第416話 エピローグ
4月に入り、アカデミーの春休みを使ってメルクリウス=シリウス教王国に帰国した俺は、今日セレーネと結婚式を挙げる。
ディオーネ城周辺には、朝からたくさんの人が押しよせ、王都の住民だけでなく西はフェルーム領から東はテトラトリス領まで王国全土の国民が俺たち二人の結婚パレードが始まるのを心待ちにしていた。
王城前の広場にはたくさんの露店が立ち並んでお祭り騒ぎになっており、その城内の大ホールでは今まさに俺たちの結婚式が執り行われていた。
現代風の純白のウエディングドレスを新調して式に臨んだセレーネは、その白銀の髪がシルクのベールに包まれ神秘的なまでの美しさを放っていた。
ポンコツな言動さえなければ完全無欠のメインヒロインなのに実に残念な女性だが、そんな彼女だからこそ、たまらなく愛しい。
「とてもきれいだよ観月さん」
「もう結婚するんだから、せりなって呼んで」
「そうだったなせりな。それから今度は絶対に長生きしてくれ」
「もちろんよ。これからの長い人生を一緒に楽しみましょうね、悠斗さん」
参列者の最前列には、王国重鎮であるアージェント顧問やアウレウス宰相、ジルバリンク公爵を始めとする各領地の領主たちがズラリと勢揃いしている。
その中には先に結婚してもう2年経つフリュや、これから式を挙げることになるクロリーネやマイトネラ女王、エレナとその護衛対象のマールの姿もあった。
また隣国のアージェント王国からは、国王の名代としてエリザベート王女とその夫のジーク・シュトレイマン、アルト王子とその妻でフリュの従姉妹にあたるエレオノーラ・アウレウスが参列し、アウレウス派に属する全ての貴族家当主、シュトレイマン派と中立派からも俺と交流のある貴族家当主たちがその後ろに並んでいる。
さらにランドン=アスター帝国からは、外交担当のローレシア女帝陛下が身重なためクロム・ソム・ブロマイン皇帝陛下自らが参列し、最前列の中央に堂々と立っている。
そして遥か遠方の東方諸国からも、魔法王国ソーサルーラの第2王子のランドルフとその妻のレスフィーアがクロム皇帝のすぐ後ろに控えている。
そんな参列者たちが見守る中、大聖女クレア・ハウスホーファと神使徒の巫女ジューンによって、俺とセレーネの婚姻が神の名のもとに、今認められた。
前世のクレアは泣きべそをかきながら結婚式に立ち会っていたが、今世のネオンは余裕の表情だ。
「安里君、次は私たち二人の番ね。アカデミーの春休みは短いんだから、せりなっちとのハネムーンなんか後回しにして早く聖地アーヴィンに来なさい」
そんなネオンの言葉にセレーネがすぐに反応した。
「うるさいわねバカクレア! あんたの結婚式なんか一番最後よ。次はわたしの妹分のクロリーネの番なんだからね」
「ズルいっ! 妹分じゃなく実妹の私を優先してよ、セレン姉様」
「あんたなんか妹だけど本当は妹じゃないでしょ! クレアのくせに」
「生物学的には実妹に違いないでしょ! もう頭に来た・・・今日こそケリをつけるわよ、せりなっち」
「上等よ! 今すぐ表に出なさいバカクレア。一瞬で灰にしてあげるわよ」
結婚式の場でいきなりケンカを始める二人に、
「二人ともアホなことでケンカせず、クレアはちゃんと宗教の有難い話でもしろよ。それに結婚式の順番はフリュたちが決めるんだから、後で確認してこい」
メルクリウス=シリウス教王国では女王のセレーネと大聖女クレアの二人が最も地位の高いツートップなのだが、会うとケンカばかりするので嫁のリーダーから外された。
そしてフリュが嫁リーダーとなり、聖地アーヴィン組を代表するジューンと、この1年で頭角を現しアージェント顧問の腹心となっていたエメラダ夫人の3人で俺の後宮を取り仕切ることとなった。
逆に言えば俺はこの3人に全ての予定を管理される操り人形となったのだ。とほほ・・・。
そんな結婚式も終わって披露宴が始まった。
玉座に座った俺とセレーネのもとに参列者が順に挨拶に訪れるが、その一番手はクロム皇帝だった。
勲章だらけの軍服に黒のマントを翻した超大国の皇帝の後ろには、シリウス中央教会のネルソン総大司教と軍務大臣で元アージェント方面軍司令官ヘルツ大将の姿もあった。
「先日の姉コンスタンツェの結婚式では世話になったな。臣下にそなたとブリュンヒルデのお披露目もできたし、ランドン大公家を姉夫婦に継がせて余は皇帝の仕事に専念できるようになった」
