第57話 終戦と革命と
12月23日(水)曇り
ベルモール軍が降伏する少し前、時間を半日ほどさかのぼった城塞都市ヴェニアル北方の平原には、再び南下を始めたロレッチオ軍の姿があった。
このまま進めばヴェニアルへは、予定より1日の遅れの24日の午後に到着する見込みであり、戦況がわからない中、ロレッチオ男爵はベルモール軍との合流を優先させたのだ。
この位置での敵の出現は、ヴェニアルが既に陥落した可能性を示唆しており、仮にそうだとしても、ベルモール軍と合流すれば、合わせて8000騎近くの兵力が残っている。
城塞を包囲しつつ山を越えてプロメテウス領に流れ込みさえすれば、我々の勝ちなのだ。しかし、
「ロレッチオ男爵。またエクスプロージョンが来ます」
「どこから撃ってきているのか、まだ分からないのか。ぐわっ」
ロレッチオ男爵は、昨日の攻撃を警戒してバリアーを強化せずに進軍した。結果、爆裂魔法の威力を消しきれずにダメージを受けてしまっている。
その後も散発的な攻撃を受けた男爵は、昨日のような大ダメージを受けないまでも、バリアーをどのように展開しても一定のダメージを受けてしまう状態にイラつき始めていた。
「この魔導騎士は遥か遠方から魔法を撃ってきて、バリアーを使用しても、しなくても我々に被害を与えることができるらしい。バカげている! ベルモール軍との合流がなければ、こんな戦場などとっくに放棄していたわ」
部下に愚痴をいいつつも、総司令であるソルレート伯爵は、戦闘が始まる前に謎の攻撃を受けて意識が戻らない状態。勝手な作戦変更は許されない。
「このまま無駄に兵力を損耗させるわけにはいけない。通常兵力はここで待機。魔導騎士のみでエクスプロージョンを放った敵の魔導騎士を探し出すぞ。こいつを始末しない限り先に進めない」
「了解! では我々10名が男爵のお供を致します」
身を潜めながらロレッチオ軍と並走する俺たち5人は、銃装騎兵隊とは別行動で敵への散発的な攻撃を行っていた。
「敵のバリアーに応じてエクスプロージョンの大きさを変えて攻撃してるけど、何か意味があるのか」
「魔導結晶を使っても意味がないことを印象付けるためさ。古代魔法遺跡から魔導結晶の乱獲を防ぐために、無駄かもしれないけれど、軍事的価値を少しでも低めてやればいいかなと思って」
「ふーん。ところで俺が疑問なのは、なぜエクスプロージョンがバリアーの中に入って爆発するかだな」
「いくつか理由があるが、あの魔法の特徴でもある白く輝く光点が下に落下して爆発することが重要なんだ。あの白い光点は魔力が高密度に凝縮したもので、その一点ではバリアーの魔法防御力を上回ってるんだ。それでも適当に撃てばその光点が表面で跳ね返されてしまう。そうならないように、光点をバリアーの直上からほぼ垂直に投下する必要があるんだ」
「意外と細かいな! じゃあバリアの頂点までの距離をどうやって測ってるんだ?」
「三角測量だよ。騎兵の平均身長や隊列の長さ、バリアー境界面の砂ぼこりなど、距離を図るための目印がいくつかあって、そこからバリアーの直上の座標が計算できる」
「三角測量ってなあに?」
「マールにもわかるように説明すると、例えば45度の角度を持つ直角二等辺三角形は分かるな」
「うん」
「辺の長さの比は1:1:1.4だ」
「うんうん、それで」
「今日は空一面雲だからちょうどいい。ここから上空45度の方向に見えるあの雲は、地表のどのあたりにあるのかわかる?」
「そんなのずっと遠くの方にあるんじゃないの」
「今日は雲が低いので、高度は1kmぐらいかな。さっきの三角形に当てはめると、あの雲はたった1kmぐらい先の上空にあることがわかる」
「え、そんなに近くにあるの?」
「雲なんてそんなもんさ。みんなが思ってるよりずっと近くにあるんだよ。こんな風に三角形の角度と辺の比から、距離を正確に図るのが三角測量だ」
