第49話 生徒会長選、視界明瞭なれど波高し
俺たちが学園についた時には、もうすでに多くの生徒が登校しており、校舎の傍には何やら人だかりができていた。
「フリュ、あれは何だろう」
「行列のようですね。行ってみましょう」
行列に近づいて見ると、そこに並んでいるのは男子生徒ばかりだった。
「これは何の行列ですか?」
「我らが月の女神セレーネ様との握手会の行列だ」
セレーネとの握手会、だと?
俺は慌てて列の先頭まで走った。
するとそこには、生徒会長と書かれたたすきをして、男子生徒どもと一人ずつ握手をするセレーネの姿があった。
「いつも応援ありがとうございます」
セレーネがニッコリ微笑むと、握手をした男子生徒が、感激のあまり絶叫した。
「セレーネ様! 今度の総選挙ではボクがあなたを必ず1位にして見せます」
すると横からモテない同盟がすっと現れて、セレーネとその男子生徒を引き離した。
「一人15秒です。次の方どうぞ」
スムーズな進行だった。
「・・・・・」
これは、生徒会長選挙ではなく、何か別の選挙のような気がするが。
俺は裏方として走り回っていたマールを捕まえて、何をやってるのか問いただした。
「もちろん生徒会長選だよ。みんなで話し合った結果、やはり我々が目指すべき学園像を一人一人に伝えていく必要があるという結論になって、校舎前で演説を始めたら、いつの間にかこうなってたの」
「これ街頭演説のつもりだったのか。でもどう見てもアイドルの握手会だよね」
「アイドルって、なあに?」
そうか。
この世界にはアイドルという存在はないのだ。
「アイドルとは、憧れの対象として崇拝される魅力的な異性のことだよ」
「だったら、セレーネさんのことだよね」
俺は行列の男子生徒どもを見渡した。うーん。
「言われて見ればそうだな」
「セレーネさんがアイドルで、握手をしてるんだから、アイドルの握手会で間違っていないよ」
「ほう、簡単な三段論法だな。それでいくと確かにマールの言う通り、これはアイドルの握手会で間違いない」
あれ?
俺はそんなことが言いたかったんだっけ。
「そういえば、前にサルファーがセレーネの生徒会長選のサポートをするって張り切っていたが、どこ行った?」
「生徒会長なら、あそこに並んでるよ」
握手会の列の中段あたりに、サルファーがいた。
「セレーネさんの熱狂的なファンとして、熱烈サポートするって張り切ってて、さっきから握手をしては列に並びなおして、ぐるぐるしてるよ」
あいつはダメだ。役にたつイメージが浮かばない。
ここはやはりフリュに頼るしかなさそうだ。
「フリュ、このやり方についてどう思う」
「一定の効果は期待できるのではないでしょうか。浮動票のうちモテない同盟と同じクラスターを狙い撃ちにするにはある意味最適化された手法だと存じます。ただし女子生徒からは反発を受ける可能性がありますので、他にも手は考えた方がよさそうですわね」
フリュが言うと、どこか説得力があるな。
「それなら俺にいい手がある。任せておいてくれ」
「嫌だよ。なんでセレン姉様なんかのために、こんなバカなことに付き合わなきゃいけないの」
「ネオン。いいからここに立って、さわやかにほほ笑んでいろ」
セレーネの握手会にヒントを得た俺は、その放課後さっそくそのアイディアを実行に移した。
そう、ネオンを男性アイドルとして、セレーネの横に並ばせて握手会を開催したのだ。
目論み通り、ネオンの列には女子生徒の長い列ができていた。
そしてネオンの列では親衛隊が、セレーネの列ではモテない同盟がキビキビと動いて、握手会の進行をスムーズにしていた。
「どうだ。フリュのいう通りにやってみたぞ。これですべてのクラスターを制覇だ」
「私のイメージしたものとは異なりますが、アゾート様が楽しそうなので私も嬉しいです。それで浮動票についてはこれでいいとして、」
