第52話 生徒会長選、冬休み、そして再び戦場へ
俺は王国決闘法に基づくソルレート伯爵からの宣戦布告を受諾した。その旨を裁判所に通知し、裁判所からは戦争を監視するための調査官が派遣されてきた。
そして開戦の日時が決まった。
12月18日(土)正午、つまり学園の終業式が終わり、俺たちがプロメテウス城に帰還した時点から戦争が始まるのだ。
開戦の日時が決まれば後は戦争の準備をするのみだ。
まず、プロメテウス騎士団に歩兵を中心とした人員の拡充と、武器弾薬や兵糧等の物資の準備が行われた。
その結果、騎士250騎、歩兵520名、銃装騎兵隊130騎の総勢900名規模の騎士団を結成するに至った。大半が歩兵だが、数は力なりだ。
そして司令官の俺が不在の時のため、プロメテウス騎士団参謀長に就任したフリュにも代理の指揮権を与えた。
もちろん現場指揮は、騎士団長の父上が歩兵を含めた770騎を、銃装騎兵隊130騎を少佐が受け持つこととなる。
サルファー旗下の各家にも協力を依頼し、サルファー騎士団として合計1000騎、フェルーム騎士団も独自に500騎の出撃が計画されていた。
アウレウス派閥の各家は、シュトレイマン派の動きを牽制し、派閥間戦争に拡大させないように対応してくれてるようだ。
そしてついに、12月18日がやってきた。
終業式後の講堂で、年明けの生徒会長選の投票に向けた候補者演説が始まった。
これは戦争本番前の前哨戦だ。二コラを蹴散らして勢いに乗りたい。
この選挙戦、実は中立派や下級貴族有志による候補者擁立の動きもあったのだが、最終的には立候補が見送られ、ふたを開けてみれば当初の予想どおり、セレーネと二コラの一騎打ちの形となった。
投票権を持つ1年生、2年生の全生徒を前にして、まずはセレーネが生徒会長としての公約を話し始める。俺とフリュも支援者代表として一緒に登壇し、セレーネの後ろで控えている。
「学園を分断する階級闘争を早期に終結させて、もとの楽しい学園に戻したいと思います。そのため、上位貴族の下級貴族に対する理由なき不当な命令を禁止し、その違反者を取り締まるための組織「風紀委員会」を新たに設置することを公約といたします」
下級貴族たちからは大きな拍手が、上位貴族たちからはブーイングが講堂に鳴り響いた。
そして質問者として登壇したのは、シュトレイマン派の上位貴族令嬢だ。
「セレーネ様は子爵家令嬢になってまだ日も浅く、わたくしたちのような歴史ある名家の貴族が従うことはできません。つまり生徒会長の資格はございませんので直ちに辞退なさい」
「生徒会には役員として、歴史ある名家の令息・令嬢が参加し私を支えてくれます。だから安心して私の指示に従って、貴族としての正しいふるまい方を身に着けてからこの学園をご卒業くださいませ」
セレーネも負けてないな。
「上位貴族を動かせるのは、言葉ではなく家格です。騎士爵家からの成り上がり風情には最初から資格がないことをはっきり申し上げるべきでしたわね」
その言葉に、フリュが一歩前に出て、氷のようなまなざしでその令嬢を睨みつけた。講堂の温度が急速に冷えていく。全員が固唾を飲んで、次の言葉を待つ。
「爵位を授けるのは王であり、そこのあなたではございません。セレーネ様のフェルーム家はその功績が認められて、この秋の叙勲式において王自らが子爵位に叙したばかり。フェルーム子爵家を認めない今のご発言は、王への反逆と見なしますがよろしいですか」
ブリザードが吹きすさぶような講堂の空気。