「・・・そんな面倒くさい攻撃、お前にしかできないよ。しかしよくそんなの気がついたな」
「俺たちは子供の頃から内戦が何度も起きていて、一族の魔導騎士たちが放ったエクスプロージョンの挙動をいろいろ見てきて、その特徴は熟知してるんだ」
「戦い慣れしてるんだな。それなら、ネオンも同じことができるのか」
「さあどうだろう。まあ、あいつなら気がついているかも知れないな」
「話はそこまでだ。敵が進軍を止めて、11騎だけでこちらに突入してくるぞ」
「おそらく魔導騎士同士で決着をつける気だ。ここから撤退して、少佐たちと合流しよう」
ロレッチオ男爵は敵騎士を発見し、警戒しつつその後を追った。
「制服の学生ばかり5名? 騎士学園の生徒か。あいつらが謎の魔法攻撃を仕掛けていたというのか?」
「昨日の騎士団にやつらはいなかったが、別動隊かもしれません」
「そうだな。念のためバリアーを前面にのみ全力で展開しつつ、やつらを攻撃。なるべく生け捕りにしろ」
「・・・男爵。敵学生の前方に昨日の騎士団です。やつら騎士団の中に逃げ込んでいきます」
「やはり仲間か。見たところあの騎士団は通常戦力の騎士だ。魔法は使えんはずだ。学生どもが後ろに下がったタイミングで、前面の騎士団に魔法攻撃を加える。戦闘用意!」
タッ! タタタタッ! タタタタッ! タッ!
「ぐわっ!」
「やつらあの距離から攻撃を仕掛けてきました。これは金属の弾・・・こいつを高速で撃ち込んで来ているようです」
「俺たちのバリアーを抜けてくるほどの物理攻撃力。弓矢なんかより遥かに長い射程距離。魔力を持たない一般の騎士全員があれを装備しているのか」
「このまま突撃しても、男爵はともかく我々の防御力では太刀打ちできません」
「・・・やつらと戦うには情報が少なすぎる。伯爵の回復を待って作戦を立て直す必要があるな。偵察隊をヴェニアルに送り、情報収集とベルモール軍との連絡を何としてでもとれ。俺たちは野営地に一旦引くぞ」
12月24日(風)雪
「伯爵が目を覚まされた」
ロレッチオ軍の野営地で伯爵の治療にあたっていた治癒師から報告を受けたロレッチオ男爵は、すぐに伯爵のもとへと駆け付けた。
「男爵か。今の状況はどうなっておる」
「敵の執拗な妨害にあって、まだ城塞都市ヴェニアルへは到着していません。ベルモール軍の消息もつかめていない状況です」
「なぜここに敵がいる。ヴェニアルを陥落させたとでもいうのか、バカバカしい。とっとと進軍して、ベルモール軍と合流するのだ」
「しかし敵の攻撃でわが兵力は、騎士ばかり500騎以上の損耗を出しています。敵の攻撃方法も不明で魔導結晶のバリアーもあまり効果がありません。開戦前の前提と大きく状況が異なることから、援軍の騎士団も自領への帰還を検討しています」
「なんだと、わしが意識を失っている間に500騎以上も失ったというのか」
「はい。申し訳ありません。ただこれ以上の進軍は危険です。士気も下がりきっており、作戦を変更するかもう降伏した方がいいのでは」
「降伏などできるか。わしにとっては爵位と領地までかけた最後の賭けだというのに、何もせぬまま戦争を終われるわけがなかろう」
「・・・ではどうなさるおつもりで」
「このまま予定通り進軍せよ。そもそも城塞都市ヴェニアルが簡単に陥落するわけがないし、ベルモール軍には5000騎もの兵力がある。ロレッチオ軍が一番手薄だから敵にやられただけであろう。合流さえすれば我々の勝ちなのだ」
「・・・そうであればいいのですが、わかりました。このまま進軍を続けます」
12月25日(土)雪
2日遅れでベルモール軍との合流地点に到達したロレッチオ軍が見たものは、平原に散らばった騎士たちの亡骸とそれを処理するベルモール軍の騎士たちの姿だった。
偵察からの情報は得ていたが、実際に見るまではベルモール軍の敗戦が信じられなかったロレッチオ男爵は、近くにいた騎士に声をかけた。
