第399話 シルフィード族長老
二日目の朝、カトレアとエミリーによる豪華な朝食を堪能した俺たちは、天幕をたたむと東に向けて出発した。
目指すは帝国軍コードK-8、ダルデスの森。この森の奥にシルフィード族の隠れ里がある。
颯爽と歩き出した俺たちだったが、すぐにマイトネラが俺の背中にくっついてくる。
「マイトネラ・・・今は朝で野盗なんかいないから、普通に歩いてくれよ」
だがマイトネラは何も答えずに俺の背中にしがみついていると、突然セレーネが怒り出した。
「何やってるのよ二人とも! まさか昨日の夜に二人でエッチなことでもしたんじゃないでしょうね!」
「誰がそんなことするかっ! 昨日はマイトネラが見つけた野盗を倒しただけだよ」
「なんか怪しいわね・・・じゃあ何でそのルシウス人のオバサンは、安里先輩の背中にくっついて幸せそうな顔をしているのよ!」
「幸せそうな顔って・・・俺からは見えないし、そんなことを聞かれても知らないよ。それにマイトネラって名前があるんだからオバサンは止めてやれよ。かわいそうだろ」
「もうっ! なんで先輩はこんなヤンデレBBAの肩ばかり持つのよ! あなたもルシウス人のくせに私の安里先輩から離れなさい!」
「きゃあーーーーっ!」
そう言ってセレーネがマイトネラを押しのけると、突き飛ばされたマイトネラが、ものすごい勢いで平原を転がって行った。
「うわあっ! 何やってるんだよ観月さん。マイトネラは戦闘力がゼロなんだから、そんな力いっぱいつき飛ばしたら死んでしまうじゃないか!」
おれは慌ててマイトネラに駆け寄ると、傷だらけになった彼女を両腕に抱えてカトリーヌの元に急いだ。
「カトリーヌ、早くキュアを頼む!」
「し、承知致しましたわ!」
カトリーヌの魔法で傷が癒えていくマイトネラは、だがセレーネの攻撃がよほど恐かったのか、俺の胸に顔を埋めて泣いてしまった。
「うっ・・・うっ・・・」
「観月さん。マイトネラを助けるのがこの作戦の目的なのに、その彼女に攻撃したらダメじゃないか」
「だってそのヤンデレBBAが安里先輩に抱きついてデレデレしてて、なんか頭に来たのよ」
「だからって観月さんにおびえて泣いてしまったじゃないか。彼女は世界の魔力を維持するために自分の生涯を捧げている立派な人なのに、これまで不幸な目に会い続けてついには自殺までしちゃった、かわいそうな人なんだよ。もっと優しくしてやれよ」
「そんなこと言って、先輩はまた嫁を増やそうとしているんでしょ」
「なななっ、何を恐ろしいこと言ってるんだよ。マイトネラは俺の大の苦手なヤンデレなんだぞ! 彼女にはアージェント王国の王子と結婚してもらうために、義父殿とアージェント顧問に相談するつもりだ」
「ふーん・・・そういうことなら別にいいけど、1年近く離れていたんだから、メインヒロインであるこの私のこともちゃんと大事にしてよね」
「もちろんだよ。俺は観月さんの大いなるイエスマンだからな」
「アーネスト中尉、痴話喧嘩はそこまでにして、せっかく平原に出たんだから先を急ぎましょう。フリュオリーネさんたちの魔力も無尽蔵じゃないのよ」
「確かに大尉の言う通りだな。カトリーヌ、キュア&ヒールを使えるか」
「ローレシア様から教わったので大丈夫ですわ」
「そうか。じゃあマイトネラは俺の背中に乗れ。草原を一気に駆け抜けていくぞ」
「はい、魔王様!」
そして笑顔になったマイトネラを俺が背負うと、今度はエミリーが不安そうな顔で俺に話しかけた。
「アゾート君、私走るのが遅いんだけどどうしよう」
「そう言えばエミリーってそういうタイプだったな。うーん、俺もさすがに二人背負って走るのは無理だ」
「じゃあ、エミリーはこの私が背負ってあげるわ」
「観月さんが?」
「私も超高速知覚解放でブーストしてるから、エミリーを背負っても全然平気よ」
「じゃあそうしてもらえ、エミリー」
そしてセレーネがエミリーを背負うと、俺たちは東に向けて走り出した。
本当のことを言うと俺がエミリーを背負いたかったのだが、そんなこと口が裂けても言えない。
マイトネラとエミリーを交換してくれとセレーネに頼んだら、それこそ烈火のごとく怒られて俺は丸焼きにされてしまうだろう。
そんな俺の隣を走るカトリーヌが声をかけて来た。
「ローレシア様のようにうまくはありませんが、これで随分スピードがでてきましたわね」
「いつも感心するけど、何気に有能だよなカトリーヌって。マジックポーションはたくさんあるから、いくらでも飲んでくれよ」
「ですので、他のご褒美をいただきとう存じます」
