第378話 ドワーフ王国の舞踏会
ダンスが始まった。
前世の俺は、フリュしかダンスパートナーがいないボッチだったが、今世では嫁が8人もいるから「またアイツ嫁のフリュ様とだけ踊ってるよ。モテねえの」と陰口をたたかれることもない。
今日も最初は正妻のフリュとダンスを踊ると、彼女の仕切りで俺のダンスパートナーが決定される。2番目はジューンのようだ。
エメラダへの対抗策としてフリュが嫁の仕切り役を買って出たので俺は彼女の言う通りに従っているが、メルクリウス家の嫁の序列はマールよりジューンの方が上らしい。きっと爵位の順番か何かなのだろう。
そして第2側妃マール、第3側妃エレナ、第4側妃フィリアの順でダンスを踊ると、タイミングを見計らっていたかのようにドワーフ高官や大手工房の娘や、獣人族の族長の娘が俺の周りにやって来た。
帝都ノイエグラーデスの社交界では港湾の使用権を巡る大人の社交だったが、このドワーフ王国では新技術をもたらす腕のいい職人として評価され、繋がりを深めようと娘たちを送り込んで来ているのだ。
ドワーフの娘たちは年ごろなのに全員背が小さく、人族でいう10歳前後の幼女にしか見えない。そんな彼女達の前にエレナが立ちふさがると、みんな途端に委縮してしまった。
イワーク王が言っていたが、エレナがドワーフ基準で絶世の美女というのはどうやら本当らしい。
さてそんな小さなドワーフ娘たちの中に、獣人族の娘が2人混ざっている。
リザードマンの族長の娘は、顔は人族の美女だが手足の一部がウロコで覆われ、いかにも獣人族らしい風貌をしている。そして兎人族の娘は、
「お久しぶりです、アーネスト中尉」
そこにいたのはマールとの交換要員として提示されたあの超絶美少女だった。
「キミは確か」
「はい、兎人族の族長の娘のラビニアです。まさかあの時のアーネスト中尉が鬼人族の統一国家を建国されるなど夢にも思っていませんでした」
そうニッコリとほほ笑むラビニアの美しい髪が風になびいている。ここは室内で風なんか吹いてないはずなのに、なぜか高原の美少女のようなエフェクトがかかっているのが不思議でならない。
だがそこにマールが割って入り、
「私の交換要員なんかいらないんだから、もうアゾートに近付かないで」
マールがラビニアに警戒感を露わにする。
「ごめんなさいマールさん。でも私は交換要員としてではなく、メルクリウス帝国と兎人族の里との親交を深めるようお父様に言われて、アーネスト中尉にダンスを申し込んでいるのよ」
「でもそれって、アゾートとの政略結婚を考えてるってことよね」
「それはお父様が決めることで、私はただ純粋にアーネスト中尉とダンスが踊りたいだけなの」
「まさかアゾートのことが好きなの!?」
「ご想像にお任せします」
なぜかマールとラビニアがもめ始めたので、フリュの判断で俺はリザードマンの娘と最初にダンスを踊ることになった。
俺は彼女をエスコートして、ホール中央でダンスを始める。
「わたくし、リザードマン王国の第3王女のリザリーでございます。アゾート様のおかげでようやく鬼人族たちの襲撃を気にしなくて済むようになりましたわ」
「リザードマン王国は確か獣人王国大陸の中央の」
「はい。帝国軍の大規模な中継基地がある砂漠のオアシス国家で、我が一族は獣人族の盟主として認められております。鬼人族の統一国家メルクリウス帝国とは是非同盟を結ばせていただきたいと思っております」
「もちろんよろこんで、リザリー王女殿下」
「ありがとう存じます、アゾート様」
そう言ってほほ笑む第3王女リザリーとダンスをしながら、俺はホール全体を観察する。
