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第401話 シルスの秘密

 目の前に立つこの男。年齢は俺よりも少し上の印象だが、大きな漆黒の瞳がコイツの存在をより不気味に引き立てる。


 そんなシルスが構えた魔剣に7色のオーラが溢れ、マナが鳴動し大気が緊張する。



 キーーーーーーン!



「みんな後ろに下がれ! あいつは俺がやる」


 懐から取り出した簡易魔力測定器に表示された数値は900。ブースト状態の俺とほぼ同じ魔力の7属性勇者が今、俺たちに襲い掛かろうとしている。



 【無属性固有魔法・超高速知覚解放】 



 改めてブーストし直した俺は、魔剣・炎のつるぎに魔力を満たしていく。アポステルクロイツの指輪を持たないヒルデ大尉たちには、絶対コイツと戦わせるわけにはいかない。


 タイムリーパーの安定性を重視した作戦が最後の最後で裏目に出てしまった。せめてエレナぐらいは連れてくるべきだったが、こちらにはセレーネがいる。


 彼女が到着するまでは俺一人で持たせるしかない。


 ・・・よし魔力が満ちた。行くぞ!


 シルスより先に俺が仕掛けると、そこで激しい魔剣の打ち合いが始まる。魔力は同等だがスピードは明らかに俺の方が上。大尉たちの方へ行かせないように、ここでコイツを食い止める!



「へえ、キミって随分と仲間想いなんだね。この世界にもそういう人間が居るんだ」


「何だと?」


 シルスは俺の剣戟を一身に浴びながらも、飄々とした口調で話しかけてくる。


「この世界は、弱肉強食な上に強固な身分社会だよ。獣人族と鬼人族は完全に奴隷扱いだし、妖精族だって魔族の魔力には逆らえない。そして露骨な男尊女卑。令嬢なんか世継ぎを産む為の道具扱いだし、レディーファーストなんて言ってるけど女性を先に行かせて敵の罠がないか確認させるのをマナーっぽく見せてかけてるだけだ。ここは不平等で愛のない野蛮な世界だ」


「何を言っているんだお前・・・」


 激しい剣戟の応酬をしながらも、シルスは涼しい顔で俺との会話を続ける。


「僕はね、全ての人間は生まれながらに平等だと思うんだよ。魔族も妖精族も獣人族も鬼人族も、そして人族もね。だからこんな不平等な社会を変革するために僕は革命を起こしたんだ。自由と平等と愛と平和で満ちた理想的な世界を実現するための第一歩としてね」


「自由と平等、愛と平和・・・」


 そんなことを考えて、シルスは先代の皇帝を殺害して第4代皇帝を名乗ったのか。


 どの歴史書にもシルスの思想や帝位を簒奪した理由が書かれていないし、受けた印象は獣人族や鬼人族の口車に乗せられたお調子者というイメージが強い。


 だがコイツにはコイツなりの正義があって、配下の騎士たちも彼の正義に賛同して付いて来ていたのかも知れない。


 シルスが7属性勇者であることといい、彼の配下に強力な騎士団がいたことといい、ここまで情報がないのは誰かが意図的に隠したのだろうか。




「ところでさあ、キミはなぜ僕と戦っているんだい」


「なぜだと?」


「キミたちはどこかの国の軍人で僕とは何の関係もないはず。なのに僕の考えに賛同する仲間たちを問答無用で殺してしまった。背中のネプチューン皇家の姫に唆されたのならそんなことはやめて、今から僕の仲間になるならその命を助けてやってもいいよ」


「お前の仲間に?」


「そう、自由で平等、身分や男女の差別のない平和な世の中を作ろうよ」


「それができれば理想的だが、俺はお前の仲間にはなれない」


「どうして?」


「知りたいのなら教えてやろう。妖精族の人族化を防ぐためにお前が生きていては困るからだ」


「妖精族の人族化・・・ふーん、まさかネプチューン皇家が聖属性究極魔法エクストラ・ワン・チェーンの秘密をキミに教えたとはね」


「お前がそれをたてに、ネプチューン皇家を脅していたことは調べがついている。全ての妖精族を守るために、ここでお前を倒す!」


「へえ、キミは僕に勝つつもりなんだ。とても面白い冗談だが、やはり世界に魔王は二人もいらないか」


 そう言うと、シルスは突然詠唱を始めた。


 その途端、光のオーラが増大し彼の前に集束する。まさかこの大魔法をコイツは高速詠唱で発動させることができるのか。


 間に合ってくれ!



