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第47話 新鋭軍師再び


 王都での秋の叙勲式も無事終わり、俺たちは自分たちの領地に向けて帰宅の途に着いていた。 


 アウレウス伯爵からは、魔法協会への対策をとるまではクエストの再開を控えた方がいいとのアドバイスがあり、後半戦に予定していた魔法障壁の突破は延期することになった。


 少し残念だが、いつでも行けるように準備だけは欠かさないようにしておくつもりだ。


 と言うわけで、急いで帰る必要もなくなった俺たちは、フェルーム騎士団とともに予備の馬に乗って帰ることになった。


 ふと俺は、フェルーム家でもないのに何食わぬ顔で馬を走らせている一人の男に気づいた。


 サルファーだ。


「なぜサルファーがここにいるんだ。学園はサボりか?」


「生徒会長の僕が学園をサボるわけがないだろう。君と同じく叙勲式に出席していたのだ」


「叙勲されたのはお前の臣下ばかりで、お前は伯爵のままではないか」


「叙勲者ではなくて、僕は父上の名代で上級貴族家として出席していたんだ。公爵、侯爵、伯爵全て揃っていたのを見ていなかったのか」


「そう言えば、顔見知りの伯爵がいたのは分かったが、それ以外は顔もしらないのであまり気にしていなかった」


「しょうがない奴だな君は。そういえば生徒会長選どうする気だ」


「候補者がまだ決まっていない」



 シュトレイマン派の候補はソルレート伯爵の甥の二コラ・デュレート。


 アウレウス派の候補はもともとフリュオリーネだったが、伯爵令嬢の身分をはく奪され生徒会長選にも出馬できなくなった。


 他に伯爵位を持つ子弟が2年生にはおらず、ニコラの対抗馬となりうる候補が不在。1年生ならダーシュやアレンがいたのにな。


 伯爵位の下となると、今の2年生アウレウス派の中で一番身分が高いのは、実はセレーネ子爵家次期当主だったのだ。


 しかしセレーネはつい最近まで騎士爵家であり、今も騎士クラスに在籍している。


 それがいきなり生徒会長選に出馬して、上級クラスの支持を集めろと言われても、無理な話である。



「アウレウス派には候補がいないんだ。中立派には誰かいないのか」


「ボロンブラークがアウレウス派になったので、中立派の伯爵家はアルバハイム伯爵家のみだ。あいにく2年生には在籍していない。フィッシャー辺境伯家は自分の領地の騎士学園に行くから、うちの学園には来ないしな」