俺たちのすぐ隣では、ノーム族の青年とピクシー族の令嬢がダンスを踊っている。この2種族はとても小さく体長が50cm~80cm程度しかない。妖精族という言葉が本当にふさわしい。
セイレーン族は人族と同じ大きさで、陸上では人族と区別できないほどそっくりだ。だが水中に入ると、その両足がヒレに変化するらしい。
そのセイレーン族の令嬢がサラマンダー族の青年と仲良さげにダンスをしているが、サラマンダー族は自分の意思でドラゴンへと形態を変えることができる。
そしてノーム族とサラマンダー族は、ウンディーネ族とシルフィード族とともに「4大エレメント」と呼ばれていて、それぞれ土、火、水、風の魔力属性に特化した魔力を持っている。
ホールの奥の方では、帝国軍ルールで接触が禁止となっているサキュバス族の男女ペアが、ちょうどダンスを終えて次のパートナーを探している。
俺もリザリーとのダンスを終えてフリュの元に戻ろうとしたら、偶然その令嬢と目が合ってしまった。
顔は人族好みの可愛い系だが、頭に羊のような丸い角を2つ持つのが特徴だ。それ以外は人族とほぼ同じ容姿をしていることから、エルフ族がその容姿を維持するのにギリギリOKと言われているのも頷ける。
しかし着ている服は何とかならないのだろうか。
黒が基調の露出の多いドレス・・・・ていうかほぼ水着のような格好で、俺に微笑みかけながらゆっくりとこちらに歩いて来る。
俺は思わず足をとめ、彼女の顔をもう一度よく見てみる。するとさっきは気がつかなかったが、彼女はとんでもないレベルの美少女だった。
ドキンッ! ドキンッ!
突然心臓が高なり、彼女から目が離せなくなった。
その人間離れした美貌は、まさに妖精族としか言いようがなく、真っ白な頬をほのかに染めて、ピンク色の薄い唇が少女の色香をこれでもかというほど振りまいている。
美しい・・・彼女をどうしても手に入れたい。
俺の足が彼女に向かって歩き出そうとしたその時、彼女との間に一人の女が立ちふさがった。
「ウフフ、アーネスト中尉・・・いいえ魔王メルクリウス様、お久しぶり」
「お前は、猫人族の女王っ!」
「もうっ! 女王なんて呼ばないで。わらわの名前はキャティーシャよ」
「きゃ、キャティーシャ・・・」
エロいオバサンにしては随分と可愛い名前だが、俺はこんなオバサンよりもサキュバス族の超絶美少女を・・・あれ?
気がつくと、俺が向かおうとしていた場所には確かに美少女が立っているのだが、さっきまでの胸のときめきが全く感じられない。
「魔王メルクリウス様、あんな小便臭い小娘じゃなくこのキャティーシャと子作りに励みましょう」
そう言って俺の右手を掴む猫人族の女王に、サキュバス族の少女がその後ろから罵倒を浴びせた。
「このババア! 私の獲物に手を出さないでよ!」
「ふん。魅了の魔術を使わないと男一人落とせないようなガキに、文句を言われる筋合いなんかないね」
そして女王とサキュバスの少女がケンカを始めた隙に、俺はさっさとフリュの元へと帰ることにした。
「あ、あっぶねえ・・・」
俺はサキュバスの少女の魅了の魔術にかかり、危うく虜にされてしまうところだった。
「フリュ、すまんがあそこでケンカしているサキュバスと猫人族の女王が俺に近付かないように警戒しててくれ」
「承知いたしました。あの二人以外にも、社交以外のいかがわしい目的であなたを狙ってくる令嬢を見つけたら、ごく自然な形で蹴散らしておきますのでご安心くださいませ」
ここはエルリンが教えてくれた通り、前世の社交界で令嬢を排除し尽くしたフリュの手腕に期待しよう。
帝都ノイエグラーデスの中心ローレシア離宮では、ボルグ准将が南方未開エリアの報告を行うため、帝国元帥であるローレシア女帝の執務室を訪れた。