その反対側を走るヒルデ大尉も会話に加わり、
「シルバール王子にあれだけ一途だったマイトネラ女王陛下が、今はあなたにベッタリで本当に驚いたわ。でも私には中尉に8人も嫁がいる理由がわかったわ」
「それは前アージェント国王が仕向けたことなんですけど、それでも俺が選んだ彼女たちですので一生大切にするつもりです。でもヒルデ大尉が言っている理由って、前国王の罠の話じゃないですよね」
「ええ。あなたって無自覚に女の子の気持ちを惹き付けているのよ。鈍感だから気づいてないと思うけど」
「ど、鈍感・・・。でも、もしそうだとするとたぶんSubject因子の影響だと思います。カトレアやエミリー達の事例もあるし、俺の研究レポートにもその事について分析を加えようと思ってます」
「うふふふ。Subject因子の影響なら好きになっても仕方がないわね。じゃあそう言うことにしておいてあげるわね、アーネスト中尉」
そう言って意味深な笑みを浮かべると、ヒルデ大尉は俺を抜かして前を走り出した。
その後も俺たちの行く手に野盗や魔獣が次々と襲いかかってきたが、そのこと如くを撃退していく。
俺とセレーネ、ヒルデ大尉だけでなく、カトレアたちの攻撃力も半端なかった。さすがは東方諸国連合軍の一員としてローレシアの指揮の下、帝都ノイエグラーデスまで進軍してきただけのことはある。
完全な武闘派だった。
そして時間溯行を始めて4日目にはなんと目的地のダルデスの森までたどり着いてしまった。
森の入り口でマイトネラを背中から下ろすと、俺は地面に転がって大の字になった。
「はあはあはあ・・・おええええっ!」
セレーネもエミリーを降ろすと、ヒルデ大尉たちと共に地面に寝転がる。
「あ・・・アーネスト中尉・・・こ、これだけ走るとさすがに疲れるわね・・・」
「・・・エミリー、あなたは胸とお尻が大きすぎよ。私が無駄に疲れるから今すぐ痩せなさい・・・」
「そんなこと言われても、今すぐ痩せるなんて無理だよ~。それに私はダイエットに成功したことなんか、一度もないんだから」
エミリーは今のままが一番いいし、ダイエットなんてもっての他だと俺は思ったが、余計なことを言ってセレーネに丸焼きにされたら今の俺なら確実に死ぬ。
「と、とにかく少し休憩したら出発するぞ。今日中にシルフィードの隠れ里に着きたいからな」
そして再びマイトネラを背負うと、今度は森の中を駆け抜けていく。木々の間から凶悪な魔獣が襲ってきても、高速詠唱で次々と戦闘不能にしていく。
「もう少しの辛抱だから我慢してくれマイトネラ。このエリアを抜けると大きな湖が見えてくる。その向こう岸にシルフィード族の隠れ里があるはずなんだ」
「魔王様、わらわは一生このままでも構いませんが」
「一生って・・・・最近どこかで聞いたセリフだが、さすがにずっとこの状態はマズイだろう・・・おっと左からイヴィルグリフォンが来やがった。この俺様のバリアーを食らいやがれ!」
こうして森の魔獣を蹴散らしていくと、やがて大きな湖に出た。そこを右に迂回して進むと、鬱蒼と茂った木々の間に隠れるように、洞窟が見えてきた。
「たぶんここがアレクシスから教えてもらったシルフィード族の隠れ里だと思う。中を調べてみよう」
そして洞窟に入ると、すぐにシルフィード族の衛兵に見つかる。
「誰だお前たちは!」
「俺たちは敵じゃない。シルフィード族の長老に話があって来た」
「長老に話だと、ふざけるな! お前たちは我々シルフィードに恨みを持った妖精族の刺客だろ。油断させて中に侵入し、長老や王族を殺すつもりか!」
「ちょっと待ってくれ、俺たちが敵じゃないことを証明する。マイトネラ、彼らを説得してくれ」
「承知いたしました、アゾート様」
俺の背中から降りたマイトネラは、さっきの打ち合わせで決めたとおり、衛兵たちに向けてこう告げた。
「わらわはネプチューン帝国正統後継者マイトネラである。簒奪帝シルスの件で、シルフィード族の長老に用があって来た。直ちにその道を開けよ!」
マイトネラの女王としての威厳のこもった口調と、直系血族だけが持つ艶やかな黒髪と漆黒の大きな瞳。それを見た衛兵たちが即座に地面に跪いた。
「失礼致しました! その大魔力にその美貌は、まさしくネプチューン帝国皇家の皇女様。い、今すぐ長老の元に案内させていただきます」
さすがはマイトネラ。世界のどこを探しても、これほど威厳のある女王はまずいないだろう。
俺が感心していると、しかしマイトネラは俺の後ろに下がるとすぐに背中におぶさった。
ここ数日ずっとこの状態だからって、いつから俺の背中がお前の家になったんだよ!
