第397話 再び過去の世界へ
作戦が決まった。
俺たちは王国歴248年に戻って、シルフィード族長老に会いに行き、シルビア王女のクーデターを未然に食い止めるために予言を一部追加する。
俺たちの作戦を聞いていたアレクシスは、手紙をしたため始め、
「過去に戻ったら、シルフィード族長老にこの手紙を渡すとよい」
「この手紙は」
「そなたらが信用できる人物だと証明するものだ。この作戦を確実に成功させるには信用が必要であろう」
「確かに・・・ではありがたく頂戴いたします」
「頼んだぞ魔王メルクリウス。そなたこそが世界の希望なのだ」
さて作戦の大まかな流れだが、まずはアージェント王国に帰還して旧都バートリーにあるタイムリーパーを取りに行く。
次にかつてシルフィード族の隠れ里があった近くまで転移陣で移動して、そこでタイムリーパーを起動。後は過去の世界で目的を果たし、未来に帰還する。
記録院から空母の転移陣室に戻ると、
「ディオーネ城にはアージェント王国式の軍用転移陣で跳躍することになるが、当然俺の魔力だけでは全然足りない。みんなの魔力を貸してくれ」
するとフリュが頷き、みんなをまとめ始める。
「承知いたしました。それでは皆様、この軍用転移陣に手を触れて、すべての魔力を送り込んでください。アゾート様、無事の御帰還をお祈りします」
「ありがとう。なるべく早く戻ってくるから、みんなはフェアリーランドに戻る準備をしておいてくれ」
そうして俺は単身、ディオーネ城へと帰還した。
「おげえーーーっ!」
「衛兵に呼ばれて急いで来てみれば、転移陣室の床に転がって何をしているのだ、婿殿よ」
転移酔いで床をのたうち回っている俺を、呆れた顔で見つめるアウレウス宰相。
「おええっぷ・・・。ぜえぜえ、はあはあ」
「その様子だと、無茶な距離を転移してきたのだな。少し落ち着いたら事情を話すがいい」
だがその後ろに控えていたセレーネがそれを許さなかった。
「安里先輩! どれだけ私のことを放っておくのよっ! もうすぐ1年よ! いい加減にしなさい!」
そしてセレーネが俺の胸倉をつかむと、そのまま転移陣室から城の外に連れ出そうとする。
「ちょっと待ってくれよ観月さん。俺をどこに連れて行く気だよ」
「城の裏庭に決まってるでしょ。丸焼きよ!」
「丸焼きっ! そ、それだけは止めてくれ。今、観月さんにエクスプロージョンを撃たれたら俺は死んでしまう・・・」
「じゃあなんで私をほったらかしにするの! メインヒロインを空気にした罪は何よりも重いんだから!」
「悪かった! この通り謝るから、俺の話を聞いてくれ、おえええええっ・・・」
そのまま廊下の壁にもたれて座りながら、俺はウンディーネ女王マイトネラの自殺から始まった魔力消失問題をセレーネとアウレウス宰相に話した。
それを聞いたアウレウス宰相は、
「魔族だの妖精族だのという話は俄には信じられないが、大変なことになっていることだけは理解できた。城内の者たちの魔力が減り出した原因はそれか」
「ええ。それでメルクリウス公爵家の家宝の魔術具が必要になったので、旧都バートリーに今から取りに行くところなんです。そしてそれを持って再び南方未開エリアに戻ってそれから・・・」
「話は後でゆっくり聞く。そんなことより、世界の一大事に婿殿はいつまでここでモタモタしているのだ。我々が魔力を貸してやるから、今すぐ旧都バートリーへ飛ぶのだ!」
「いや、俺はまだ転移酔いが残って・・・うぷっ!」
「安里先輩! 私もついて行ってあげるから、今すぐ旧都バートリーに急ぎましょう。アウレウス宰相、しばらくこの国を留守にするから後のことをよろしく」
「承知しました女王陛下。今は魔力消失問題が全てに優先されます。この国のことは私とアージェント顧問にお任せください」
「ありがとう。じゃあ行きましょう安里先輩」
「いやちょっと待ってくれよ観月さん。俺はまだ転移酔いが・・・」
「そんなのどうでもいいから、私は早く冒険がしたいのよ。すぐに行くわよ!」
「ひーっ!」
