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Subjects Runes ~高速詠唱と現代知識で戦乱の貴族社会をのし上がる~  作者: くまっち
第4章 王国の剣メルクリウスの帰還
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第64話 セレーネとフリュオリーネの密約


 生徒会長選の投票日から、時は少しさかのぼる。


 ジオエルビムの調査が始まってすぐの12月28日。


 調査をいったん中断し、正月を実家で過ごすために、魔法協会も監察局もそして俺たちも、それぞれの領地へと帰っていった時のことだった。



 この世界には「正月三が日」という、異世界らしからぬ習慣がある。


 厳密には正月は1月1日だけだが、1月2日はシリウス教の神使徒テルルが生誕した日、1月3日はアージェント王国の建国記念日と祭日が重なっており、三日休みが連続するためこのように呼ばれている。


 この3日間は各地で様々なイベントが催され、王国では一年で一番盛り上がる時期なのである。





「結局、プロメテウス城までついてきたのか、お前たちは」


 プロメテウスギルドに転移してきたのは、俺、フリュの他に、セレーネ、ネオン、マール、親衛隊、少佐だ。少佐は最近、プロメテウス領に拠点を移したので、これから奥さんのもとへ帰っていくのだが。


 セレーネとネオンは、ダリウスたちフェルーム騎士団が戦後処理のためにまだプロメテウス領に駐留しているため、新年をここで迎えることになっている。


 親衛隊はもはやネオンの一部みたいになっており、当然のようについてきた。親衛隊の両親たちはこの娘たちのことをどう思っているのだろうか。心配だ。


 そしてマールは、相変わらず実家に帰るのが嫌なようで、俺たちについてきた。


「マール。俺たちもついて行ってやるから、1日ぐらい実家に顔を見せておけよ」


「・・・うん」




 俺は16人の女子生徒をぞろぞろと引き連れて、自分の家に帰ってきた。


「おかえりアゾート・・・あらこの娘たち実家に帰らなかったの」


「そうなんだよ。部屋空いてるかな」


「サルファーやフェルームの分家筋がいるけど大丈夫だよ。それにみんなソルレート戦に協力してくれたし大歓迎よ」


「助かるよ母上」


「それじゃあ、みんなお風呂に入って、食堂に集まってね。夕食を用意するから」





 夕食を終え、セレーネが2階の客間に部屋を借りてゆっくりくつろいでいたところ、


 コンコン


「どうぞ」


 セレーネが答えると、部屋に入ってきたのはフリュオリーネだった。


「フリュオリーネさん?」


「セレーネさん。少しお話があります」


 真剣な表情のフリュオリーネに、セレーネはアゾートのことだと直感した。


 この前の夜に野営地を抜け出して、アゾートとこっそり会っていたことがバレたのかな・・・。


 でも、そのことでフリュオリーネさんに文句を言われても、私だって言いたいことがあるんだから。




「実はセレーネさんにはずっと謝罪したかったのです」


「え、謝罪?」


「ええ。わたくしがいつもアゾート様の隣にいることが申し訳なくて。ここは元々セレーネさんの場所だったのに、あの内戦で貴族の身分を失って修道院に入れられそうな私をアゾート様が助けてくれたために、結果として私がこの場所に割り込んでしまいました」


「・・・・・」


「セレーネさんの気持ちを考えれば、私が身を引くのが当然なのですが、私にはそれができませんでした」


「私の気持ちって・・・アゾートとは親が決めた婚約者という関係で」


「アゾート様のことが好きなんでしょ。私にはわかります。だって私も同じですから」


「っ!」


「私は昔から感情に乏しく他人の気持ちにも無関心で、頭の中だけで理解していた理屈や正義をただ他人に押し付けていただけの人間でした。でもアゾート様にだけは違った。あの人に対してだけは、なぜかいろんな感情が沸き起こり、初めて会ったときは憎悪や苛立ちのような感情しかなかったのに、内戦で助けられた時から愛情に変わっていました。この気持ちがどんどん大きくなって、今はもうあの人なしでは生きていけません」


「そんなこと! ・・・そんなこと言われたって、私にどうしろっていうのよ。私だってあなたと同じ。ええそうよ。私もアゾートのことが好き。あなたにも絶対に負けてないわ」


 そんなこと言われても、私はフリュオリーネさんに一歩も引くつもりはない。


 以前の私なら、お父様のいうとおりに他の人との政略結婚を受け入れていたかもしれないけれど、前世の記憶がよみがえった今はもう違う。


 自分の相手は自分の意思で決める。




「・・・だから謝罪したいと申し上げたのです」


「・・・どういうこと?」


「アゾート様は私に、平民の身分になった私をもう一度貴族に戻すとおっしゃってくれたのですが、実は上位貴族が気に入った平民の女性を妻にしたり、養女にもらったりした場合に、その平民女性に貴族の身分が与えられるのです。アゾート様はそれとは知らずに私にそう言ってくれただけなのですが、それでも私はすごくうれしかったのです」