【無属性固有魔法・アンチ・ローレシア・バリアー】

【光属性魔法・カタストロフィーフォトン】



 外が鏡面、内が暗黒。


 空間マナ励起型レーザー専用バリアーを展開させた俺は、辛くもシルスが発射したカタストロフィーフォトンから逃れることができた。


 だが視界を遮ったためにシルスの姿を見失う。


「中尉、後ろっ!」


 ヒルデ大尉の絶叫に瞬時に反応し、俺は炎のつるぎで背後から強襲してきたシルスの剣を受けた。



 ガキーーーンッ!



「おーっと残念。ネプチューン皇家の姫君を仕留めそこなったよ」


「くそっ、カタストロフィーフォトンを撃ったのはこれが狙いか」


「違うよ。普通にキミたちをこの世から消滅させようと撃ったんだけど、この魔法を防ぐバリアーが存在していたなんて知らなかったよ。つまりキミはこの魔法がどのような原理で発動するのか熟知していて、その対処方法も既に構築済み。そして瞬時にあんなバリアーを展開させてみせた。本当に驚嘆すべきことだ」


「だがお前は、魔法が効かないと分かった瞬間、作戦を切り替えた」


「キミが光を遮断するバリアーを展開したから、それを逆手にとって背後に回らせてもらったのさ。でもキミの仲間の存在を忘れていたよ。大した魔力がないから無視していたけど、先にキミの仲間を倒しておいた方がよさそうだね」


「マズい、大尉逃げろ!」





 そしてシルスが後ろに跳躍すると、あっという間にヒルデ大尉たちを捉える。


 すぐに大尉が反応し、エミリーとカトリーヌの二人をかばうように前に出たが、魔力の差が大きすぎて、大尉のバリアーが木っ端みじんにはじけ飛ぶと、シルスの初撃を食らってしまった。


「うぐうっ・・・」


「ヒルデ大尉ーーっ!」


 シルスの剣が大尉の腹部を直撃して鮮血がほとばしる。すぐさまカトリーヌがキュアを発動し、次の瞬間には治癒が開始されたが、シルスは返す刀で今度は大尉の首元に剣を振り抜く。


 そこに俺がギリギリ身体をねじ込ませると、大尉の首を切り落とそうとするシルスの剣を俺がはじき返して、高速プラズマ弾をシルスの顔面に叩き込んだ。


「ぐわっ!」


 至近距離からの魔法発動により、シルスのマジックバリアーを突破した炎が彼の顔面を包み込む。


 地面を転げまわるシルスを横目に、腹部を押さえるヒルデ大尉を助け上げる。


「すみません大尉、一瞬の隙をつかれて」


「・・・私はいいのよ、みんなが無事なら」


「大尉のおかげでエミリーもカトリーヌも怪我はありません」


「・・・そう、よかったわ」


「・・・大尉、後は俺に任せてください。アイツだけは絶対に俺が始末します」


「いいえ・・・私に考えがあるの。私が彼の動きを止めるから、あなたが彼にトドメを指して」


「動きを止める・・・わかりましたが、あまり無理はしないでくださいね」





 すぐに炎が消えて、立ち上がったシルスが俺を睨みつけながら再び剣を構える。


「やってくれるじゃないか。まさかキミも高速詠唱が使えるとは思わなかったよ。でも彼女と喋っている暇があったら僕にトドメを刺すべきだったね。キミは戦いに非情になりきれてないというか・・・なるほど、彼女は仲間ではなくキミの恋人か」


「違う、彼女は・・・」


「女性兵士ばかりでおかしいとは思ってたんだ。最初は男女平等な国の軍隊かと思っていたが、やたら後ろの彼女たちをかばっていたのは、恋人を連れて格好をつけていただけだったのか。キミには失望したよ」


