第41話 秋の舞踏会の先に見えたターゲット
その翌日の教室でのこと。
「明日の放課後に開かれる舞踏会の準備はできているのか、アゾート」
「舞踏会?」
ダーシュの言葉に俺は思わず聞き返した。
「ああ。上級クラスだけの課外授業なんだが、春と秋に一度ずつ舞踏会が開かれて、貴族同士の交流を深め合う。まあ社交界の練習だよ」
「へえ、そんなのがあったとは知らなかった。でもここは騎士クラスだから、出席する必要はないのでは」
俺は舞踏会には全く興味はない。
そんな暇があれば、ダンジョン攻略とかプロメテウス領の領地運営に時間を使いたいのだ。
「そうもいかない。今年の1年生の上級クラスは俺たちトップ5が抜けたから、残ったのは中級貴族家の子弟でも魔力が弱くて後継者候補にすらなれないものばかりだ。逆にこの騎士クラスBは、俺やアレンのような伯爵家の子弟をはじめ、子爵家の子弟でも魔力の強いのがゴロゴロ。お前に至ってはすでに男爵で領主じゃないか。実質的にここが上級クラスだ」
「ダーシュの言う通り、1年生は俺たちが出ないと話にならない。そもそも中級貴族以上の課外授業だから欠席したら単位が出ないって聞いてるぞ」
アレンの「単位」という言葉に、俺は無駄な抵抗をあきらめた。
どうせ少しの間我慢すれば済むこと。壁際に立っていて、飯でも食ってればそのうち終わるさ。
「服装は制服でいいのか」
「構わない。だがみんなそれなりにドレスアップしてくるけどな」
次の日の朝、俺はいつものように寮の前で待ち合わせをしていた。やがて女性陣が到着するとダンが、
「おおっ、ユーリ、アネット、パーラは気合いが入っているな」
放課後すぐに舞踏会があるため、参加する女子生徒は朝からドレスに身を包んでいる。
学園にいると普段が制服なので忘れがちになるが、貴族はこれが正装であり、女性は一日中ドレスを着て過ごすものなのだ。
全く戦闘向きの服装ではないが。
「いつもお前たちの戦闘力しか気にしてなかったから、お前らも本当は令嬢だったんだと改めて気がついたわ」
「まぁ失礼ですわね、ダン。こんな剣術バカは放っておいて早く行きましょう、カイン」
「かしこまりました、お嬢様」
カインは、スマートな仕草でユーリをエスコートしていった。
「剣術バカは俺よりカインの方だろが」
そんなダンにパーラが手を差し出した。
「ダン、お前もパーラをエスコートしろ」
俺が言うとダンはあたふたしながら、パーラの手をつかんでエスコートする。
ぷっ、ダンのやつ。もっともザッパー男爵から見れば、この前の俺もあんな風に見えていたのかもな。
俺はアウレウス伯爵邸での会食を思い出していた。
「みんないいなぁ。私もドレス着て舞踏会に行きたいな」
マールは羨ましそうな目で、ユーリたちを見つめている。マールは騎士爵家だから、舞踏会には参加できないのだ。
「マールにもそのうち舞踏会に出るチャンスもあるよ。卒業パーティーとか。それよりエッシャー洞窟へは二人だけになるけどよろしくな」
「うん! 楽しみだね。じゃあ私たちも学校に行こうよ」
マールがそっと手を差し出す。
「それでは参りましょうか、お嬢様」
俺はマールをエスコートして、学校へ向かった。
教室ではユーリたちのドレス姿に注目が集まり、朝からみんな騒ぎ立てていた。
騎士クラスにはサマーパーティーと卒業パーティーの2回しか機会がないので、秋の舞踏会にみんな興味津々なのだ。
そんな教室に、フリュオリーネが入ってきた。
先週のアウレウス伯爵邸で着ていたあの水色のドレスに身を包み、ネックレスの宝石がキラキラと輝いている。
整いすぎた美貌に氷のような眼差し。高貴なオーラ全開で教室の中をしずしずと歩いていく。