「ベルモール軍とお見受けするが、子爵はどちらにおられるか」
騎士は恨みを込めた目で、しかし感情を押し殺して答えた。
「我々はすでに降伏した。われらが当主は既に敵の手に落ち、ヴェニアル城に投獄されているはずだ。ヴェニアル子爵もたぶん同様だ。我々は負けたんだよ」
「・・・そんなことが」
「あんたたちが予定どおりに来てくれていれば、もう少し戦えたかもしれないが、すべて終わったんだよ。それともあんたたちだけで戦ってみるか」
「わかった、ありがとう」
そのやり取りを後ろで聞いていたソルレート伯爵の方へ向き直り、ロレッチオ男爵は、
「というわけだ、俺はもう降伏するよ。我々だけで城塞都市ヴェニアルを攻略するのは不可能だ」
「バカな・・・わしはまだ何もしていないんだぞ。一戦も交えずにこのまま終わってしまうのか」
「それはあんたが、のこのこと外を出歩いて敵の攻撃を受けたからだろ。この間抜けが」
「なんだ貴様! 主君に向かってその口の利き方は!」
「お前はもう負けたんだ。伯爵の地位はおろか命の保証もないだろう。これでお別れだよ、ソルレート」
そういって、ロレッチオ男爵は裁判所の調査官とともに部下たちを引き連れて、城塞都市ヴェニアルに向けて馬を走らせた。
男爵が去った後の騎士団は、義勇軍も自領へと帰還し、ソルレート騎士団のみの総数800騎、うち半数以上は急遽徴兵した歩兵ばかりの軍隊であった。
もはや勝てる見込みのない戦いに、それでも降伏する決断ができず、残存部隊を引き連れてヴェニアルから少し離れた地点に野営していた伯爵のもとに、さらなる緊急の報を知らせる伝令が飛び込んできた。
「領都ソルレートで反乱が発生。飢えた領民たちが大挙してソルレート城に押し掛けています。かれらは自らを革命軍と称し、その暴徒の一部がこちらに進軍してきています。その数およそ3000」
「革命だと・・・。誰がそのようなことを」
「シリウス教が中心となって、民衆を煽動しているようです」
「シリウス教・・・新教徒のやつらか。わが領内でこそこそと」
「明日にはここに到達する見込みです」
「・・・最早ここまでだ。降伏しよう」
12月26日(雷)晴れ
ソルレート伯爵の降伏を受け入れたプロメテウス軍は、ヴェニアル城の応接の間において、王国裁判所の調査官の立ち合いのもと、ソルレート伯爵たちを交えた戦後処理を話し合っていた。
各騎士団の損害状況は以下のような状況だった。
プロメテウス軍
プロメテウス騎士団 900→700
フェルーム騎士団 500→400
サルファー騎士団 1000→900
ロディアン商会 ヴェニアル領内の穀物を全て失う
ソルレート伯爵
ソルレート騎士団 2500→2000
ベルモール騎士団 1500→1000
ロレッチオ騎士団 1500→1200
ヴェニアル騎士団 1500→1000
その他の援軍兵力 3000→2400
また、王国裁判所の調査官から下された仮決定は以下のとおりとなった。
・ソルレート伯爵は爵位を王国へ返上し、シュトレイマン公爵派閥がソルレートの身元を一時引受ること。
領地はプロメテウス軍の戦勝の対価として引き渡すこと。
・ヴェニアル子爵は重大なルール違反のペナルティとして、爵位の扱いを裁判所の法廷で審議する。
領地は戦勝の対価及び棄損した資産の損害賠償としてプロメテウス軍へ引き渡すこと。
・ベルモール子爵とロレッチオ男爵は現状維持。
・損害賠償請求権は双方どちらにも認めない。
この仮決定に、がっくりとうなだれるソルレート伯爵、ヴェニアル子爵。
ロレッチオ男爵からは、
「決定を受け入れる。ただし今回の戦争でのソルレートに対する不信感が拭いがたく、シュトレイマン派からの離脱を宣言する」
「私も男爵と同じく現派閥を離脱する。かような修羅のごとき戦闘集団がこれから隣人となるわけだから、彼らとの敵対派閥にはいたくないものでね」