「いいとして?」
「この選挙の趨勢を握るのはやはり中立派の上位貴族の票をどこまで確保するかです。もちろん反対派閥を切り崩せるなら狙っていきたいところですわね」
「なぜ上位貴族? 人数は圧倒的に騎士爵の方が多いが」
「上級クラスの生徒が騎士爵クラスの臣下に命令すれば票を支配できます」
「確かに」
俺は夏休み前の1年生上級クラスとのクラス対抗総力戦を思い出していた。
あの時は、男子生徒の半数以上が上級クラスの誰かの臣下になっていた。
これを単純に50%とすると、2年生上級クラスの臣下である確率も50%となるため、単純計算では誰の臣下でもない下級クラスの生徒は25%しかいないことになる。
実際はもう少し少ないとみるべきだし、浮動票をすべて取ることは不可能なため、鍵を握るのはやはり残り75%以上ある固定票の行方である。
「浮動票は確実にとっておくとして、上級クラスへの対応も同時に致しましょう。二コラはすでに動き出しているようですわ」
「どう動いているんだ」
「わいろです。票を金で買うつもりのようですね」
「生徒会長選にそこまでやるのか」
やはり選挙は金なのか。
「俺たちはどう対抗するんだ」
「実はすでにアネットさんとパーラさんが動いてくれています」
「なぜ彼女たちが」
「アネットさんが中立派で、パーラさんがシュトレイマン派だからです」
「え? あのふたりアウレウス派じゃなかったの。しかもパーラが反対派閥だったとは。あれ? じゃあマールやダン達って何派閥?」
「マールさん、ダンさん、カインさんは中立派。親衛隊はアウレウス派5、中立派3、シュトレイマン派4です」
「そ、そうだったのか。さすが詳しいねフリュ」
「お役に立てて何よりです」
「で、アネットとパーラの動きって」
「パーラさんは派閥の貴族を集めて、お茶会を開いたそうです」
パーラは学園のテラスを使って、シュトレイマン派の令嬢を集めたお茶会を開催していた。
そこには色とりどりのドレスを着た令嬢達がテーブルを囲み、メイドが注いだお茶とケーキを楽しんでいた。
「パーラ様がお茶会を開かれるのも久しぶりですね。最近はどうしていらっしゃったのかしら」
「わたくしは秋の叙勲式のために王都を訪れておりましたのよ」
「まあ素敵。さすがはウェストランド子爵家のご令嬢。わたくし叙勲式の騎士団の勇姿を見るのが好きなのですが、今年はどこの家門が一番でしたか」
「さあ? わたくし騎士団の一員として行進しておりましたので、よくわからないのです」
「え? パーラ様は騎士ではございませんよね。戦いなど全く興味がなかったではございませんか」
「ちょっと前まではそうだったのですが、今は違います。わたくしはダン様という素敵な殿方を守る騎士でございます」
「ひょっとしてその方、騎士クラスの男子生徒では。夏休み前のクラス対抗戦で私たちと闘った」
「そうなんです。最初はすごく恐い方だと思っていたのですが、剣でたくさん打たれているうちに、何だが胸がドキドキしてきたのです。これって恋ではございませんこと?」
「こ、恋というよりは、ただの恐怖心で心臓がドキドキしていただけのではないかしら」
「なるほど、恐怖心から始まる恋か。なんだか素敵ですわね。ダン様にもこの気持ちをわかって欲しいですわ。そうだ、今度アネットにバリアー飛ばしのコツを聞いてみましょう。ダン様に上手く飛ばしてさしあげたら、きっと私のことを好きになってくれるかもしれませんね」
「そ、そうですわね。頑張ってくださいませ」
「え、それだけ?」
「はい。令嬢のお茶会というのはこういうものです。いきなり本題から入って結論を急ぐのは、アゾート様ぐらいのものですよ。ではアネットさんのお話もお聞きになりますか」
「いや、雰囲気は伝わったから、アネットのはいいや」
