第42話 りょうしゅのおしごと
セレーネからも注意されたので、今週末はクエストを休みにしてプロメテウス領で過ごすことになった。
俺は領主として、シティーホールの執務室で両親から領政に関する報告を受けている。
「まず治安維持についてだが、盗賊の討伐は順調に進んでいるぞ」
父上によると、歩兵の募集に応じた平民を治安維持部隊に投入し、これに父上指揮下のプロメテウス騎士団を加えた400人規模で山狩りを開始。
また、少佐が率いる銃装騎兵隊100騎もその機動性を活かして丘陵地帯を巡回。酪農地域の村々を襲う盗賊どもを逐次殲滅する、2方面作戦を展開中。
「いくつかの隠れ家を潰す事ができたが、囚われている村人の女子供を救出する必要があるため、一つ一つに時間がかかっている」
村人を誘拐して奴隷商に売り付けてるのか。嫌悪感しか感じないな。
「誘拐された村人はなるべく助けたいので、この調子で盗賊の討伐をお願いします、父上。次は食糧問題ですが、まず食料品価格はどうなってる?」
「相変わらず、売り渋りで価格が高騰したままね。アゾートが言っていた取引所の件は、商業ギルド長から報告があるそうよ」
俺は母上の隣に座っていたギルド長に体を向けた。ギルド長はさっそく明るい表情で説明を始めた。
ギルド長によると、週明けから取引所をスタートさせられるとのこと。最初は穀物と鉄のみを取り扱い、徐々に商品を増やしていく計画のようだ。
取引所には、商業ギルドの職員をでは手がたりず、足りない人手は商人達に頼んで一時的に借り受けているようだ。
なお、この街に店を構える商人は全て取引所への登録が終わっており、取引口座も開設済みとのこと。
「早いですね。さすがはギルド長」
「商業ギルドですから、もともと商人は全員登録されていますし、取引の仲介も行っていて素地があったのですよ。あとは帳簿取引の具体的なルール作成とか、取引の規模が増えてもいいように人手を確保する方が大変でした」
「そうでしたか。商人から借りた人材はなるべく取引に関わらせず、共通業務に当てた方がいい。取引所の公平性に関わりますので」
「もちろん心得てます。ただ人手不足が深刻ですので、領主さまには何とかご配慮をお願いしたい」
平民への教育、人材育成が必要か。
識字率の低さから、普通の平民から取引所で働けるレベルの人材を求めるのは難しい。
教育は即効性を求めてはいけないし、どうしたものか。
「人材については考えておく。それからフェルーム子爵家当主から連絡があり、ボロンブラーク伯爵支配エリアの全ての領主が、取引所での穀物の取引に参加するとの表明があった。またアウレウス伯爵にも説明を済ませ、前向きに検討してもらっているところだ」
ほっとした空気が執務室に流れ、両親とギルド長が互いに喜びの顔を見せた。
「それで取引所がスタートした後はどうするの」
「そうですね、母上。まずは帳簿取引で売りを継続的に入れてください。それで帳簿価格が下がっていくはずです。そして期日まで持たず適当な所で反対売買を入れて決済します」
「それで本当に食料品の価格が下がるのかい」
「下がります。帳簿価格が下がって現物価格との差ができると、穀物を抱えている商人は自分の穀物を売り、帳簿取引で穀物を買うはず。そうすれば、差額分だけ利益になり、自分の倉庫の在庫を処分できる上、秋になれば新たな現物が手に入るからです」
「つまり現物価格は帳簿価格に引っ張られるってことね」
「市場に絶対はありませんが、今は売り渋りで取引が激減して、現物価格が必要以上に高騰している状態なので、帳簿取引が活発になれば食料品は適正価格に戻っていくはず。そうなるまでどんどん売りましょう。食糧問題の解決方法としては、変な領主命令を乱発して商人たちを混乱させるより、この方が分かりやすくていいでしょ」
「わかりやすいかは別にして、私に任せておいて」
午後は二人で領内の視察に向かう。
父上からは護衛をつけるように言われたが、その分盗賊討伐に回してほしいと言って断った。
俺とフリュを倒せる賊がいるとも思えないし。
「あなた、二人のデートの邪魔をしちゃダメよ。ねえフリュちゃん」
「もう、お義母様ったら。でもアゾート様は私が守りますのでご安心ください」
「母上。これはデートではなく視察。何でも恋愛フィルターを通して見るのは、恥ずかしいからやめてくれ」
今の会話はもうツッコミどころだらけで、いちいち反応するのも疲れるわ。
プロメテウス領は広い平地がなく、丘陵地帯と山岳地域から成り立っている。穀物の生産には向いていない。
南北に走る山脈の間に領都プロメテウスがあり、山脈を東西に行き来する際は、領都を通過する必要がある。
領都の東側はソルレート伯爵支配エリアが近くまで迫っており、主に西の丘陵地帯がプロメテウス領内となる。
俺たちはそんな丘陵地帯にある村落を訪れていた。
