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第51話 デフォルト


 その日も、途中まではなんてことのない平凡な一日だった。


 学園ではいつもと同じように授業が行われ、時間もすでに放課後になっていた。


 冬休みが近くなったからか、どこかそわそわした雰囲気が学園全体に感じられる。


 そんな中、俺たちは放課後の時間を使って、冬休み前日の終業式にあわせて講堂で行われる生徒会長選の候補者演説の準備に取りかかっていた。


 投票は冬休み明けに実施されるため、これが俺たちの考えを全校生徒に訴える最後の機会となる。


 浮動票対策は順調に進めているが、固定票対策はやはり厳しい。ニコラたちがあからさまに金をばらまいているからだ。


 しょせん選挙は金なのだ。


 俺にも金がないわけじゃないが、今は穀物の帳簿取引に資金を集中させており、選挙に回す余裕がない。




 その穀物価格だが、価格が順調に下がってきている。


 今年は無事に収穫を終え、豊作と言っても間違いないだろう。


 穀物が本格的に市場に出回るのはもう少し先になるが、安心感からか価格が徐々に適正価格に向かっているのだと思う。


 俺も平然とした態度はとっているが、実は内心ホッとしているのだ。


 このまま高値で期日を迎えたら、大変なことになっていたからな。




 ところがそんな穏やかな日常は、母上が学園に飛び込んできたことで、ひとまずの終わりを告げた。




 実は最近、市場が大きく変動するごとに母上が学園に飛び込んで来ていたので、大量のポジションを抱えている俺は、学園で母上の顔を見るのが正直心臓に悪い。俺は内心のドキドキ感を隠して平然とした顔を作り、母上にたずねた。