「打つ手なしか」


 俺とサルファーがため息をついていると、セレーネが馬を近づけて来た。


「私が生徒会長選に出ようか?」


「セレーネ・・・」


「私しか候補者がいないんでしょ。二コラが生徒会長になれば学園がますます混乱するんだったら、」


 俺はセレーネを止めようと思ったが、フリュが申し訳なさそうに、


「もともと私が原因でこのようなことになったのですから、もしセレーネさんが生徒会長選に出馬されるのであれば、サポートは私が責任をもって行います」


「だったら、そもそもの原因はサルファーだ。サルファーが責任をもってセレーネのサポートをしろよ」


「相変わらず上位の者に対する口の利き方がなってないが、我が愛しのセレーネのためだ。喜んでサポートをさせていただくよ」


「お前のじゃない。俺のセレーネだ」


 そんな俺とサルファーのにらみ合いに、ダリウスが釘を差した。


「セレーネはフェルーム家の次期当主だ。お前ら二人のどちらにもやらん」


「お義父さま、そこをなんとか」


「サルファー、気持ち悪いからお義父さまはやめろ」


 こいつまだセレーネをあきらめてなかったのか・・・。


「まあいいや。セレーネが選挙戦に出るのなら、もちろん俺も一緒に戦うよ。フリュも上級クラスからの風当たりが強いと思うがセレーネを助けてやってほしい」


「任せといて。選挙は得意だから」


「アゾート様の前に立ちはだかる敵は、私が容赦なく排除いたしますわ」


「・・・大丈夫かなこの二人。そもそもセレーネに選挙が得意なイメージが全くないし、何か別のものと勘違いしてないか?」





 王都からの行程もプロメテウス領まであと3日となったところで、俺たち一行は隊商が盗賊に襲われているところに出くわした。


 ダリウスがすぐフェルーム騎士団に命じて、商人の救援に向かわせた。


 盗賊も所詮は食っぱぐれた平民の集まりであり、騎士団とは戦力に格差がある。すぐに制圧できるものと気楽に考えていたら、かなりの苦戦を強いられている様子。


 追加の戦力を投入して何とか盗賊をせん滅させたものの、騎士団にも被害がでてしまった。


「あいつらただの盗賊ではなかったな。どこかの騎士団が偽装している」


 盗賊に偽装か。


「どこの騎士団だったのですか」


「調べたが手掛かりになるようなものは身に着けていなかった」


「騎士団が偽装してまで商人を襲う理由は何でしょう」


「ただの食料調達ではないな。偽装するからには騎士団と悟られたくない理由があって、襲うと領主の利益になるもの」


「ここはソルレート伯爵支配エリアであり、この商人はソルレートの商人ではなく、別の領からの商品を売るために、プロメテウス領を通過してボロンブラーク領に向かう途中だった。そんな商人を襲って利益を得るのは、ソルレート伯爵ぐらいではないか」


 確かにソルレートは俺の領に対して関税を引き上げたり、食料の価格を高騰させて、経済を混乱に導いている厄介な相手だ。物資を運ぶ他領の商人の邪魔をすることぐらい平気でやってのけるだろう。


 ソルレートがやったという証拠があればいいのだが、手掛かりになるようなものを身に着けていないことから、偽装工作は入念に行われているのだろう。


「証拠が出ない限り、ソルレート伯爵に文句のいいようがないですね。とりあえず見つけたら倒すということでしょうか」


「そうだな。もし本当にソルレートの仕業なら、どうにも困った隣人だよ」





 後続のモジリーニ騎士団を待って合流し350騎の騎士団を形成。盗賊の襲撃を見つけては一つ一つ潰していった。


 そしてあと少しでプロメテウス領にたどり着くというところで、偽装盗賊が一同に集結して俺たちの到着を待ち伏せていた。その数およそ1000騎。全て騎兵で機動力は高い。


「まずいな。前方をふさがれている。突破するにもこの数の差ではさすがに厳しいな」


 ダリウスがサルファー、モジリーニと相談しているところフリュオリーネが、


「ここはお逃げになってはいかがかしら」


「突破しないと領地に帰れない。それにこの数の差だ。簡単には逃がしてはくれぬぞ」


「わたくしに考えがあります」


 フリュオリーネとダリウスたちが何やらヒソヒソと擦り合わせを始めた。すぐに結論が出て、今回はフリュオリーネに指揮を任せることになった。


 フリュオリーネが扇子を閉じて、全騎を前に声を張り上げる。


「全騎、反転して全速力で後退。ダリウスさんとセレーネさんはしんがり。エクスプロージョンで敵の足止めを。アゾート様とネオンさんはウォールを発動。なるべく広範囲にアルカリ金属を拡散。サルファーさん始め水属性が使える人全員、ウォーター系の魔法で水をまき散らしてください。アネットさん、パーラさんは騎士団全体をバリアーで守って下さい」


「よし、全騎後退!」




 俺たちはフリュオリーネの指示のもと、アルカリの沼をあたり一面に作りつつ、敵の進軍を妨害。


 一旦は、敵騎士団との距離を空けることに成功した。


「ここから右旋回、アドリテの街を一気に通過します。アネットさんはそこで別れて、冒険者ギルドから転移陣でプロメテウス領へ移動。プロメテウス騎士団を連れて敵の背後から攻撃をお願いします。あとは城壁上に大砲の準備をさせておいてください」


「わかったわ」




 俺たちはアネットをギルドへ送り届けたあと、街を抜けて南へ大きく迂回。馬を休ませながら、川沿いをひたすら南下していく。


 あたりはすっかり夜になり、秋の夜風が肌寒い。馬にも疲れがたまり足が遅くなっている。


 フリュオリーネは時折空を見て、何かを確認している。


「フリュ、俺たちがどこに向かっているのか、そろそろ教えてくれないか」


「間もなく敵の左側面を突く形になります」


「まさか?敵なんかどこにもいないぞ」


 フリュオリーネは静かに微笑んで、淡々とした声でみんなに指示を出した。


「向こうの小高い丘にある林を左から抜けたら、ちょうど敵の左側面に出るはずです。敵の魔法防御シールドは恐らく魔導結晶で強化されていて、魔法が効きにくくなってます。ですので全員遠隔から弓矢か物理系の魔法攻撃を敵側面に叩き込んでください。ネオン親衛隊とマールさんにも期待してますわ」