「ひどい状態ですね」
盗賊に襲われたのか、牧場の柵が壊されて家畜の姿が見えない。
人影もなく、この家の住人は全員殺されたか、奴隷として売られたのだろうか。
馬を走らせて他の家々を見て回る。
先ほどの家ほどではないものの、大なり小なり被害を受けているようだ。
「あれは銃装騎兵隊じゃないか」
遠くの方に、数騎の騎士たちが村人と話をしている。俺たちはそちらに馬を走らせた。
「司令官閣下に敬礼!」
プロメテウス領では騎士団長は父上が、銃装騎兵隊は騎士団の分隊として少佐が率いており、俺自身は実働部隊を直接統率していない。
それで騎士団の中での呼称をどうするか悩んでいるときに、「お前さんの指示で動くんだから司令官でいいのでは」と少佐からの提案でそう呼ばれることとなった。
「状況はどうだ」
「はっ!盗賊のアジトを襲撃し、捕まっていた村人を村に送り届けていたところです」
「ご苦労。それで隊長はどうした」
「昨日別の村を襲った盗賊のアジトに向かっており、我々もここの村人の保護が終わればそちらに合流する予定です」
「なら俺たちも同行するので案内しろ」
「はっ!」
「来たかアゾート」
「少佐、状況は?」
「アジトに隊員が突入中だ。古い鉱山を利用したアジトで中がかなり広く入り組んでいて、村人の救出もあるから時間がかかっている。戦争のように敵を殲滅すればいいというわけにはいかないからな」
そこが騎士団と治安維持部隊の違いでもあるのか。
「俺に手伝えることはないか」
「ちょうどいいのがある。次に潰す予定のアジトだったが任せるよ。隊員を10人ほど連れていってくれて構わない」
隊員の先導のもと俺たちは、山岳地帯を進みやがて大きな洞窟にたどり着いた。盗賊がアジトにするのは洞窟や鉱山が多いのか。
「ここにも村人が捕らえられているのか?」
「恐らくは」
魔力押しで乱暴に戦うわけにはいかないな。
「では全員で突入する。俺についてこい」
「はっ!」
【魔法防御シールド】
全員を取り囲むようにバリアーを張り、洞窟の中を進んでいく。
盗賊の一団を見つけた。
同時に向こうも俺たちを見つけ、剣を抜いて斬りかかってきたが、バリアーによって剣は通らない。
俺はアネットの真似をして、バリアーを盗賊たちに向けて放った。
アネットのマネをして弾き飛ばそうと思ったが、盗賊たちをゆっくりと後ろに後退させているだけだ。親父一人と盗賊5人では重さが違うので、こんなものか。
俺はそのまま盗賊たちを壁に押し潰した。
「こいつらを縛っておけ」
同じようにバリアーを展開させながら、洞窟を奥へと進んでいく。途中で遭遇した盗賊は同じ方法で捕縛していき、やがて広いエリアにたどり着いた。
「なんだテメエらは!」
「領主のアゾート・メルクリウス男爵だ。お前たち全員を処刑しに来た」
「領主か、ちょうどいい。お前ら貴族どもには常々恨みをはらしたかったんだ。野郎どもそこの女以外はこの場で全員殺せ」
下卑た目でフリュオリーネを見る盗賊の頭の号令のもと、盗賊たちが一斉に襲ってきた。その数およそ50名。
「撃て!」
騎兵隊の一斉射撃により、先頭集団がバタバタと倒れる。怯む盗賊たち。
「何しやがった。構わねえから突撃しろ!」
「撃て!」
次々と倒れていく盗賊たちだが、向こうの人数が多くかなり近くまで接近を許した。
【魔法防御シールド】
フリュオリーネはバリアーを展開し30人近くいる盗賊をジリジリと押し返した。
「今度は見えない壁が!」
慌てる盗賊たち。
「魔法で攻撃しますか?アゾート様」
「いや、魔法だと後ろの村人も巻き込んでしまう。それよりも俺の「用意」の合図でバリアーを消し、銃撃後再びバリアーを展開。これを盗賊が全滅するまで繰り返すのはどうだ」
「いいですわね、それで行きましょう」
「待ってくれ、殺さないでくれ」
盗賊の頭は全滅した子分たちの亡骸を見て、俺に命乞いをした。
「ダメだ。お前たち盗賊は領民から命や物を奪いすぎた。処刑は決定事項だ。ここで死ぬか、領民の前で公開処刑されるかどちらか選べ」
「俺達も生きるために必死だったんだ。仕方ないだろ。それに領民から物を奪いすぎたと言うのなら、それはお前たち貴族の方だ。お前たちのせいで俺の家族は・・・」
盗賊の頭の言うこともわかる。
前世でもそうだが、貴族の富は領民の困窮の上に成り立っている。
貴族にとって領民は人間ではなく、農地や牧場のように土地に付随した収穫物の扱いだ。
この男もおそらく、ここを治めていた前の領主によって収奪されていたのだろう。
俺は日本人としての感覚が残っているため、横暴な貴族にやり方には普通に腹が立つ。
だが領地運営上、決して見逃すことはできない。
領主として善良な領民を守る義務があり、強盗殺人は日本においても最も重い罪だ。