と、ベルモール子爵。
「そんなに強かったのか、プロメテウス軍は」
「倍の兵力で魔導結晶を使用しても、三日持たずに降参だよ。戦闘力といい軍略といい、さすがは内戦ばかりやっているボロンブラーク領を生き抜いてきた猛者だけのことはある。頭のネジが完全に抜けているよ。お前も一戦交えてみるといい」
「いや。俺は戦闘狂ではないのでやめておくよ。それにやつらにはなぜか魔導結晶のバリアーが効かないみたいだからな」
二人の会話を聞いていた父上とダリウスは、
「・・・わしらのイメージが完全におかしなことになっているが、これは全てネオンのせいじゃないのか」
「そちらのフリュちゃんも大概だと思うが、うちの娘がすまん。ネオンは何をしでかすかわからん狂犬娘だから、アゾートがちゃんと世話をしておけばいいだろう」
「いや、自分の娘の世話を俺に押し付けないでくださいよ。そんなことよりも、ソルレート領は現在革命軍が暴れているらしいし、すぐそこのヴェニアル城塞の門の前にも民衆が集まって伯爵の身柄を要求してるし、こんな領地もらってもうれしくないんですけど」
「こういう面倒くさい領地はサルファーにでも与えればよかろう」
「お前たち、主君への扱いがひどすぎるぞ」
「冗談だ。ソルレート領はわしらはいらん。アゾートがアウレウス伯爵と相談して適当に決めてくれ。ヴェニアル領の方はボロンブラーク伯爵支配エリアと隣接しており、情勢も安定していることから支配下に置くことは確定だな。分け前だが、互いの領地の位置関係を考慮して、城塞都市ヴェニアルと王都へつながる主要街道及び領地の北側3分の1をメルクリウス家が、南側3分の2に広がる穀倉地帯と南端の港湾都市はボロンブラーク伯爵支配エリアに組み入れるというのでどうだ」
「「「異議なし」」」
「ロディアン商会の失った穀物の資産価値分は、我々から現金と現物で渡すことでよいな」
戦後処理が終わり、王国裁判所に身柄を引き渡されたソルレート伯爵が、最後に力なくつぶやいた。
「わしはいまだに、なぜこのようなことになってしまったのか理解できておらんのだ。別にプロメテウス領と戦争する気など最初からなかったし、反対派閥に属する領地同士は多かれ少なかれ、これぐらいの足の引っ張り合いは普通だと思っていたのだが、なぜこうなってしまったんだろうな」
俺は伯爵が哀れに思えて仕方がなかった。
「俺も戦争が起きるなんて思ってもみませんでした。ちょっとしたボタンの掛け違えが事態をエスカレートさせていったというか、運が悪かったというしかないと思います」
「運がなかったか。そのとおりかもしれんな。穀物の買取りに報復関税、やることなすこと全て裏目だった。ただ一つだけ気になることがある。民衆の反乱の裏には新教徒どもがいるらしい。何をやったか今となってはわからんが、やつらには気を付けることだな」
「新教徒・・・シリウス教の」
「ただ今回の件で一番悔いが残るのは、わしはこの戦争をまともに戦えなかったということだ。自分の爵位と領地を賭けた戦いなのにずっと眠っておったのだぞ。この無念さがそなたにわかるか」
「いや、それは・・・でもなんでずっと眠っていたのですか?」
「そなたらの攻撃を受けたからだ。なんの前触れもなく足と背中に1発ずつ攻撃を受けたのだ。パーンという乾いた音と共にな」
「パーンという乾いた音が2発・・・」
すると俺の後ろにいたマールが俺の背中をツンツンつついた。
「レーザーライフルを試し打ちした時の「的」だよ。ちょうどいい太ったおじさんだったんだけど・・・ソルレート伯爵だったんだね」
「「・・・・・」」
俺は伯爵の顔を見ることができず、天井を見上げた。
この人は恐ろしく運の悪い人だったんだ。
次回急展開。
古代魔法文明へと至る魔法障壁の向こう側へ
ご期待ください




