第4話 ギルド登録と初めてのクエスト
放課後、俺たち5人はダンジョン部に向かった。
カインも誘ったところ面白そうだと興味を持ち、一緒に入部することになったのだ。
部室に入ると他の新入部員も既に全員そろっており、早速ギルド登録に向かうこととなった。
ちなみに俺達以外の新入部員は5人いて全て男子生徒だ。
マール以外は全員男か。
ダンジョン部だけあって冒険好きな男が集まるということかな。
男くさいが、それもまたいい。
あ、ネオンは一応女か。
ギルドへ引率する先輩はセレーネとサーシャの二人。だがセレーネは5人の新入部員の男子生徒に囲まれていて、中々話しかけることができない。
「あの5人はどうやらセレーネが目当てで入ってきたようね。上級クラスの生徒もいるのよ」
後ろからサーシャが話しかけてきた。
「セレーネはあのとおり美人で魔力も強いから、上級クラスにも彼女を狙っている生徒が多いの」
上級クラスの在籍者の中には、それほど魔力が強くなく当主候補から早々にはずれてしまい、婚約者が決まっていない生徒たちがいる。
そういった生徒は、自分の結婚相手として魔力の強い下級貴族を探すため学園に来ている。
「ダンジョン探索がやりたくて入部してきたのではないのか」
「そうね。去年もこんな感じで、セレーネに粉をかけてみて脈がないと分かれば、さっさと部を辞めていく男子生徒がたくさんいたわ」
俺は何とも言えないモヤモヤした気持ちを感じながら、男子生徒に囲まれるセレーネを見ていた。
ギルドは街の中心部の繁華街にあり、昼間から冒険者や商人などで賑わっていた。
冒険者は稼いだ金を飲み屋や道具屋などの商店で消費するため、ギルドを中心に繁華街が自然と成長してきたのだろう。俺達はギルドの中に入っていった。
ギルドに入って最初に目に留まったのが、簡易な飲み屋である。
テーブルではすでにいくつかの冒険者パーティーが酒盛りを始めていた。
俺たちはその脇を通り過ぎて、部屋の一番奥のカウンターで受付嬢たちが並んでいるギルド受付に向かう。このカウンターでギルド登録を行うのだ。
いくつかある列の一つに並んで待っていると、やがて俺の順番が来た。
「次の方も騎士学園の生徒さんね。では学園での検査結果を出してください」
俺は、今日の剣術実技の際に行った体力測定の結果を受付嬢に手渡した。
普通の冒険者は登録時にギルド内でテストを行い、冒険者ランクを決めるそうだ。
ランクはS、A、B、C、D、E、Fまでの7ランクに分かれており、ランクごとに受注できるクエストが限られている。
だが、騎士学園の生徒は学園の測定結果を提出すればこのテストが免除され、自動的にDランクからのスタートとなる。
「騎士学園の生徒さんは貴重な魔道師がたくさんいて大歓迎よ。ようこそギルドへ」
俺は受付嬢からDランクのギルド証を受け取った。
「全員登録が終わったようね」
サーシャが新入部員全員を集めた。
「来週、新入生歓迎ダンジョンの予定だけど、せっかくギルドに来ているので、試しに簡単なクエストを受けてみましょうか」
なんだか楽しそうだ。
俺達はカウンター横に設置されている掲示板に向かい、手ごろなクエストを探す。
Dランクのクエストには魔物討伐の依頼もいくつかあったが、その多くは目的地が遠方で日数がかかるものばかり。
放課後に日帰りでできるクエストは限られているので、選択の余地はあまりなく簡単に決めることができた。
「ボロンブラーク街道沿いの森にいるコボルトの討伐(ランクD)」
「これでいいかな?」
「「異議なし」」
依頼書をカウンターに持っていき受付嬢から説明を受けていると、セレーネが声をかけてきた。
「アゾート達はコボルト討伐のクエストにしたのね。あなたたちなら問題ないとは思うけれど、初めてのクエストは先輩も随行することになっているの。私がついて行ってあげるわ」
しかし横から例の5人組が声をはさんできた。
