第59話 古代都市ジオエルビムの魔導技術
【セレーネが俺と同じ転生者?】
セレーネとの会話は人に聞かれるとまずい。
説明に困る内容だけに、セレーネと同じように日本語で話すべきだろう。
だが、セレーネはなぜ今ごろになって転生者だとわかったのか。
【あのねアゾート。フィッシャー領の地下神殿の赤いオーブに触れたときに、頭の中に記憶が流れ込んできて、全てを思い出したの】
【あの地下神殿のオーブか。・・・ひょっとしてノイズのようなものが頭に響いた?】
【ええ、響いたわ。ZAZAZAって。・・・それよりもどう思った? 私も転生者だったこと】
【まだちょっと混乱してる。でもこれがセレーネの言いたかったことだったのか】
【ええそう。アゾートがどんな反応するかわからなくて、距離を置かれたらどうしようって、恐かったの】
【そんな心配する必要ないのになぜ?】
【私はネオンみたいにアゾートのお手伝いができるわけでもないし、マールみたいに一緒に遺跡調査ができるわけでもない。・・・フリュオリーネさんみたいにいつも隣で支える妻のようにふるまえるわけでもないし。・・・私はいつもうじうじしていて、火力だけが取り柄のポンコツだから、私なんかが同じ転生者なんて、アゾートがイヤかなと思って】
【そんなことあるもんか。セレーネと同じなんてメチャクチャうれしいよ。それに言っただろ、何があっても俺がセレーネを拒否するなんてありえないから】
【・・・うん、本当によかった。受け入れてくれてうれしい。・・・みんな変な目で見てるから、また後でゆっくり話しましょう】
【わかった。また後で】
それだけいうと、セレーネは調査団の中へと戻って行った。
俺たちは一行は、街の中央にある塔の方へと歩いていった。
周りの建物は長い年月を経てどれも朽果てていて、完全に倒壊したものもある。ただ不思議なことに、住人の遺体などは全く発見されなかった。
何かの理由があって、全員何処かへ去ってしまった後の、まるで捨てられた街だ。
ジルバリンク侯爵が俺の横に来て話しかける。
「キミはここがどういう街かわかるのか」
「わからない事の方がはるかに多いですが、アージェント王国よりも遥かに高度な文明だったことは間違いありません。朽ち果てているとはいえ周りの高層建築物一つとっても、王都ではまず作れないと思います。それにあの中央塔も」
「確かにそうだな。しかしこのような遺跡が王国の地下に隠されていたとは。とんでもない発見だ」
そして俺たちは、街の中心部にある中央塔に到着した。
この中央塔は周りの建物とは異なり朽ち果てた様子もなく、淡く光り続けている。
中に入るための入り口がないか建物の周りを一周したが、扉らしきものは一つも見つからなかった。
「なあダン、この建物は中に入る方法が全くわからないな。よじ登ろうにも建物の壁面には捕まれるような突起もなく、ずっと上の方まで窓ひとつない」
「これをよじ登るってお前。しかし人が入れないって、何のための建物なんだろう」
「わからないが何かの魔力の供給装置かもな。みんな感じるだろ。この中央塔からあふれ出す、とてつもないほどの魔力の奔流を」
「ああ塔に近付くほどはっきりと感じられる。この魔力を感じられない魔力保有者なんか一人もいないぜ」
結局この中央塔への入り方が分からなかったため、俺たちは一度、あの魔法障壁から転移してきた最初の建物に戻り、今後の調査の進め方を話し合った。
この古代魔法都市の遺跡のことは、祭壇のスクリーンに表示された名前「ジオエルビム」と呼ぶことにし、これからジオエルビムの中を隈なく探索して、発見した遺物のリストを作成していくことになった。
ジオエルビムはかなりの広さを誇るため、それぞれのパーティーから一人ずつ、3人一組で調査をしていくことになった。
魔法協会の職員が遺物を勝手に持ち出したり、魔導結晶を抜きとらせないように監視するためだ。
そして俺と同行するのはジルバリンク侯爵とアウレウス伯爵だ。
念のためにマールも同行しているので、俺たちだけ4人だ。
「お二人にご希望がなければ、この建物の中を調査したいのですが」
「キミの自由にしてくれたまえ」