少しでも時間を稼ぐためにセレーネを日本国防軍の制服に着替えさせた俺は、彼女を連れてフィッシャー辺境伯領の領都エーデルに転移した。
そこから馬で旧都バートリーに移動し、朽ちた教会の地下神殿の奥にしまっておいたタイムリーパーを取り出した。
「あったあった、これだ」
タイムリーパーの本体は両腕で抱えなければならないほどの大きさの魔術具で、大量の魔力が必要なことからこの部屋でしか使えない仕様になっている。
だがこんな所で過去の世界に戻っても、俺には南方未開エリアまでの移動手段がない。
「魔術具を改良して持ち運びができるようにするよ」
俺は神殿に隠しておいた工具を引っ張り出してタイムリーパーを改造し、地下神殿から切り離して帝国式転移陣に繋げるためのインターフェースを追加した。これで魔石からの魔力供給で作動するはずだ。
そうして小一時間ほど作業した後に「タイムリーパー改」が完成した。
「相変わらず膨大な魔力が必要だが、魔石の在庫とフリュ達の魔力を合わせればたぶん動くはずだ。後は、安全装置としてつけておいた「Type-メルクリウス識別機能」は切っておいた。これで俺と観月さん以外も過去に連れて行けると思う。そうだ、クレアにも声をかけてみるか」
「あの子は聖地アーヴィンにいないわよ」
「え? どこに行ったんだよ、こんな大事な時に」
「たぶん帝都ノイエグラーデスだと思う。あの子っていつもローレシアと一緒に居るから」
「帝都ノイエグラーデスかあ、遠いな。まあいいや、他に適当なヤツを連れて行くことにしよう」
そして地下神殿にセレーネの軍用転移陣をセットして、タイムリーパーを抱えてディオーネ城に戻ると、転移陣室にはたくさんの人であふれかえっていた。
アージェント顧問を筆頭に、両親のロエルとマミー、ダリウス・エリーネ夫妻。そしてドルム・リシア夫妻に、エメラダ、ライアン・ミリー夫妻、それからアウレウス公爵家とジルバリンク公爵家、ベルモール伯爵、ロレッチオ子爵、ナタリーさんなど、いずれも魔力に自身のある強者たちが勢ぞろいしていた。
「婿殿、これだけいれば二人をどこへでも転移させることができるぞ」
どうやら俺たちをウンディーネ王国に転移させるために、アウレウス宰相が集めてくれていたようだ。
「ありがとうございます義父殿。いっそみんなに付いて来てもらって、タイムリーパーも起動させてほしいぐらいですよ」
「さすがに全員は転移できんから、協力できるのはこれぐらいだ」
そして父上が俺の肩に手を乗せると、
「おいアゾート、ワシらの分まで存分に暴れてこい」
「分かってるよ父上。今回の作戦は絶対に成功させなければならないから、死に物狂いで頑張るよ」
次にエメラダが丁寧にお辞儀をしながら、
「エレナ様のことをよろしくお願いします」
「分かっているよエメラダ。バートリー家復興のためエレナは無事に帰還させる。俺に任せておいてくれ」
「うちのクロリーネにも手伝わせてやりたかったが、ボロンブラーク騎士学園の卒業を控えて、今は学校なんだよ」
ジルバリンク公爵が申し訳なさそうに言うと、
「学生の本分は勉強ですから、気持ちだけありがたく受け取っておきます」
そしてナタリーさんが目を潤ませて俺を見つめ、
「アゾート君、あまり無理しないようにちゃんと生きて帰って来てね」
「ありがとうナタリーさん。作戦を成功させて絶対に帰って来るので、無事を祈っていてほしい。じゃあみんな行ってくる」
そうして俺はセレーネを連れて、戦闘空母アサート・メルクリウスへと帰還した。
「おえええええっ!」
「うぷっ・・・!」
俺とセレーネが転移を成功させて床を転がっていると、そこで待っていてくれたみんなが集まって来た。
そしてフリュがセレーネに近づき、
「セリナ様もこちらにいらっしゃったのですか!」
「久しぶりねフリュさん元気だった? おええっぷ」
セレーネが吐き気に口を押さえながら、どうにか床に座り込むと、
「セレーネ様、ご無沙汰です」
「ああっ、カトリーヌとエミリーじゃない! みんなもここに来てたんだ」