「失望だと?」


「僕は戦争が大嫌いだ。だけど唯一戦ってもいい時があるとすれば、それは自由と平等という普遍的価値を守るためだと思っている。戦争を政治や経済の一環として見る輩がいるがそれは愚劣極まりなく、唯一イデオロギーの実現にこそ戦争を行うべきなのだ」


「イデオロギーのための戦争・・・それは違う!」


「違わない。人間が他の動物と異なるのは、生物としての本能や欲求から解き放たれて、思想を持っているからだ。だから我々はホモサピエンス、つまり「賢い人間」と呼ばれている」


「ホモサピエンスって、お前・・・」


「人類が誕生して数万年が経過し、偉大なる先人の知恵の上に生を受けた我々は、自由と平等、そして民主主義という政体を獲得した。これはこの世界においても通用する普遍的概念であり、僕はそれをネプチューン帝国に取り入れようとしたのさ」


 ・・・コイツは今何を言った?


 セレーネとは少し違うが、この世界の誰も知らない用語の数々、俺と会話をしながらも瞬時にカタストロフィー・フォトンを放ってきた高速詠唱の使い手。


「お前、日本からの転生者か?」


 するとシルスはニヤリと笑い、


「やっぱりキミもそうだったんだな。高速詠唱を使えた時点でおかしいとは思っていたけど、だったら分かるでしょ。この世界が理不尽で不平等なことを」


「俺だってそれは思うさ。でも、この世界がそういう文明レベルだから仕方のないことだ」


「キミは頭がいいと思ったが僕の買い被りだったのかな。人類が長い歴史の中でたどり着いた普遍的価値とは自由と平等であり、それを政治に体現したものが民主主義なんだ。これこそ人類が守るべき唯一価値のあるもので、いかなる時代や政体においても正しいという普遍性を持ち、何よりも優先される」


「お前こそ何を言ってるんだ。自由や平等は確かに大切だが、そのために国を破壊してフェアリーランドを無政府状態にしたら本末転倒じゃないか。生産力が低く戦争ばかりの中世的封建世界で、自由と平等ばかり主張して何になる」


「本当に分かってないな。鬼人族や獣人族みたいに、虐げられた弱者にこそ自由と平等こそが必要なんだ。キミは自分が魔王で強者だから、弱者の気持ちが分からないだろうが、為政者としては失格だ」


「どっちが失格だよ! 仮に戦国時代にタイムスリップして、信長に民主主義を導入するように言って安土桃山時代に実現したと思うか? 逆に明治維新を経てなぜ大正時代に民主主義が花開いたのか。それは経済規模が拡大して国力が向上するとともに、国民皆兵で他国からの侵略や植民地支配の恐怖から一先ず脱却できたからだ」


「そうではない! 大正デモクラシーは教育の成果であり、日本人が民主主義の普遍的価値を理解するに至ったからだ」


「それは否定しないが、人間はその本能として個人の生命や家族の安全を最も重視し次に地域社会、国家、世界へと段階的にその範囲が広がって行く。人間は原初な欲求が満たされて初めてイデオロギーで動く」


「いいや、イデオロギーが根底にあって国家や社会、個人の行動が形作られるのだ。やっぱりキミは僕とは相容れない考え方のようだ。キミは自分や身近な仲間さえよければ、世界のどこかで苦しんでいる人が居ても関心を示さない。そしてたまに思い出したかのように「ああ世の中にはこんなに不幸な人がいるんだ」って悲しんだ振りをしているくだらない人間なんだ」


 コイツ、何を言ってんだ?