「陛下、猫人族の担当工作員から緊急の報告ということで、駐在員が1名、先ほど帝都に帰還しました」
大きな執務席に座るローレシアの両隣には、側近のリアーネと親衛隊長のアンリエットが控えており、ローレシアは書きかけの書類をリアーネに手渡すと、ボルグ准将に向き直った。
「その様子だと、魔王メルクリウスの件ですね。もしかすると魔王がドワーフ王と意気投合して、工作員の駐在を認めさせたのですか」
「・・・確かにアイツの話ではあるのですが、駐在員の報告によるとアーネスト中尉はドワーフ王国を攻撃して王城を陥落させたとのことです。南方未開エリアとの行き来に数週間を要するため、また状況が変化しているかもしれませんが」
「え? ・・・王城を陥落ってまさか」
「私もこの報告を聞いた時には自分の耳を疑いましたが、どうやらアーネスト中尉は王国内部の革命勢力と結託したようで、猫人族の駐留基地から航空戦力フレイヤー3機で飛び立つとその日のうちにドワーフ王城を爆撃。国王の退陣を要求して王城の包囲に成功した革命勢力を勝利に導いたそうです」
「ドワーフ王国って確か、南海方面軍でも簡単には手を出せない超文明国家でしたよね。それを魔王がたった1日で陥落させたというのですか」
「ヒルデ大尉が駐在員に伝えた話によると、アーネスト中尉はドワーフ王国に深く浸食して王国の有力者と手を組み、彼らの暴力革命を側面支援したと。全て工作員としての通常業務であり、軍のルールに抵触する行為は一切行われなかったと言っております」
「工作員、暴力革命・・・。とにかくドワーフ王国は我が帝国との国交樹立に向かうということですね」
「そうなると思います。またドワーフ王国の政権転覆に先立って、ヤツはオーガ王国とオーク王国の征服も完了させ、史上初の鬼人族統一国家メルクリウス帝国も建国したようです」
「き、鬼人族統一国家メルクリウス帝国!?」
「そしてその王位にアイツと、陛下の実妹であらせられるフィリア様が王妃になりました」
「・・・うっ・・・」
「陛下?」
「う、うらやましい・・・ねえボルグ准将。今からでもわたくし南方未開エリアに行きたいのですが」
「クロム皇帝もついて行くので、絶対にダメです!」
「もうクロムも連れていけばいいじゃないですか! リアーネ様、今すぐ出発の準備を!」
「陛下! 今から行っても、アーネスト中尉はおそらくあの大陸にはもういないでしょう」
「え? すると魔王はもう帰国の途に・・・」
「いいえ。アーネスト中尉とその一行はドワーフ王国で手に入れた鋼鉄船に乗り込んで、航行不能とされている西の大海に乗り出すようです。そこにネプチューン家の末裔を探しに行くと」
「鋼鉄の船! 航行不能の西の大海! もう、こんなうらやましい話、これ以上は聞きたくありません!」
「まあまあ、落ち着いてください。俺も本当はアイツについて行きたかったのですが、例の作戦のために仕方なくここに残っているのですから」
「例の作戦・・・そうでした。それで作戦の進行状況を教えてください」
「はい。猫人族担当の駐在員の話を聞く限り、いよいよ始まったようです」
「そうですか、いよいよ・・・。念のために確認したいのですが、この話は帝国軍のどこまで伝わっているのですか」
「南海方面軍ミジェロ基地の幹部にのみ伝えておりますが、それ以外はエルフ族長のシグマリオンに手紙で知らせただけで、ヒルデ大尉を含めて特殊作戦部隊の工作員には誰にも教えておりません」
「そう、なら結構です。作戦が動き出したのならあとは魔王を信じて、わたくしたちは待つだけです」
次回から、ウンディーネとシルフィード編
お楽しみに