周りからは「もうやめろよ」という空気もにじみ出ていたが、令嬢も負けじと、
「あら、婚約破棄された傷物令嬢が生意気ですこと。平民は早くこの学園から立ち去って修道院にでもお行きなさい」
その心無い言葉にもフリュは全く動じず、氷の女王のオーラ全開で令嬢を睨みつけた。
全校生徒は凍りつき、あまりの威圧感にさすがの令嬢もたじろいでいたが、俺はフリュをバカにされたことに腹が立ち、一歩前に歩み出て令嬢に言い返してやった。
「伯爵家とフリュの絶縁はアウレウス伯爵も望んでいない仕方のないものだった。俺は伯爵からフリュの後見人となるよう直接依頼され、フリュの貴族の身分はいずれこの俺が取り戻すことになっている。だからフリュは形式上は平民であっても、実質は貴族のまま変わりない」
すると令嬢は急に顔を真っ赤にして、
「まあっはしたない!よくも全校生徒の前でそんなことが言えますわね」
「何がはしたないものか。伯爵の前でそう言ったら、娘をよろしく頼むと正式に頼まれたぞ」
今度はフリュが慌てだした。
隣のフリュを見ると先ほどまでの氷の女王のオーラが完全に消え去り、顔を真っ赤にしてあたふたしていた。
「えーっ? お父様にもその話をされていたのですか?」
「あの内戦終結の話し合いの時にな。そう決まったぞ」
「そ、そうですか・・・はい、あの改めてよろしくお願いいたします」
「バカバカしい。そういうことは家に帰られてから、二人だけでやってくださいまし」
令嬢は怒って席に帰ってしまい、フリュは顔を真っ赤にして舞台裏に引き下がってしまった。
生徒のほとんどは何が起きたのか理解できずにいたが、上位貴族席に座っている一部の令嬢からは黄色い悲鳴が上った。
(この話の時は、前もこんな反応があったよな。上位貴族特有の何かの言い回しなのだろうか)
妙な空気に包まれて他に質問が出なかったため、次の二コラの番になった。
ニコラは二人の支援者を後ろに控えさせ、さっそく演説をはじめた。
「僕はこの学園をアイドル学園とし、セレーネ様以外にもたくさんの原石を僕がプロデュ、」
「・・・失礼しました。正しい公約は『王国の伝統を尊び、模範的な貴族社会の学習をこの学園で行えるよう、より厳格な身分制度を確立して下級貴族の暴走を阻止するための組織「懲罰委員会」の設置をしたい』でございます」
あわててニコラの支援者が、公約を訂正した。
あっちはあっちで、なんか大変そうだな。
二コラを見てて思ったが、以前フリュが生徒会で全権を握っていたのは、悪役令嬢だからではなく、ごく自然なことだったのではないだろうか。
二コラの支援者による演説が終わり、質問者として登壇したのはモテない同盟だ。
「アイドルユニットは、何名ぐらいを想定していますか」
そっちに食いついたか。
「まずは3名からはじめて、最終的には9名まで拡充しようと考えています。各学年3名です」
「今のは『懲罰委員会のメンバー数』として、訂正いたします」
「原石はもう見つかりましたか」
「さきほど恥ずかしそうに後ろに隠れてしまったフリュオリーネ様や、1年生オタサーのマール姫あたりを第一候補に考えております」
「懲罰委員会のメンバーは上位貴族で構成されるため、その二人は対象外であると訂正いたします」
「ありがとうございました」
モテない同盟からの質問が終わり、主に男子生徒たちから盛大な拍手が鳴り響いた。
これはまずい流れだ。
二コラの発言で一気に逆転された。あいつを甘く見ていた!