みんな息を飲んでフリュオリーネの動きを目で追う。教室が静寂に包まれていく。
フリュオリーネが俺の斜め前にある自分の席に到着すると、すっと俺の前に立った。これから何が起きるのか、クラスメイトたちが固唾を飲んでそれを見つめる。
「本日はエスコートよろしくお願いしますね、アゾート様」
そう言ったフリュオリーネの表情が、氷の美貌から一転、ニッコリと優しげに微笑んだものに変わった。
その瞬間、親衛隊たちの黄色い悲鳴と、モテない同盟たちのどす黒いオーラが教室に一気に充満した。
彼女は今は中級貴族扱いであり、俺は彼女の後見人なんだから仕方ないだろと心の中で言い訳をしていると、
「ええっ!せ、セレーネ様がうちの教室に来た!」
突然騒ぎだした親衛隊の方を見る。
白銀の長い髪に金の髪飾りが輝き、淡いピンク色のドレスを身にまとった美少女がそこにいた。
「おお、我らの女神セレーネ様が降臨された!」
「セレーネ様ーー!」
「セレーネ様。このむさ苦しい教室へようこそ」
まるで神かアイドルが登場したかのような熱気が教室を包み込む。
何してるんだ、あいつ。
俺はクラスメイトをかき分けて、彼女に向かって言った。
「おいネオン。まさかその格好で舞踏会に出るつもりか」
その言葉を聞いたクラスメイトは、一瞬その動きを止めた後、一様に驚きの声を上げた。
「「「えーーー?! これがネオン(様)?」」」
「嘘だろ」
「どっからどう見てもセレーネ様じゃないか」
「瓜二つ、全く見分けがつかない」
まだ信じられないといったクラスメートを横目に、ネオンはおどけるように、
「アゾートにはセレン姉様と僕の見分けがつくんだ」
「当たり前だろ。お前とセレーネは全然違うじゃないか。見分けがつくに決まってるだろ」
「そんなのアゾートだけだよ」
親衛隊とモテない同盟は、本当にネオンだったことに驚き、それを簡単に見抜く俺に呆れた。
「いやいやいや。区別つかないだろ普通。どう見てもセレーネ様本人じゃないか」
「そうよ、私たちでも区別がつかなかったんだから。でも女装するネオン様も素敵ね。まるでセレーネ様と本当の姉妹のよう」
本当の姉妹なんだが・・・。
「で、なんで女装して舞踏会に出るんだ」
「実はセレン姉様に頼まれたんだ。舞踏会にはあまりいい思い出がないから、代わりに出て欲しいって」
「そうか、そうだったな」
子爵家次期当主となったセレーネには、中級貴族として出席が求められる。
しかし卒業パーティーではフリュオリーネの取り巻きたちからドリンクをかけられるなど、執拗にいじめられていたこともあり、いい思い出なんかあるわけがない。
やはり今でも、心の傷が残っているのか。
いやそれだけではないはず。
突然身分が上がったセレーネに対し、2年生上級クラスの生徒との間で、現に確執があると考えるのが妥当だ。
そうであれば、セレーネの騎士として俺がとるべき行動は一つだ。
「わかった。そういうことなら俺も全力でサポートするよ」
ネオンの女装の理由について完全に納得した俺をよそに、モテない同盟は未だ釈然としていなかった。
(あいつ、セレーネ様とネオンのどこを見て区別してるんだ? 俺たちには全くわからん)
「ネオン! あなたはどうして勝手なことばかりするの!」
ネオンと全く同じドレスを着たセレーネが、ネオンに激怒している。
放課後の舞踏会会場でセレーネを見かけたため、慌てて駆け寄った俺たちだったが、ネオンの姿を見たセレーネは開口一番、ネオンを叱りつけたのだ。
え?
セレーネは普通にパーティーに出席している。
ネオンを叱っているということは、ネオンの女装はセレーネの指示ではなかったのか。
なんで?