「今度は何があったの? 母上」


「ロディアン商会の会頭さんがアゾートに相談したいことがあるって、城に来てるの」


「あのロディアン会頭が? なんだろう」


「それがプロメテウス領への亡命を望んでいるのよ。それに重要な相談があるから直接話がしたいって言ってるけど、どうする?」


「亡命って・・・。わかった今すぐ行くよ」


 俺がギルドに向かおうとしたら母上が止めた。


「ボロンブラーク城とプロメテウス城は城同士が転移陣で繋がってるので、ギルドの転移陣を使うよりこっちの方が早いよ」


 母上はそのルートを使って、ちょくちょく学園に来てたのか。





 プロメテウス城1階の応接の間には、ロディアン会頭だけでなく、数人の男たちが訪れていた。


 俺が到着すると順番に挨拶が始まった。会頭以外はソルレート領の商業ギルドを始めとしたギルド長たちだった。


 会頭とギルド長たちに着席を許し、俺も両親やフリュとソファーに腰掛け、ロディアン会頭の相談を聞いた。


「実は今回のプロメテウス領への亡命希望の件、まずはそれに至った背景から説明させていただきたい。少し長くなるがよろしいか」


「わかった。お願いしたい」


「話は2週間ほど前にさかのぼります」






 ソルレート伯爵が執務室で書類仕事をしていると、財務担当者が急ぎの用件を持って執務室に入ってきた。


「朝から騒々しい。急ぎというのは一体何だ」


「実はロディアン商会に買取りを依頼していた穀物の件でございます」


「あぁ、あれか。順調に進んでいるようだな」


 最近は何かと失敗続きだったソルレート伯爵の中で、唯一順調に進んでいたのが穀物の買取りだった。


 この話の時だけは、伯爵もご機嫌なのだ。


「それが順調過ぎて困ったことになってしまいました」


「困ることはないだろう」


「実はあまりに大量の穀物が運ばれてきて、予算がそろそろ厳しくなってきております」


「そんなばかな。さすがにわしの予算を使いきるほどの穀物をプロメテウスが手放すはずないではないか。領民が餓死してしまうぞ」


「本当なのです。今も続々と荷馬車が領内に到着しており、収納担当が朝から対応に追われています」


「なんだと。その荷馬車はどこだ。案内しろ!」






「なんだこれは・・・」


 領内の倉庫街には穀物を運搬する荷馬車が列をなし、担当者の確認を待っているところだった。


「この馬車の列はどこまで続いてるんだ」


「城門の外にも列は続いております」


「・・・そんなばかな。おいロディアンを呼べ」


「ロディアン会頭はプロメテウス領の取引所にずっと張り付いていて、すぐには来られないと思います」


「バカ! 買取りは中止だ。早くロディアンを呼び戻せ」


「はっ!」





 その四日後、ソルレート伯爵からの召還により、ロディアン会頭は謁見の間で伯爵に謁見していた。


「そなたを呼んだのは他でもない。穀物の買取りの件だ。もう購入をやめろ」


「それは今回の契約の終了という意味でしょうか」


「そうだ」


「わかりました。では既に買いつけた分の代金はお支払ください」


「いくらだ」


「1009万2231ゴールドです」


「なんだと? なんでそんな途方もない金額になるのだ」


「購入した穀物はまだソルレート領都に持ち込んだもの以外にもたくさんあります。出納官の数を増やさないと年内に確認が終わりませんよ」


「そもそもそんな大量の穀物がプロメテウス領にあるわけがない。他領からの穀物は契約外だから買取りはせぬぞ」


「これらは全て、確かにプロメテウス領の商業ギルドで買い取ったものです。実は今年の秋口に取引方法に変更がありまして、現物取引と並行して帳簿上の取引が導入されたところ、取引が突然活発になったのです。そしてその話が王国各地に伝搬し、目端の利く各領地の商人がプロメテウス領の市場を目指して穀物を大量に持ち込んだわけです」


「な、なんだと・・・そんな話、わしは聞いてないぞ。帳簿上の取引って一体なんだ」


「将来期日に現物と交換できることが約束された取引で、いちいち現物をやり取りする必要がなく帳簿上のお金のやり取りだけで済み、証拠金の範囲内で何倍もの取引が可能なため商人たちの受けもよく、今ではプロメテウス領での取引の主流になっています。ご存じないのですか?」


「わしは貴族なのだから、そんなの知るわけないだろ」


「しかしこれを考え出したのは、アゾート・メルクリウス男爵ですが」


「なんだと?! あのガキがまさか・・・」


「いずれにせよ、穀物はすべてプロメテウス領で購入したもの。契約の範囲内です。穀物はまだプロメテウス領やヴェニアルにある倉庫にも保管してあります。至急、出納官の派遣を願います」


「うるさい! そんな大金を急に払えるわけないだろ。何年分の税収だと思っているんだ」


「では、伯爵の資産を差し押さえいたしましょうか? ちょうど王都の弁護士を連れて参りました」


「きさま、こうなることをわかっててやってたのか」


「商売ですので、儲けのチャンスは確実にものにいたします。それでは頼むよ弁護士さん」


「では、王国商法に基づく破産処理の手続きに入らせて頂きます」


「そんなバカな。わしが破産だと?」


 ソルレート伯爵は力なく椅子に腰を下ろした。


 わしはいったいどうなるのだ。この城は。領地は。


 そうだ穀物を大量に購入したのだから、それを売れば金になるじゃないか。


「おい、ロディアン。わしが買った穀物はどこにあるのだ」


「既に小売商に売却したものもありますが、多くは私の倉庫や荷馬車の中ですね」


「ならそれを早くわしに引き渡せ」


「それはできません」


「なぜだ」


「あなたは穀物を購入したのではなく、プロメテウス領とソルレート領の価格差に対して補助金を出す契約になっているからです。おっしゃっていたじゃないですか。わしが買い取ってそれを小売業に流す手間を省きたいって。だから私が代わりに全てをやって差し上げたら喜んでいましたよね」


