第382話 風のエレメント・シルフィード王国
空母を入港させなかったのには理由があった。
魔王メルクリウスが鬼人族を率いて妖精族を滅ぼすと予言したのはまさにシルフィード族の長老であり、ドワーフ以上にこの予言を信じる国民が多い。
そして戦闘空母アサート・メルクリウスにはたくさんの鬼人族が乗っていて、みんなが俺のことを「魔王メルクリウス様」と呼ぶ。
「とてもじゃないが、こいつらは上陸させられない」
そのため空母を沖合の無人島に停泊させ、俺たちは貨物船でシルフィードの港に上陸する。俺たちの護衛には角を除けば見た目が人族に一番近いゴウキ夫妻を同行させる。
「ゴウキもそうだが、みんな俺のことを魔王とかメルクリウスとか言うのは禁止だぞ。でないと予言の魔王と勘違いされて、Subject因子分布調査ができなくなってしまう」
また、魔王親衛隊はピグマン夫妻が空母に残って統率することになり、何かあれば俺たちが転移陣で空母に飛び、彼らを指揮することになる。
「ピグマン、俺たちがいないからって、日々の訓練を怠けずちゃんとやっておくんだぞ」
「もちろんです魔王様。このピグマンが王妃様と剣聖様の代わりに隊員をビシバシしごいて見せます」
さて、ドワーフの貨物船団が到着した港は、待ちに待ったフェアリーランドの品物を仕入れようと、たくさんの商人が集まって活気に満ち溢れていた。
貨物船からは大量の商品が運び出され、シルフィード労働者たちが荷物を倉庫へと運んでいく。そんな港湾労働者は、どこからどう見ても人族のオッサンだ。
「こんなの妖精族だとわかるわけねえよ」
「シルフィード」という語感から、美少女タイプの妖精をイメージしていた俺だったが、おならの臭そうなオッサンたちが、二日酔いの赤ら顔で積み荷を倉庫へと運んでいく。
これじゃあギャンレル王が妖精だと気づかなくても仕方がないないと思う。
そんなシルフィード労働者に商品を引き渡すドワーフの商人たちも、髭をたくわえた小太りのオッサンたちだ。
オッサンvsオッサン。そこに妖精要素はかけらも見当たらない。
そんなドワーフ商人たちはしばらくこの港に滞在して、今度はここの品物を買い付ける。
その間に俺たちはシルフィード王国と、別の島にあるウンディーネ王国の調査を行うことになる。
「さて、とりあえず宿屋に行って落ち着くとするか」
シルフィード王国はその名の通り国王が治める国で、王都はここ港町レイモンドからすぐ近くにある。
今日はここに宿泊して明日王都を目指す予定だが、俺たちはイワーク王からドワーフ王国の市民権を得ており、その身分証を見せればシルフィード王国の中は自由に動き回ることができるとのこと。
イワーク王には感謝しかない。
港町レイモンドの街並みはどこかアージェント王国に似ている。彼らは元々シャルタガール侯爵支配エリア付近に住んでいたので、文化もそれほど変わらないのだろう。
「これだけ遠くまで旅をしてきたのに、たどり着いた場所がランドン=アスター帝国の街並みより親しみを感じるなんて不思議だな」
そんな俺たちが街を歩いていると、周りの人々が奇異な物を見るように立ち止まる。驚いたり怖がられたりされることはないが、俺たちの姿にどこか違和感を感じるのだろう。
繁華街に入ると、すぐに一際目立つ大きな宿屋を見つけた。早速中に入り、受付のお姉さんに部屋が開いてないか尋ねてみる。すると、
「あら? あなたたち見たことのない種族ね。どこから来たの」
「俺たちはドワーフ王国の貨物船でさっき着いたばかりなんだ」
そして身分証を見せる。
「あなたたちって、ドワーフ王国の市民だったんだ。部屋なら空いてるけど、やっぱり種族ごとに分かれた方がいいわよね」
「え? 種族ごとって一体どういうこと?」
「だってみんな種族がバラバラじゃない。そこのハーフエルフの4人は同じ部屋でいいかしら」
そう言ってお姉さんが見たのはフリュとジューン、そしてエルリンとキーファだった。そうか、受付のお姉さんにはこの4人がハーフエルフに見えてるんだ。
「お姉さん、キーファは男だから俺と一緒の部屋にしてくれ」
「あらサラマンダーがエルフと同じ部屋でいいの?」
さ、サラマンダー・・・。
俺のどこがあの竜人に見えるのかよくわからないが、もしかすると魔力属性が火だからそう感じるのだろうか。
「もちろん構わないさ。それとここにいる二人は夫婦だから同じ部屋を頼む」
そう言って俺はゴウキ夫妻を指さすと、
「そこのシルフィードのカップルね。いいわよ」
「ええっ!? この二人ってシルフィードなの?」
ゴウキ夫妻がまさかオーガとシルフィードのハーフだとは気づかなかった。魔力耐性があるから、何かのハーフだとは思っていたが、魔力がないので因子測定ができなかったのだ。
ゴウキ夫妻もとても驚いた表情でお姉さんを見ているが、一体どこを見て判断してるんだろう。
「すみません、どうして彼らがシルフィードとのハーフだってわかったんですか」
「私たちシルフィード族は風のエレメントと呼ばれる種族で、根源的な魔力を感じ取れるのよ」
「根元的な魔力・・・」
