第44話 覚醒
次の日俺たちは魔法協会に来ていた。
フリュが事前に話を入れてくれたこともあり、協会ではすでに研究員が待っていて、俺たちは早速、魔法協会の地下に所蔵されている祭壇の方へ案内してもらった。
フリュには俺の後ろに立っててもらい、俺はマールといつものように祭壇の中に上半身を突っ込んだ。
「おかしい、何も写らないな。マール、ライトニングの偏光の向きを少しずつ変えられるか?」
「偏光ってなあに?」
「うーん、じゃあその杖をねじって見て?」
「こう?」
「うわっライトニングを人に向けるな、危ないな」
「ごめんなさい」
「こうやって捻ってみるんだよ」
「イタッ、痛いよアゾート」
「すまん。でも何も映し出されないな」
ダメだ。この祭壇ではなかったのか。
いつものスクリーンが現れない。
俺は祭壇から出て、
「フリュ、この祭壇ではなかったらしい。大聖堂の祭壇に行ってみるか」
「わかりました。あちらは午後に予約を入れてますので、それまでどうなさいますか」
「時間を潰すしかないな」
「じゃあ、王都観光しようよ」
「それなら、私がいいところにご案内いたしますわ」
「やったー!」
ネオンは疲れはてたのだろうか、地下の祭壇を見つけた後、突然地面に崩れ落ちるようにして、また気を失ってしまった。
慌ててネオンに駆け寄った私たちは、神殿の調査を後回しにして、私がネオンを担ぎ上げて宿屋のベッドまで連れていった。
そうして次の朝がやってきた。
ネオンの枕元に集まったみんなが心配そうにネオンの寝顔を見つめている。
「セレーネ。ネオンは大丈夫なのか」
「ええ、眠っているだけだから、そのうち目を覚ますと思うわ。・・・その間、私はこの街を見てくる。昨日はちゃんと調べられなかったし」
「昨日のネオンのこともあるし、護衛をつけるか?」
「いいえ大丈夫よ。ちょっと調べたいことがあるだけだから」
「セレーネの火力があれば大丈夫だと思うが、一人はまずい。俺がついていくよ。ネオンのことは親衛隊に任せる」
「・・・わかったわ」
私はダンと二人で、辺りの人に話を聞きながら街の様子を観察して回った。
街には人通りが少なく、閑散としていた。
これだけの大きな街なのに、どうしてなのかしら。
「ここは昔、領都だったこともある街だが、200年以上前に王都の軍勢に攻め滅ぼされてしまったんだよ。今ここにいる住人は、その後に住み着いてきた者たちばかりさ」
近くを通りかかった人が教えてくれた。
「詳しいことが知りたいなら、役場にでもいくといいよ」
役場に来た私は、関係のありそうな資料をパラパラとめくる。
この街は昔はバートリーと呼ばれていたのね。
王都の政変に巻き込まれて、領主共々街が滅ぼされている。
「ここの領主ということは辺境伯よね。今はフィッシャー辺境伯がエーデルを治めているから、滅ぼされた領主が初代としたら、フィッシャー辺境伯は2代目ってことなのかしら」
政変についての詳しい記述がどこにもない。
情報が意図的に隠されているのかもしれない。
「何かわかったか?」
「大したことは何も」
役場を出て再び教会に来た私たちは、地下の神殿に足を向けた。
昨日は結局何も調査をせずに出てきてしまったが、私にはどうしても気になることが2つこの神殿にはあった。
1つ目はこの鍵。
私とネオン以外では、鍵が光らず扉も開かなかった。
フェルームの血と何か関係があるのかしら。
昨日のネオンの額の気味の悪い紋章。
あれが私に付いていても、本当はおかしくはなかったのでは。
地下神殿に入ると、奥にはアゾートが探している祭壇がある。
その隣にある赤く光るオーブ。
これが2つ目の気になること。
何が起こるかわからないから誰も触ってなかったけれど、私にはここから強い魔力を感じる。
「神殿の調査はマールと合流してからの方がいいんじゃないのか」
「祭壇はそうだけど、隣のオーブを少し調べておきたいの」
「そうだな。少しだけ調べてみるか」
ダンがオーブに手を触れると、赤い光が僅かに揺らいだ。
「台座の裏まで一通り確認したが、特に怪しげなものはなかったな」
「じゃあ私も見てみるわ」
赤く光るオーブ。
私はそっとオーブに近づき、そして手を触れた。
ZA,ZAZA---ZA, ZA
何? 何かが私の中に入り込んでくる。
怖い!
目眩がして視界が乱れる。耳鳴りがうるさい。鼻の奥で鉄の匂いがする。呼吸が乱れ、鼓動がうるさい。
私は両手を胸に当てて、その場でうずくまった。
「セレーネ、大丈夫か!」
おさまったの・・・?
ドクンッ!