「アネットさんのは、中立派を集めた集会にニコラさんが来た時の話です」
「本日はお忙しいところ、ご出席誠にありがとうございました。シュトレイマン派の生徒会長候補者のニコラが皆様のもとへご挨拶に参りました。では早速ニコラの方から公約について説明させていただきます」
「・・・・・」
「・・・えー、ニコラが申し上げたかったのは、『王国の伝統を尊び、模範的な貴族社会の学習をこの学園で行えるよう、より厳格な身分制度を確立して下級貴族の暴走を阻止するための組織「懲罰委員会」の設置をしたい』ということでございます」
「えっと、その懲罰委員会というのは上位貴族も取り締まるのですか」
「ご安心ください。下級貴族のみが対象です。上位貴族のみなさまはこれまでどおり学園生活をお楽しみ下さい」
「それはいいが、下級貴族が反発するのではないか」
「そこを押さえていただくのが皆様のお力だと存じております。もちろんただでとは申しません。心ばかりの品をご用意させて頂いておりますので、のちほど寮のお部屋までお届けいたします」
「そうか、ならいい。あとで確認しておこう」
「その懲罰委員会のメンバーは決まっているのか」
「ニコラ様以下、シュトレイマン派の上位貴族がなりますが、みなさま中立派からも募集しております」
「アウレウス派はどうなる」
「彼らはきっと入らないでしょう」
「ではアウレウス派は、上位貴族も取り締まりの対象となるのか」
「場合によってはそうなります」
「では我々はメンバーにはなれないな」
「どうしてですか?」
「魔力が違いすぎるからだ。あちらはフリュオリーネとセレーネの2人のバケモノがいるんだぞ。ニコラなんかに勝てるとは思えないが」
「そんなことはございません。ニコラ様の固有魔法があれば大丈夫です」
「僕は固有魔法を持っておらん。そもそもフリュオリーネには魔力以前にあらゆる面で負けておる。生徒会でもあやつは女王として君臨しており、僕は正直恐いのだ。やっと彼女が生徒会からいなくなってホッとしておるというのに、わざわざ彼女に逆らってまで生徒会長選に出たくはないのだ。そなたが代わりに出てはくれぬか」
「・・・本日は以上でございます。引き続きのご支援よろしくお願い致します」
「え? じゃあ俺たちの勝ちでいいんじゃないの」
「そうはいかないのが貴族社会の伏魔殿なのです。御輿がバカでも担いでいる腹心が優秀であれば、貴族社会は回っていくものです」
「なるほど、フリュが言うと説得力があるな。まあ、今の話を聞く限りは、あまり慌てて対策をとっても仕方がないということか。勝負は冬休み前の候補者演説と、投票日近辺にしぼればいいな」
握手会が終わってスタッフが撤収作業に入った。
俺はセレーネを労うため話しかけた。
「お疲れ様セレーネ。毎日こんな感じなのか」
「そうね。最初は戸惑っていたけど、もう慣れたわ。でもここの生徒会長選って変わってるわね。マールも言っていたけど、まるでアイドルの握手会みたいだって。ふふっ、私がアイドルなんて」
「フリュによると、別にみんながセレーネみたいなやり方をやってる訳じゃなさそうだけどな」
「・・・フリュオリーネさんか。・・・あのね、アゾート。私あなたに聞いて欲しいことがあるの」
「何だセレーネ」
「アゾートぉ。もう疲れたよ」
「もたれかかってくるなよ、ネオン。重いだろ」
「もう家に帰ろう。おんぶしていって」
「嫌だよ。俺はセレーネと話があるから、先に帰れ」
「・・アゾート。私の話はまた今度でいいわ。ネオンを連れて帰ってあげてね」
「そうか? わかった。じゃあまた明日。いくぞネオン」
結局ネオンをおぶって帰るアゾートの後ろ姿を見つめながら、セレーネは呟いた。
「・・・やっぱり勇気がでないわ。もしアゾートに嫌われちゃったら、私はもう・・」




