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第396話 崩れ行く世界

 マイトネラが自殺した。


 王城に戻ったマイトネラは、侍女に「部屋で頭を冷やしてくる」と一言つげて自室に閉じこもってしまったそうだ。


 その後、時間になっても部屋から出てこないため、呼びに行った侍女が、中で血を流して倒れている彼女を発見した。


 その時には既に身体が冷たくなっており、侍従医によって死亡が確認された。その彼女の周りには、粉々になった魔術具の破片が散らばっていたらしい。


 マイトネラの自殺を伝えたメルヴィル侯爵は、


「我がウンディーネ王国は、マイトネラ女王陛下の死を悼んでこれから三日間、喪に服することになる。それまではどうか、我が国に攻め入らないでほしい」


 そう言うとシルバールも表情を強張らせ、


「もちろんそれは約束しよう。だがそうか・・・マイトネラは自殺してしまったのか」


 そしてシルバールは侯爵に頭を下げると、転移陣で旗艦に戻って行った。





 後に残されたメルヴィル侯爵が俺に、


「やはり最悪の結果になってしまった。予言とは異なり、君のような人物が魔王メルクリウスなら妖精族が滅ぼされることはないと信じていたのに、まさかこのような形で予言が的中してしまうとは・・・」


「それってどういう・・・」


「記録院院長のアレクシス様から、キミが予言の魔王メルクリウスであることは事前に聞かされていた。そしてキミの人柄を確認し、合格ならアレクシス様の元にお連れするよう、密かに命令を受けていたのだ」


「アレクシスは俺の正体を最初から知っていたのか。でもなんでそんなまどろっこしいことを・・・」


「予言に描かれる魔王メルクリウスは正真正銘の破壊神だったが、実際に会った君はとても穏やかな青年。この違いが何に起因するのか分からず、様々な可能性を想定していたのだ」


「そんなに性格が違うなら、どうして俺が魔王メルクリウスだとわかったんだ」


「事前に魔王の魔力の特徴を教えて頂いていた。キミの魔力は火のエレメントとは異なり、通常の妖精族の魔力とも違う。異質だがとても力強いオーラ、つまりType-メルクリウス・・・魔族のモノだ」


「ウンディーネ族・・・水のエレメントは、そんな細かい魔力の特徴まで感じられるのか」


「事前に聞いていなければ、たぶん見逃していたよ。それよりアレクシス様はキミと話がしたいとおっしゃっておられる。これから記録院にお越し願いたい」


「それはもちろん構わないが、俺たちメンバー全員で話を聞けるだろうか」


「もちろんだとも」





 ゴウキとピグマンに後を任せると、俺たちは全員で王都ネプチューンに向かった。


 メルヴィル侯爵と共に一度王城に転移して、そこから記録院に歩いて向かったのだが、マイトネラの葬儀の準備にバタバタと走り回る政府高官がみんなとても沈痛な表情をしていた。


 彼女の急死にショックを受けているようだが、国民にとって彼女はいい女王だったのかもしれない。


 だがそれと同時に違和感も感じる。


 王城全体に言えることだが、急速に魔力が失われている気がするのだ。


 その感覚は記録院に入ってからよりハッキリした。廊下ですれ違う職員の魔力が明らかに薄くなってきている。


「フリュ、どういうことだと思う?」


「理由は分かりませんが、わたくしの魔力も少し減ってきているようです」


「アゾート君、私もなんだか力が抜けていくの」


「フリュとカトレアもか。俺もイマイチ調子がでないというか・・・」


 そして院長室に入ると、既にアレクシスが俺たちを待ち構えていた。


「やっときたかアゾート君、いや魔王メルクリウス。ここに来るまでに感じたと思うが、妖精族から魔力が失われている。その理由を今から話したい」


「ぜひお願いします。これはマイトネラ女王陛下の自殺が関係しているのですね」


「左様。今から話すことは、ウンディーネ王家だけが代々受け継いでいる極秘事項なのだが、マイトネラ女王陛下が亡くなられた今、キミたちには明かしておくべきだと考えた。心して聞いてくれ」




 そして俺たちを椅子に座わらせると、アレクシスが話を始めた。


「そなたたちはルシウス人の歴史書に触れて来たのですぐに理解できると思うが、妖精族の魔力テロメアはとっくの昔に尽きてしまっているのだよ」


「魔力テロメアが既に尽きているって・・・まさか」


「魔王メルクリウスが復活してエメラルド王国を滅ぼしたあの事件よりもはるか以前から、妖精族の魔力は風前の灯だった。だが当時のルシウス法王庁総大司教猊下、今のウンディーネ王家の祖先にあたる方だが、自らを犠牲にしてギリギリでそれを食い止めた」


「自らを犠牲に食い止めた? 何かしたのですか」


「総大司教猊下が還俗されて、自分とその直系血族を依り代にある聖属性魔法を行使した。その魔法こそ「聖属性究極魔法・エクストラ・ワン・チェーン」。魔力テロメア消失を一代先延ばしにするこの究極魔法を、聖地アーヴィンの魔力を全て集めて発動させた」


