第393話 魔王親衛隊の快進撃
ドワーフ商人救出作戦は、困難を極めた。
本作戦にはいくつもの危険なミッションが含まれている。一つは、ワームホールを使った空挺降下作戦、もう一つは人質救出作戦、そして強大な魔力を有する風のエレメント軍団に単身突撃する特攻作戦だ。
この3つの困難な作戦を1つずつクリアーして、何とか3つ目の倉庫まで突入できたまでは良かったが、3人が分散して1人でドワーフ商人を守りながら王国軍と戦うのはやはり無理があった。
俺の得意とする大魔法での範囲殲滅作戦はここでは取れず、王国軍兵士たちは弱点であるドワーフ商人たちを殺傷しようと容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
ドワーフ商人も魔力は高いが、非戦闘員のため殺傷力の高い魔法攻撃を受けると簡単に命を落としてしまうし、俺が倉庫内の敵兵士を地道に倒しても、増援部隊がどんどん投入される。
「これじゃあキリがないな」
俺がこれだけ苦戦しているのだから、エレナやフィリアも必死に戦っているに違いない。
レイモンド港に接岸した戦闘空母アサート・メルクリウスからは、ゴウキとピグマンに指揮された魔王親衛隊が続々と上陸を果たした。
空母接岸と同時に総攻撃をかけてきた王国軍を蹴散らすと、電光石火の進撃で王国軍が拠点としていた港の守備砦を陥落させ、橋頭保の確保に成功した。
その戦いの一部始終を艦橋のメインスクリーンで見ていたヒルデ大尉は、ホッとため息をついた。
「さすがは、毎日の厳しい訓練に耐え抜いた鬼人族の最精鋭部隊ね。あの強靭な肉体に強大な魔力耐性が加われば、シルフィード王国軍の攻撃なんかまるで効いていなかったわ。あの体格差だけみても大人と子供。正直相手にならなかったわね」
ヒルデ大尉の隣に立つフリュオリーネも、
「1対1の戦闘で彼らを相手にできる人間などまず存在しません。ですが統率のとれた大軍を相手にすれば彼らとて簡単に全滅する危険性があります。ですのでここからは味方の損耗を可能な限り回避し、効率的に敵を倒していく戦術が必要です」
「あなたの言うとおりねフリュオリーネさん。それでは現時刻を持って、魔王親衛隊の指揮権をレイモンド港上陸作戦の前線司令官であるあなたに委譲します」
「承知しました。ではわたくしもそろそろ出撃してまいります」
「了解。私たちはこの空母から全軍を指揮するから、あなたはゴウキたちとともに存分に暴れてきてちょうだい。健闘を祈っているわ」
空母を降りて港の守備砦に入ったわたくしは、ゴウキとピグマンに本作戦の詳細を告げた。
「わたくしたちはこれから3方向に分かれて進軍し、最終的にはレイモンド城解放を目指します。その主力は真正面からレイモンド城へ進軍するわたくしのゴーレム部隊です。ですがこれは囮で、敵の攻撃をここに集中させている隙に、ゴウキ率いる第1部隊は王都からの増援部隊が港町に侵入するのを阻止なさい」
「承知しました、フリュオリーネ王妃殿下」
「そしてピグマン率いる第2部隊は、アゾート様の増援として倉庫への突撃を命じます。これはこの戦いで最も重要なミッションであり、アゾート様はもちろんのこと、ドワーフ商人のただの一人たりも死なせてはなりません」
「フリュオリーネ様、このピグマンに全てお任せあれ!」
「よろしい。では今から作戦を開始いたします。全軍出撃せよっ!」
「「はっ!」」
砦を出撃したゴウキ夫妻率いる第1部隊50名は、街の外縁部を大きく迂回して港と王都をつなぐ街道の側面に出た。
王都からは王国軍が続々と港町レイモンドへ向かって隊列を進めているが、草陰に身を潜める第1部隊に対しゴウキが小さな声で指示を伝える。
「いいかお前たち、奴らを側面から襲撃して一気に粉砕するぞ。そして混戦状態を作り出して奴らに魔法を撃たせないようにしつつ、レイモンド港の北門を奪取してそこを完全閉鎖だ。わかったか野郎ども」
「へーい。ですがゴウキ王、お言葉を返すようですがこの部隊の半数は女なので、「野郎ども」と言われても、うちの嫁は動きませんぜ」
「うーん、それもそうだな。では紳士淑女諸君! ・・・ってなんか調子でねえな」
するとゴウキの妻のガブリエラが、
「では調子の出ない夫に代わって、このわたくしが全軍の指揮をいたします。魔王親衛隊婦人部の皆様方、このわたくしに続いて青年部に本当の戦い方を教えて差し上げましょう。全軍突撃っ!」
そういうとガブリエラは単身、王国軍のど真ん中に突撃すると、巨大なこん棒を振り回して一度に10人以上のシルフィード兵を空中に舞い上がらせた。