フリュは後ろに下がったまま出てこないし、セレーネは今のニコラの発言に当惑している。
ここは俺が何とかするしかない。
「先ほどの「風紀委員会」ですが、メンバーは全て美少女を予定しており、違反者は美少女に取り締まってもらえます」
この俺の発言により、上位貴族の男子生徒の空気が少し熱を帯びてきた。
これはかなりの好感触か。
下級貴族の男子生徒の方からも、俺らもワンチャン取り締まってもらえないだろうか、との期待の声が高まっている。
これでなんとか五分に戻したか。
危機一髪だったな。
戦争本番では油断しないように気を付けなければ。
こうして、生徒会長選の演説会は幕を閉じた。
これで学園が冬休みに入り、俺たちはこの後ボロンブラーク城の転移陣から直ちに帰省することになる。
友人たちとは、ここでひとまずお別れだ。
中立派のカインは実家に帰るが、ダンとマールはこの戦争がサブクエストであることを理由に、俺たちとともにプロメテウス領について来てくれるそうだ。
「悪いなアゾート。ダン、マール気をつけるんだぞ」
「わかってるよカイン。俺もマールも危険な真似はしないよ」
「ダーシュとアレンはどうするんだ」
「俺たちもアゾートと同じで戦争準備だ。実家の騎士団に戻ってシュトレイマン派への対応だな」
「二人とも頼んだぞ」
「私もサーシャお姉様と実家に戻っての対応ですわね」
「そうだな。アネットとパーラはアウレウス派ではないので、流石に実家に戻るよな」
「もしよろしければ、私もプロメテウス領についていきたいと存じます」
それを聞いたアネットが慌てて止めた。
「何を言ってるのパーラ。あなたの実家はシュトレイマン派でしょ。おとなしく家に帰りなさい」
「嫌よ。私はダン様を守りたいの」
「ダンからも言ってあげて。パーラを止めてあげて」
「アネットのいう通りだ。パーラを危険にさらしたくないし、実家を裏切らせる訳にはいかないし、今回はやめておけ。クエストの時にはまた呼ぶからさ」
「・・・わかりましたわ」
肩を落としたパーラを、アネットが連れて帰っていった。
俺はそんなパーラの姿を見ていられず、
「そんな一方的な言い方でいいのかダン。パーラの考えもちゃんと聞いてあげたのか」
「・・・・・」
アネットはパーラを連れて、冒険者ギルドの転移陣の前に来ていた。冒険者たちは昼間から酒を飲んで騒いでいる。
「パーラ元気出して」
「アネット・・・」
「あなたがダンのことを好きなのは知ってるけど、もともと身分が違うし彼とは結婚できないのよ。学園を卒業したら別れる時が来るの。一緒にクエストするぐらいはいいけれど、本気になってはダメよ」
「そんなこと分かってますわ。でも」
「念のために言っておくけど、あなたは生粋のお嬢様で、実家を出て騎士爵家に嫁ぐと苦労するのが目に見えているの。あなたは上位貴族の嫁になるか、ウェストランド家の一員として婿をとるのが一番なの。ダンにはあなたの騎士団に入ってもらえばいいじゃない。そしたら、近くにはいられるわ」
「・・・そうね。ダン様にとっても、その方がいいのよね」
「パーラ・・・」
そうしてアネットとパーラが転移陣に魔力を注入しようとしたとき、
「待ってくれパーラ」
「ダン様・・・」
「その、もしよければ俺と一緒についてきてほしいんだ」
「ダン! あなた何を言ってるの!」
「今の話、聞いちまって悪い。アネットのいうことは正しいし、俺は将来のことをちゃんと考えたこともない。ただパーラの考えも聞かずに一方的に何かを押し付けるのも違うと思う。パーラとはもっとゆっくりと色んなことを話してみたい。
・・・今回もし俺たちについてくるのなら、これだけは約束してくれ。俺と一緒にクエストをしているという立場を崩さないこと、絶対に敵を攻撃しないこと、・・・それと俺のそばから絶対に離れないこと。この3つを守ってくれれば、何があっても俺がお前を守ってやる。 て、うわっ!」
パーラはダンの胸に飛び込み、そのままぎゅっとダンを抱きしめ続けた。