「聖属性究極魔法・エクストラ・ワン・チェーン。そんな魔法が存在するのか」


「そうだ。だがこれは妖精族全体に効果を及ぼす魔法であり、マナが無尽蔵にある聖地アーヴィンでも魔力が足りなかった。そこで猊下は、その魔法を永続的に完成させるために自らに大きな制約を課した」


「その制約とは」


「魔法の依り代となった直系血族の魂に魔法の効果を定着させるための特殊な魔術具と、それを常時稼働するために直系血族は全ての魔力をその魔術具に生涯注ぎ続けなければならない」


「でもそんなことをしたら、ウンディーネ王家は誰も他の魔法が使えないのでは」


「その通りだ」


 自分の一生を、世界の魔力の維持だけに費やすなんて、とんでもない自己犠牲・・・ウンディーネ王家の隠された秘密がこれほどのものとは。


「でも当時の総大司教猊下はなぜそこまでの犠牲を払う決断ができたんですか」


「妖精族の・・・いや人類の祖としての矜持であり、未来の人類に対する責任」


「矜持と責任・・・」


「だがマイトネラ女王陛下が自害されてしまい、彼女はその魔術具も粉々に打ち砕いてしまった。だからエクストラ・ワン・チェーンの魔法が解けて、とっくの昔に魔力寿命が尽きていた妖精族の魔力が急速に失われているのだ」


「もしこのまま放っておけばどうなるのですか」


「2、3日のうちに全ての妖精族は魔力を失って人族となる。そしてその影響は長命種であるエルフやドワーフたちに深刻なダメージを及ぼすだろう。つまりほとんどの者が人族の寿命をはるかに越えているため、人族になった瞬間にその命を失う」


「まさか・・・」


「本当のことじゃよ」


 全ての妖精族が人族となる。これは南方未開エリアだけの話ではなく、俺の国やアージェント王国、ランドン=アスター帝国や東方諸国の貴族たちの魔法も失われることを意味する。


 つまり魔族を残してこの世界から魔法が無くなる。


「どうして、そんな大事なことを今まで秘密にしていたんですか! もし事前に知っていれば、何が何でもマイトネラ女王陛下の命を守ったというのに!」


「それは逆だよ魔王メルクリウス。マイトネラ女王を殺してその魔術具を破壊すれば世界の妖精族が全滅する。そんなことを世の中に公表したら、妖精族に反感を抱く鬼人族や獣人族がウンディーネ王国に押し寄せてくるだろう。実際ネプチューン帝国を滅ぼした簒奪帝シルスはこの秘密を知っていて、当時の直系血族に脅しをかけていた。だからシルフィード王家に対してですらこの秘密を明かすことができなかったのだよ」


「それは確かに公表できない」


「みんなが魔王メルクリウスのように、善意で物事を考えるわけではないのだよ・・・残念なことにな」





 重苦しい雰囲気の中、アレクシスが話を続ける。


「じゃがこの事態を打開する方法がないこともない」


「え?」


 そしてアレクシスは奥の部屋に入ると、一つの魔術具を持って戻って来た。


「これは?」


「予言の宝珠。かつてシルフィード族長老が使用し、魔王メルクリウスの襲来を予言したものだ」


「この魔術具で予言を・・・」


 この予言の宝珠と呼ばれる大きな水晶玉に今は何も映っていないが、アレクシスが何かの呪文を唱えるとうっすら何かが浮かび上がってきた。


 そこにはどこかの大軍勢が城を攻めている風景が映し出されている。


 だが俺はこの城に見覚えがある。


「ディオーネ城! 俺の城が攻め込まれているのか」


「ほほう・・・、この城はやはり魔王メルクリウスの居城だったのか」


「つまりこれは未来のディオーネ城だと・・・」


「この予言の宝珠は、聖属性魔法・エクストラ・ワン・チェーンで作られた魔術具の一つで、魔法の効果が失われるのを未然に防止するために、未来の危険を察知するもの。マイトネラ女王陛下が亡くなられた後に作動させると、このような予言に変化したのだ」


「予言が変化した・・・すると未来が変わったのか」


「おそらくな。そしてこの予言から読み取れるのは、魔王メルクリウスが聖属性魔法・エクストラ・ワン・チェーンを引継ぎ、その後何者かが魔王城に攻め込んで再び妖精族を滅ぼそうとする未来があることを警告している」


「俺がその魔法を引き継ぐ・・・でもどうやって」


「それはワシにも分からん。分かるのは魔王が聖属性魔法・エクストラ・ワン・チェーンを再び作動させ、それを引継いだという未来があるというだけだ」


「そんな・・・」





 たった2、3日間で聖属性魔法・エクストラ・ワン・チェーンを再発動させて妖精族の滅亡を阻止する。そんな方法が本当にあるのか。


 みんなが黙り込む中、フリュが何かを思いつく。


「聖属性魔法であればクレア様に聞けば何かご存じではないでしょうか。そして魔法の発動が可能であればジューンさんや聖女隊、それにローレシア様にも協力いただければあるいは」