「うぐっ! ではその穀物はどうなるのだ」


「ソルレート領ではもう買い手がいないので、プロメテウス領で売ることになるでしょう。買い手はいくらでもいますからな、あそこの領地は」


「それではプロメテウスに食料危機を起こせないではないか」


「そんなことは契約にないので私は知りませんね。これ以上用がないのなら、私は失礼させていただきますよ」





 部屋から去っていくロディアンと入れ替わりに、民事担当者と商務担当者が慌てて駆け込んできた。


「緊急の案件です」


 突然の破産宣告に呆然としている伯爵に追い討ちをかけるように、民事担当者が報告を始めた。


「商業ギルド、工業ギルドがもぬけの殻です。主だった会員を引き連れてソルレート領から逃亡した模様です」


「バカな」


 その補足をするように商務担当者が背景を説明。


「アウレウス派閥による報復関税により我が領地の商品が全く売れなくなり、商人や職人に収入が入らず混乱が生じていました。他領への商品の輸送には多額の資金が必要で、借金と売れる見込みのない商品を抱え込まされた商人や職人には、高利貸しからの差し押さえと貸しはがしがさっそく始まり、夜逃げをする者も出始めていた次第。このままでは会員たちの生活が成り立たなくなることを恐れたギルドは、ひそかに脱出計画を立てて、まんまと夜逃げされてしまいました。手に職を持った職人や読み書き計算のできる商人は、どこの領地でも引く手あまたですから」


「報復関税・・・。たかがそんなことで、こんなことが起きてしまうのか。バカな・・・」


「プロメテウス領への追加関税を早く撤廃すればよかったのですが、少し遅すぎました」


「・・・あれか。ただの嫌がらせがまさかこんなことに・・・」


 民事担当者が報告を続ける。


「領地に残ったのは、農民や冒険者ばかりで、職にあぶれた貧民たちが暴動を起こしています。どういたしましょうか」


「・・・取り締まるように」


「はっ!」


 どうしてこうなった。


 あまりにも展開が速すぎて、わしには理解できん。




「兄上、大変です!」


「・・・そなたか。今度は何事だ」


「学園の生徒会長選の件です」


「ソルレート領の一大事だというのに、学園の生徒会長選なんてどうでもいい話をするな。このバカが」


 伯爵がジロリと弟を睨むが、当の本人は全く気にせず話を続ける。


「実は、息子のニコラがセレーネファンクラブに入会して、毎朝、握手会に並んでいるそうなんです。さすがにやめさせた方がいいと思うのですが、どうしたらいいでしょうか、兄上」


「そんなもん、わしが知るか!」






「ということがあって、我々全員をプロメテウス領で引き受けて欲しいのです」


 プロメテウス城1階応接の間は、あまりに想定外の話についていけず、みんな黙り込んでしまった。


 暖炉の火がパチパチと弾ける音だけか聞こえた。



 えーーーっ、ソルレート領が破産!?


 なんでやねんっ!



 心の中で全力のツッコミを入れてみたが、頭の整理には1ミリも役に立たなかった。


「そ、それでどのくらいの人数を受け入れればいいのでしょうか」


「工業ギルドには170名の職人とその家族935名の受け入れを希望します」


「商業ギルドは、23の商店とその従業員家族あわせて4674名の保護を求めます」


 その他のギルド長たちも引き連れてきた人数を報告していった。


 人数がとんでもなく多いが、こんなに多くの人材を得られるチャンスはまたとない。


「わかりました。全員の亡命を認めます」


 ホッとする一同。


「母上。彼らが居住する家は領内にありますか」


「かなり足りないわね」


「なら新しく街を作るしかないか。もうみなさんご自分で街を設計し、自分達で作ってみてはどうでしょう。資金はプロメテウス領も負担致しますので、計画書を作成して俺に見せてくれればいいです」


