第389話 ウンディーネ王国記録院③
【カトリーヌ・ド・ブリエ少尉の報告】
<封建社会と新宗教の誕生、そして魔王の復活>
ついに我々は新大陸に到達した。
これからこの大陸で人類は新たな歴史を歩みだすことになるのだが、旧大陸での歴史を総括ためにこの本を書き記す。
我々人類はこれまで多くの戦乱を経験し、かつての文明の遺産の多くは失われてしまった。
そして世界にはごく少数の魔力保有者である魔族と妖精族が「貴族」として君臨し、圧倒的大多数である人族に加護を与え、人口が爆発的に増えた人族は広大で豊かな大陸西側へと生存圏を広げていった。
その結果、人族に生存圏を奪われた少数民族の獣人族や鬼人族は、大陸の東側へと追いやられていく。
なぜ獣人族と鬼人族に加護が与えられなかったか。それは外見的特徴や寿命が似かよっている魔族と一部妖精族、そして人族が混血を繰り返し、自分達があたかも同じ種族であると錯覚したからだ。
やがて彼らの社会は、絶大な魔力を誇る国王を頂点とする封建社会へ移行し、さらに永い年月が経過すると自分たちが何者かすら忘れた貴族たちは、ルシウス教を捨て人類救済の教えとされる新興宗教「シリウス教」に改宗していった。
シリウス教の教祖は、我がルシウス教の司祭であったテルルであり、彼女を異端審問の末に処刑した後も聖地アーヴィンにはシリウス教を信仰する狂信者が後を絶たなかった。
その後、テルルの妹でエメラルド王国の皇太后となったテトラが国教をシリウス教に改めると、シリウス教を保護するとともに姉を処刑したルシウス教の弾圧を始めた。
そして勢いを増したシリウス教信者たちに法王庁が奪われると、有史以来、世界の人類を導いてきた我がルシウス国は、その国名を「シリウス教国」に変えられてしまった。
その後のルシウス人はシリウス教国の一角でひっそりと暮らしていたが、その衰退を象徴するようにルシウス人の約半数は魔力を失って人族化が進行した。
ルシウス人は全ての妖精族の原型であり、妖精族の全ての要素を保持することで今の姿形をしていたのだが、魔力の減少と共に子孫に引き継げなくなった。
これ以上の人族化を阻止するために、妖精族の血を他の種族から受け入れざるを得なくなったルシウス人は、だがシリウス教徒となった多くの妖精族からは邪神教徒と蔑まれ、婚姻関係を結ぶどころか弾圧される有様だった。
そこで、身体的特徴や寿命などの違いから人族とは一線を画していた一部妖精族をシリウス教国の周辺に集めて彼らと血縁を結び、その武力を背景にエメラルド王家とシリウス法王庁に、ルシウス教区の復活を認めさせた。
このことがきっかけで、エメラルド王家とその一部高位貴族が妖精族の存在を再認識したが、社会の混乱を嫌ったエメラルド王家は、エルフ族を筆頭とするルシウス教徒の妖精族と、エメラルド王国の貴族や平民との交流を一切禁じた。
さらに長い年月が経ち、あの事件が起こった。
法王庁の古文書にも描かれていた、異世界から召喚された14体の魔王のうち突如として姿を消した2体の「魔王メルクリウス」が、長い時を越えてエメラルド王国に舞い戻ったのだ。
そしてあれだけ強大だったエメラルド王国をあっという間に滅ぼすと、ルシウス教会が管轄する妖精族に総攻撃をかけて来た。
その戦闘力は圧倒的であり、全盛期のルシウス国を相手に少数精鋭で互角に戦っていた異世界の魔族が相手では、この時代の妖精族が束になっても敵うはずがなかった。
そこで我らルシウス教法王庁は、エルフの族長アイオニオンと会談して、魔王メルクリウスとは戦うだけ無駄であり、ドワーフ族の作り上げた箱舟船団に乗って直ちに南海に脱出することを進言した。
そして我々ルシウス人も先祖伝来の故郷を捨て、出来る限りの記録を聖地アーヴィンから持ち出すと箱舟に詰め込んで全員で脱出した。
その後の長い航海を終えた我々妖精族は、新大陸を発見して移住を開始したのだが、そこが我々の安息の地となることはなかった。
なぜならそこには、かつて大陸東方に消えていった獣人族や鬼人族の末裔たちが暮らしていたのだ。
彼ら獣人族や鬼人族にとってみれば、我々は魔力で世界を支配した憎き妖精族であり、この大陸を舞台に新たな騒乱が今後巻き起こることとなるだろう。