「私は侯爵の監視ができればそれでいい。調査は婿殿に一任する」
まずは1階の格納庫らしい場所を見て歩く。
「ここにあるものは大型の重機のようですね。重い物を持ち上げたり運んだりするのに使います。それが5機。操作パネルはあるけれど機能していないので、今は動かせません」
「どうしてそんなことがわかるんだ」
クレーン車のような形状なのでたぶんそうだと思うのだが。なおマールにライトニングをいろいろな箇所に照射してもらったが反応がなかった。
「外見から推察しました。それからこれは・・・グライダー?」
そこにあったのは、二人乗りのエイの形に似たグライダーのようなものだった。
見たところプロペラもジェットエンジンも搭載されておらず、推進方法は不明。だが翼があって胴体に搭乗席があるこの形状は、小型の飛行機にしか見えない。
魔力で飛ぶのかもしれないな。
「そのグライダーというのは何をするものだ」
「ちゃんと調べる必要がありますが、うまくいけば空を飛べます」
「まさか! これで空を飛べるというのか」
「まだわかりませんので、あまり喜ばないでください、侯爵」
「うむ。そうだな」
俺は翼の上にのって搭乗席を覗き込む。
コックピットのような複雑な計器類は存在せず、簡単なレバーがいくつかあるだけだった。
ただクレーン車と同様に起動していない。
グライダーの調査はここまでにして次の遺物を確認する。
前世とは異なる文明のため、ぱっと見だけでは用途がわからない遺物が多い。おそらく科学技術のみで発展した地球と、魔法と科学が混在したこの古代魔法文明で、技術の進化する方向が異なった結果なのだろう。
俺は魔力保有者だから、この古代魔法文明の進化の方向へと進んでいくのだろうな。
1階格納庫を一周し、俺とマールで遺物をリスト化しながら二人に報告する。
「あと俺がわかるのは、この人が乗ることができそうな小型の運搬車両ぐらいですね。それ以外の遺物は今のところ俺にもよくわかりません」
「・・・これは我々でも使えるものなのか、婿殿」
「ええ。うまく起動できて使い方がわかれば、おそらくは」
「例えばこの小型の運搬車両というのはどのようなことができるのだ」
これは小型トラックに似ている遺物だ。
「後ろの荷台に人や荷物を載せて、馬車よりもかなり高速で輸送することが可能だと思います。タイヤが大きく太くなっているため、荒れた地面でも安定的に走行が期待できますね」
「なるほど、それは素晴らしい。少なくともここから魔導結晶を取り出すよりは価値が高いということか」
「それはもちろん。侯爵、これでお分かりだと思いますが、遺物から魔導結晶を乱獲するのは今すぐやめていただきたい。また、各貴族家に分配した魔導結晶も回収して、もとの遺物に戻した方がいいです」
「そ、そうだな。もしこれが本当に我々でも動かせるなら、そのようにした方がいいだろう。ただ、実際に動いているところを見たものはおらん。ただのキミの推測を他の貴族たちが信じるかどうか」
「それもそうですね。では回収はゆっくりやっていくとして、魔導結晶の乱獲だけは直ちに中止を決定していただきたい」
「それは分かった。だが条件がある」
「条件とは?」
「これを動かせるようにできるのは、今のところキミだけなんだろう。つまりアウレウス派が独占しているも同じ。他の派閥には何のメリットもないことになるが、どうするのだ?」
「いやまあ、派閥の論理で言えばそうかもしれませんが、じゃあどうすればいいのですか」
俺はこの派閥の考え方が苦手なんだ。
フリュがいてくれればいい解決方法を教えてもらえるんだが。
「キミが中立派に戻る。あるいはシュトレイマン派に移ってもらってもいいぞ。キミの古代魔法文明に関する見識は本物だと私は思う。分野は違うが私も研究畑の人間なのでな」
「それはダメだ。婿殿はうちの人間なんだ。勝手なことはやめてもらおう。だが侯爵の言い分もわからないではない。では例えば、シュトレイマン派が婿殿の弟妹の誰かと婚姻関係を結べばよいのではないか」
「うーん、ちと弱いがそれなら我々のことも無下にはできぬか。誰か年ごろの娘はおらぬか」
なんか面倒くさい話になってきた。