これは・・・、
私の頭の中に流れ込んできたもの。
私の頭の中には、火属性魔法の呪文が全て完全な形で刻み込まれたのがわかった。それに私は、
私はすぐに地下神殿から出て、城門の砦に向かって走っていった。
「おい待てよセレーネ、どこへ行くんだ」
頭の中に刻み込まれた完全な形の詠唱呪文。
完全な日本語で、私は丁寧に呪文を詠唱した。
そして紡ぎ出された一発の初級魔法ファイアーが、城壁の上に立った私の杖の先から、荒野に向かって放たれた。
いつものファイアーとは比べ物にならないほどの高エネルギープラズマ弾が遠くの地表に着弾する。
そして巻き起こる爆発は、初級魔法にも関わらず、一段上の中級魔法フレアーをも超える火力を誇っていた。
「うそでしょ。ただのファイアーでこの威力・・・じゃあ、フレアーやエクスプロージョンだといったい」
きっとこれが本来のファイアーなんだ。
今の魔法は詠唱が不完全だから、本来の威力とは程遠いものだったのね。
私はゴクリと唾を飲み込み、エクスプロージョンの詠唱を・・・やめた。ちょっと危ないからね。
隣でその様子を見ていたダンが唖然としてセレーネに言った。
「あの赤いオーブの力か。ネオンといいセレーネといい、あの神殿はやはりフェルーム家に関係があるに違いない。しっかしこのファイアーの火力はスゲーや」
こんなことだと私は、ますます火力だけの女だと思われてしまうわね。
俺たちはシリウス教の大聖堂の応接室に通され、神官長から説明を受けていた。神官長によると、大聖堂の地下深くにはもともと古代魔法遺跡があったのだが、200年以上も前に取り壊されてしまい、今はなにもないそうだ。
「遺跡の中にあったものは、どこへ行ったのですか」
「すべて魔法協会に移されたようです」
「祭壇もですか。かなり大きなものですが」
「祭壇も含めて全てです」
さっきみせてもらった祭壇は、もとはここの地下にあったものが移されたものだったんだ。
「神殿があった場所に入ることは可能ですか」
「それはお断りしています。シリウス教の教義では古代の女神信仰は邪教にあたるため、古代神殿の跡地と言えども入室は誰にも認めていないのです」
「貴族でもダメですか」
「そうです。重ねて言いますが、シリウス教の教義で認めていませんので」
「困ったな。王都の祭壇は打つ手なしだな」
「神殿を壊して祭壇を移動させたから、祭壇が壊れてしまったんじゃないの?」
「そうかもしれないな。だとしたら当時のシリウス教や魔法協会は、本当にバカなことをしたものだ。古代魔法文明の遺産を永遠に失うことになるかもしれないのに」
「アゾート様は昨日、キーワードが2つまとめてわかったとおっしゃってましたよね。もしそれが王都の祭壇ならまだチャンスがありますわね」
「そうだな。確率は半々だが、まずはネオンたちと合流しよう。プロメテウス領に帰還だ」
先にプロメテウス城に戻っていた俺たちは、セレーネに背負われて帰ってきたネオンを見て慌てて駆け寄った。
「セレーネ一体何があった! ネオンは無事か!」
「無事だと思うけどずっと目を覚まさないの。何があったかは後でゆっくり説明するわ」
俺はセレーネからネオンを受け取り、3階のネオンの寝室まで運び込んだ。
夕食後、まだ改修中の当主部屋に集まった俺たちは、互いの報告を行った。秘密の相談事はこの部屋を使うのが一番だ。
「じゃあ、俺たちが発見した祭壇がその3つ目のキーワードであれば、あの魔法障壁が解除されるということか」
「そうだ。ネオンが回復したらすぐにフィッシャー領に行こう」
「それにしても不思議だったのが、呪いにかかったネオンがどこかに連れていかれて、気がつくとネオンが鍵を持っていたんだ。ネオンはあの後すぐに倒れてしまって、何があったのか俺たちもまだ話をきけてないんだよ。それにあの赤いオーブ」
「ダン、それは私から後でアゾートに話すわ」
「そうだな。俺はよくわからないし」
「オーブ?」
「ええ。私たちフェルーム家と何か関係があるかもしれないことなの。だから後で」
「わかった。それで今回の件で思ったのだが、魔法協会は古代魔法文明の遺跡の価値を理解していないと思う。王都の祭壇が本当に壊れてしまったのであれば、魔法障壁が永遠に解除できない可能性だってある。そんな奴らに、遺跡を渡したくない」
「でも俺たちが魔法障壁を解除すれば協会にもわかるから、いずれやつらが遺跡を手にする。阻止する方法なんかあるのか」
「わからない。これから考える。ただ場合によっては協会を敵に回すこともあるかも」
「アゾート・・・」
コンコン
打ち合わせが終わり、俺は一人3階の自室のベッドに転がっていると、ノックの音がした。
「はい、どうぞ」
入ってきたのはセレーネだった。
さっきのオーブの話だ。
「その辺に適当に座ってくれ」
「ありがとう」
セレーネはベッドの端っこにそっと座った。
「あのね、あの神殿のオーブで私、火属性魔法の全ての呪文を手にいれたの」
俺は一瞬どういうことか理解できなかった。
「全部の、呪文を、火属性の、・・・日本語で?」
「ええそうよ。全て完璧な日本語で」
どういうことだ?
