何も心配しなくてもいいんだぞ」
父上は娘に激甘なのだ。
「父上は姉上に甘すぎます。僕はどうなってもいいのですか」
「お前はもう少し厳しい環境になれた方がよい。上位貴族の社交の厳しさはクロリーネの比ではないぞ」
「いや父上。クロリーネは性格がキツイのではなく、ツンデレという男子に人気の萌え属性で」
「お兄様、ちょっとキモいのでそれ以上はやめてくださいませ」
「リーズまで俺のことをキモいとか言うのか・・・」
うちの家族はどうして俺をキモオタ扱いするばかりで、ツンデレの良さを理解しようとしないのだろうか。