「お、おいっ! 俺を置いて行くなよガブリエラ! 戦いとなると性格が変わっちまうから、本当にしょうがねえな・・・。俺は王妃の援護に行くからお前らも適当に暴れていてくれ」
そして慌てて駆け出すゴウキの後ろ姿を見ながら、魔王親衛隊は爆笑の渦に包まれた。
「ゴウキ王は、ガブリエラ王妃の前では形無しだな」
「やつはガブリエラ王妃にベタ惚れだからな。ああなっちゃ男も終わりってもんよ・・・痛てええっ!」
ゴウキ王をバカにしたオーガの頭を、その奥さんが思い切り張り倒した。
「何を言ってんだい、あんたっ! ゴウキ王の爪の垢でも煎じて飲んで、もっと私に優しくしな!」
「うわあ、すまねえカミさん・・・」
「ほらほらボサっとしてないで、早くガブリエラ王妃の援護に行くよ。魔王親衛隊婦人部、突撃開始!」
そして女性陣が突撃すると、残された男性陣は、
「待ってくれよカミさん! 俺を置いて行くなよ~」
「うはははは、お前こそ完全に嫁の尻に敷かれているじゃないか。よーし、俺たちも突撃だ!」
倉庫の中でドワーフ商人を守りながら戦っている俺は、倒しても倒しても敵の増援部隊が止まないこの状況に焦りを感じていた。
魔力が続く限り負けることはないが、この場から一歩も動けずエレナやフィリアの援護ができないこの状況が不安でならないのだ。
俺は通信の魔術具を作動させて、ヒルデ大尉に救援を求める。
「ヒルデ大尉聞こえますか、アーネスト中尉です。敵の増援が多く、俺はともかくエレナとフィリアが心配です。援軍をお願いできますか」
「・・・中尉、無事だったようね。援軍ならすでに手を打っているわ。間もなくそちらに魔王親衛隊が到着するはずよ」
「助かりました、感謝します」
「・・・現在、フリュオリーネさんが魔王親衛隊とともにレイモンド城の攻略を開始しているわ。彼女は第2目標まで一気に達成するつもりなのよ」
「状況は了解しました。では後ほど」
俺は通信の魔術具を切ると、マジックポーションを一気に飲み干して魔力をブーストさせた。そして新たに突撃をかけてきた王国軍を全員蹴散らして一度倉庫の外に出ると、ピグマン夫妻が親衛隊を率いて倉庫に突撃を開始する所だった。
「おい、ピグマン! 俺だ、アゾートだ!」
俺が大きく手を振ると、ピグマンたちが俺に気がついて王国軍を蹴散らしながらこちらにやって来た。
そして俺の元に跪くと、
「魔王様! このピグマンが来たからにはどうぞご安心ください!」
「助かったぞピグマン。ところで、向こうに王国軍に囲まれた倉庫が2つ見えるだろ。その中にフィリアとエレナがそれぞれ立て籠もっている。倉庫内に増援を送れないように、外のやつらを蹴散らしてやれ!」
「なんと、あの中に王妃様と剣聖様が! ぐぬぬぬ、ようし野郎ども、あの王国軍どもを粉砕してやるぞ」
怒りに震えるピグマンの隣には、オーク王国の王妃ポークシアも闘志に燃えていた。
「あなた、ついにフィリア様に恩を返す時が来ましたね。あなたが怪我をさせてしまった分を何十倍にして王国軍に叩きつけてやりましょう!」
「全くその通りだ。こういう混戦状態での肉弾戦でこそ、俺たちがフィリア様のお力になれる場所なのだ。全員、進軍開始。このピグマンに続け!」
「「「うおーーーーっ!」」」
そして先頭を行くピグマン夫妻に続くように、魔王親衛隊が堂々と進軍を開始する。
「うへへへへ。敵は妖精族だから長年の恨みを今こそ叩きつけてやるぜ、なあカミさんよ!」
「そうだよアンタ! せっかく魔王様が許可してくれたんだから、思う存分暴れてやろうじゃないか」
そんな士気が高まった魔王親衛隊に向けて俺は、
「今日は何の遠慮もいらない! レイモンド伯爵城を陥落させるまで、シルフィード王国軍を一兵残らず、徹底的に殲滅せよ!」
「「「イエッサー!」」」
艦長席に座って全軍を指揮する私は、メインスクリーンに次々と映し出される自軍の活躍に興奮を隠しきれなかった。
「我が軍がシルフィード王国軍を完全に圧倒してる」
フリュオリーネさんが提案した戦術が見事に機能し、王国軍は防戦一方の戦いを強いられていた。
最初にゴウキ率いる魔王親衛隊第1部隊が北城門の制圧に成功すると、城門を閉鎖して王国軍の増援部隊を完全にシャットアウトさせた。
それとほぼ同時にピグマン率いる第2部隊が倉庫への襲撃に成功すると、倉庫の内と外から王国軍を挟撃して、あれだけいた王国軍の殲滅に成功してしまった。