「・・・・・」


「ところが同じ話を、私が聞くよりも先にお父様にも公言していたそうで、お父様はアゾート様が私を正妻にするという意味で受け取り、お父様から王都の有力貴族の間へとそれが公然の事実として広まってしまったようです。それにあなたのお父様であるダリウスさんもその場にいたため、この事はご存じだと思います」


「・・・え、うそ。私そんな話聞いてない」


「フェルーム家の次期当主であるセレーネさんはアゾート様とはもう一緒になれないので、関係のない情報としてダリウスさんの判断で事実を伝えなかったのでしょう」


「でも、アゾートは私との関係を許してもらうまで、何度でもお父様にお願いに行くと言ってくれたばかりなのに」


「・・・・・」


「・・・・・」


「・・・アゾート様の気持ちが私へは向いていないことには気づいてました。そしてあの人のことだから、きっとセレーネさんとのことも何とかしてしまうかもしれません。だから私にひとつ提案があります」


「提案?」


「私はもうあの人のもとを離れては生きていけませんので、セレーネさんには私がここにいることを許してほしいのです。そのかわりに私はセレーネさんのことを応援するというのでいかがでしょうか」


「それってつまり」


「私は貴族の身分にこだわるつもりはありません。正妻はセレーネさんにお譲りしてもいいので、私もともにアゾート様のおそばにいることをお許しください」


「つまり私たちは同盟を組むってこと?」


「そのとおりです」


「・・・・わかったわ。私は自分がかなり不利な状況にいることを理解している。だから少しでも味方が必要よ。それがフリュオリーネさんなら悪くない話ね」


「フリュってお呼びください」


「フリュ・・・・さん、同盟成立よ。これからよろしくね」


「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 私たちは握手をして、密約を交わした。





 1月1日(火)晴れ


「アゾート起きて」


「ん・・・おはよう、ネオン。・・・正月ぐらいゆっくり寝かせてくれよ」


「もう新年のあいさつで、たくさんのお客さんが来てるよ。すぐそこの謁見の間に早くおいでって」


「お客さん? 謁見の間? 何それ?」


「領主のお仕事だよ。正月は一日中、来客のあいさつを受けるのが今日のアゾートの仕事だよ」


「えーーーーー!?」



 慌てて制服に着替えた俺は、当主の間を飛び出して謎の部屋を通り抜けて謁見の間に入った。そこには既に、商業ギルド長と取引所の関係者たちがあいさつに来ていた。


「アゾート遅いぞ。早くここに座れ」


 立派な領主の椅子に腰かけ、その両サイドに両親やフリュとネオンが並び、商業ギルド長からの新年のあいさつを受けた。


 そのあとにも謁見の列が続いているようで、亡命商人たちやロディアン会頭も挨拶に訪れるようだ。


 領主は思いのほか大変な仕事のようだった。





 1月2日(水)雪


 今日はシリウス教の神使徒テルルの生誕祭だ。


 神使徒テルルというのはシリウス教の教祖で、その母体となったルシウス教の弾圧により若くして殉職した大聖女である。テルルの死後、双子の妹のテトラがその教えを広めて、今のシリウス教が誕生したのだ。


 シリウス教は我が王国だけではなくこの大陸全土に広まっており、その中心となるのが、隣国のシリウス教国である。


 シリウス教国は大聖女が国のトップとして君臨するのだが、今は空位。代わりに総大司教がシリウス教国を現在統治している。


 ここで重要なのが新教徒と旧教徒の二つの宗派である。


 シリウス教国は旧教徒の総本山であり、新教徒のことは邪教として認めていない。新教徒は特定の拠点を持たず、草の根的に発展してきた宗派であり、旧教徒の儀礼的な宗教儀式を排除して、本来のテルルの教えに忠実たらんとする原理主義者の集まりである。


 ソルレート領で暴動を起こしたのもこの新教徒である。



 さて、そんなシリウス教のミサが今夜教会で行われる。


 シリウス教は国教であり、俺は領主としてこのプロメテウス教会のミサに主賓として出席している。またフェルーム家を代表して、セレーネも同じく主賓として俺の隣に座っている。