「本当か」


「願ってもないことだ」


「そんな有難い話に是非もない」


 どうせ新しい街だ。自分たちの好きなように作ってもらった方が、効率がいいだろう。


「アゾート、そんな約束をして大丈夫なの? うちにお金なんかもうないわよ」


「大丈夫ですよ母上。これから帳簿売りの反対売買をするので、そこから資金を出しましょう。あるんでしょ、ロディアン商会さん」


「ああ、もちろんだとも。ソルレート伯爵からふんだくった補助金で、低価格の穀物がたんまりと」


「では母上、今度は買って、買って、買いまくりましょう」


「じゃあ俺は、売って、売って、売りまくるから覚悟しておけ、若造」


 俺とロディアン会頭は、不敵に笑いあった。



「ところで領主、あの報復関税ってのはあんたが考えたのか?」


 アウレウス伯爵に提案したのは確かに俺だが、ただの嫌がらせ程度にしか考えてなかったやつだ。


「まあそうなるが、何か」


「いやなに、商人にとってはえげつないやり方だから。こんな嫌らしいことを考えたやつの顔を見たかったが、まさかこんな学生だったとはな」


 考えたのはもちろん俺じゃない。近代史には必ず出てくる頻出問題だ。


 20世紀初頭のブロック経済、日本を苦しめたABCD包囲網と石油禁輸政策。


 戦争は経済活動の延長にある。


 こういった経済政策が、第二次世界大戦を引き起こすきっかけになったのだ。


 特にこの時代の経済はかなり小規模だから、領内経済で吸収しにくい分効果がありすぎたのかな?


 ・・・この状況は、非常にまずいのではないか。




 俺が嫌な予感を感じ始めた時、扉にノックの音がし、使用人が一通の手紙を持ってきた。


 差出人はアウレウス伯爵からだった。転移陣を使った速達だ。


 俺はさっそく封を開け中身を確認した。


「なんだと?!」


 俺は家族を近くに呼び寄せて、そこに書かれていた内容を小声で説明した。




・魔法協会会長のジルバリンク侯爵との駆け引きは順調に進んでいるが、あと1枚カードがほしい


・ソルレート伯爵が実にいいタイミングで破産した。弁護人から清算手続きの申請が提出された


・伯爵はそれに対抗するため、王国決闘法に基づく清算手続きを申請。自らの爵位と領地と引き換えにプロメテウス領とロディアン商会に対し宣戦布告。差し押さえ資産を力づくで取り返すつもりだ。


・決闘法の戦争は、王国裁判所の調査官による監視下で行われる管理された戦争だ。詳しくは娘から聞いてほしい。


・もちろん受諾する必要はないのだが、申し込まれた決闘は受けて立つのが貴族の嗜み。婿殿が賭けるのは伯爵の担保資産なので、爵位や領地を失うことはない。


・戦争に勝てれば、魔法協会とジルバリンク侯爵との交渉カードが増えて、プロメテウス領の領地も広がるかもしれない。アウレウス派としても利益が得られるため、軍事的な支援は行う。


・この短期間でよくぞここまでの状況を作り出せた。その見事な手腕には目を見張るものがある。さすがは婿殿。これからもその頑張りに期待する。




 この状況には俺もびっくりしているところだし、いつの間にか婿殿と呼ばれているのも少し気になるが、そんなことよりも手紙の行間から読み取れる「戦争をしろ」という指示が俺を悩ませる。


「どうします、父上・・・」


「領主なんだから、お前が決めろ。だが、やるならサルファーやダリウスたちへの支援要請は俺の方で引き受ける」


「アゾートは穀物の取引の時に「これは戦争なんだ」って言ってたよね。この戦争はあの取引が作り出した状況なんだから、男らしく最後までやりとげなさい」


「騎士団の人数では劣りますが、私たちにはアゾート様の考えた数々の魔法や新兵器があります。戦略・戦術面ではわたくしも微力ながらお手伝いいたしますので、お任せください」


「・・・・・」


 なんでみんなそんなに戦争に乗り気なの?


 なんかもう断れる雰囲気じゃないよね。


 しかも古代魔法文明クエストのサブクエストが、まさか戦争になるとは。


 ある意味、攻略不可能なクエストだよ、ほんと。


 ただソルレート領の経済状況から戦争はほぼ不可避であり、だったら管理された戦争の方がまだましだし、各方面からの支援が得やすいこのタイミングがベストか。



「よし戦おう」


「おおーーーっ」


 その後、当事者のロディアン会頭だけを部屋に残してギルド長たちには帰ってもらい、今後の対応についての議論が交わされた。




 俺が王国裁判所に許諾の意思を示せば、調査官がやってくる。


 決戦は、冬休みだ。


次回は冬休み。プロメテウス軍、進軍開始。


生徒会長選の演説会もあります。


ご期待ください。

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[気になる点] アウレウス派閥の領地との取引が高関税でなくなっても中立派やシュトレイマン公爵派の領地とは関税もそのままなので、取引量は0にはならないはずでは? 半減とか4割減はあるかと思いますが、0は…
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