最大望遠で確認した感じでは、敵に大魔法を撃たせないように混戦状態を作り出しては、ひたすら力でねじ伏せるいつもの作戦。
単純だけど鬼人族の必勝パターンに上手く持っていけたのが最大の勝因だ。
そしてそれを成しえたのが、アーネスト中尉とエレナ、フィリアの3人によるかく乱作戦。
映像ではほとんど捉えられなかったけど、恐ろしく素早い動きで敵の指揮官を次々に仕留めて、敵の組織的な動きを丹念に潰していった。
そして見事にドワーフ商人全員を救出した彼らは、一度本艦に戻って商人たちを乗船させると、再びピグマンたちを連れて今度はフリュオリーネさんの援軍に向かった。
そのフリュオリーネさんはと言うと、500体ほどの巨大なゴーレムを引き連れて単身レイモンド城に真正面から攻め込んでいた。
パワーだけなら鬼人族以上のゴーレム軍団が、シルフィード王国軍を根こそぎ押しつぶしていく。それに対抗しようと敵の魔法攻撃がゴーレム軍団に発射されるが、フリュオリーネさんの強大な魔力のバリアーで跳ね返していった。
魔力を惜しげもなく使ったド派手な戦い方。
それはまさに一騎当千。
たった一人で1000騎の騎士団にも匹敵するような戦闘力を振るっているが、これも全て王国軍の目を自分一人に引き付けるための囮としての行動だった。
そんなフリュオリーネさんがレイモンド城の城門に向けて攻撃を開始すると、ゴーレム軍団による怒涛の自爆攻撃で、城壁の防御が少しずつ擦り減っていく。
「ヒルデ大尉! 間もなく神使徒アゾート様がフリュオリーネ様に合流します」
そう言って、メインスクリーンの映像をレイモンド伯爵城のゴーレム軍団からアーネスト中尉率いる魔王親衛隊第2部隊に切り替えたジューンは、北城門を占拠しているゴウキたち第1部隊の状況や、港町各地の様子など、王国軍の展開状況を逐次報告していく。
「現在、町の住民は一人も外に出ていないのね」
「はい、戒厳令に加えて激しい市街戦が行われているため、外に居るのは我々の部隊と王国軍だけです」
「わかったわ。やるならこのタイミングね」
そこで私は通信の魔術具をアーネスト中尉とフリュオリーネさんにつなげる。
「二人とも聞いて。今からレイモンド城に展開されている要塞級バリアーにミサイル攻撃を加えます。巻き込まれないように防御体勢を整えて」
「・・・了解、ヒルデ大尉」
「・・・承知しました。よろしくお願いいたします」
それだけ言うと通信の魔術具を切り、攻撃準備を指示した。
「エミリー、6番砲塔発射準備!」
「6番砲塔・・・セレーネスペシャル弾を使用するんですね! 了解しました」
だがメインスクリーンを見た私は、もう一度通信の魔術具に手を伸ばす。
「カトレア聞こえる? あなたたちメインスクリーンに映っているわよ! 今からミサイル攻撃を加えるからレイモンド城から離れなさい。なお使用弾頭はセレーネスペシャル弾よ」
「・・・り、了解! マール、急いでこの空域から離れて!」
メインスクリーンに映っていた1番機が慌てて方向転換して画面から消えた。そして、
「ヒルデ司令官、ミサイル発射準備完了」
「カウントダウンを始めます。10、9、・・・・・3、2、1、ミサイル発射!」
「誘導アイスジャベリンミサイル、発射します!」
エミリーが発射レバーを倒すと巨大なアイスジャベリンミサイルが空に向けて発射された。メインスクリーンに映されたミサイルがレイモンド城の遥か上空に向けて飛翔すると、その直上でミサイルがさく裂した。
目もくらむような強烈な光が放たれると、それが巨大な火球へと変化し、やがてきのこ雲に変化して上空に舞い上がって行く。市街地に被害を出さないようにかなり上空で起爆させたが、それでもその衝撃波は城下町に洗礼を与えた。
その衝撃波は少し遅れて港にも到達し、とても立ってはいられないほど揺れが艦橋を襲った。
「初めてこの目で見たけど、セレーネスペシャル弾は本当にすごい威力ね。ヴィッケンドルフ公爵が率いる正統政府義勇軍20万の大軍から帝都ノイエグラーデスを守り抜き、あの難攻不落のライゼンカナル運河を破壊せしめたセレーネ・スペシャル弾。これと私の誘導アイスジャベリンミサイル装置を組み合わせると、最早無敵じゃないの・・・」
そのあまりの破壊力に、艦橋で一部始終を見ていたジューン、エミリー、カトリーヌの3人も無言でスクリーンを見つめるしかなかった。
そのスクリーンには、爆炎が完全に消えないうちにゴーレム軍団と魔王親衛隊第2部隊が城門を突破して中に進軍していく様子を映し出していた。
次回、事態は想定を越えて暴走する
お楽しみに