「以上がわたくしからの報告ですが、アゾート様たちの報告と比べて感じたことは、古代ルシウス人が作り上げた文明は、長い封建時代を通してそのほとんどが失われたということです。理由としてはアゾート様たちが調査されていた書物と異なり、わたくしの読んだ書物は現代共通語で記されており、どこかの時点で言語の分断が生じたのだと思われます」
「言語の分断か・・・なるほど、カトリーヌの考察はその通りだと思う。それに今の報告の内容はSIRIUSシステムで見た人類の歴史と符合している部分も多く、おそらく真実を述べているのだろう」
するとジューンとヒルデ大尉も、
「ルシウス教が妖精族の宗教だったというのは驚きでしたが、彼らの目線に立つと、わたくしたちアージェント王国にとっての建国の物語も、魔王メルクリウスの災厄と映ってしまうのですね」
「私たち帝国軍特殊作戦部隊にとっては、聖戦の根拠となっていた魔王来襲の物語なんだけど、ルシウス人の視点で語られるととても新鮮に映るわね」
二人がカトリーヌの報告に納得する隣で、カトレアもようやく頭の整理ができたのか、
「世界の人類全体が複雑に混血しているから、誰しもが魔族や妖精族、獣人族や鬼人族の血が流れているってことなのね。そしてルシウス人は、見分けのつかなくなった大多数の人々を、魔力テロメアの有無で妖精族か人族に区別しただけだったんだ」
「そのとおりだよカトレア。例えばカトレアの場合は20~30%が魔族で、70~80%が妖精族。ひょっとしたら獣人族や鬼人族の要素も混じっているかもしれないが、魔力を保有する時点で人族ではない」
「じゃあアゾート君は、90%が魔族で残り10%が妖精族なのね」
「ルシウス人の定義だとそうなる。誠に遺憾ながら」
「もう諦めなさい、アーネスト中尉。あなたが魔族で魔王メルクリウスなのは紛れもない事実なのよ」
「そうですねヒルデ大尉。でも魔王メルクリウスって帝国では悪者で有名だから、カトレアたちも俺の正体は秘密にしていて欲しい」
「わかった。東方諸国では魔王の話は全く知られていないけど、気をつけて置くわね」
「さてここまでは俺もある程度知っていた歴史だが、ここから先はSIRIUSシステムのアーカイブにも情報がない部分だ。ではカトレアとエミリー報告を頼む」
「了解。まずは私から、二人続けていくわね」
【カトレア・ブルボン少尉の報告】
<ネプチューン帝国の勃興と終末の予言>
新大陸に我ら妖精族が移住してから200年余りの月日が流れた。
そんな折、フェアリーランド北部にそびえ、人族が住む大陸と分け隔てているミジェロ山脈のふもとに、流浪の民が流れ込んでいるのが見つかった。
妖精族の盟主となったエルフの新族長シグマリオンが彼らに接触したところ、彼らはネプチューンとビスマルクを名乗り、シリウス教徒による魔族狩りから命からがら逃げ延びて来たらしく、助けを求めた。
彼らの伝えた魔族狩りは、あまりに凄惨でおぞましいものだったため、話を聞いたエルフ族の幹部たちは恐怖に卒倒し、哀れに感じたシグマリオンは、彼らをフェアリーランドに迎え入れることにした。
シグマリオンから報告を受けた我らウンディーネ族は、アーヴィン法王庁から持ち出した古文書を紐解いて彼らが本物の魔族の末裔であることを突き止めたが、獣人族や鬼人族との戦いに終止符を打つため、彼らを仲間にしてその強大な魔力を利用する作戦に出た。
そして最も強大な魔力を持つネプチューン家当主の青年を玉座に据えると、魔法の属性を同じくする我らウンディーネ族がネプチューン家と縁を結び、シルフィード族もビスマルク家と血縁になることで、魔族の血を我ら妖精族に取り込んでしまうことにした。
こうしてできた妖精族と魔族の共同体「ネプチューン帝国」は、フェアリーランドの全土を手中に納めて獣人族と鬼人族を隷属させることに成功した。
だがその帝国もたった3代、50年と持たずに滅んでしまう。
我らネプチューン帝国皇族の分家の青年シルスが、愚かにも鬼人族の諫言に乗せられ帝国を簒奪し、皇帝を殺してしまったのだ。
そして自らが至尊の位に就くと、中枢にいた妖精族を全て追放してその要職に鬼人族や獣人族を就けた。