「聖地アーヴィンでかつてルシウス教総大司教猊下が行ったのと同じことをするのか」


「はい」


「なるほど、あいつに聞けば何か知っているかもしれないし、ローレシアならこの未曾有の危機を救うため聖地アーヴィンまで飛んできてくれるだろう。地下の原子力施設で作った魔力も余さず投入すれば、きっと何とかなるはず。だがこの魔法を発動させたらウンディーネ王家と同じように、メルクリウス王家をその依り代に捧げなければならなくなる」


「つまりわたくしたちの子孫が魔法を使えなくなってしまうのですね」


「そうだ。俺たちにかつてのルシウス教総大司教猊下ほどの覚悟があるだろうか」


 犠牲になるのはType-メルクリウスだけで、フリュたちType-アージェントや他の子孫たちに影響が及ばないことを信じるしかない。


 セレーネとネオンには申し訳ないが、人類全体の未来を考えればこれしか方法がない。





 ・・・だが、本当にこれでいいのか?





 予言の宝珠には、メルクリウス家が依り代となった未来が映し出されており、この作戦はおそらく成功するのだろう。


 たった3日で可能なことなど、たぶんこれしかないのだが、どうも何かが引っかかる。


 俺は重大な何かを見落としていないか。





 この作戦を実行して場合の未来を想像してみる。


 作戦が成功して妖精族の人族化が止まったとして、だがウンディーネ王国には冬の時代が訪れるだろう。第2王女を復帰させれば王族は存続するが、シルフィード王国との鉄の盟約が破棄された今、この西の群島での繁栄はもう見込めない。


 シルフィード王国だって同じだ。


 シルフィーヌを失ったシルバールは性格が変わってしまい、今後の治世次第では王国が混乱するかも知れないし、場合によってはウンディーネ王国との戦争に突入して共倒れの危険性すらある。


 妖精族の滅亡さえ回避できれば彼らのことはどうでもいいと思えるほど俺はドライにはなり切れないし、少なくとも7家融和戦略は失敗に終わる。


 何か他に手はないのか。





 予言の宝珠


 聖属性究極魔法・エクストラ・ワン・チェーン


 ウンディーネ王家とルシウス教総大司教猊下


 シルフィード族の長老




 ん?




 待てよ?




 予言の宝珠はどうやって未来の映像を映し出しているんだ。




 聖属性究極魔法・エクストラ・ワン・チェーンや、リーインカーネーションはどうやって未来の血族にまで魔法の効果を及ぼせる。




 魔法だって突き詰めれば全て科学だったじゃないか。だから全ての現象には必ず理由がある。




 一つ仮説を立てよう。直系血族を依り代とした魔法の発動とは何か。


 それは魔法の作用点を直系血族にセットした上での範囲魔法の発動と考える。そして範囲とは複数の空間座標で指定され、それを3次元空間ではなく4次元空間として記述する。




 つまり、エクストラ・ワン・チェーンもリーインカーネイションも、時間軸方向に範囲魔法を作用させているのだ。




 そして俺は、類似の魔法を一つだけ持っている。




「カトレア、エミリー、ジューン! シルフィード族の長老が予言をした時期を、アージェント王国歴に直してみてくれ」


「わかったわアゾート君。ちょっと待ってて」


 そして3人が集まって検討を始める。しばらくするとジューンが、


「アゾート様、アージェント王国歴248年です!」


「やはりそうか! 俺たちはツイているぞ!」


 すると隣にいたフリュも、


「あなた、248年と言えば」


「ああ、狂王バーンがメルクリウス公爵家を滅ぼしたあの事件のあった年だ。そしてあの時代なら、俺が持っている「タイムリーパー」を使って過去に戻れる」


「過去に戻れる。それってまさか」


「過去のシルフィード族の長老にあって、後世に伝える予言の内容に俺たちの行動を変えるような情報を追加してもらう」


「予言を変えるのではなく、追加をするのですね!」


「そう追加だ。つまり未来の歴史を全く変えずに、シルビア王女のクーデターだけを未然に防げるように最小限の情報を予言に付け加える。そしてそれを現代のアレクシスに正確に伝わるようにした上で、メルヴィル侯爵を通じてシルフィード王国の舞踏会の夜に俺たちに伝える。そうすれば俺たちは」


「歴史を一切変えることなくシルヴィア王女による簒奪だけを未然に防ぎ、シルフィーヌ様もマイトネラ様も命を落とすことがなくなる」


「その通りだ。そして妖精族の滅亡も阻止できる」

次回、タイムリープ作戦開始


お楽しみに

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