「良かったですね義兄殿。あれだけの超大国を統治するのはかなりの激務とお察しします」
「次はそなたとブリュンヒルデの挙式だが、あいつの我がままでそなたにはまた世話をかけるな。姉夫婦はすでにミジェロ基地に向けて出発したし、妻のナツとアスター大公家も順次出発する手筈になっている」
「了解しました。既にブリュンヒルデはフィリアと共にミジェロ基地に到着したと連絡を受けていますし、手持ちのフレイヤーも全機向かわせました。式当日までには全員を輸送できると思います」
「そうか、何から何まですまないな」
そう、俺とヒルデ大尉はエルフの里で挙式する。
実は彼女、帝国臣民にはほとんど顔を知られておらず、これからも工作員の仕事も続けていくことから、帝都での結婚式は避けたいとのことだった。
だがそれはただの口実で、大尉が子供の頃から世話になっていた長老のアイオニオンや族長のシルバリオン、そしてエルフの里のみんなを結婚式に招待したかったのだろう。
俺としてもイワーク王やアーネスト工房の職人たちを結婚式に呼ぶことが出来て嬉しい限りだ。
クロム皇帝の次は、国王名代のエリザベート王女とアルト王子たちがやってきた。
彼らはブロマイン帝国との1年間の戦いで苦楽を共にした戦友であり、今では何でも言い合える仲だ。
フリュとはいつも仲の悪いエリザベート王女も、セレーネとは和気あいあいとした雰囲気で、二人楽しそうに笑っている。
その次に挨拶に訪れたのは魔法王国ソーサルーラのランドルフ王子とレスフィーアだが、俺がこの二人と会話をするのはたぶんこれが初めてだと思う。
アルト王子たちとは反対に、ぎこちない雰囲気で始まった会話だったが、後ろで控えていたネオンが気を利かせて会話に加わってくれた。
ネオンはこの二人と同じ戦場を戦った仲間であり、おかげで少し打ち解けることができた俺は、あの話を持ち掛けてみることにした。
「レスフィーアにお願いがあるんだが」
「え、わたくしにですか?」
「商都ゲシェフトライヒの商業ギルド長のブロック・クリプトンから聞いた話なのだが、元シリウス教会総大司教のカルが持っていた古代魔術具をキミは全て買い取ったそうだね。もしよければだが、それを見せてもらうことは可能だろうか」
ダメもとでレスフィーアに相談したのだが、なぜかネオンとランドルフ王子の顔が真っ青になり、反対にレスフィーアの目が爛々と輝きだした。
「アゾート様はひょっとしてわたくしのコレクションに興味がおありなのですか!」
おおっ、これは好感触かも。
「カルの遺産はどれも珍しい古代魔術具ばかりだと聞くし、それを全て手に入れたレスフィーアのコレクションルームの品々は、商都ゲシェフトライヒの商人たちの噂の的になるほどだからな。どれほど貴重なお宝が所蔵されているか俺には想像できないよ」
「まあっ! でしたら、次にソーサルーラにお越しの際には是非わたくしのコレクションルームにお招きしとうございます」
「・・・ほ、本当に見せてもらっていいのか?」
「喜んでっ! もちろんこのわたくし自らが所蔵の品の一点、一点をじっくり解説させていただきますので、是非、是非!」
「マジか・・・まさかレスフィーアコレクションをこの目で見ることが出来るとは、何という幸運!」
「そんなに喜んでいただけて、わたくしも楽しみになって来ました。ランドルフ様、アカデミーの始業式までそれほどございませんし、急ぎソーサルーラに戻りアゾート様の受け入れ準備を始めなければ!」
レスフィーアはそう言うと、げんなりとした表情のランドルフ王子の手を無理やり引っ張って大ホールから出て行ってしまった。
それを見たネオンが一言、
「あーあ、レスフィーアにあんなこと言っちゃって、どうなっても知らないからね安里君・・・」
王族からの挨拶が終わった後は貴族たちの番だ。
俺の臣下からの挨拶の後、アージェント王国の当主たちが順番に挨拶に訪れたが、マーキュリー伯爵からはリーズと婚姻がまとまらなかった件を残念がられ、バーナム家とのバランスが崩れるからうちの分家の娘を是非嫁に欲しいと頼まれた。
その後もアージェント王国の貴族からは政略結婚の申し込みが殺到したが、アージェント顧問が彼らを一喝した。ここは前国王である顧問に任せておこう。