「そこのカップルは、私たちと同じ風のエレメントをハッキリと感じるから簡単だけど、お兄さんの場合はちょっと異質ね。妖精族の特徴は図鑑で読んだだけだから正確じゃないかも知れないけど、ものすごく強い火属性を感じるから、ひょっとしてサラマンダーじゃないかなって思ったのよ」
「ゴウキたちには魔力がないのに風属性があるんだ」
「そうよ。見たところ鬼人族の血が混ざっているから魔力の発現が強く押さえつけられているんだと思う。でも根源の部分では強い風属性の適性があるし、見た目もシルフィードの特徴がかなり出ているもの」
確かにゴウキ夫妻は、他のオーガよりもかなり人間寄りの見た目をしている。つまりシルフィードの特徴が出ていたということか。
「それから、そこの二人もシルフィードと何かのハーフね。えっとなんだろう・・・この子は見た目が猫人族っぽいし、この子は・・・あ、わかった! この感じはきっとサキュバス族だ」
そういってお姉さんが指さしたのはマールとフィリアだった。
「ちょっとお姉さん、どうしてフィリアがサキュバス族と思ったんですか?」
マールの見た目が猫人族なのは俺も納得だが、サキュバス族の特徴は2つの丸い角と魅了の魔術であり、フィリアはそのどちらも持っていない。
「わたしも図鑑で読んだだけで、実際に目にするのは今日が初めてなんだけど、この子の中にはわずかだけどサキュバスの根源があるから。きっと遠い昔のご先祖様の血を受け継いだのね」
「マジか・・・」
ゴウキの部屋でフィリアと変な雰囲気になったことがあったが、あの時の俺は確かにおかしかった。
ひょっとしたらフィリアに魅了の魔術をかけられていたのかもしれないが、だとするとアスター家はいつどうやってサキュバスの血を受け継いだのだろうか。
「それからこの二人はウンディーネかな。・・・でも見た目が全然違うし何だろう」
「見た目が違う・・・ウンディーネって、シルフィードとは見た目が違うの?」
「ウンディーネって私たち妖精族の原点らしく、どこか人間離れした神々しさを持っているの。すごく綺麗な人たちだから見たらびっくりすると思うよ」
「へえ、それは楽しみだな」
「でもわかったわ。この2人は魔族の末裔ね」
そう言ってカトリーヌとエミリーを指差した。
「お姉さんは魔族のことも知ってるんですか」
「この国もそうだけど、ウンディーネ王国には魔族の子孫がたくさんいるのよ。だったらさっきの女の子もシルフィードではなく魔族の末裔かもね」
やはりシグマリオンの言っていた通りネプチューン家はウンディーネと、ビスマルク家はシルフィードと混血し、子孫たちはここに一緒に逃げて来たんだ。
「あとは、ドワーフのお嬢ちゃんと・・・残りの二人は全く分からないわね。雷属性を持つエレメントなんていないし、エルフやサキュバス、セイレーン、もちろんノームにも見えない。一体何なのかしらね」
カトレアとヒルデ大尉は宿屋のお姉さんにもよく分からないらしい。ていうか、俺たちはただの人族だから妖精族に当てはまらないのは当たり前。
「この二人は何でもいいじゃないですか。じゃあ、今言った組み合わせで部屋を貸していただけますか」
「もちろん、喜んで」
そしてそれぞれの部屋に分かれ、俺は同室になったキーファを風呂に入れたり着替えさせたり世話を焼いているうちに、だんだん疲れて眠くなってきた。
「そろそろ寝るか、キーファ」
「はい、お義父様っ!」
キーファは元気いっぱい返事すると、ベッドにダイビングして飛び跳ねている。こいつ全然寝るつもりがないな。まあせっかくキーファと二人きりになったし、少し話をしてみるか。
「なあキーファ、お前って本当の両親のことは何か覚えているのか」
「いいえ・・・僕がまだ物心がついていない頃に捨てられたので、今の両親のことしか知らないんです」
「そうか・・・じゃあ、本当の両親に会いたいという気持ちはあるのか」
子供には少し酷な質問かもしれないが、もしかしたらキーファの本当の両親がこのシルフィード王国にいる可能性もあるので聞いてみた。だが、
「いいえ、お義父様。僕は今の両親が本当の両親だと思っていますし、いずれエルリンと結婚してお義父様とお義母様の息子になるのですから」
こいつ全然ブレねえな。
「そうだったな。ところでキーファはどうしてエルリンと結婚したいんだ。エルフの女の子なんて他にもいるだろ」
「僕は昔から女の子に全然興味がなかったんだけど、エルリンを見た瞬間、体中に衝撃が走って初めて人を好きになったんです。それからはもうエルリンのことしか見えなくなりました」
「一目惚れだな。エルリンの可愛さならそれも分かる気がするけど、他のエルフの女の子だってすごく可愛いと思うぞ。一体何が違うんだ」
「え? 他の女の子なんか全然可愛くないよ。僕にとっての女の子はエルリンただ一人なんだ」
「そうか・・・なら、エルリンに振り向いてもらえるよう、キーファも強くならなきゃな。例えば魔力を鍛えてみるのはどうだろう。女の子は強い魔力に惹かれるってエルリンが言ってたしな」
「えっ、本当に! よーし、じゃあ僕もお義父様のように強い魔力が使えるように鍛えるぞ~」
「よし、じゃあ俺がキーファを鍛えてやろう。さっそく明日装備を買いに行くか。だから今日は早く寝ろ」
「やったー! 僕今すぐ寝るね」
次回もシルフィード王国は続きます。
お楽しみに