「いやまあ、まだ小さいですが妹や弟はいますよ。でも俺が勝手に決めるわけにはいけないので、あとでうちの両親と相談してください」
「わかった。ではその縁戚を条件に魔導結晶の乱獲をやめてやってもいいぞ」
「はあ・・・」
なんかややこしい話になってきたが、もう父上たちにまかせよう。
1階格納庫のリストを完成させたところで、この日の作業は終了した。
調査が終わったチームは順次切り上げて、この建物の上部にある展望室のような部屋に集合することになっている。
俺たちも展望室へ撤収するため、階段へ向かった。
「アゾートはさっき、この扉を見て危険だって言ってたけど、どうして?」
「勘だよ。このマークは放射性物質が格納されているエリアを示していると思ったから」
「放射性物質ってなあに?」
マールは科学に興味があるのだろうか。要所でいい質問をぶつけてくる。
それに最後まで、俺の話を聞いてくれるのだ。
「マールにもわかるように説明すると、放射性物質とは莫大なエネルギーが取り出せる便利な物質だけど、同時に大変な毒物でもあるんだ。口に入れなくても近づくだけで死ぬよ。そしてその毒物は目に見えないからどこにあるのかわからず、うっかり近づいてしまって死んじゃうんだ」
「目に見えないものに突然殺されるなんて、なんか呪いみたいだね」
「呪いではないんだけど・・・例えば、ネオン親衛隊が使ってる銃があるだろ。放射性物質は凶暴だから、目に見えないほど小さくなった銃弾を、あたりかまわずメチャクチャたくさん発射していて、うっかり近づくと体中をハチの巣にされて死んじゃうんだよ。マールは近づかないようにね」
「うん、わかった。凶暴な小さいネオン親衛隊がたくさんか。私が真っ先に殺されそうだね」
この遺跡では放射性物質を取り扱う施設があるから、魔法障壁のキーワードに原子の構造を問う問題が含まれていたのだろう。
知らずに入ると大惨事を引き起こすからな。そんなことを考えていると伯爵が、
「そんな毒物のことは王国のどの書物にも書いていないが、婿殿はどうしてそれを知っているのだ」
「それは・・・」
自分が転生者で現代知識があるからなどとは言えず、答えようがない。
だがこのエリアに誰も立ち入らせないようにするためには、事実を教えるしかないのだ。
答えに窮して黙っていると、
「まぁ、今は無理に聞こうとは思わぬが、いずれ機会があれば教えてくれ。婿殿は王国の利益になる仕事をしてくれればそれでいい。ブロマイン帝国との戦いではこの遺物が役に立つやも知れぬからな」
ブロマイン帝国か。
かつては辺境の小国だったブロマイン王国が、強力な軍事力を背景に急速に勢力を伸ばしてその版図を大きくひろげ、今やこの大陸の支配者たらんと帝国を自称している。
このアージェント王国とも国境を接しており、フィッシャー辺境伯たち王国東部の領主の奮闘により、何とか侵攻を押さえているのが現状だ。
その戦いにこの遺物を投入することを考えているのか、アウレウス伯爵は。
俺たちが侯爵、伯爵と話している様子を、ちょうど外の調査から帰ってきた魔法協会の職員たちが見ていた。
「あのアゾートってやつ、学生のくせにこの遺跡調査でリーダーのようにでしゃばりやがって。何様のつもりだよ」
「ジルバリンク侯爵があいつに調査を任せてるんだから、しょうがないだろ」
「なんでもアウレウス伯爵の娘を嫁にもらったかなにかで、伯爵からの引き上げがあったらしいぞ」
「なるほど。実力もないのにコネでこの調査に加わって、はくでもつけようって魂胆か」
「でも、魔法障壁の解除はあいつ以外に誰にもできなかったんだぞ」
「それだって、たまたま上手くいっただけじゃないのか。いろいろ試していればいずれは解除できるものさ。運だよ運。あんな学生なんかより俺の方が知識が豊富な分、絶対に上手くやれるさ。侯爵もあいつではなく俺に任せてくれればいいのに」
「それもそうだな。俺たちで先に手柄を立てれば、侯爵だって考え方を改めてくれるさ。だが監察局のやつらが邪魔だな。あいつらの目を盗むことはできないだろうか」
次回、アゾートの記憶とセレーネの記憶
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