 同じ日本人なのかもしれないが、驚くほど会話がかみ合わない。





 そんなシルスに突然巨大なプラズマ球が命中し、はるか後方に吹き飛ばされる。


「お待たせ安里先輩! 敵騎士団の掃討に時間がかかったけど、間に合ってよかったわ」


「観月さん、簒奪帝シルスの正体が判明したよ。コイツは7属性勇者でしかも日本からの転生者だ。魔力も900あるから油断するな」


「ふーん転生者ね、面白いじゃない。この日本国防軍エース、観月せりな少尉を相手にどこまでやれるのかお手並み拝見ね」


 セレーネが両手を腰に当てて「えっへん」と威張ると、顔に怒りをにじませたシルスがこちらに戻って来た。


「やってくれるじゃないかキミ。7属性勇者の僕より魔力が高いなんて、一体どういうカラクリなんだ」


「あなたなんかに教えるわけないでしょ。ていうか、よくも安里先輩を攻撃してくれたわね!」


 そういうとセレーネが魔剣炎のつるぎに魔力を満たして、シルスに斬りかかった。


「くっ・・・」


 シルスがそれを剣で受けると、二人の激しい打ち合いが始まった。





 魔力値1200vs900。


 セレーネが魔力で圧倒しているが戦いはほぼ互角のまま続く。俺は一度ヒルデ大尉たちの元に戻り、ここからの攻勢のために体勢を整える。


 両者の魔力がほとばしり、凶悪なオーラが周囲を蹂躙する。そんな頂上対決に、俺は大尉たちをバリアーで守りながら戦いを観察する。


「どうもおかしい。魔力にかなりの差があるはずなのに、なぜセレーネはシルスを圧倒できないんだ」


 俺がそう言うと背中のマイトネラが俺の耳元で、


「魔王様、シルスはウンディーネの王族であり、おそらく古代魔法や魔術具の類いを身に着けて魔力を増大しているのだと存じます」


「ウンディーネ族、つまりルシウス人の古代魔法か」


「はい。わらわにはシルスのオーラの流れを感じることができますので、おそらくは」


 その時、カトリーヌの治癒魔法を受けながらエミリーと3人で打ち合わせをしていたヒルデ大尉がこちらを振り向くと、


「アーネスト中尉、作戦の準備が整ったわ。セレーネさんに言ってシルスから距離を取るように言って」


「了解した、ヒルデ大尉」


 そして俺は魔剣を構えると、超高速知覚解放を発動させてセレーネに近付く。


「観月さん、俺が合図を出したら、3カウントでバックステップ」


「了解!」


 そして二人でシルスを猛攻撃し、同時に剣を彼に叩き込んだ後、同じタイミングで後ろに下がる。


 その直後、ヒルデ大尉たちの魔法が炸裂した。



【土属性魔法・グランドクロス】

【水属性魔法・ダイヤモンドダスト】

【火・水複合魔法・相転移ドライブ】



 それはヒルデ大尉、エミリー、カトリーヌの三人による複合魔法だった。




 最初に発動したのがヒルデ大尉のグランドクロス。


 この魔法はマジックバリアーでは絶対に防御できない重力魔法であり、超重力がシルスを襲うと地面に押さえつけられたシルスが立ち上がることもできずにもがき苦しむ。そこにエミリーの魔法が発動した。


 ダイヤモンドダスト。


 この魔法は「絶対零度の監獄」を除けば最強の凍結魔法であり、大気の約80%を占める窒素を凍結させて敵の動きを封じる。


 すなわち、氷点下196度の極寒世界にシルスを叩き込んだのだ。


 そして最後は、カトリーヌの相転移ドライブ。


 戦闘空母アサート・メルクリウスのメインエンジンである蒸気タービンの動力源として使っているこの魔法も、人体に使用すれば恐ろしい破壊魔法となる。


 人体を構成する約70%の水分を相転移ドライブで水蒸気に変換することで、体内から気化熱を奪って外部に水蒸気として放出するのだ。


 そうすることで生命活動を維持できなくし、体内の細胞を死に至らしめる。


 凍結して完全に動きを停止したシルスにトドメを指すため、俺はシルスの身体を一刀両断した。



 パキーーンッ!



 真っ二つに砕けたシルス身体が地面に転がる。


 だが突然白い光に包まれると、映像が逆回転するようにみるみる身体が回復していく。


「そんなバカな・・・」


 あっけにとられた俺たちをよそに、身体の自由を取り戻したシルスがゆっくりと立ち上がると、再び剣を構えて不敵に笑った。


「やってくれるじゃないかキミたち。ククククク」

次回、追い詰められるアゾート。そして


お楽しみに

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