ていうか、今の女王の威厳はどこに消えた!
俺が心の中でツッコミを100発ぐらいマイトネラに食らわせていると、長老のいる部屋に到着した。
「誰じゃ!」
洞穴の奥から初老の男の声が聞こえる。
すぐさま衛兵が、
「ネプチューン帝国皇女殿下とその御一行です。長老にお話があると言うのでここに通しました」
「ネプチューン帝国・・・ウンディーネ族の王家がワシに会いに来る理由がよくわからんが、話を聞こう」
長老が許可を出すと、衛兵は俺たちに頭を下げて自分の持ち場に戻って行った。
「さて、ワシに話とは一体なんじゃ」
そう言うとずっと背中を向けていた長老がこちらを振り返った。その顔を見た俺たちは思わず息を飲む。
「アレクシス・・・」
少し若くなってはいたが、俺たちの目の前にいたのはウンディーネ王国記録院院長のアレクシスに間違いなかった。
「そういうことだったのか・・・」
俺は未来のアレクシスから預かっていた手紙を目の前にいる過去のアレクシスに手渡す。それを開封して目を通したアレクシスは、驚きの表情で俺たちの顔を見つめる。
そして手紙を全て読み終えると、
「そなたらが未来のウンディーネ王国からやって来たことはよくわかった。だが予言とは異なる形で妖精族の滅亡が実現してしまうとは、本当に驚いたな」
どうやら未来のアレクシスが、大まかな事情を手紙にしたためてくれていたようだ。
「それでそなたたちはわざわざ過去に戻って、一体何をしようと言うのだ」
「結論から言えば、未来の俺たちの行動を変えるために予言にあることを追加いただきたいのです」
「予言に追加だと?」
「はい、つまり・・・」
俺は未来で起こった出来事をアレクシスに語った。
「ふーむ、シルフィード王国の簒奪劇が引き金でのう。ならその事を予言として伝えればよかろう」
「それだとウンディーネ族がフェアリーランドに残ったままになって歴史が大きく変わります。だから予言はそのままで、ちゃんと西の群島で正しい歴史を歩んでもらった上で、俺たちのいた時間軸の最後の2週間だけ改変します。だからゴニョゴニョ・・・」
「・・・なるほど、そういうことなら話は分かった。ワシが未来のそなたにそれを伝えるため、メルヴィル侯爵とやらに伝言すればよいのだな」
「よろしくお願いします」
過去のアレクシスが俺たちの作戦に快く乗ってくれたおかげで、今回のミッションは全て完了した。
後は未来に戻って結果を確認するだけだが、俺たちが帰ろうとしたその時、さっきの衛兵がアレクシスの部屋に飛び込んできた。
「大変です長老! 簒奪帝シルスが我々の隠れ里に攻め込んできました!」
「そんなバカな・・・ここは魔力が外に漏れない特殊な結界に守られていて、シルスには絶対に見つけられないはずなのに・・・そうか、そなたたちが後をつけられていたのか」
どうやら、俺たちの不注意でシルフィードの隠れ里に簒奪帝シルスを招き入れてしまったらしい。
歴史書に一切記述のない重大な事象を発生させてしてしまったが、俺たちはどうすればいい・・・。
次回、簒奪帝シルス登場
お楽しみに