セレーネがフリュに支えられてどうにか床から立ち上がりカトリーヌとエミリーと握手をすると、そこにマールも加わって華やかな雰囲気になった。
そしてようやく立ち上がることができた俺には、ヒルデ大尉とジューン、カトレアが話しかけてきた。
「アーネスト中尉、彼女が帝都防衛システムの中の人にして、古代ルシウス人に最凶最悪と言わしめた」
「ええ、Type-メルクリウスのプロトタイプ観月せりなです。強力な戦力になると思って連れてきました」
「せりなっちは、単純な戦闘力では神使徒アゾート様やフリュオリーネ様よりもお強いのです」
「去年の遠足では、アゾート君と一騎打ちをして周りの山々の形が変わったほどの強力なエクスプロージョンを撃ちまくっていたのよ」
「それ、私たちの学年でも噂になってたから知ってるわ。二人の正体を知らなかったソーサルーラ騎士団が、騎士団に勧誘して断られたのは有名な話よ」
「メルクリウス=シリウス教王国の国王と女王だから、二人とも騎士団には入れないよね」
「ということで頼れる助っ人も連れてきたし、いよいよ本作戦の本番、タイムリープだ。少し休憩したら、今度は南方未開エリアに転移するぞ」
今度はここウンディーネ王国沖合からメルクリウス帝国、つまりゴブリンの巣穴の玉座の裏に設置した帝国式転移陣に向けて跳躍する。
そこからシルフィード族の隠れ里があった場所へは転移陣は使えないもののそれほど遠く離れていない。
空母を引き続きゴウキとピグマンに任せると、俺たちは全員でメルクリウス帝国に向かった。
「魔王様、無事の御帰還をお喜び申し上げます」
吐き気を我慢しながら、玉座にぐったりと肘をつく俺に、ドン宰相が恭しくお辞儀をしてきた。相変わらずゴブリン臭漂う広間だが、我が家に戻って来たと感じてしまうから不思議だ。
「うむ。皆も変わらずやっているようで安心した」
俺はみんなの転移酔いが落ち着くまで、ドンからの報告を聞いたり指示を与えたりして時間を潰した。
「さてここまでは何とかうまく行ったが、ここからが本番だ。今から過去にタイムリープして、シルフィード族の隠れ家まで移動する。アレクシスからおおよその場所を教えてもらっているので迷うことはないが、当時はネプチューン帝国が崩壊したばかりで、戦国時代みたいになっている」
「過去に戻るメンバーはいかが致しましょうか」
「チームを二つに分けよう。一つはここに残ってタイムリーパーを作動させる。急ごしらえのインタフェースで時間の関係でテストもしてないから、転移陣からの魔力を安定的に伝送できるかが不安だ。仮に魔力が瞬断してしまうと時空の狭間に放り出されてしまう危険性もあるため、強力な魔力を持つフリュにはここに残ってほしい」
「承知いたしました。では他にもここに残るメンバーが必要そうですね」
「ああ。こちらの時間軸から見ればタイムリープしている時間はごく短時間になるが、過去に戻ったメンバーが向こうで過ごす時間が長くなるほど、必要な魔力量が増大する。だから最大瞬間出力の大きな人には、なるべくここに残ってもらったほうがいい・・・も、もちろんセレーネ以外ということだ」
とっさにセレーネをタイムリープ組に加えた俺だったが、話の流れから自分が置いて行かれると察したセレーネが、恐ろしいほどの圧を俺にかけて来たのだ。
「こほん・・・それではアゾート様とセリナ様が過去に戻られるとして、アポステルクロイツの指輪を持っている人は全員ここに残った方がいいと存じます」
「あの指輪があれば最大出力が2倍に跳ね上がるから安心だ。では、メンバーはこんな感じにしようか」
【タイムリープ組】 俺、セレーネ、ヒルデ大尉、カトレア、エミリー、カトリーヌ
【魔力供給組】 フリュ、ジューン、マール、エレナ、フィリア
「承知いたしました。それでは、タイムリープ組の転移先は、この前ゴウキたちと戦った丘が地形的に安定していると思いますので、そちらに設定します」
次回、時空の狭間に迷い込んだアゾートが見たものは・・・
お楽しみに