【いつ来ても、生誕祭のミサは荘厳ね】


【今日は雪も降っていて、ホワイト・テルル・ナイトだね。いまごろ街中ではカップルがデートを楽しんでるんだろうな】


【なんか前世のクリスマスにそっくりね】





 1月3日(風)晴れ


 4日からはまたジオエルビムに戻ることになっているが、実はマールの実家がクレイドルの森と近いところにあったので、今日はマールの実家にお世話になることになった。


「ようこそポアソン領へ。夏に続いてまた遊びに来てくれて大歓迎だよ」


 ポアソン夫妻の歓迎を受けて、俺たちはマールの実家に泊ることになった。


 ポアソン領は海流の影響からか冬でも温暖な気候で、昼間は一日中、海辺でのんびり過ごした。




 その後はマールの家族も交えた夕食会となった。


 夏と同様に、ポアソン夫妻がいろいろと話題を振り、とても賑やかな晩餐になったのだが、マールはどこか気分が沈んでいる。


「どうしたんだ、マール」


「ちょっと居心地が悪くて。・・・アゾートには分からないと思うけど、私の兄姉たちの私を見る目が冷たいのよ」


 夕食会にはマールの兄姉も同席し、ポアソン夫妻同様、親衛隊のみんなと楽しそうに歓談している。俺にはマールの言っていることが実感できないが・・・。


 いつも明るいマールがこんなに暗い気持ちになっているから、きっと俺にはわからない何かがあるのだろう。


「私は当主になんかなりたくないのに。お兄様が当主になれば私も兄姉と仲良くできたかもしれないのにな」


 騎士爵家だからこそ、一族の魔力を維持するのに苦労する。


 魔力を失えば貴族ではいられなくなり、爵位と領地も失うこととなる。


 マールはポアソン家で唯一、当主になることができるほどの魔力を持つ。しかも、一般的な騎士爵家クラスの平均をかなり上回る強い魔力を持っているのだ。両親が期待して、特別扱いするのも納得できる。


 だが兄弟同士では、やはり割り切れない確執が残るのだろう。


「今は無理に解決しようと思わなくていいよ。そのためにわざわざボロンブラーク騎士学園に来たんだから、あと2年はゆっくり考えればいいさ」


「うん、そうだよね。実家にいるとどうしても昔の自分に戻ってしまうけど、私にはアゾートがいるから大丈夫だよね」


「お、おう・・・俺でよければいつでも相談に乗るぞ?」


「うん!」




 マールの実家はリゾート地にあるため、来客用の部屋がたくさんある。だがさすがに16人は多すぎるため、二人で一部屋を使わせていただく。


「まあ、俺とネオンの組み合わせは妥当なところか。それよりもセレーネとフリュが同室って大丈夫なのか。魔法団体戦のゴタゴタやサルファー絡みの婚約破棄騒動などいろいろと因縁のある二人だし、ライバル対決とか始めなければいいんだけど。マールの実家が吹き飛ぶぞ」


「大丈夫だよ。二人はお互いに遠慮しているところがあるし、正月からは二人が一緒にいるところをよく見るよ」


「そうなのか? お前よく見てるな。俺は全然気がつかなかったけど」


「見てるに決まってるよ。あいつらはアゾートをつけ狙う泥棒ネコだから」


「お前相変わらずセレーネにも容赦ないな。自分の姉のことをあいつとか泥棒ネコとか」


「最強の敵だからね。それより私を見てよ。セレン姉様よりスタイルがよくなってきたでしょう」


 すでに制服を脱ぎ、部屋着でリラックスしていた俺たちだが、ネオンが本来の女の子の姿で、俺の目の前でくるりと一回転する。


 さすがセレーネの妹だけのことはあり、美しい顔に完璧なスタイル。


 この本来の姿で学園に行けば、すぐにアイドルとして崇め奉られること間違いなし。モテない同盟たちの新しい女神の誕生だ。



 俺でなければ、ダマされるところだった。



「お前もう男装で学園に行くのは無理だろう。いろいろと隠し切れなくなってるぞ」


「そうなんだよ、自分でもそろそろ限界に近い認識はある。でも私は負けない。アゾートをメスどもの魔の手から守らなくてはいけないからね」


「その無駄な使命感を他のことに使え。明日からジオエルビムの調査再開だから、今日はもう寝るぞ。ネオンには俺が教え込んだ地球の現代知識を駆使して、遺物の謎の解明に取り組んでもらうからな、覚悟しておけ」


「任せて。こればっかりは他の娘たちにはまねできない、私だけの役割だから」


 そういうとネオンはさっさとベッドにもぐりこんだ。俺も自分のベッドに入り目をつぶる。




「ご先祖さまは、私たちが元気で暮らしていることを、きっと喜んでくれているよね」


「この前言ってた話か」


「私がプロメテウス領から西へ逃がした二人にはもうすぐ生まれる赤ちゃんがいたんだ。あの二人から始まって、200年以上経って私たちが今生きている」


「・・・・・」


「私たちの一族は戦闘バカばかりで、ベルモール軍との戦いでもみんな楽しそうにしてた。あの二人から増えたのが結局こんなバカな一族だったけど、それでもいいんだよね」


「いいに決まってるよ。それにジオエルビムの調査が終わったら、今度はお前の地下神殿を調べに行くぞ」


「うん! 楽しみだね」


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