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第407話 ヒルデ大尉との別れ

 ブロック・クリプトンと打ち解けた俺は、犬人族の里でヒルデ大尉から聞いて以来ずっと気になっていたことを彼に尋ねた。


「ところで一つお聞きしてもいいですか?」


「なんだね」


「シリウス教会の総大司教だったカルが受け継いだというミスト・クリプトンの遺産。この前の内戦でシリウス教会は解体され、カルもローレシア女帝陛下たちとの戦いの中で戦死したと聞きましたが、彼が持っていた魔術具がその後どうなったのかご存じですか」


「もちろん知っている。あれは本来私が相続すべき財産だったが、父上がカルに与えてしまったものだ。だからカルの遺産は全て差し押さえて回収した」


「そうですか! あの・・・もし良ければその遺産を俺に買い取らせてもらえませんか」


「残念だが全て売却して手元には何も残っていない」


「ええっ! 全部売ってしまったのですか」


「とある貴族が破格の値段で購入を希望したのでな。魔術具など倉庫に置いておくだけで経費は掛かるし、売れる時に売っておけばそれで別の商売ができる」


「くそっ! 一歩遅かったか・・・」


 カルの魔術具はクリプトン王家が亡命する際にアージェント王国から持ち出した国宝であり、ブロックにとっては父親の遺品でもあるはず。


 だがボルグ准将の言った通り、このブロック・クリプトンという男は魔術具には何の関心もないらしく、あっさり売却してしまった。


 そうすることが分かっていたから、父親であるミスト・クリプトンは息子のブロックでなく愛弟子のカルに魔術具を遺したのだ。


 一方、持ってるだけでは何の利益も産み出さない魔術具など、倉庫の貴重なスペースを無駄にするだけの在庫という商人的発想も、俺には理解できる。


 そしてこの考え方こそが、ボルグ准将たちからブロックが守銭奴扱いされている原因なのだろう。


 そうは言ってもミストの遺産を一目見てみたかった俺は、ダメ元で彼に尋ねてみた。


「あの・・・もしよければ、魔術具を購入したという貴族のお名前を教えてもらえないでしょうか」


「うーん・・・普通は顧客の名前など絶対に教えないのだが、親族であるキミになら教えても問題ないか」


「え、親族? すると俺の一族の誰かがミストの遺産を買ったんですか!」


「そうだ」


 やった! なんという幸運。


 親族なら俺が買い戻すことも可能なはず。


 たぶんネオンあたりが俺に気を利かせて確保してくれたのだろうと考えていたら、ブロック・クリプトンの口から想定外の名前が飛び出してきた。





「元フィメール王国王女レスフィーア様だ」


「え・・・レスフィーアってどこかで聞いたことが」


 ・・・たしか、カトリーヌが狙っていた何とかって王子と先に婚約した王女がそんな名前だったような。


「レスフィーア様は近々、魔法王国ソーサルーラのランドルフ王子と結婚される予定で、既にソーサルーラの王宮に引っ越された」


「はあ・・・」


 やはりカトリーヌのライバル令嬢だったが、彼女は俺の親族でもなんでもない。


「彼女は我々の業界でも有名な収集家で、ゲシェフトライヒの商人の中には彼女をお得意様としている者も多い。噂では王宮に彼女専用のコレクションルームも用意されたと聞く。キミは親族なんだから、欲しい魔術具があるのなら直接彼女から購入すればよい」


「わかりました、ありがとうございます・・・」


 ネオンか他のメルクリウス一族だったらよかったのに本当に残念だ。


 ていうかレスフィーアのどこが俺の親族なんだよ。


 ・・・いや待てよ。


 フィリアはローレシアの実妹だから、彼女と婚約した俺にとってローレシアは義理の姉にあたる。


 半分男だけど。


 そしてアスター家の養子に入った皇女リアーネも俺の義理の姉になり、その夫のアルフレッドの実妹こそがレスフィーアである。


 つまり俺とレスフィーアの関係は・・・何だろう。


 まあ俺は彼女の顔も見たことがないし、フィリアはアスター家を追放されていて、実質的には赤の他人。


 だが業界でも有名な収集家で、王宮に専用のコレクションルームを持つという話がすごく気になる。


 ていうか彼女のコレクションを全部見てみたい!