俺が混乱している隙に、ネオンはどこかへ逃げて行ってしまった。
「最近のあの子、アゾートのためなら何でもやるのよ。変な女を近寄らせないって。でもまさか舞踏会にドレスを着て参加するなんて思わなかった。もうメチャクチャだわ」
「俺はセレーネからの頼みで、セレーネの代わりに舞踏会に出るって聞いたぞ」
「そんなこと頼まないわよ。これ授業だから、出ないと単位がもらえないでしょ」
また、ネオンにだまされた。
「ちょっと胃が痛くなってきた。俺は向こうで少し休憩してくる」
イタタタ。あいつ本当にもうどうなっても知らないぞ。
俺は壁際に用意された椅子に座り込んだ。
舞踏会が始まった。
生徒会長のサルファーが開会の挨拶をしていて、その後ろには生徒会役員たちが並んでいる。
俺は隣に座っているフリュオリーネに声をかけた。
「フリュは副会長だろ。あそこに並んでなくていいのか」
「私は生徒会を辞めました。今は副会長ではありませんよ」
そうだったのか。身分が変わると副会長でいられないなんて、少し切ない気持ちになった。
そこへ3人の令嬢がこちらへやってきた。
「あらあら、フリュオリーネ様ではないですか。本日はどのようなご用件でこちらへ」
「ご立派なドレスを御召しになっているから、きっと舞踏会にご参加されているのでは」
「あらおかしいですわね。確か生徒会長に婚約破棄されて平民落ちなさったから、舞踏会に出る資格はなかったのでは」
「学園にも居られなくなるところを、アウレウス伯爵のお力で1年生の騎士クラスに転出されたと伺ってますわ」
あいかわらずペチャクチャと、こいつら気に入らないな。
伯爵はこう言った悪意に自分の娘をさらしたくなかったから、俺に後見人を任せたんだな。
俺はフリュオリーネを庇うように、令嬢たちの前に立ちふさがった。
「俺は彼女の後見人を伯爵から任されているアゾート・メルクリウス男爵だ。何か文句があるのなら、全てこの俺を通してからにしてもらおう。彼女と直接話をすることは、俺が認めない」
だが令嬢たちも負けていない。
「騎士爵分家の身からの成り上がりものがいい気なものね」
「アウレウス伯爵の威を借りなければ何もできない、吹けば飛ぶような弱小貴族が」
こんな会話、夏休み前を思い出すな。
あの時はセレーネを守って上位貴族令嬢と言い争っていたが、今はフリュを守っている。
しかし、よく次から次へとこんな言葉を思い付くもんだ。これだから上級クラスの奴らとはかかわり合いたくないんだよな。
さて次はどう言い返そうか考えていると、ダーシュとアレンが横から割って入ってきた。
「アウレウス伯爵はこのアゾート君を高く評価していたと、父上から聞いているぞ。彼を敵に回すことは我々の派閥全体を敵に回すと考えておいた方がいい」
「そもそも君たちは、今はご両親の地位に準じた待遇を受けているものの、将来の結婚相手が相応の地位についているとは限らない。逆にアゾート君は学生でありながら既に領主。君たちの両親と同じ地位が確定しているのだ。そしてフリュオリーネ様はアゾート君の配偶者として、とても仲睦まじい様子だったと晩餐をともにした父上から伺っている」
「アレン君の言うとおりだ。フリュオリーネ様に対する口の聞き方は、今後慎むように。君たちは立場が逆転していることに、早く気がついた方がいいぞ」
さすが上級貴族の御曹司たち。
令嬢たちをすごすごと引き下がらせてしまった。
「助かったよ、ダーシュ、アレン。だが、俺とフリュは別に結婚した訳ではないよ」
「父上からはそう聞いたが、違うのか」
「俺は伯爵から彼女の後見人を頼まれたんだよ。そう言えばフリュ、さっきはどうして黙っていたんだ。あの令嬢たちに言い返しても良かったと思うが」
「アゾート様が守ってくれたので、私はそれで充分幸せです。それにあの者達に何を言われようとも、何の感情もわきませんし」
「それならいいんだけど、フリュはもういろいろ我慢しなくていいんだぞ」
「ふふっ、アゾート様。それではお言葉に甘えて、アゾート様を傷つけようとする者は、私が全力で排除いたしますね」
ダーシュとアレンは思った。
これは完全に嫁だと。イチャつくなら家でやれよと。