だがネプチューン帝国は魔力によって統治する国家であり、魔力を持たない獣人族や鬼人族では魔術具の一つも動かせず、帝国は瞬く間に崩壊していった。
するとその簒奪帝シルスと獣人族・鬼人族幹部の間に亀裂が生じ、無政府状態になったフェアリーランドは再び戦乱の時代に逆戻りしてしまった。
広大な領地を経営していた妖精族の各種族は、怒涛の如く攻め入った獣人族や鬼人族たちになすすべなく領地を奪われ、各地を転々とする流浪の民となる。
また帝国滅亡の元凶となった簒奪帝シルスは帝国の復興を掲げて挙兵したものの、戦いの中で行方不明となり、その後の彼を知るものは誰もいなかった。
一方ウンディーネ族とシルフィード族は、鬼人族や獣人族からの執拗な攻撃にさらされ、他の妖精族から助力も得られないまま身を潜める生活が続く。
そんな中で、シルフィード族の長老が神託を受け、「魔王メルクリウスが鬼人族を従えてウンディーネとシルフィードを根絶やしにし、妖精族も全て滅ぼされる」と予言したのだ。
魔王メルクリウスと言えば250年ほど前にエメラルド王国を滅ぼし、我ら妖精族を旧大陸から追い出した魔族の王だが、長老によれば魔族は一度死んでもまた復活するらしく、魔王メルクリウスがいつ復活してもおかしくないとのことだった。
その話を聞かされた我らウンディーネは、シルフィードとともにドワーフ族に何度も頭を下げて助力を求め、西の大海の彼方へと逃れるための箱舟を作ってもらうことになった。
また予言を信じたドワーフ族も、獣人族や鬼人族からの防衛に加えて魔王来襲にも耐えられるようにと、強固な要塞都市を作り上げていく。
その後、我々は多くの仲間を失いつつも西海の群島に流れ着き、そこに新たな王国を建国した。
【エミリー・ガーランド少尉の報告】
〈ウンディーネ王国の建国と婚姻法の制定〉
かつて世界に君臨した偉大なるルシウス人の末裔である我らウンディーネ族も、今では見る影もないほどその人口を激減させてしまった。
その正統血族であるウンディーネ王家は、ネプチューンの血を取り込んだ魔族として生まれ変わり、またシルフィード王家もビスマルクの血を取り込んだ魔族となってしまった。
当初は獣人族や鬼人族の武力に対抗するために行われた措置だったが、絶対に血を絶やしてはならないウンディーネ王家にとっては、これが呪いとも呼べるような致命的な制約となってしまう。
魔族は魔族同士でしか血を次代に引き継げないことが判明してしまったのだ。
つまり我が王家はシルフィード王家との婚姻が絶対不可欠となり、その血が絶えればルシウスの正統継承者がこの世から消えてしまう。それが世界にどのような苦難をもたらすか想像を絶する。
我々はこの群島で新国家ウンディーネ王国を建国するに当たり、ウンディーネ王家の血筋を絶対に絶やさないための婚姻法を制定し、シルフィード王家との間に鉄の盟約を結んだ。
この婚姻法は絶対であり、これを守らなければ人類の未来はなくなる。
「鉄の盟約の内容がこれでハッキリしたな」
「はい、神使徒アゾート様。カトリーヌ様の報告にもあるとおり、ウンディーネ族は他の妖精族の血を取り込まないとその子供は人族になるし、その王家は魔族の血まで取り込んでしまったため、魔族同士の婚姻が絶対条件となってしまった」
「Type-ネプチューンと一体化したことで、完全に裏目に出てしまったんだよ。これはかなり厄介な問題で、フェアリーランドにはマイトネラの結婚相手の候補がいなくなった。こうなると選択肢は2択になり、シルバールとマイトネラを結婚させるか、第1王子を離婚させてマイトネラとくっつける。いや、シルフィード王家の分家の王子と無理やりくっつけるか」
「・・・できれば王族の分家で我慢していただきたいところですが、当事者のマイトネラ様のお気持ちが優先されますので、わたくしたち部外者にはどうすることもできません」
「そうなんだよな・・・。それよりエミリーの報告で気になったのが最後の一文。人類の未来はなくなるってどういうことだろう」
「これだけでは分かりませんね。エミリー様はこの部分をもう少し掘り下げてみるのはいかがでしょうか」
「わかった。他の文献もあたって、もう少し具体的な情報がないか調べてみるね」
次回、物語は大きく動き出します
お楽しみ