「セレーネさん。我々は薬草採取のクエストを受注したので、ぜひとも我々の随行をお願いしたい」
5人組を代表して一人の男子生徒がキザったらしく片手を差し出し、
「仮に魔物が襲ってきても、我々がしっかりセレーネ様をお守りします。ご安心を」
「ちょっとまって、私は」
5人組に囲まれてセレーネが連れていかれてしまった。
俺達があ然としていると、
「仕方ないわねあの人達は。あなた達には私が随行しますね」
サーシャが苦笑いした。
「このあたりが目的地よ」
ボロンブラーク領の城下町から続くボロンブラーク街道を東に向かって歩いていくと、森が見えてきた。この森に生息しているコボルトを討伐するのが今日のクエスト内容だ。
コボルトは繁殖力が高く、集団で旅人を襲う危険な魔獣であるため、普段からなるべく数を減らしておく必要がある。
つまりギルドへの依頼が常に出されている、定番クエストである。
サーシャの指導のもと、いよいよ初めてのクエストが始まる。
「それじゃ、目的地の森に入る前に、このパーティーメンバーの役割の確認をするね」
カイン 前衛物理
ダン 前衛物理(魔法攻撃(水))
アゾート 後衛魔法攻撃(火・土)
ネオン 後衛魔法攻撃(火・土)
マール 後衛魔法回復(光)
サーシャ 後衛魔法攻撃(水・風)
「うーん。前衛が二人で後は後衛魔法ばかりね。このままだとバランスが悪いから、アゾートとネオンのどちらか一人に前衛を頼めるかしら」
「わかった。俺が受け持ちます」
役割が決まり、コボルトを討伐すべく俺たちは森に足を踏み入れた。
森といっても木々の間隔は適度に離れており、所々の広くなった場所さえも見かける。
森の奥へと進んでいくと、ついに約100メートル前方にコボルトの群れを発見した。
どうやら向こうも俺たちに気づいたようで、こちらに襲いかかってきた。
「では私はサポートに徹するので、まずはあなた達だけで戦ってみて」
「わかりました。まず俺とネオンが火属性魔法で先制攻撃。それである程度数が減るはずだから、3人で突撃。マールは適宜回復頼む。よしいくぞ突撃!」
アゾートの作戦を聞いてサーシャは、「ん? 詠唱している間にコボルトが来ちゃうんじゃない」と考えたが、次の瞬間に放たれた二つの炎がコボルトの群れの先頭に着弾し大ダメージを与える様子に驚愕した。
「え!なんで?」
「よーし初弾命中。アゾート、もう一発いくぞ」
ネオンが張り切っている。
【焼き尽くせ】ファイアー
再び放たれた二つの炎が、混乱するコボルトの群れの、今度は中段あたりに着弾し炎が燃え上がった。
全部で20匹ほどいたであろうコボルトは、そのほとんどが4発の火属性魔法の炎に飲まれ、のたうち回っていた。
学園とは異なり森には魔法防御シールドが展開されていないため、実際に魔法が発動し、炎もちゃんと発生するのだ。
一方、突撃を開始したものの、コボルトの群れにたどり着く前にほぼ決着したため、途中で走るのをやめたアゾート、ダン、カインの3人。
カインが両手を腰に当て、呆れるように言った。
「おいおいやりすぎだろ、アゾート。俺達の分まで残しておいてくれよ」
「悪い。加減がまだよくわからなかった」
「てか、ちょっとまずいんじゃないのか、これ」
ダンが不安そうに言った。
炎がコボルトだけでなく森の木々にも燃え広がりはじめ、煙がもうもうと広がってきた。
ちょっとやばいかも。
ダンがあわてて水魔法の詠唱を開始したが、その直後に俺たちの頭上を大量の水が飛んでいき、木々に燃え広がった炎の消火を始めた。
サーシャの魔法だ。
「すまん火力がちょっと強すぎたかも」
俺は土魔法ウォールで生成した土のかたまりを、炎にかけて消火活動を行った。
なんとか火が消えて、焼け死んだコボルトから証拠となる右耳を回収。
なんかいきなりみんなに迷惑をかけてしまった。
「加減がわからず、やりすぎてしまいました。すみません」
しかしサーシャは特に怒る様子もなく、むしろ目を輝かせて問いかけてきた。