 実質赤の他人の俺に、彼女が貴重なコレクションを見せてくれるのかは分からないが、土下座覚悟で頼み込めば、少しぐらいは見せてくれるかもしれない。





 その後ブロック・クリプトンから商人たちを紹介され、一通りの商談を終えて満足した俺は、母上と共にみんなの所に戻る。


 商売に全く興味のない貴族令嬢のみんなは、ずっと自分の席に座っていて目の前の料理を楽しんでいた。


 俺が席に戻ると隣のフリュが呆れたように、


「あなた・・・お食事もとらずに、ずっと商談ばかりされるから、お食事がすっかり冷めてしまいました」


「でもドワーフ王国の商品の宣伝を十分できたから、イワーク王もきっと満足してくれると思う」


 俺は食事に手を付けながらテーブルを見渡す。俺たちは縦に細長いテーブルの両側に、向かい合う形で座っている。


 俺の右隣にはフリュが座っていて、エルリン、ジューン、フィリア、マイトネラと並んでいる。その反対の隣にはセレーネとキーファが座って居て、マール、エレナと続く。


 帝国への帰還中、キーファはセレーネにベッタリと懐いていた。セレーネはキーファが前世の娘ディオーネであることに気付いておらず「なぜか自分に懐いているエルフの娘」という認識だ。


 エルリンもそうだが、このハーフエルフの二人は本当に欺瞞工作が上手い。


 そしてマイトネラだが、本来の彼女は穏和な性格で頭脳も明晰だったため、空母で過ごした1ヶ月弱の間に仲間たちはみんな彼女に心酔していった。


 特にマールやカトレアたちは、マイトネラに色々な相談をもちかけて、実の姉のように慕っている。


 そんなマイトネラも俺に対しては途端に行動がおかしくなり、乗船してすぐにフリュに土下座で頼み込んで、女王のくせに俺の侍女になろうとした。


 最初はそれを頑なに拒んでいたフリュだったが、彼女のあまりの執念に根負けして、最後はそれを許してしまった。


 もちろん俺と二人だけにしたくなかったフリュは、自分とジューンが交代で俺の傍にいるようにすると、マイトネラを異常に警戒するフィリアも俺の侍女に指名して彼女を監視させようと考えた。


 だがマイトネラはフィリアを先輩として尊重し、何でも彼女を優先すると、本来は水と油のヤンデレ同士が運命共同体のような関係を築いてしまった。


 こうして俺の婚約者たちを次々と篭絡していった頭脳派のマイトネラに、俺は外堀がどんどん埋められていくのを感じた。




 そんな俺の向かいにはヒルデ大尉が座っており、その両サイドにカトレア、エミリー、カトリーヌ、ゴウキ夫妻、ピグマン夫妻、シルビア王女が並んでいる。


 反抗の意思もなくなり拘束具を外されたシルビアがマイトネラやフィリアと楽しく食事をしているのを横目で見ながら、俺はヒルデ大尉に話しかけた。


「俺たちは明日の朝、ここを出発して帝都ノイエグラーデスに向かいます。2回に分けて転移するので帝都には午後に到着する予定ですが、大尉はソーサルーラに向かうんですよね」


「その予定だったんだけど、さっき軍の基地に帰還の報告に行ったら祖父から連絡が届いていて、実家に顔を見せることになったの。その後すぐにソーサルーラに帰ることにしたから、帝都までは一緒に行くわ」


「大尉の実家って帝都にあるんですか」


「帝都じゃないけど、その近くの町よ」


「帝都周辺にはたくさんの町や村がありますからね」


「そうね。今回はお互い忙しくて時間がないけど、今度機会があれば私の町を案内してあげるわ」


「大尉の町かあ。楽しみにしてますね」


「それとボルグ准将への報告は、私もついて行ってあげる。私は准将の部下じゃないし全部中尉に任せるつもりだったけど、一応あなたの上官だし同行しない訳には行かないでしょ。仕方がないわねもう・・・」


 忙しくて時間がないのにとブツブツ文句を言う大尉だったが、その表情は少し嬉しそうだった。





 次の日の午後、帝都ノイエグラーデスの帝国軍本部の転移陣室に到着した俺たち。そこでみんなと分かれると、俺とヒルデ大尉の二人でボルグ准将の執務室に向かった。


 そこで1年間の報告を受けたボルグ准将は、


「エルフの里への案内を急に押し付けてしまってすまなかったなヒルデ大尉。そして二人とも、1年間の調査活動ご苦労だった」


 ボルグ准将が俺たちと握手を交わす。


「しかし最初はエルフの里に遊びに行くだけの話だったのに、まさかお前さんたちがこれほどの成果を出すとは思ってもみなかった。シルフィード族とウンディーネ族の発見、鬼人族統一国家の建国、ドワーフ王国との国交樹立はどれも一等級のお手柄だった。今回の調査に参加した全員を叙勲対象者として推薦しておくから楽しみにしていてくれ」