そんな当主たちの一番最後に訪れたのが、ボロンブラーク伯爵となったばかりのサルファーだった。
彼は穏やかな笑みを浮かべセレーネに話しかけた。
「久しぶりだなセレーネ」
「久しぶりねサルファー。リーズとのことは残念だったけど、あなたにはボロンブラーク伯爵家当主としての責任があるから仕方がないと思うわ」
「ああ、わかってるよ。・・・僕は自分の恋愛は成就させることができなかったが、悔いは残ってないし、キミに恋をしていた日々は今でも僕の宝物だよ」
「サルファー・・・」
「最後にキミの美しい姿が見られて本当によかった。願わくば僕たちの子供同士が互いに愛し合って結ばればこれ程幸せなことはない」
「そうね・・・もしそうなったら楽しいでしょうね」
「・・・これでさよならだ、セレーネ」
「ええ、元気でねサルファー」
そしてセレーネに微笑みかけたサルファーは、俺の方を向き直った。
「アゾート。セレーネのことは絶対に幸せにしてやって欲しい」
「言われなくても分かってるよ。お前の分まで幸せにするから安心して任せてくれ」
それだけ言うと、サルファーは俺たちに背を向けて静かに立ち去っていった。
披露宴が終わり、今度はパレード行進だ。
沿道の領民たちからは恒例の「ニトロコール」が沸き起こり、俺たち二人を盛大に祝福してくれた。
そうしてあっという間に一日が終わり、全ての予定を終えた俺とセレーネは、王城内に新たに建設されたセレーネ宮へと向かった。
この城ではセレーネとフリュ、フィリアの3人と暮らすことになるため、それぞれの離宮を設けることになったのだ。
そして今夜、2度目の初夜を迎えることとなる。
セレーネの部屋の窓から差し込む月明かりは赤と青の双子月、セレーネとディオーネ。それを二人静かに眺めていると、セレーネが俺に話しかけて来た。
「前世で悠斗さんと過ごした時間があまりにも短かったから、今世でそれを取り戻したいと思っているの。でも悠斗さんはいつも私を置いてけぼりにして、他の女の子とばかり冒険に行ってしまうから、本当に寂しかったんだからね」
「すまなかったな、せりな。本当は南方未開エリアの調査に一緒に行ければよかったんだが、俺たちの国が出来たばかりで女王としてキミに残ってもらう必要があった。そしてキミの頑張りでこの国も軌道に乗ることができたし、これからはメルクリウス連邦全体を統治する必要があるため、ディオーネ城を不在にすることも多くなるだろう」
「・・・また私を置いて行くの」
「これからは必ずキミを連れて行く。俺たち二人は世界に広がる領土を駆け回るのが仕事になり、それでも統治できるようしっかり体制を整える。それに」
「それに?」
「ドワーフ王国に行って気が付いたんだが、あそこは南方大陸の最南端の国なのに常夏の気候なんだ」
「ということは、ドワーフ王国の南にも世界はまだまだ広がってる・・・」
「そうだ。この世界も地球と同じ大きさの惑星だし、南半球には未知の大陸やそこに住まう人類もきっといるはずだ。俺はキミを連れてこれからも冒険を続けたいと思う。一緒に来てくれるか」
「ついて行くに決まってるでしょ! もう絶対に私を離さないでね、約束よ」
「ああ約束だ」
そして長いくちづけを交わした後、彼女は俺の目を見て言った。
「でも他の女の子たちも大切にしてあげてね。みんな私の大切な仲間だし家族なのよ。もちろん、この私を一番に考えることが大前提だけど」
「わかってるよ。俺はこの人生をせりなやみんなのために尽くすと決めたんだ」
「わかってるならよろしい。愛しているわ悠斗さん」
「俺もだよ、せりな」
そして彼女は、部屋の窓を閉めて明かりを消した。
これで俺の戦いの物語は終わりだ。
だが俺たち魔族は、世界を魔力で満たすためにこれからも勢力を拡大していくだろう。
~完~
翌朝目覚めた俺は、枕もとに手紙が置いてあるのを見つけた。
そこには「転移陣室に来て」とだけ書かれていた。
「せりなのヤツ、クレアに見つかる前にこっそりハネムーンに出かけるつもりだな」
だが俺はせりなのイエスマンであり、なるべく彼女のやりたいようにさせてあげようと思った。
だから侍女にフリュへの伝言を残し、せりなを追って転移陣室へ向かったのだが、その転移陣室ではなぜかフリュが目を赤く腫らして一人泣いていた。
「フリュ・・・一体何があったんだ」
次回最終話
お楽しみに