なんでフィッシャー領の神殿で?
「つまり、セレーネはフィッシャー領の神殿で火属性魔法の呪文を日本語で入手した」
「そうね。正確に言うと祭壇の横の赤いオーブに触れたら、呪文が頭の中に流れ込んできた感じ」
「なるほど。神殿は古代魔法文明のものなので、おかしな話ではない。疑問なのは、俺がこれまで見てきた他の神殿にはオーブがなかったということ。オーブが失われたのか、フィッシャー領だけが特別なのか。赤いオーブは火属性限定なのか、他の属性にも影響するのか」
「ダンが先に触れたけど何も起きなかったわ。それにネオンが持っていた不思議な鍵。あれもネオンと私にしか使えなかった。あなたも使うことができれば、フェルームの血が関係あるかもしれない」
「フェルーム、赤いオーブ、古代魔法文明の神殿とそこへ入るための不思議な鍵。どのように繋がっているのか論理的に説明できないが、フィッシャー領に何か秘密が隠されているのかもな。しかし、このクエストも思いもよらない方向に話が進んできたな」
「そうね。それで呪文を全て使用したときの魔法の威力が凄いのよ。見てみる」
「是非とも見たい」
「じゃあ、見ててね」
部屋の窓を開け放って、セレーネが呪文を唱える。
セレーネの詠唱はどこか雅やかで厳かなそんな雰囲気を醸し出し、赤い月セレーネに君臨する若き女王といったイメージだ。
長い詠唱を終えたセレーネの体からは魔力がほとばしり、うっすらと浮かび上がったオーラがその白銀の髪を怪しく照らし出していた。
それにしてもファイアーって、こんな呪文だったんだ。
【地の底より召還されし炎龍よ。暗黒の闇を照らし出す熱き溶岩流を母に持ち、1万年の時を経て育まれしその煉獄の業火をもって、この世の全てを焼き尽くせ】ファイアー
セレーネのかざす杖の先には、初級魔法とは思えないほどの高エネルギーが凝縮したプラズマ弾が光輝いていた。
「これはやばい!」
ただのファイアーのはずなのに、発射されたプラズマ弾が大爆発を起こし、城の庭園を破壊した。
「なんだこの破壊力は、フレアーを超えている」
「これが本来のファイアーの破壊力だと思うの。同じ魔力で威力だけ上がった感じ、魔法効率がいいというか」
「魔力が上がった訳ではないのか。それに破壊力と引き換えに、高速詠唱という利点が失われるか。俺たちの戦いのスタイルとは相反するな」
「そうね。これだとファイアーで弾幕を張ることもできないものね」
「だが使いようはある。高速詠唱と完全詠唱を組み合わせるんだよ」
「どうやって?」
「例えば俺とネオンが高速詠唱、セレーネが完全詠唱と役割を分けて両方の利点を同時に引き出す。他にも、呪文の長さを調整することで、状況に応じて攻撃の強弱を切り替える。攻撃のバリエーションが一気に増えるぞ」
「そうよね。使い方の工夫でまだまだ私が活躍する場が増えるよね。だって最近はフリュオリーネさんやマール、それにあのネオンまでアゾートの役に立ってるのに、私は最近パッとしなかったから」
「・・・いやいや、メチャクチャ目立ってるぞ。これでますます火力の女というイメージが定着する,
というか下手したら人間砲台?」
「・・・・・」
「それにさっきの詠唱。赤き月を背にした吸血鬼の真祖姫が唱えるその姿が、まるで中二病のようだった」
「何それ・・・。言ってる意味は全くわからないけど、それが悪口なのはよく分かるわ」
セレーネが口を尖らせて拗ねていると、俺の寝室の扉を乱暴に開ける音が聞こえた。
母上だ。
「何やってるのあなたたちは!」
「何って。魔法の試し打ち?」
窓の外を見ると庭園が炎上していた。
「セレーネ!あなたこの前もネオンとの姉妹ゲンカで庭園をメチャクチャにしてたでしょ。毎回ここに来る度に庭園を焼き払わないで。あなたの火力演習場じゃないのよここは。もういい加減にしなさいっ!」
ついでに、学園をサボってクエストをしてることも含めて、この後メチャクチャ怒られた。
庭園の消火を手伝ってくるといって、ようやく解放された。