 ボルグ准将は満足そうに俺たちを見ているが、俺はずっと気になっていたことを彼に聞いた。


「メルクリウス帝国なんか建国してしまって、ランドン=アスター帝国的にはマズくなかったのかな」


「なんだよアゾート、お前さんは意外と気が小さいんだな。南方未開エリアなんか帝国の領土でもないんだし、自己責任で好きにやればいいさ」


「そういうものか?」


「そういうものだ」



 報告を終えた後は、3人でエルフの里の話題で盛り上がり、前世のフリュがアイオニオンの孫だったことを話すと、アウレウス公爵家がエルフそっくりだった謎がやっと解けたとボルグ准将が腹を抱えて笑った。


 そして話題も一段落した頃、ヒルデ大尉が帰り支度を始めた。


「報告も終わったし、これから論文の発表会の準備もしなくちゃいけないから、私はもう実家に帰るわね。アーネスト中尉・・・エルフの里で待ってるわ」


「ええ・・・ヒルデ大尉もそれまでお元気で」


 最後に何かを言いたそうだったヒルデ大尉は、だが俺たちに敬礼をすると、執務室から颯爽と退出した。





 彼女の立ち去った後をぼんやり見ていると、


「おいアゾート、随分と寂しそうな顔をしているが、さてはヒルデ大尉に惚れたな」


「そ、そんなんじゃないですよ! ただ1年間ずっと一緒にいた仲間が急にいなくなると、やっぱり寂しいですね」


 俺がポツリとそう言うとボルグ准将も、


「・・・そういうことにしておいてやるよ。お前さんは仮にも国王だし、平民のヒルデ大尉とは身分が違い過ぎる。彼女の将来を考えたら今の関係を続けた方がいいだろう」


「いや俺は彼女のことは・・・」


 ボルグ准将が余計な話をするからヒルデ大尉のことを妙に意識してしまった。


 彼女のことが好きではないと言えばウソになるし、彼女と一緒に過ごした日々はとても充実していた。だからと言って短絡的にそういう関係を求めるのは間違っていると思う。


 確かに平民の女性を妾にする貴族はたくさんいるが、俺は彼女とそんな関係になりたくないし、あくまで対等な立場でいたい。


 それに優秀な彼女をそんなことで埋もれさせるのは社会にとっても損失なのだ。


 俺が黙ってうなずくとボルグ准将も、


「ヒルデ大尉は非常に優秀な工作員だが、そんな彼女もさっきから寂しげな表情を隠しきれていなかった。彼女もお前さんと同じ気持ちなのかもしれんな」


「大尉が俺と同じ気持ち・・・」


 大尉はこのまま工作員を続けると言っていたし、俺が工作員をやめない限り、エルフの里に行けば彼女と一緒に仕事をすることができる。


 メルクリウス帝国やドワーフ王国に拠点を持っている俺は、本当は工作員である必要はない。それでも工作員を続ける理由こそ、彼女と共に有りたいからだ。


 ボルグ准将と話したことで、ヒルデ大尉に感じていた自分の気持ちを整理できた俺は、次に彼女と再開できる日を楽しみにしながら、自分の役割を全うすることにした。




「さてとお前さんももう帰ってもいいぞ。ローレシア女帝陛下の所に報告に行くんだろ」


「ええ。7家融和戦略会議にも今回の件を報告しなければならないのでね」


「ならこんな所で油を売ってないで、とっとと行け」


 俺はソファーから立ち上がると、ボルグ准将に敬礼して執務室を退出した。

次回、7家融和戦略会議


ついに7家の代表全てが勢揃いし、アゾートの報告が衝撃を与える


お楽しみに

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― 新着の感想 ―
[良い点] ボルグ准将にもう少し驚愕させたり、カルの言ってた邪法とはそれかとかコメントがあると良いですね。 魔族の定義とかけっこう今までの常識がひっくり返る事もありましたし。 [気になる点] 追放さ…
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