「今はサルファーが生徒会長だからまだましだが、次の会長はニコラ・デュレートだから学園が荒れるかもしれないな」
アレンがポツリとつぶやいた。
ニコラは生徒会副会長だ。
「ニコラってそんなにひどい奴なのか」
「ひどいと言えばひどい。あいつは無能なんだ。取り巻きの言葉を鵜呑みにして自分では何も考えない、ある種の貴族の典型みたいなやつだな」
「上位貴族と下位貴族の分断がひどい状態なのは知っているよな」
「ああ、セレーネが魔法団体戦で不正を受けたことで爆発したからな」
「あいつが生徒会長になると、まわりの言うがままに上位貴族を優遇し、その分断がますます酷くなるだろう。そのうち学園が機能しなくなるぞ」
「そんなのがなぜ副会長に?」
「単純に伯爵家子息だし派閥のバランスをとる必要があったからだよ。あいつはソルレート伯爵家、つまり俺たちの敵対派閥でお前の領地のお隣さんだ」
「あいつソルレート伯爵家だったのか。でも生徒会長は選挙で決まるんだろ」
「まあそうだが、実質は固定票の奪い合いだ。この学校にはアウレウス公爵派とニコラたちのシュトレイマン公爵派、それに中立派の3つがほぼ同数で均衡しており、中立派をどちらが押さえるかが勝負なんだ」
「中立派も貴族だから、生徒会長にはどうしても格上でないと従えさせられない。本来はフリュオリーネが最有力候補だったが、今の2年生では一番格上のあいつが今の最有力。2年生にはアウレウス派閥の伯爵位の貴族の子弟が誰もいなくなってしまったからな」
「アウレウス派閥にはもう候補はいないのか?」
「格落ちになるが、子爵家次期当主が一人いる」
「じゃあ、そいつにお願いすればいい」
「セレーネだ」
「・・・・・」
フェルーム家が騎士爵から一気に子爵家に格上げされたため、セレーネの地位も一気に上昇。
アウレウス派閥内には子爵家の子弟が他にもいるが、次期当主が決まっているのはセレーネだけ。2年生アウレウス派の実質トップだ。
しかも中立派からアウレウス派に入ったことで、シュトレイマン公爵派からの攻撃をまともに受けることに。
そんな状況でセレーネに、生徒会長選に出ろと言うのはさすがに酷だ。
だが、問題がハッキリした。
この学園に階級間の分断を起こしてでも優遇を受けたい上位貴族の存在。
冬に行われる次期生徒会長選挙では、上位貴族優遇策を平然と実施する二コラが最有力候補。
二コラはソルレート伯爵家の子弟。
ソルレート家はプロメテウス領の食糧問題を助長する迷惑な隣人にして敵対派閥。
つまりソルレート家との対決は、もはや避けられないということだ。
俺は舞踏会で今、ネオンとダンスを踊っている。
フリュにダンスの手ほどきを受けていたら、突然ネオンが現れずっと俺から離れないのだ。
「お前、他の奴らとも踊れよ。なんで俺とばかり踊るんだ」
「アゾート以外と踊るつもりなんかないもん。だからわざわざドレスまで来てきたのに」
「お前は本当にやることがメチャクチャだな」
周りを見ると、男子生徒たちがネオンの美しさに見惚れている。
そして隣ではセレーネがダンスを躍りながら、ネオンのことを睨んでいる。
「お前と踊ろうと、たくさんの男子生徒が待っているぞ」
「あれはセレン姉様狙いのやつら。私とは関係ないよ」
「そんなことはないだろ。セレーネだけじゃなくお前のこともちゃんと見てるぞ。それにお前とセレーネの区別ぐらいつく。あれは完全にお前狙いだ、間違いない」
「あそう。じゃー試してみる?」
そう言うとネオンは、すぐ近くにいた生徒会長のサルファーにツカツカ歩いていき、ダンスを申し込んだ。しかし、
「やあネオンか、どうしたんだその恰好。はっ、まさか君の父上が君を僕にあてがうために、セレーネのマネをさせているのか。そんなことをされても君とは結婚できないぞ。僕はセレーネ一筋、君たちの区別ぐらいちゃんとつくからな」
「誰がお前なんかと結婚するかバカ」
「ほらみろ。サルファーにはちゃんとセレーネとネオンの区別がついてるじゃないか」
ネオンは思った。私たちの区別ができるのは、アゾートとサルファーだけだと。
たまには学園ネタを入れてみました