「ねえ!さっきの魔法どうやったの? ほぼ無詠唱で発動したように見えたんだけど」
俺は昨日ダンたちに説明したことを、サーシャにも説明した。
「ちょっと信じられないけど、詠唱時間がこれだけ短縮できるのはかなりのアドバンテージね。私にもできるかしら」
「ええ発音が難しいですが、練習すればたぶん。ただ魔法を打てるトータルの回数は変わらないので、やりすぎると魔力を早く使いきってしまうんですよ」
前世でも外国人が話す日本語は、どうしてもイントネーションに違和感が残る。
セレーネやネオンは子供の頃から練習しているので、きれいな日本語で詠唱できるが、サーシャやダンたちは今から勉強して、どこまできれいな発音ができるようになるのだろうか。
だとすれば、某公営放送のアナウンサーなら、一番上手く魔法が使えるんだろうな。
ひとまず、2発の炎魔法とその後消火活動に使った土魔法のおかげで、俺はMPの大半を使い果たしてしまった。
だから次の戦いでは魔法をなるべく節約し、前衛物理として戦うことにしよう。
まだ時間もあるのでもう少しコボルトを狩っていくことになり、さらに森の奥へと入っていった。
「見つけた」
木が密集して見通しが悪くなってきたところ、50メートル前方の広場のような場所に10匹程度のコボルトが集まっているのが見えた。
コボルトはまだこちらに気づいていない。
今度はダンが作戦を立てる。
「奇襲をかけよう。4人で近づき初撃で4匹葬る。そのあと俺とカインが2匹ずつ相手をし、残りはお前ら二人で相手をしてくれ」
うまく木に隠れながらコボルトの群れに近づき、作戦通り4匹を倒した俺達は、残りのコボルトとの戦闘を開始した。
コボルトは小型の魔物でパワーはそれほど高くないが、スピードは速い。
身体のバネを効かせて牙や爪を武器に素早く打ち込んでくるが、俺は森の木をうまく利用しながら、コボルトの攻撃をじっくり見極めて、一つ一つかわしていく。
今の俺のレベルなら、動体視力と回避の訓練にちょうどいいな。
こちらからは攻撃せずに、コボルトの攻撃をよく見極めて紙一重でかわす。
やがて疲労からコボルトの動きが鈍くなってきたところを、きっちり仕留めた。
あたりを見ると他のみんなも戦闘が終ったようだ。
「おつかれさま。そろそろギルドに帰還しましょう」
森から出る途中も、コボルトの群が見つかれば狩りつつ、ようやく街道に戻ってきた俺達パーティー。
あたりは夕方近くになっていた。
城下町へつながる街道を、さすがに疲れ切ったようすでとぼとぼと帰り道をいそぐ俺達。
俺とネオンがみんなから少し後方を歩いていると、サーシャが俺の方に近づいてきた。
「ねえ、アゾートってセレーネの婚約者なのよね」
サーシャが小声で聞いてきた。
「そうです。セレーネから聞いていたんですね」
「一族の中に婚約者がいることは聞いていたけど名前まではね。でもセレーネから聞いていた婚約者のイメージからアゾートじゃないかなと思ったのよ」
そうか。特に秘密にしていたわけではなく、仲のいい友人には話していたのか。
「でもね。あまり言いふらさない方がいいかも。特にあの5人組にはね。下級貴族同士の婚約なんて圧力をかければ何とかなる、と思っている中上級貴族も中にはいるから」
少し心配そうな表情でサーシャは話を続けた。
「下級貴族にも仕えている主君がいるわけで、その上位貴族と揉め事を起こしてまで婚約者を横取りしようとする貴族は普通いないの。でもセレーネはちょっと特別。
彼女、学年でもトップクラスの魔力にあの美貌でしょ。あわよくば手に入れて自分の結婚相手、もしくは当主の側室や妾にしようと考える上位貴族も中にはいるのよ。
そういったマナーの悪いやつには私も注意しようと思う。私これでも2年上級クラスで子爵家出身なの」
俺の婚約者を奪って、自分の嫁にしたり、誰かの側室や妾に差し出そうと考えている上級クラスの生徒がいるということか。俺の心に何かよくわからないマイナス感情がわいてきた。
え、子爵家出身?