法制度が未熟なこの世界では、三権分立など有りはしない。領民の罪を裁くのは領主の仕事だ。だからこの場で判決を言い渡す。
「言いたいことはそれだけか。お前は公開処刑だ。こいつを捕らえろ」
盗賊討伐は決して後味のいい仕事ではなかった。
夕食時に父上から、
「そろそろ秋の叙勲式だ。王都まで7日かかるから、来週には騎士団を率いてここを出発する。お前も準備をしておけよ」
もう叙勲式か。
なら来週は、クエストを再開できるか。
「父上。俺は転移陣で直接飛べるので、騎士団を連れていく必要はありません。護衛騎士は学園の友達に頼んでありますし」
「そうか。だが男爵家なのだから見栄も必要。100騎程度の騎士団を率いて王都に入るのが普通だぞ」
「それならお父様から騎士団をお借りできるよう、私からお願いいたしましょうか」
「そんなことできるのか、フリュちゃん」
「はい、私がアゾート様とともにある限り、なるべく便宜を図るとお父様から申し付けられておりますので」
「それはありがたい。では私はフェルーム騎士団と合流して王都に向かう。うちの騎士団は引き続き盗賊討伐を継続させるか」
王都への件はなんとか上手くいきそうだ。
学園に戻ったらみんなを俺の護衛騎士として授業を休めるよう手続きを進めよう。
息子のアゾートとフリュちゃんが仲良く学園に帰って行き、今日は取引所の開会式だ。
夫のロエルは今日も盗賊討伐の陣頭指揮をとるため、騎士団を引き連れて朝から城を出払っている。
だからアゾートの母親である私が、メルクリウス男爵家を代表して、開会式に出席している。
場内は取引開始を待つ商人達の熱気で溢れている。
商業ギルド長と私の挨拶が終わり、ついに開会のベルが鳴り響いた。
さあ、取引開始だ!
この取引所の目玉でもある帳簿取引。私はもちろん「売り」から入る。
作戦通りに売って、売って、売りまくるわよ。
私の売りにより、徐々に穀物の帳簿価格が下落していく。それに便乗して売ってくる商人と、反対に買いに走る商人の注文が入り乱れ、取引所の喧騒が一段と増した。
「買って、買って、買いまくれ」
取引所が開設されたその日、ロディアン商会の会頭室では、部下たちに指示を出す会頭の声が響き渡っていた。
取引所の開設に併せて穀物の取引が突然活発化。刻々と変動する穀物価格を報告する部下たちが、会頭室と取引所の間を駆け回る。
「ええい、まどろっこしいな。来客の予定を全てキャンセルしろ。俺が直接取引所に行く」
ロディアン会頭が取引所に行くと、現在の穀物価格を示すボードの数字を、商業ギルドに雇われた少年たちがいそいそと交換している。
穀物の帳簿価格がみるみる下落していき、それを追いかけるように現物価格も下落しはじめた。
これはチャンスだ。
上手くやれば、リスクをとらずに利ざやが抜ける!
「よし、穀物は「現物取引で買い」だ。買って、買って、買い占めろ。全ての穀物を買い漁って、プロメテウス領の倉庫を空にしてやれば、実需買いでまた値が上がる」
それにしても面白いことを考えるものだな、ここの新領主は。
帳簿取引か。
架空の取引で実際の穀物価格を下げるなんて、とんでもない発想だ。
だが、貴族が商人のまねごとをしたら痛い目に会うことを、俺が教えてやる。
最後に勝つのは、この俺だ。
商人魂に火がついたのか、ロディアン会頭はその精悍な顔をさらに引き締め、熱く闘志を燃やしていた。
領地から学園に戻って三日後、突然母上が俺に会いに来た。
取引所について相談があるそうだ。
「アゾートの言うとおり、売りを大量に入れたら帳簿価格の下落に連られて現物価格も下がってきたわ。ただ、例のロディアン商会が現物を買い漁っていて、途中からは思ったほどに価格が下がらないの」
「現物買い?」
「そう。最初は売りに便乗していた領内の商人たちも、自分の手持ちの穀物がどんどんロディアン商会に買い取られていくのを見て、流れが少しずつ上昇に転じてきたの」
「穀物の小売価格はどうなってる」
「あまり下がってないわ。穀物がどんどん領外に流出しているの。このままでは食糧問題の解決どころか、逆に大変なことになるわ」
「穀物が流出か。ロディアン商会は買った穀物をどうしているの」
「倉庫に入りきれなくなった分を全て、ソルレート領に運び出しているわ」
「ソルレート領内で売りさばくためか。フェルーム領の方は穀物にはまだ余裕がある?」
「多少の余裕はあると思う。もしもの時には、食糧支援をお願いするけど」
「あと今年の収穫予想は豊作でいいんだよね?」
「今のところは、そうね」
「わかった。ここからは資金量の勝負だ。俺たちは引き続き売り継続だ。できる限り資金を調達して対応していこう」
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。最後に勝つのは、俺たちだ」
次回はいよいよクエスト再開です
ご期待ください