ギルドで突然始まった青春劇に、酒を飲みながら三人の様子を周りで見ていたギルドの冒険者たちからは、口笛やらヤジやらがギルド中に乱れ飛んだ。ダンは顔を真っ赤にして、ただ照れ臭そうに頭をかくしかなかった。
「もう・・・仕方がないわね、パーラは。私も一緒に行く。あなたを一人にしておくのは、心配だから」
「いいのか、アネット」
「よくはないけど、しかたないから。あなたのせいなんだから、ちゃんと責任とりなさいよ」
アネットはため息を一つつくと、二人とともにアゾートたちの元に引き返していった。
俺たちはプロメテウス領に帰還した。
領内は開戦前夜という重苦しい雰囲気で、領民たちも街中をあわただしく駆け回り、もしもの時のための準備に忙しそうだった。
さあ、今から戦争開始だ。
ここからは夏休みと同じように、時系列を丹念になぞりながら、その戦いを綴るとしよう。
ちなみにこの世界の暦は、1年を12月(星の名前)、1月を4週間(神の名前)、1週間を7日(火水風土雷光闇)となっている。
12月18日(土) 雪
我々の第一目標は次のとおりだ。
ソルレート伯爵支配エリアの西側にはヴェニアルという街があり、商人たちの物流拠点となっている。
ここにはロディアン商会の倉庫もあって、今回購入した穀物などが大量に保管されている。
街の名前のとおりここはヴェニアル子爵が領有しており、現在、穀物を含めたロディアン商会の倉庫が子爵によって占拠されているため、まずはこれを奪い返すこととなる。今回の管理戦争で管理対象に指定された資産だ。
さらにこの街は城塞都市となっており、俺たちの拠点として活用できればその後の展開がかなり有利なものとなるだろう。
雪がちらつく中、俺たちは騎士団を引き連れてプロメテウス領を出発した。
目的地は城塞都市ヴェニアルだ。
プロメテウス騎士団 900騎
フェルーム騎士団 500騎
サルファー騎士団 1000騎
フェルーム騎士団はフェルーム子爵家当主ダリウスが率い、サルファー騎士団(ボロンブラーク騎士団と各家からの義勇軍の総称)はサルファーが率いる。
これら3つの騎士団の総司令官は、この戦争の当事者である俺が務め、総参謀長としてフリュが全軍の作戦を立案する。
度重なる内戦で各家とも十分な戦力が整わない中、なんとか集めることができた歩兵も含めてたったの2400騎の進軍であったが、フリュオリーネ総参謀長の作戦のもと、この我らが精鋭部隊がソルレート伯爵支配エリアを縦横無尽に駆け抜けていくことになる。
ソルレート伯爵は、王国商法の清算手続の一時中断を求め、代わりに王国決闘法に基づく清算手続に切り替えた。
紛争相手(ロディアン商会とプロメテウス領)との戦争の勝敗により、条件闘争を行えるというものだ。
プロメテウス領が戦争に負ければその程度により、差し押さえ資産の一部もしくは全部を失う。
ソルレート領が負ければ、差し押さえ資産はもちろんのこと、領地、爵位も全て失うという、貴族の地位と名誉を担保にした最後の大博打に打って出たのである。
ソルレート伯爵は、そこまで追い詰められてしまったのだった。
そして、アゾート・メルクリウス男爵は、決闘法に基づく宣戦布告を受けて立った。
「生意気なガキめ。宣戦布告を受けた度胸は褒めてやるが、それがお前の命取りだ」
伯爵は急遽、臣下に戦争協力を要請。褒賞として獲得できた差し押さえ資産やプロメテウス領が保有する財産を提示。とにかく戦力をかき集めた。
結果、以下のような陣容でこの戦争を戦うこととなったのである。
ソルレート騎士団(伯爵)2500
ヴェニアル騎士団(子爵)1500
ロレッチオ騎士団(男爵)1500
ベルモール騎士団(子爵)1500
また騎士団としては参加しないが、3家から1000ずつ3000の兵力が加わった。
合計にして10000の兵力をもって、プロメテウス連合軍に相対する。
伯爵は自らの命運をかけた戦いに今、出陣した。
「全騎進軍せよ。狙うはプロメテウス領の財産と当主アゾート及びロディアン会頭の首だ」
次回、城塞都市ヴェニアル電撃作戦です
ご期待ください