サーシャの制服には2本のラインが見えた。
「なるほど。だからあの5人組は、サーシャさんも美人なのに、相手にされないのがわかっていたから寄って行かなかったんですね」
当主の言っていたことの理由はこれかもしれない。少し頭の整理ができたのがうれしくて、つい美人と言ってしまった。
自分の発言に少し照れた俺に対し、サーシャはまるで弟をあしらうかのように、軽く微笑んだ。
「まあ、ありがとう」
ネオンがむっとした顔で、なぜか俺の足を思い切り踏み抜いた。
ギルドに帰還した俺達は、裏口のカウンターに討伐したコボルトの右耳を提出し、討伐報酬を受け取った。
全部で45体。4500ギルだ。
今回サーシャは付き添いだからといって報酬を受け取らなかったため、俺達5人で1人あたり900ギルずつ分けた。
なお1ギルは前世の日本円でいえば、約100円ぐらいのイメージだ。
「結構稼いだな」とみんなで盛り上がっていると、セレーネがこちらにやってきた。
「おかえりなさい」
「セレーネ、先に戻ってたんだ」
「だって彼らのクエスト、薬草採集だったからね。Fランクの」
あの5人組は中上級貴族といってもそもそも魔力が低く当主候補から外れているため、騎士学校には魔力保有者の結婚相手を探しに来ているだけ。
将来も騎士団に入るわけではなく文官として領地経営に携わるため、戦闘は苦手としているようだ。
今回も、街のすぐ外の野原で薬草を採集するだけの、子供がやるようなクエストだったようだ。
「要するにあいつら、セレーネを連れてピクニックしてただけじゃないか」
俺は思わずため息をついた。
ギルドでの事後処理も終わり、みんなで連れだって学生寮への帰宅の途に着いた。
「アゾート、ネオン、今日は私の部屋で一緒に夕食どうかな。ちょっとした入学歓迎会」
「「了解」」
「といっても料理を用意しているわけではないので、何か買って帰ることになるけどね」
俺はネオンとセレーネとともに夕食を買って帰ることになったため、みんなとはここで解散した。
「「お邪魔します」」
俺とネオンは一度自分の部屋に戻って汗を流し、再び制服に着替えた。
部屋には洗浄の魔術具があり、魔獣討伐で汚れた制服もすぐに洗浄できるのだ。
そして先ほど購入した食料を持参し、女子寮の受付で訪問許可を得てセレーネの部屋に入った。
部屋の作りは俺たちの部屋と同じだが、ルームメイトはおらずセレーネは一人で住んでいるそうだ。
俺たちはさっそくテーブルに食料を並べて夕食を始めた。
「あらためて、騎士学園への入学おめでとう」
セレーネはすでに部屋着に着替えていた。
風呂から上がったばかりなのか、長い髪からはほんのりと湯気が立ち上っている。
このリラックスした雰囲気は、どこかなつかしい。セレーネが騎士学園に入学する前は、よくこうして3人で過ごしたものである。仲の良い兄弟どうしのように。
「ネオンは本当に男子寮で暮らすのね。大丈夫なの?」
「私はずっと男として過ごしてきたし、平気よ」
「外向きにはでしょ。実家では普通に女子してたのに、アゾートと一緒に暮らすのよ」
「私は特に気にならないし、アゾートも私を女だと思ってないから」
「そんなことないでしょ、ねえアゾート」
ネオンを女性だとは思えないのは確かなのだが、昨夜のように薄手の部屋着を着たネオンに対し、少し目のやり場に困ったのも事実だ。
たがそんなことを口にするのはなんとなく嫌なので、
「だってネオンだし、全然気にならないよ」
そういうと、ネオンが俺を睨んできた。今自分でそう言ってたじゃないか。
「本当? ならいいんだけれど。でも学園で男子生徒のふりをするのも大変でしょ」
「それも大丈夫かな。学校ではあまりしゃべらないようにしてるし。無口なイケメンキャラ」
それは違う気がしたので、思わず口をはさんだ。
「俺はいつバレるかヒヤヒヤしてるぞ。正直勘弁してほしい」
「ほらアゾートもそう言ってるじゃない。体だって成長してるんだし」
「下着で締め付ければ体形は誤魔化せるし、トイレだって大の方を使えばバレない」
「はしたないことを言うのはやめなさい!」
ネオンがセレーネに怒られた。
「男性のふりをするのもそろそろ無理があると思うのだけれど、お父様は一体いつまでネオンにこんなことをさせるつもりなんでしょう」
それは俺も疑問に思っている。
「お父様からは、うちの騎士団で例の準備がそろそろ整うので、早ければ今年のうちにケリを付けると聞いてるよ。たぶんその時までかな」
やはり内戦絡みか。例の新兵器がそろったのか。
「そう。うちの騎士団の話は学園では絶対しゃべっちゃダメよ」
俺はハーディンとニックのことを思い出していた。
また内戦が始まるのなら、いつまで平和な学園生活を送れるのか。あいつらとも戦場で戦うことになるのか。
ぼんやりと物思いにふけりながら、俺は久しぶりに再会した姉妹の会話を聞いていた。
セレーネを取り巻く現状や、ネオンとの姉妹の会話など。
初めてのクエストもいろいろと収穫があったようで、この経験が今後どのように活かされていくのか。