 みんな半信半疑だったが、フリュオリーネの指示通り林に向かって馬を走らせた。


 林に近づくにつれ、遠くの方から人の叫び声や銃撃音が少しずつ聞こえてきた。ここは確かに戦場だった。


「全騎攻撃用意!」


 フリュオリーネが叫ぶ。


 林を抜けた。


 そこはまさに敵側面を突ける絶好のポイントだった。


「撃て!」


 フリュオリーネの号令のもと、俺たちは矢を魔法を銃弾を、一斉に敵にぶつけた。


「うわあ、あいつら何処から出てきやがった。下がれ!退避だ退避、ぐわっ!」


 想定外の攻撃に、敵左翼の一部が瓦解した。


「このまま左に旋回して敵の正面に回ります。攻撃はそのまま続行してください」


 フリュオリーネの指示は的確だった。混乱した敵はただの的でしかなく、反撃の心配もなく俺たちは撃ちまくった。


「アゾートどうしたんだそのファイアー。ずいぶんと威力が上がってないか」


 ダリウスが興味深げに俺にたずねた。


「あとで説明しますが、火属性魔法の呪文がすべて判明したんですよ」


「本当かそれは。まあ俺たちはお前ほどには使いこなせないが、あとで呪文を教えてくれ」




 俺たちはそのまま時計方向に進路をとって、敵正面で戦っていたプロメテウス騎士団と合流した。俺は父上に馬を近づけた。


「よくこの場所で戦っていることがわかったな」


「フリュの指示です」


「フリュちゃんが?」


「ええ、お義父様。アネットさんがお義父様と接触する時刻とプロメテウス騎士団の進行速度、あたりの地形、敵の意図と配置、私たちへの警戒などいくつかの前提から逆算して、大まかな会敵地点の予想はついておりました。あとは敵側面をつくポイントに回り込むタイミングでしたが。そんなことよりも、今はプロメテウス城まで全力で逃げましょう」


「そ、そうだな。全騎プロメテウス城へ撤退」




 敵の追撃をなんとか振り切り、俺たちはプロメテウス領の城壁内部まで逃げ込むことができた。


 敵の怒りの猛追に、一時はかなりの肉薄を許したが、間一髪のタイミングで領内に転がり込んだのだ。


 しんがりを務めたダリウスやアゾートたち魔導騎士がホッと一息ついていたところに、さらなるフリュオリーネの指示が飛んだ。


 フリュオリーネの戦いは、まだ終わっていなかった。


「フェルーム、メルクリウス両家、銃装騎兵隊、ネオン親衛隊は城壁へ駆け上がれ。急げ!」


「ヒィーーーッ!」




 息を切らせながら駆け上った城壁の上には、30門の大砲がすでに準備されており、俺たちは直ちに城門に迫る敵軍に対して発射体勢をとった。


 フリュオリーネが扇子を敵部隊に向けて、最後の号令を下した。


「撃て!」


 フェルーム家、メルクリウス家全員が一堂に並び、エクスプロージョンを大砲に込めた。


 鳴り響く轟音から放たれた巨大な砲弾が敵部隊のど真ん中に炸裂する。


 同時に銃装騎兵隊とネオン親衛隊から放たれる銃弾の集中砲火が、敵部隊の頭上に浴びせかけられた。


 まんまと城門前に誘き出された敵部隊は、こちらの矢が届かないような遠距離から、一方的に砲弾の雨を受ける形となり、その戦意は急速に奪い去られてしまった。


 戦争とは名ばかりの、ただの殺戮劇だった。


 敵部隊はなす術もなく、敵指揮官が撤退を指示した。


「敵部隊が撤退していく」


 俺たちの攻撃により半数近くの兵力を失った敵部隊が、ソルレート領の奥へと引き返していった。


 長い金髪を風にたなびかせながら、いつもの扇子を手に握りしめ、逃げ行く敵部隊を遥かに遠くに見据えるフリュオリーネの姿を見て、全員がドン引きしていた。




(あの劣勢から、ここまで完膚なきまでに逆転するか、普通)


(前の内戦で、俺たちはこんな危険なヤツを敵に回してたのか)


(今回は味方でよかった。こんなのに勝てるわけねーよ)




(アゾートよ、決してフリュちゃんを手放すんじゃないぞ)


戦場のフリュちゃんを書いてみました。

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